第8話 【賢者】の日常生活 PART2

「ーーおはよう!」


「あ! おはよう!」


「おっす!」


「よぉ! 昨日やってたバラエティー見たかよ!?」


「おぅ! 見たぜ! 松○と浜○のコンビは相変わらず最高だよな!?」


 朝から校門前では談笑する男女が同じ制服を着て、靴箱へ向かっていく様子が見受けられた。

 まさしく青春を謳歌する様子を浮かべ、この新緑も驚く酷暑の中、苦辛顔を浮かべること無く、楽しそうに話をしている学生達。


(ーーよくも、まぁ、あんなにペラペラと言葉が出てくるものだな)


 関心を一つ。

 その様子を、生気を欠いているも、燃え盛る業火の様な紅目を細め、眺める少年、日神 剣がその間を縫って、下駄箱へ足早に向かった。


 彼は、普段は物腰落ち着いた性格をしており、こういった騒がしい所が苦手だった。

 今では、異世界での経験によってある程度マシになったとはいえ、不得意という事に変わりはないので、誰にも目を合わさずにいた。


「ーーどっちの世界でも、やっぱり人混みはキツイな」


 ポツリと呟いた独り言。

 誰の耳に届くわけでは無い戯言。

 苦笑交じりに放たれた言葉。

 それを蒼穹に広がる空を見つめ、感傷に浸りながら、異世界での経験とこれからの『日常』に何処か僅かながらに儚い期待を抱いて、二年前……此方では二日ぶりの教室へ足を向けたのだった。


 ◇


 ーー私立 荒野大付属高等学校

 それが、【賢者】 日神 剣が嘗てと現在通う学び舎の名である。

 偏差値50、 全ての部活動が地区大会でベスト4に進出した事はあるものの、それ以上の結果が出てこない中堅。学生達の自由度が高く、個人の干渉に一切、学校側から口出ししない平凡校。

 所謂、極々、一般的な私立校として有名な学校である。

 内部進学者も多く含まれ、全体の6割を占めている。

 外部受験者と内部進学者との仲は悪くないが良くもない。 程々の関係が築かれている。


「…………」


 よくよく考えてみれば、ここまで平均的な高校というのも珍しい……というより、絶対に此処だけだろうな。

 と、異世界最強【賢者】 剣は苦笑を浮かべ、普通の木製廊下を歩く。


 ポンッ。


「ーーっ!」


 突如、肩にかかった重み。

 ドクンッと心臓が高鳴る。

 警戒心が増していくのが自分でもわかった。


 そして、剣は咄嗟に振り返り、あわよくば魔法を放つ準備を始めたのだが……


「ーーおっす!」


 快活のいい声。

 何処かで聞いた覚えがある声色が自然と魔力を霧散させ、警戒心を下ろさせた。

 これほど気安く感じる口調を使うものは、彼奴しかいないと、検討を付けた剣が後ろに振り返って、真っ先にしたことは……


「ふんっ……!」


「ーーブベラッ!?」


 ぶら下げていた左腕を高速で引き揚げ、プロボクサーも惚れ惚れするようなアッパーカットを相手の顎にクリーンヒットさせたのだ。

 それは、明確に意識を刈り取るために放たれたダイナマイト級の拳。

 角度も、威力も、最高の状態の一撃を受けた男子生徒は、呻いた直後に綺麗な弧を描き、吹っ飛び、しばらく滞空した。

 後に、頭から床に落ちる。

 その時に、ゴシャッ! という、頭から鳴ってはいけない音が聞こえてきたが、周りの生徒は軽くスルーした。


 ま、この状況をいとも簡単に受け入れていると言うのが実情なのだが……

 呆れた溜息を一つ附きながら、吹き飛ばし、仰向けで倒れ伏してから何も言わない悪友を睨みつける。


「ふぎぃ……」


「……なんだ? その擬音語は。 相変わらず気持ちワリィー行動しかできないのか? こう


「キモッ……!? お、おま……!? それは、言っちゃダメなやつでしょう!? ねぇ!? 酷いぞ! 普段、ボッチのお前に構ってやっている恩人になんてこと言いやがる!」


 スクッ! と起き上がった。

 普通ならありえない。 

 あれだけ完璧なアッパーを受け、さらには、頭から床に激突したのだ、成人男性並みならば、即、病院送りもので、たとえ、頑丈な人間だとしても、数時間程は寝たきりになり、その後、暫くしても並行バランスを真面に取れずに、激しい頭痛と嘔吐感、それに伴う、眩暈、立ち眩みが起きる。

 運が悪ければ、即死確定の大惨事だ。

 まず、元から、そんなことをするなという話である。

 しかし、彼……晃と呼ばれた、如何にも無邪気な少年は頭を摩り、涙目で立ち上がり、空いている左手で剣の胸倉を掴んで、激高している。


 しかし、其れを最も簡単に通り過ぎていく生徒&教員。

『こ、これが日常の風景だとでも言うのか!?』

 間違いなく他学生ならそう感じるながら、スマホを耳に当て、119だ。

 身体的にも頭脳的にも……

 明らかにおかしい二人。 それを諸共しない学生。

 異常だ。 この学校には普通という言葉が当てはまるのか、初回から甚だ怪しいものだ。


「ーー第一、御前に心配されるまでもなく、俺は友達ぐらい、いるわ!」


 クワッ!

 鋭い眼力が目前にいる、悪友に向けられた。

 如何にも、不機嫌です! という、感傷を受けるが、そこはどうでもいい。

 それが真に迫っており、この対応の仕方から、剣の友人関係がもろ分かりになり、恥ずかしさの余りに顔を赧らめ、俯向く姿が、新鮮で更に扇情的に感じた女子陣がガヤめき、あたり一帯が騒然になったり。

 そのせいで、彼方此方で……


「キャァァア! 蛇口を捻り過ぎたー!」


「う、嘘でしょう!? す、スマホを落としちゃったぁ〜! 買い換えたばかりなのにぃ〜……!」


「ぁ、あぁ……やっぱり、剣君はかわゆす! ゴボァ!」


 ……などという、事が周りで起きていたとしても、些細なことなのだ。

 その視線に気がつく、晃が、「あれぇ!? 俺、言い負かした筈なんだけどなぁ〜。 どうしてだろう。 なんか負けた気分……」

 と、アッパーカットを受けて尚、立ち上がってきた奴が剣の状況を垣間見て、四つん這いに崩れ落ちたりして、試合に勝って勝負に負けたというものを実践しているが、そんな事もどうでもいいのだ。


 だから、問題は……


「ジィーッ……!」


 廊下の壁を影にして、半身だけ覗かせる日本人形が、態々、擬音語をワザと言葉として放ち、周りの人間を怯えさせていることにある。


 しかしながら、その視線を向けられている張本人。 日神 剣はその光景が目に無く、学友である晃とつるみながら、2年A組へ入っていった。


 その直後。 剣の観察をしていた女子生徒……柊 鈴菜は不吉な、それでも扇情的な笑みを浮かべ、目をギラつかせた。


「ーーふふっ。 今は精々、学友との馴れ合いを楽しんで起きなさい……

 後で起きる、事象からは絶対に逃れられないわよ。 日神君……いや、【賢者】」


 その様子を眺めていた、生徒達には聞こえない程度の声量でブツブツと独り言を放つ、才色兼備のお嬢様。

 それが、柊 鈴菜という、皆が憧れる生徒会長様なのだ。

 完璧な美貌とスタイル。 少し切れ目ながら、日本人離れしたサファイアブルーの目。 唇は桜色に照り輝いている。 人類史を含めても、かなりの別嬪だ。

 さらには、成績優秀、文武両道だ。

 少し、友人関係に問題を抱えつつも、卒業した先輩に限らず、後輩や同輩にも大層、モテる才女。

 誰もが憧れ、漫画や小説、または、アニメやドラマなどでよく見る、まさに、模範的な生徒会長が彼女である。



 だが、そんな彼女には裏の顔が実在し、それを剣は知っている。

 彼女はこの時点で剣の動向を調べる事を確定事項とした。

 何せ、今迄は、平凡であった筈の男子高校生が、裏の神秘である【魔法】を、言葉通りの次元違いで放ち、何の憂いもなく、その能力を使用し、国家を揺るがす魔物をたった一撃、しかも単騎で討ち滅ぼした。

 そんな人物を野放しにする危険性がどれ程のものなのか……

 はっきり言って、監視など無意味な程の強さを持つ怪物。

 それでも、彼がどの位の引き出しを保有し、また、どの程度の魔法知識を持ち、手に入れた所在が分かれば、どうにかしようがあるかもしれない。


「……」


 助けてくれた恩義はあるが、一国を捻りつぶすのに、赤子を捻るのと同等に考えられる相手にそんな事を言っている場合では無かった。

 苦虫を噛み潰したような味が口に広がるが、あの、クソババアとクソジジイがいる限り、彼女にかかった呪縛が解けることなどあり得ないのだから。


 それでも、少し楽しみにしている自分がいる事もまた事実。

 さて、どうやって、彼を出しぬこうか……

 逡巡する思考には、既に、嫌な思いと記憶は霧散していた。

 廊下を歩きながら、彼女……柊 鈴菜は剣対策の魔法を選考していくのだった。

 その時、彼女を見ていた生徒達は皆気がついた。

 冷徹で笑わないことが有名な柊 鈴菜が本当の笑みを浮かべているところを。


 ◇


 秋坂 晃は、日神 剣の親友である。

 品行方正……では無い。

 眉目秀麗……でも無い。

 素行不良者……というわけでもない。

 至って普通の高校生が、彼、秋坂 晃という少年の根本だ。

 普通というには、あまりにも似つかわしく無い茶髪も地毛で、カラーコンタクトを付けている様に見える碧眼も、本物だ。

 性格は活発で、日頃からクラスのムードメイカー的な存在を果たす。

 まぁ、見た目から遊んでいると勘違いされると、本気で苦辛していた事を打ち明けたのは、親友である剣のみだが。


 剣と晃が悪友同士というのは、学内では周知されきった事実である。


 スクールカースト底辺層に蔓延る、本の虫である日神 剣。


 上位層で、誰とも仲良く振る舞い、積極的に他者へと関わりを持つ秋坂 晃。


 水と油。生と死。光と闇。

 対極に位置する二人が親友というカテゴライズされる摩訶不思議。


 これには、マリアナ海溝と同等とも言える、深い、深ぁ〜い! 理由が在るのだが……


「ーーさて、二人共。 準備は出来てんだな……!?」


 ゴゴゴゴ……ッ!

 怒気。 修羅気。 激昂させてはならない獰猛な生物が、晃と剣を廊下で正座させ、前に立ち塞がる形で、拳をポキポキと鳴らしている。


 脂汗ドバババ……ッ! 危険信号が鳴り止まない。

 本能と理性の相容れぬ両能が、何方もアドレナリンを出し続ける、血を煮えたぎらせて、その場から離れる事を推奨してくる。

 それでも……


「ーーさぁ〜て。 何方から目ん玉穿り出されたい……!?」


「「体罰だぁっ!」」


 逃げる事を目前の獰猛生物が取り逃がす筈がなく、あわよくばの隙すら生まぬまま、二人を怒鳴り散らかす女教師。


 スラッとした足。 日本では珍しい百八十手前の身長に加え、黒髪をポニーテールに結んだ目付きが少し怖いクールビューティー。

 しかし、元ヤン。

 彼女の名を桐山きりやま 祥子しょうこ

 年齢・三十路前の往き遅れで、その性格と態度のキツさから、様々な婚活に失敗し、いよいよ親から『いつになったら、実家に帰ってくるの? いい人連れてきて!? お願い! 孫の顔が早く見たいの!』 と、少々……否。

 かなり鬼気迫る様子で電話が毎夜、疲れた体に鞭打ちながら、聞かされている三十路間近。 夜はコンビニ弁当。 悲しい生活と偏った食事にて、体を壊しかねない。 主に心と頭を……


「あん!? (青筋)」


「「ナンデモナイデス……」」


 ーーナンデモナイデス (第三者視点・神の声)


 萎縮し切った二人。

 いい加減ガミガミ言われる事に慣れているのでは? と言うほどスムーズに正座をした瞬間を眺めた、1年生は後にこう語った。


『あれは、奇跡でしたよ! だって、今の御時世で、あそこ迄の正座を見たことがありますか!? 不景気の中、社会人には失敗や時間のロスなど稀で、謝罪精神という心意気が減りつつある現代日本で、あれほど誠意の篭った正座を見たのは久しぶりですよ! あ、あとーー!」


 あぁ…… 長いので要約すると。


 ーーとんでもなくドンピシャなタイミングと綺麗なフォームから生まれる謝罪心が胸打たれる程のものだった。


 ということだった。


 だがそれでも、それを許さないのが、彼女……桐山 祥子である。


 そもそも、何故、この二人が彼女の眼鏡に掛かり、眼光を突きつけられたのか……

 単純明快だ。 先のアッパーカットと下手なコントである。


 実は、あの後もグダグダと文句を垂れていた晃。

 ペラペラと喋りかけ、剣が地球に帰ってきたら楽しみに読もうとしていたラノベの時間を裂き続け、いよいよHRの時間の前に、ついに二人が衝突したのだ。


 誰も手出しが出来ないほどの激突が起こり、されど、毎度のことながらという謎の雰囲気が醸し出され、周りのクラスメイトは放置。

 二人は同じ道場で剣道と剣術を少々嗜んでいた身で、それはそれは、唯の喧嘩にしては少し派手ではあるが、気にするほどでは無くなった。

 それ程に、二人の衝突は頻繁に起きるのだ。


 そして、大概は、奴にアイアンクローを頭に突き刺され、廊下で叱られるのがセオリーとなっていたのだから、何とも言えない。


 その実、直ぐに入ってきた担任である桐山が登場。


 クラスメイト全員の予想が的中し、二人はアイアンクロー&廊下へポイッ!

 そのまま、桐山も廊下に激昂しながら出て、二人を怒鳴りつける顛末と成った。


 こうして、時折、通り過ぎていく遅刻ギリギリの学友達も巻き添えをくらい、先に叱られていた二人を妬みつつも、授業が開始されるギリギリになるまで彼女の怒りと、途中から入ってきた悲哀物語を聞かされ、慰める羽目になったのだった。


 そして、剣はつくづく思った……


 ーーこの学校。 おかしくね!?


 と、割と本気で頭を抱えることになる。

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