第三章 夜の風邪は風と共に

第十六話 新入生歓迎会

  〇


 日の暮れかかった逢魔時おうまがとき、それぞれが色んな思いをいだきながら、六人の部員が天文同好会に集まった。ある者はワクワクと心をおどらせ、ある者はヘラヘラと下賤げせんみをかべ、そしてある者はメラメラといかりのほのおを燃やしていた。


「どうも初めまして、若菜香織かおりです。一年生の時にここに在籍ざいせきしていました。えっと、これからよろしくお願いします」


 少しばかり緊張きんちょうした面持おももちで、若菜さんの挨拶あいさつが終わった。パチパチとほかの部員たちから拍手はくしゅを受け、少しずかしそうだ。


「へー、あれがあの若菜さんですか。美人さんですねえ……」


 となりすわっていた彼女かのじょからするどい視線を感じる。若菜さんとの一件は彼女かのじょには話していないが、どこからか話をぎつけてきたか?


 ぼく曖昧あいまいに笑うしかできなかった。


 真紀ちゃん、明音ちゃん、そして若菜さんとこれで新入生全員が挨拶あいさつを終えたことになる、はずだった……。


「初めまして、高野祐介ゆうすけです! 若菜ちゃんとは同じテニスサークルで、秋月君とは同じ学科です。これからよろしく!」


 ……どうしてコイツがここにいるのだろうか? ぼくにくしみのこもった視線も意にかいさず、高野はさも平然とした顔で、ぼくたちの歓迎会かんげいかいに参加していた。


「えっと、サークルの話をしたら高野君も入りたいっていうから、連れて来ちゃった。ダメだったかな?」


 ぼくの視線を察したのか、若菜さんが小声で事情を説明してくれた。そりゃあ、若菜さんに言われたらいやだとは言えないけれど……。でも高野だからなあ。


 高野はぼくに向き直ると、いつものあのニタニタとしたイラつく笑顔えがおで、「過去は忘れて今を生きようぜ、相棒。これからよろしくな!」


 と、そんなことをほざきながら、ぼくかたをバンバンとたたいてきた。何が相棒だ、この野郎やろう更衣こうい室での一件を忘れたとは言わせないぞ。


「顔がこわいぜ、秋月君? せっかくのウェルカムパーティーなんだから、もっと楽しめよ」


 そりゃ、お前がいなければとっても楽しい気分だろうよ! てか、これはお前のための歓迎会かんげいかいじゃないからな。


 はらけようとした高野のうでが、がっちりとぼくの首をつかまえた。そのまま、ひょいっと高野の近くまで引っ張られると、かれは小声で、


「いいか? けは許さんぞ?」とくぎを打ってきた。こいつがわざわざ天文同好会に入ったのも、結局はこれが言いたかったんだろう。まったく、ムダな努力を……。


「あのなあ、ぼくは……」


 と、そこまで言いかけた時だった。


「ちょっと先輩せんぱい。高野さんと談笑だんしょう中、悪いんですけど、こっちの準備を手伝てつだって下さい! わたしたちは今日きょう、ホストなんですからね!」


 高野にあれやこれやの不満をぶつけてやろうとしていたら、彼女かのじょに呼びつけられた。仕方なく立ち上がると、「じゃーなー」と高野はヒラヒラと手をってきた。ムカつく。


 高野とは友達ともだちでもなんでもないし、談笑だんしょうもしていなかったが、そう見られてしまったのは心外だった。


「良いですか、先輩せんぱい。これからわたしたちはみなさんを歓迎かんげいしなくてはいけません。その準備にかりましょう」


 彼女かのじょは興奮した様子でそういうと、テーブルにジュースやお菓子かしの類を並べ始めた。


「すみませんがみなさん。今から準備にかるので、みなさんはここで時間をつぶしておいて下さい。これは全部食べてしまって構いませんから」


 彼女かのじょはそれだけを言い残すと、早足で部室の外へと出て行ってしまった。廊下ろうかから、「こっち、こっち」と手招きしている。


「どこいくの?」


 そう声をかけると「早く!」とかされた。ちょっと聞いただけなのに……。ぼく彼女かのじょの後を追いかけた。


 部室を出る途中とちゅう、チラリと高野を見てみると、女たらしの血がさわぐのか、さっそく真紀ちゃんと明音ちゃんにちょっかいを出していた。


 二人ふたりからはなれろ、この野郎やろうぼくはそう思いながらとびらを閉めた。


「それで、どうするの?」


「今から倉庫に行って、望遠鏡を持って来て下さい。わたしはその間に車をサークルとうの前まで付けてきますから」


「え? もしかして天体観測するの?」


 まさかの展開にぼくはびっくりしてしまった。てっきり部室でお菓子かしを囲みながらワイワイ談笑だんしょうすると思っていたんだけど。


 そういうと彼女かのじょは、「天文同好会が天体観測をするのは当たり前でしょう」とだけ言い残して、スタスタと廊下ろうかを歩いて行ってしまった。


 仕方がないので、ぼくは倉庫に向かう。薄暗うすぐら廊下ろうかわたり、ぽつねんとした倉庫のとびらにカギをんだ。


 明かりを付けると、ホコリくさいにおいと共に、中の様子があらわになる。


「うわー、昔と変わんないんだね」


 不意にそんなことをつぶやかれ、ぼくはびくりと体をふるわせた。かえると、若菜さんが興味深そうに倉庫をジロジロとながめていたのだ。


「なんだ、若菜さんか……」


おどろかせちゃった?」


 あどけなく笑いながらそういう若菜さん。その表情は、もし彼女かのじょがこの倉庫に住んでいる幽霊ゆうれいだったら、ひょうりつかれたって構わないと思えるほど素敵すてきだ。


「もしかして天体観測しに行くの?」


「う、うん。そうみたいなんだ。彼女かのじょ、なにも言ってくれてなくて……」


 一言くらいあっても良いでしょうに……。ぼくはちょっぴりさびしくなった。まあ、それが彼女かのじょらしいといえば彼女かのじょらしいのだけれど。


「そっか、そうだよね。やっぱり天文同好会は天体観測をしなくちゃね!」


 若菜さんは彼女かのじょと同じことをしゃべった。二人ふたりは気が合うのだろうか? 一方はマイペースで我儘わがままであり、おのれの道をぱしっていく女の子。もう一方は気さくでやさしく、相手を尊重して振舞ふるまえる女の子である。


 二人ふたりに共通点などないと思うけど。ああ、でも二人ふたりとも、とってもとっても美人なのは共通していた。


わたし手伝てつだうよ」


 ぼく野暮やぼな考えをしていると、若菜さんがそんなことを申し出てくれた。流石さすがは天文同好会の天使……間違まちがえた元部員。ぼくが倉庫に向かった意味をすぐに察してくれたのだ。


「ありがとう、助かるよ」


「何持ってく? 望遠鏡は持っていくとして、三脚さんきゃく双眼鏡そうがんきょう、ビノホルダー、方位磁針、たたみチェア、レジャーシート、毛布、星座早見表……、あっ、あと懐中電灯かいちゅうでんとうも持って行かなくちゃね!」


 ……流石さすがは元部員。ぼくが一々言わなくても天体観測道具をそらんじている。


「けっこう沢山たくさんあるね」


 廊下ろうかに出してみたが、二人ふたりで運ぶには荷物が多すぎた。望遠鏡だけでも数キロするというのに、ほかの細々としたものを運ぶのには荷台が必要だった。


「確か倉庫のおくの方にあったよね?」


 若菜さんはそういうと、ごちゃごちゃとしている倉庫のおくの方に姿を消してしまった。


大丈夫だいじょうぶ? なんか、危なくない?」


大丈夫だいじょうぶ! 昔、一番奥いちばんおくまで入ったことあるから!」


 姿の見えないおくの方で、若菜さんの返事だけが聞こえた。しばらくすると若菜さんは荷台を一つして出てきた。


「あったよ」


 そういう彼女かのじょほおには、黒っぽいよごれが付着していた。指摘してきすると彼女かのじょは、「ホントだ」と、楽しそうに笑いながらそれをぬぐった。


 荷台に荷物をすべてせることはできなかったが、しかし、一人ひとりが両手いっぱいに荷物を持てば、一回で運べる分量にはなった。


「重そうだね。頑張がんばれ男子」


 若菜さんにそう鼓舞こぶされ、ぼく三脚さんきゃくたたみチェアを運ぶ。若菜さんには荷台をしてもらっている。


なつかしいよね。昔もこんなふうに倉庫から道具を出してさ。松尾まつお君なんか、面倒めんどうくさがって一回で運ぼうとして六十万の望遠鏡こわしちゃったよね」


 そうだった、そうだった。あの時の松尾まつおの顔と言ったら。顔面蒼白そうはくも良い所だった。あの後、部員のみんなでバイトをして新しい望遠鏡を買ったんだっけ。


 若菜さんと一緒いっしょに歩いていると、昔の記憶きおくが次から次へとあふれてきた。それはそれはなつかしい思い出に、ぼくは心をおどらせた。なんだ、いや記憶きおくなんて、これっぽっちもなかったんじゃないか。


 サークルとうの出口まで行くと、ちょうど彼女かのじょが車を横付けしているところだった。彼女かのじょは車から降りると、早々と、


「ちょっと先輩せんぱい、どうして若菜さんに手伝てつだわせているんですか!」といかった。


「あ、あのわたしが勝手に……」


今日きょうわたしたちがホストなんですから!」


 ぼくいかった彼女かのじょは、くるりと若菜さんの方を向くと「ペコリ」とお辞儀じぎをした。


「すみません、若菜さん。今日きょうは若菜さんもふくめてみなさんがゲストですから。わたしたちがおもてなしします!」


 鼻息あらくそういうと、「ささっ。若菜先輩せんぱいはこちらへ」と若菜さんを部室までエスコートしていってしまった。


 彼女かのじょはすぐにもどってきた。


「えらく仲が良さそうですね」


 車にむ作業をしている途中とちゅう、ボソリと彼女かのじょにそんなことを言われてしまった。ハハッ……。


「そういえば、どうやって移動するの? ぼくは車を持ってないし、君の車じゃあ二人ふたりしか乗れないでしょう?」


「そうですね……。高野さんって車を持っていましたか?」


 確か持っていたような……。


「なら高野さんに車を出してくれるようにたのんでみます」


 ……あれ? 高野には手伝てつだってもらって良いの? 若菜さんはダメだったのに? とは言えなかった。


 彼女かのじょのお願いを快く引き受けた高野の車が到着とうちゃくし、ぼくたちは最初に天体観測を行った通称つうしょう“裏山”へと向かった。

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