第七話 彼女の企み  


「倉庫には何が入っているんです?」


 彼女かのじょがそう聞いてきたので、ぼくたちは部室に隣接りんせつしている倉庫へと向かった。倉庫と言っても、使わなくなった部屋べやを間借りしているような小さな部屋へやだ。


 倉庫には昔使っていた天体観測用の道具が置かれていた。天体望遠鏡はもちろんのこと、双眼鏡そうがんきょう三脚さんきゃくが数台置かれている。それに加えて、屋外用の折りたた椅子いすや地面にくマット、電気式のランプなども保管してあった。


「結構たくさんありますね」


 彼女かのじょは感心したようにそうつぶやいた。


 確かに、今でこそ廃部はいぶ寸前になっている天文同好会だが、昔はちゃんと天体観測のための活動していたのだ。人数だってそこそこいたし。


「結構重いんですね……」


 彼女かのじょ双眼鏡そうがんきょうを一つ持ち上げると、レンズをのぞくようにしながらそういった。


「それは大体一キロくらいの重いやつ。軽いヤツならとなりの方が良いよ。双眼鏡そうがんきょうって、三脚さんきゃくを使わないから結構かたるんだよね」


「おーおー、見える見える」


 彼女かのじょ双眼鏡そうがんきょうのぞいたまま中庭を向きながら、楽しそうにそう言った。


双眼鏡そうがんきょうは倍率を低くおさえている分、星空全体を観察するのにすぐれているんだ。双眼鏡そうがんきょうのぞいていると星空を散歩しているような感じになるんだよ。逆に天体望遠鏡なんかだと、一つ一つの星をじっくり観察することに向いてるんだ」


「わざわざウンチクありがとうございます」


 彼女かのじょにそう言われ、ぼくはハッとした。そして、無性むしょうずかしさがげてきた。


 すいません、どうも。



 彼女かのじょは軽めの双眼鏡そうがんきょうを一つ持って部室にもどった。


 これからどんなことをするのかとぼくは心配していたが、なんのことはない。彼女かのじょは何か行動を起こすこともなく、双眼鏡そうがんきょうのぞいたり、手帳に何やらんだりして部時間をつぶしていた。


 ぼくの方はすっかり退屈たいくつで、スマホをいじったり、パソコンを開いたりしてその時を待っていたが、彼女かのじょは一向に何かをするような気配を見せなかった。


「すーすー」


 しまいには、そんな寝息ねいきを立てて、ソファーでねむってしまったのだった。


 ぼく彼女かのじょに毛布をけると、テーブルにしながら彼女かのじょぬすた。彼女かのじょが呼吸をするたびに、胸が上下している。


 本当にねむっているらしく、ぼく不躾ぶしつけな視線にも気が付いていない様子だ。あれだけパワフルだと、すぐにぐっすりねむれるんだなあ。とぼくは少々彼女かのじょうらやんだ。


 しかし、よくもまあ、気が知れない男と同じ部屋へやれるものだ。


 彼女かのじょと出会ってまだ数日だというのに、彼女かのじょ寝顔ねがおを拝めるとは思ってもみなかった。いつもはちょっぴりひとみが、今は緊張きんちょうがほぐれて少し垂れている。ほおは少しだけ赤みがかり、絵にいたような小さな口は少しだけ開いていた。


「…………」


 そしてぼくの視線はおのずと彼女かのじょの生足に向かってしまう。その真っ白でほどよくふくらんだ太ももがぼく煩悩ぼんのうあおって仕方がないのだ。それをたしなめようと、首をったり、窓の外を見たりして邪念じゃねんはらおうとするんだけど、のろいにでもかけられたように、視線がまた彼女かのじょの元へと向かってしまう。


 そんなぼくの視線をものともせずに、彼女かのじょはぐーすかねむっている。ぼく彼女かのじょの精神の図太さに感心した。


 ぼくだって男だというのに。


 まあ、彼女かのじょにしてみればぼくなんて眼中にないのだろうけれど。何かをするような度胸もないしね……。


 時計とけいを見ると時刻は三時を少し回った所だった。退屈たいくつだし、やることもないので、彼女かのじょが起きたら帰ろう。


 そう思いながらウトウトとしていると、いつの間にかぼくねむりに落ちていた。



先輩せんぱい先輩せんぱい?」


 耳元でそうささやかれ、ぼくは目を開いた。


「え?」


 目の前に彼女かのじょの顔があった。下手へたするとぼくくちびる彼女かのじょのアゴに当たりそうなくらいの距離きょりで。


ぼくはびっくりして顔をらせた。


「なんです、その反応は?」


 彼女かのじょは不服そうにぼくにらみつけた。


「いや、ごめん。なんかびっくりしちゃって」


「失礼な人ですね」


 彼女かのじょはふんっと鼻を鳴らした。


 ぼくだって寝起ねおきでびっくりしたのだ。イーブンにしてほしい。


ぼくちゃってたのか」


「そうです。もう、外は真っ暗ですよ」


 はすっかり暮れてしまったらしく、窓の外は暗くて何も見えなかった。


「今、何時なの?」


「夜の八時ですね」


「そんなに?」


 まさか、そんなにぐっすりねむっていたなんて。ぼくあわててかえ支度じたくを始めた。


「何をしてるんです?」


 荷物をリュックにんでいると、彼女かのじょから質問が飛んできた。


「え? かえ支度じたくをしてるんだけど……」


 そういうと、彼女かのじょはまたあの、例の意地の悪そうなみをかべ


「いいえ、先輩せんぱい。これからが本番だって言ったじゃないですか?」


「……え?」

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