15.最後の秘密


 フェスティバルから早や二日


 警察は強制退去を命じ、今後、この島はガードラントが介入することとなった。自然とコーウェンのしてきたこともばれるだろう。フィーアの女神が何故毎年決まった時期に現れるか。それが暴かれた時、彼は恐れていた以上の忌まわしい扱いを受けるのだ。

 負傷しているジュリアンの荷造りを手伝いながら、いまだ釈然としない気分だった。

 まだ分っていないのだ。

 キーラを殺したのは誰か。

「ジュリアンじゃないのは分ってるんだけどな」

「ん? 何が」

 右手だけで器用に衣類をまとめていた彼が振り返る。

「何がって……貴方、すごくすっきりしてない? なんで? ねえ、なんでそんな清々しい顔をしていられるの?」

 セイラはベッドから飛び降り、ジュリアンのすぐ側までやってきた。

「まだ私に何か隠してない?」

 最近ようやく分かった。彼は嘘をつくのが下手である。瞳の底を見続けると結局白状する。それはあくまでセイラ視点で、ジュリアンに言わせればまた別の理由があるのだろうが、とにかく、そうやって彼が話し出すのを待った。

「ん、んー、じゃあセイラも話してくれるかい?」

「何を?」

 きょとんとしている彼女に、ジュリアンは一度咳払いをして人差し指を立てる。

「女神が現れる直前。君はこう言った。『なんたって私と彼は』とね。この続きを教えてくれたら、僕も知ってることを話してあげる」

 交換条件を提示するように言いまわしてはいるが、かなり必死だった。今ならどんな条件をだされようともほいほい飲んでしまうだろう。でもセイラはそれに気付かなかったらしい。

「なんだ、そんなことか」

 そんなことにあの時からずっと悩んでいるのだ。

「私とクライドはね」

「うん」

「ずばり!」

「うん!」

「……親子なの」


 は?


「親子なのよ?」

「親子って……セイラのお父さんが、クライド?」

「そう。お母様が噂に名高きオブライエン将軍の娘。クライドは十六の時に結婚して、十九の時に私が生まれたの。だから今年で三十二歳」

 右手で顔を覆って打ちひしがれているジュリアンにセイラはにこにこと説明する。

「私は完全にお母様似だし、クライドは私のことを『セイラお嬢様』って呼ぶから、まあ大抵の人は気付かないわね。小さな頃は知らなかったんだけど、普通は呼ばないらしいわね。『セイラお嬢様』なんて。そう言えばお母様は私のことをセイラさんとか、セイラって呼ぶものねー」

 ようは、可愛い娘をほったらかしにして酒を飲んで食事を二回すっぽかしたから、親馬鹿な父親が怒鳴り込んできたというのか。

「次はジュリアンよ! ねえ、何を知っているの?」

 じろりと彼女を睨み、そっぽを向いたまま溜息をついた。

 なんだか酷くむなしい。

「ねえってば!」

「セイラはフィーアの女神が魔成生物であり、毎年死ぬ人間もそれによって殺されていると最初から考えてこの島に来たんだよな?」

「ええそうよ」

 そっか、呟くと彼はまた荷造りを再開した。

「ずるいわよ、ちゃんと約束したでしょ」

 憤慨する彼女をちらりと見る。

「俺たち二人が最初からお互いの情報を持っていれば、無駄に館内を歩き回ることもなかったな。セイラは今回一番怪しい人物は誰だと思う?」

「そうね、あの占い師」

「正解だ。占い師が一番怪しい。ところで、死体が二つあるからおかしくなるんだ。ダイアナがもし、魔成生物によって死んでいなかったとしたら、疑惑の目は誰に一番飛んだ?」

「……ダイアナ」

「正解。てわけで終了」

「はっ? じゃあ、彼女が犯人ってこと?」

 セイラの言葉にしっかりとジュリアンは頷いた。

「そーゆうこと。でも調べれば調べるほど犯人の幅は広がる。彼女がそう作っているんだ。プロだからね」

「毒殺を得意とする暗殺一族?」

「イエス。皮肉だけどね」

 グラスを交換しなければ、毒を使わずキーラは勝手に死んだ。自分は死なずに。

「な、なんでキーラは殺されなきゃいけなかったの?」

「ユレイユの姫。彼女が次期王の選別に強い決定権を持っていた。だからだろう」

「二人は、そのために来たの?」

「僕は違うよ。本当に誘われただけさ。でも嬉しかった。金持ちだらけだからねぇ。仕事のし甲斐がある」

 そこへ館内放送が流れた。港に船が着いたので早く乗船するようにと、ビュッセの声で告げられる。ノックがあり、クライドも荷物を持って現れた。

「さあ、行きましょう」

「あ、うん」

 皆一階のロビーで待ち構えていたらしく、エレベーターは三人だけだった。外をぞろぞろと歩く人の姿が見える。

「ジュリアン……だいぶ儲けた?」

「んー、まあまあかな? この緊急避難も都合が良い。慌てて鞄につめるから足りない宝石に気付かない。でも肝心のものがまだ盗れてないんだよね」

 平気な顔をして仕事の話をするジュリアンにクライドの眉がかすかに揺れた。

「肝心なもの?」

「と、ああ、嫌だな。やっぱりだ」

 外を見ることができるエレベーターで、港に何か見つけたらしく手のひらを額に当てた。

「何?」

「あそこに、警察の用意した船の横に小型船が見えるだろ? 僕のお迎えだ。例の暗殺一族だね。これからしばらくは尋問の毎日だ」

 不安そうなセイラと、怪訝な表情のクライド。

「ダイアナは愛娘だったからね。ここで何があったか散々質問されるだろうよ。まあ、物理的な拷問をやるわけじゃないだろうが、半年は返してもらえないかな」

 のん気な言いように二人は仰天した。

「だ、大丈夫なの? もしなんだったら……」

「オブライエンの名で手助けできることはありませんか?」

 そんな様子を面白そうに見てから、ひらひらと手を振る。エレベーターは地上へ着く。

「大丈夫。ただ残念なのは君にしばらく会えない。忘れないでいただけるかな?」

 初めて会ったときのように、手袋にキスをした。今度は左手の方に。

「これについては話す気はない。安心してくれ」

 ジュリアンの申し出に素直に頷く。

「どうやったら、その、連絡取れるかしら?」

「大丈夫。僕は盗賊王だよ? 盗み忘れたものをそのままにはしておかない」

「?」

 分らないと目で訴えるが、彼は笑っただけだった。

 じゃあ、と手を振り傷を負って半日も経っていないとは思えないほど軽快な足取りで駆けて行く。

 クライドの横を通り抜けるとき、耳元でそっと囁いた。

「盗むまで、何度でも挑戦する」

 セイラには聞こえず、クライドにははっきりと聞こえる大きさで。

 宣戦布告だ。

 いや、ご挨拶なのかもしれない。

「……お嬢様、では参りましょうか」

「そうね。また会えるかな?」

 彼女の心は囚われてはいないが、それでも――。

「ええ、必ず」

 必ず会える。会いに来るだろう。

 少しだけ、寂しくて、クライドはその気持ちを隠そうと正反対の表情を浮かべる。

「さ、乗り遅れますよ」

 日傘を差し、荷物を抱え、二人は並んで歩き出す。

 もうこの島に用はなかった。

 全てが終わった島。

 そこに、セイラが求めるものはなかった。

「ねえクライド、次の予定は?」



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フィーア島殺人事件 鈴埜 @suzunon

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