第十話 部員探しは至難のワザ?    

  ○


「今週までにお願いしますよ?」


 彼女かのじょわたされたデッドラインから、すでに三日が経過していた。週末まで一直線である。相変わらずぼくは部員の一人ひとりも確保できずに、途方とほうに暮れているのだった。


 やったことといえば、とりあえず朝起きて、部室に顔を出し、そして家に帰る。そんな単調なことばかり。


 こりゃ、ダメかもわからん。


「何してるんですか、先輩せんぱい!」


 彼女かのじょは大層ご立腹な様子で、顔を合わすたびぼくを責め立てたが、ごもっともな意見だったので、苦笑くしょうするしかなかった。


「早く部員を確保しないと、この同好会は破産するんですよ? は・さ・ん!」


 それは理解してるつもりなんだけど……。


 ぼくだってできれば力になりたいと思っているのだ。その気持ちは、ある。ただ、実力がともなわないだけで。


 目ぼしい人もおらず、かといって他人を勧誘かんゆうする勇気もなく、ただ時が解決してくれることを望んでいる、おろかな先輩せんぱいなのであった。


 かくいう彼女かのじょは、初日に二人ふたりの女子部員を確保していた。


「ご紹介しょうかいします。同じ学科に所属している真紀ちゃんと明音ちゃんです。真紀ちゃんは名家のお嬢様じょうさまで、明音ちゃんは陸上部とのけん部で入部してもらいます」


 彼女かのじょ紹介しょうかいされて、新たに二人ふたりの部員が加わった。


 真紀ちゃんはロングの黒髪くろかみで、おっとりした女の子。左目の下のなみだボクロがチャームポイントな、お上品さと可愛かわいらしさを合わせ持った子だ。


逆に明音ちゃんはショートの茶髪ちゃぱつで、自分のことを「ボク」と呼び、何にでもハキハキと元気な女の子だった。


「これがあの先輩せんぱい


「うわあ、本物だ」


 初対面の挨拶あいさつを終えた後、二人ふたりはおたがいを見つめながらそんなことをつぶやいた。


「…………」


彼女かのじょ二人ふたりにどんなことをんでいるのだろうか。ぼくは「あの先輩せんぱい」などとうわさされたり、「本物だ」なんておどろかれるような人間ではないのだ。


 新たな部員を加えた天文同好会は、とってもにぎやかになった。はなの女子大生が三人集まったのだ。これがにぎやかにならないわけがなかった。


 「女子三人集まればガールズトークに際限はなし」という格言通りに(あるのかどうかは知らないが)彼女かのじょたちは部室に集まると、永遠とガールズトークに花をかせていた。


 それはそれは様々な話題が目まぐるしく移り変わるので、「良くあそこまで話題がきないものだなあ」と、関心してしまうほどだった。


先輩せんぱいも混ざったらどうです?」


 彼女かのじょにはそうすすめられたが、ぼくには女子たちの輪の中に入っていけるほど、話題も話術も、度胸さえ持ち合わせていなかった。


意気地いくじなし」


 ボソリと彼女かのじょにそうつぶやかれ、ぼく苦笑くしょうする。ハイ、意気地いくじなしですよ、ぼくは。


 「やっぱりあの先輩せんぱいなのね」「ホントだな……」だから彼女かのじょ二人ふたりに何をんだ。




  〇


 女子三人の輪に入れないぼくは、肩身かたみせまく、自然と部室のすみっこに追いやられてしまった。


 三日目で窓際まどぎわ族である。


 そんなぼくなんてつゆほども気にとめず、彼女かのじょたちはテーブルを独占どくせんしてトランプ遊びに興じていた。今日きょうはどうやらババきをするようである。


 彼女かのじょたくみなシャッフルさばきにより、三人に十七枚の札が配られた。それぞれの札を眼前まで持ち上げると、各々、特徴的とくちょうてきみをかべた。


 彼女かのじょは「ニヤニヤ」と目を細めて笑い、真紀ちゃんは「クスクス」と口元をおさえて笑い、そして明音ちゃんは「ニコニコ」とほおげて笑っていた。


「…………」


 同じ笑顔えがおなのに、こうもちがう印象を受けるものなのか……。ぼく彼女かのじょたちの笑顔えがお驚嘆きょうたんした。


 笑顔えがおのままで、おたがいの様子をうかがいあっている様は、少しこわいくらいである。


「では、行きますよ?」


 彼女かのじょの合図の元、三人の戦いは始まった。


 彼女かのじょは真紀ちゃんから一番右の札を一枚った。そして、自分の持ち札と見比べる。


「当たりです」


 彼女かのじょはそう言って、ジャックのカードを二枚、捨て場に放った。そしていつもの「ニヤニヤ」としたみをかべた。


「それじゃあ、次はわたしが」


 今度は真紀ちゃんが、明音ちゃんからカードを一枚くと、クリクリとした大きなひとみで、手持ちの札を確認かくにんする。


「あら残念」


 どうやら札はそろわなかったらしい。真紀ちゃんは一瞬いっしゅんだけ残念そうな顔をしたが、またあの「クスクス」とした笑顔えがおもどった。


「じゃあ、最後はボクがいくよ!」


 元気のいい明音ちゃんは、彼女かのじょの手から強引ごういんに一枚をると「はっはっは!」と高らかな笑いをかべながら、捨て場にセブンのカードを投げつけた。


 一巡いちじゅんを終えて、手札を減らせたのは彼女かのじょと明音ちゃんである。それでも真紀ちゃんは、お嬢様じょうさまらしい気品を残して、やけにすずしい顔をしている。


 こりゃ、真紀ちゃんは相当な手練てだれだな。


「では、二週目です」


 彼女かのじょはもう一度、真紀ちゃんの右側の札を取ろうとした。しかし、「本当にそちらで良いの?」と、そう真紀ちゃんに言われ、ピクリっと彼女かのじょの手が止まった。


 真紀ちゃんはすずしい顔で、さぶりを仕掛しかけている。彼女かのじょは少々迷ったのち、左側のカードをいた。


「ハズレです」


 彼女かのじょはムッとした表情をした。三人の手札を見渡みわたせるぼくから言わせれば、真紀ちゃんのさぶりがなければ、彼女かのじょはキングを引き当て、手札を減らせていた。


 それを阻止そしするとは……。


 真紀ちゃん、おそろしい子。


「それでは、わたしの番ですね」


 真紀ちゃんは明音ちゃんの手札から、見事にエイトのカードを引き当てた。


「ボクも行くよ!」


 明音ちゃんは元気よく引いたが、手札はそろわなかったらしく、「オーマイガー」と派手なリアクションをして残念がった。


 外から見ている限り、真紀ちゃんのポーカーフェイスは完璧かんぺきだった。「クスクス」としたみを終始かべ、内面を全くさとらせていない。


 一方で彼女かのじょの方は、「ニヤニヤ」とした表情をかべてはいるが、時々「ムッ」としたり、明らかに動揺どうようしているような表情も見受けられた。


 そして、明音ちゃんはというと……。


「あちゃー」だの「よっしゃ!」だのと元気な声が聞こえ、最早もはや、自分の気持ちをかくそうという考えはないらしい。思いのままに、感情を爆発ばくはつさせている。


 そんな彼女かのじょたちの途中とちゅう成績は、意外な結果となっていた。


 彼女かのじょ、四勝


 真紀ちゃん、五勝


 明音ちゃん、八勝


 なんと明音ちゃんの圧勝である。


「ボクって、昔から運が良いのさ!」 ニコニコとしたみのまま、明音ちゃんは自慢じまんげに話した。


 確かに明音ちゃんの戦い方は戦術というよりも、出たとこ勝負の機運が強いように見える。きとか一切いっさいしないし。それで勝ち星を重ねるのだから、やっぱり、明音ちゃんは相当なラッキーガールなのだろう。


 この結果にも、真紀ちゃんはまゆ一つ動かさずに「クスクス」としたみで受け入れていたが、彼女かのじょはそうじゃなかった。


 ダブルスコアが相当くやしいのか、あの「ニヤニヤ」とした笑顔えがお最早もはやなく、「ムスッ」とした表情で、「もう一戦、もう一戦しましょう」と勇み立っている。


 もう目がね、目がこわいのよ。


 そんな彼女かのじょの視線が、不意にこちらに向いた。あまりに唐突とうとつだったために、ぼくはびっくりして椅子いすからってしまった。


「何してるんです?」


 最初、質問の意味が分からず、ぼくは「え?」という間抜まぬけな返事しかできなかった。 


「そこで何してるのかって聞いてるんですよ!」


 なんとなく、質問の意図が読めてきた。


「えっと、君たちのトランプ遊びを見てる?」


 ちょっとあどけなく言ってみたつもりだったが、それが逆効果だった。


ほかにやることがあるでしょう?」


 彼女かのじょはこめかみの辺りをピクピクと引くつかせ、今にも憤怒ふんぬの情が爆発ばくはつしそうであった。ぼくあわてて荷物をまとめると、「じゃ、じゃあ、ぼくはまた部員探しをしてこようかな?」


 彼女かのじょとびらを指さし「Get Out!」と流暢りゅうちょうな発音で退出を命令した。これ以上みつかれてはまずいと思ったぼくは、足早に外に出た。


 廊下ろうかを歩いている途中とちゅう、「はっはっは! またボクの勝ちだね!」と宣言する声と共に、「はにゃあああああ……!」とだれかがこわれるさけごえが聞こえた。 


 一体、だれさけごえだ?


 そのなぞを暴く勇気は、残念ながらぼくにはない。

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