2.波乱色々


 フェスティバルまで後2日


 各部屋には寝室が二つともう一室。そしてトイレ、バスが広すぎず、狭すぎない程度にある。もちろん贅沢三昧の人種にしてみれば物足りないと言ったところだろうが、その程度の不便には皆目をつぶった。ホテル側の接客は満足いくものだし、少々の不満はフィーアの女神によって払拭されてしまうのだ。

 セイラも自分で身支度を整え寝室を出た。各部屋は寝て、ゆっくりくつろげるように設計されていたが、フィーアの女神が現れるという森側の窓は小さくその全景を望むことは難しい。当日は屋上にて大きなパーティーが催される。皆でそこから女神を拝するのだ。

「朝ごはん、バイキング形式だっけ?」

 当然のように先に起きて支度を済ませているクライドは彼女が現われるとソファーから立ち上がった。

「ええ、レストランに行きますか?」

「うん、おなか空いたわ」

 昨夜夕飯を摂ったレストランは三階にある。朝食の際も同じレストランで、二十名のシェフたちが作るかなり美味しい食事に舌鼓を打った。世界中からやってくる客に合わせた様々な種類の食事を揃えることはかなり大変だろうが、そう言った手間は惜しげもなくかける。

「お取しましょうか?」

「ううん、楽しいから自分でやるわ」

 言葉に嘘はないようで、自分の食べたいものを皿に取って行く。ただ栄養的によろしくないと横から手が入り、すぐに隙間もないほど山盛りになってしまった。

「飲み物は?」

「紅茶」

 ドリンク類だけはオーダー制で、ウエイトレスが席まで運んでくれた。ワゴンの中から好きな葉を選び、暖めたポットに湯を注ぐ。

 窓側のビーチが見える丸テーブルで二人が食事を始めてすぐ、昨日のジュリアンがやってきた。

「同席させてもらってもよろしいかな?」

 セイラはクライドの顔を見て頷く。

「ええ、どうぞ」

 濃いブラウンのスーツに見を包んだジュリアンは二人より皿一つ分多く取ってきているが、そんなハンディをものともせずに片付けていく。豪快な食べ方だが周りに不快感を与えるものではなく、案外育ちは良いのかもしれない。

「昨日は話途中だったので気になってね」

「確かに。でも、パートナーの方と一緒でなくて良いの?」

「おや、見られていたか。彼女はいいんだ。朝食は摂らない主義。一人寂しい朝ご飯も嫌だなと思っていたら運の良い事にセイラさんがいた。美しいお嬢さんと御一緒できるなんて僕は果報者だ」

 しゃべりながらも合間合間で口へ物を運ぶ。もともとこういった席で話をすることが得意なのだろう。食事中はあまり話をするなと赤の他人にであってもうるさいクライドも彼には何も言わなかった。この技術を身につければ、とセイラは改めてジュリアンを観察する。

 と、後ろで大きな声が上がった。

 恰幅の良い四十台半ばの男がウエイトレスに何か注文をつけているようだ。

「あれは、カーマイ国の成金貴族だね。フレンベル男爵だよ。あまり良い噂を聞かない輩だ。ちなみにその隣の席にいるカップルはアニェイシャ公国のお姫様。お連れはその恋人か……アニェイシャ公国は国政がかなり不安定でね、彼女は命も狙われているらしい。それでもフィーアの女神を見たくて来てしまったそうだ」

 予約制度は少し変わっていて、争いを生まぬために抽選になっている。当たった本人しか来る事は許されない。申し込みはフィーアの女神が現われた一ヶ月後の一日だけ。当日消印有効の魔導便で送り届けられ、すぐに抽選。決まった人物の身元調査を行い一ヶ月ほどして本人の元に同意書が送られてくる。

 セイラも去年抽選から外れ今年ようやく来る事ができた。

 一年近く前から自分の行動が知れているという状況は命を狙われている者にすれば危険極まりないはずだ。

「まあ、ここにいる連中はそんな奴らばかりだけど」

「随分と物知りですね」

 セイラの言葉に手を止めニッコリと笑う。

「人から話を聞くのって得意なんだ。もちろん話す方がもっと得意だが。ここのセキュリティーシステムを知っているかい? 大きな布陣が敷いてあってね、魔導による破壊活動、呪符による殺害など、人を傷付けるような行為は決して働けないようになっている。これだけの各国からの要人たちが押し寄せる場所だ。当然だよね。けれど毎年人が死ぬ。フィーアの女神によって……食事中にこんな話は嫌?」

「いえ、平気です」

 スミレ色の瞳の奥が輝いていた。その様子にクライドが苦笑する。

「じゃあ昨日の続き。最初に死んだ人、ゴートン卿。彼は本当に心臓が弱かったようで、突然の出来事にびっくりして逝去。ま、当然の結果かな?」

 食後の珈琲を口に運ぶ。話を積極的にしているのは彼の方なのに、セイラの皿はまだ残っていて、彼の皿は綺麗に片付けられていた。

「その後一年間は多くの研究者や女神を見たい人間が押しかける。そして二度目。今度はスペンサー男爵夫人。彼女も見たがりの一人で、でもいたって健康だったそうだ。しかもその一週間前に健康診断の精密検査を受けている。そして誰かが言い出した。一年に一度現われ人の命を奪っていく、とね。テラスから見上げていた彼女はいきなりその場で倒れる。脳の血管が破裂していた。物が詰まったように」

 それまで静かにジュリアンの話を聞いていたクライドがふと口を挟む。

「警察は、何故営業を許しているのですか? 毎年必ず人が死ぬと分かっていながら」

 彼の問いに待ってましたとばかりジュリアンが身を乗り出す。

「もちろん彼らは営業停止命令を出したさ。ここはユレイユ王国の管轄下。二人目の被害者が出た時すぐに命令を下そうとした。しかし横槍が入ったのさ」

「自分たちが見たい有力貴族からかしら」

「その通り。あの国は貴族でもっていると言っても過言ではないからね。彼らは次の年に招待されているよ。もちろん金は取られているが抽選という段階を抜かしてね。シード権だな。毎年五組は彼の国の貴族用に枠が用意されている。この時期になるとユレイユ王国の警察たちは酷く機嫌が悪くなるそうだ。」

 警察も手を出せない島。毎年人が死ぬ島。なかなかスリリングだ。自分の身にさえ降りかかってこなければ。

「ここで雇われている者たちも契約時に約束しているらしいよ? 自分が当たってしまっても良いと。給料はそれなりに高額、しかもおまけに誰もが羨むフィーアの女神鑑賞券が付いて来る。酔狂な人間の集まりだね」

「でもおかしな話。私なら前後十日間は確かに高額請求してホテルを経営するけれど、他の日も通常より少し高い値で続けるわ。フィーアの女神は見れないけれど、それが現われた場所に人を呼びこむ。もっと儲けることができるじゃない」

 セイラの意見にジュリアンは少し考えた。

「確かに。だが、ホテルっていうものは客商売かなり気を使う仕事だ。十日間だけ働いて後は遊んで暮らせるってところじゃないのかなぁ? 毎日遊んでいるお嬢さんには分からないかもしれないが」

 怒るかもしれない、と思ったがセイラはその言葉に笑った。

「そうね。分からないわ」

 不思議な少女だ。年相応の反応があると思えば、時にはまったく違った表情を見せる。オブライエン。その名を聞いて一つ思いつく人物があったが、真偽を確認する事はこの島にいる限りできない。電話で聞いたりしてみても良いが、もともと自分で調べたことしか信じない性質だ。昨夜人から聞いた話だと、その人には娘と、そして孫娘が存在するという。

 だが、ジュリアンは直接聞いて確かめようとはしなかった。

 彼女の祖父が何であるかなんてことは関係がない。自分が興味を持ったのはこの娘だ。

「それじゃあ続き。次の年。今から三年前のこと。その年の犠牲者はウォルター・スコット公。もちろん健康体。抽選の後の調査にはどうやら健康者といった項目も存在するらしいよ。病気の人間は見かけない。そして二年前はダーヴィット・トリンケン伯。最後は去年。とうとう従業員から死者が出た。厨房で働いてたシェフ、エヴェリーン・ザクセン」

 と、また入り口で怒号がした。慌ててコーウェン氏がその客をなだめている。

「あれは……ユレイユの貴族だね。例のシードの一人だ」

「従業員合わせて二百名弱。自分がその二百分の一になるかもしれないっていうのに、朝の食事に何がないとかそーいった些細なことで文句を言う余裕があるのね。皆ちょっとおかしいわよ」

 セイラの台詞にジュリアンは声を上げて笑った。

「そう言う君も、その一人なんだろ?」

「それも、そうね。皆他人事なのね、その時が来るまで」

「人とはそう言ったものです」

 クライドの言葉に二人は目を合わせて肩をすくめた。その人の中に彼だって入っているのだ。

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