8.色とりどり
フェスティバルから半日
屋上には数名の警察官とユーリー氏がいた。
「ちょうどいい。うるさいあの警部もいないわよ」
「だね」
二人は我が物顔で、もちろん笑顔を振りまいてどんどん中へと入っていった。警官の方も彼ら二人のことを知っていたし、あらかた調べつくしたので特に気にした様子がない。それで良いのかと思いつつも二人は問題のカメラの前に来た。
「これの一番右側……ねえ、あの光が」
セイラの指差した先には、青い光を放つ小さな水晶が壁にはめ込まれていた。
「布陣の一部……受信側だね。てことは」
予想もしなかったことに息を飲む。
このホテルを覆う結界。その布陣は各所にある送信側水晶によって作り上げられたエネルギーを受信側水晶に注ぎ込むことによって出来上がる。部屋に備え付けてあるようなものは更に部屋の安全を高めるためのものだが、この屋上にある水晶は明らかに布陣の一部だ。これの光があの時、そうまさにフィーアの女神が現れ二人の人間が死んだ時に消えていたとなれば、結界は機能していなかったこととなる。
ならば、あの瞬間になら魔導を使いキーラを殺すことも可能だった。
わざわざ布陣を警戒してあのような出所が分りやすいような毒物を利用することはなかったのだ。
「ねえ、ジュリアン。調べれば調べるほど、可能性が広がって行くのね」
「そうだね。溜息が出てしまうよ」
「ああ、本当に溜息が出てしまうなっ、どいつもこいつも」
え? っと振り返る。そこにいたのは――。
「あら、ビュッセ警部ごきげんよう」
変わり身の速さは大人顔負けだ。しかし、もうビュッセも彼女のそんな仕種にだまされるような段階ではなかった。
「機嫌は最悪だよっ。どっかの誰かが勝手にビデオ鑑賞会を開いたそうで」
もう見つかったの? 使えないわね。と舌打ちするセイラの声はすぐ側にいたジュリアンにしか聞こえなかったようだ。
「ほら、事件の当事者だから何か思い出すかと、捜査に協力したんですよ。ハウベル警部補殿が何か調べてらしたでしょう?」
「ああ、一応教えといてやるよ。色はほぼランダム。決まってはいなかった。だがな、少し魔導に精通しているやつがいりゃぁ、あの色も変える事ができただろう。お前らが見たウエイトレスの盆には緑色の飲み物は一つだったが、白いのは二、三個あった。ダイアナ嬢がどの白い分を取るかなんてのは分らない」
「……頭が混乱してきたわ」
「少しかき混ぜた方がオシトヤカナお嬢さんになれるんじゃねえか?」
セイラの眉が跳ね上がる。
「なんですってっ!」
「そんなんじゃ嫁の貰い手がなくなるぞ」
「貴方こそ、いい年して独身じゃないのよっ!」
「なんでぇ、俺がどうして独身なんだよ」
「奥様がいたらそんな襟の折れ曲がったシャツで表に出さないわよ」
「残念、ここにもう一週間いるからな。自分でアイロン当てたんだよ。いつもは長年連れ添ったオクサマがやってくださるからなれてなくってねぇ」
「まあ、一週間もほったらかしなのね。帰ったらいなくなっていたりして」
いつまでも続きそうな口げんかにジュリアンが入って止める。
「で、警部。話を続けていいですか?」
どうもこの二人は相性が悪いようだ。
「そうだそうだ。お前らまたなんか見つけたって?」
ハウベルは観念して全てぶちまけたのだろう。まあ、怒られるのは本人なので構わないが、それにしても要領の悪い男だ。
「ああそれが……」
布陣についての話をする。と、ビュッセも難しい顔をして腕を組む。
「てぇことはだ。あの毒を盛った犯人と、布陣に細工したやつは別者ってことになるな」
「そうですね。多分布陣に関しては記録が残っているはずですよ? 今までコーウェン氏がそれを報告していないのが少し不思議なんですが」
ジュリアンの言葉に彼は深く頷いた。
「すぐに調べさせる。てぇことでだ、この結果はちゃんと教えてやるからお二人さんはとっとと部屋に戻るんだ。お付のクライドさんとやらも心配しているんじゃないのか?」
背中を押すようにしてエレベーターへ誘導する。
「まだよ!」
セイラはその手をかいくぐり、奥にいたユーリー氏の下へ走った。
「ユーリーさん、キーラ様は緑色がそんなに好きだったの?」
この一日で酷くやつれた様子の彼は、ブルーの瞳を一度閉じ、思い出すようにして言った。
「確かに。彼女は好んで緑色をまとっていた。自分に似合う色だと言っていたし、ほら、彼女の少しオレンジがかった髪の色と緑がとても映えるだろ? 自分に似合う色として積極的に取り入れていたんだ。周りにできうる限り緑色を置き、選択肢があるのならそちらを選んだ。特に最近は」
「最近はってのは?」
ビュッセがセイラの背後に立ち言葉を重ねる。
「国を出る前にね、高名な占い師に占ってもらったんだ。その時のラッキーカラーが緑色で、自分の好きな色だからと喜んでいたのを覚えているよ」
ラッキーカラーを選び過ぎたが故に死んでしまった彼女。
「皮肉なもんだなぁ」
ビュッセも嫌な顔をする。
「その占い師……本当に占い師なの?」
セイラの言っている意味が伝わったのだろう、ユーリーは顔をしかめて肩を竦めた。
「まさか。予約して、待って、ようやく占ってもらったんだよ。一国の姫君だろうが客は客。って言われてね。アニェイシャでは有名な人だ」
占いには流行り廃りがある。それと供に古くから伝わる定番モノがある。アニェイシャで流行っていたその占いは後者のタイプで、丸い人の頭蓋骨ほどもある水晶による占いだったという。占い師は引く手数多で極めて多忙。彼女の前には何十何百の人間が列をなす。
アニェイシャも興味本位で占いの予約をした。丁度二年ほど前で、占い師の人気が王宮まで聞こえてきたころだ。もともと流行に敏感な彼女はすぐに飛びついた。そして過去四度ほど通ったらしい。
「ただ、誰もその占い師の素顔を知らない、か。……占いね。ジュリアンはそーいったものを信じる性質?」
「占いねぇ。人を操るのには良い手段だと思うよ。人に助言をして、その通りに事が起こればいい。些細なことでも当たれば信じるようになる。占いをしてもらいに行列に並びに行くといった時点で、皆占い師のトリックに引っかかっているのさ。信じたい気持ちがあれば曖昧な予言には自分で意味付けをしてしまうからね」
「夢の無い解釈ね」
「けれど本当のことだ。世の中の占い師の九十五パーセントは嘘っぱちさ。言葉の上手い人間たちだよ」
あんまりな言いようにセイラは嫌な言い方で返事する。
「じゃあジュリアンも占い師になれるわね」
「そうだね」
笑いを含んだ答え。セイラの口はますます尖っていった。
「セイラは? 信じる方なのかな」
「そりゃ女の子ですもの。今週のラッキーカラーぐらいチェックするわ」
「へぇ。じゃあその黒いドレスも今週のラッキーカラー?」
昨日、今日と同じ色。
けれど、それには曖昧な笑みを返しただけだった。
「ん?」
「これは……喪服よ。二人だから二日ね」
「喪服……そっか」
ダイアナと、キーラのために……いや、違う。彼女は屋上に現れた時すでに黒いドレスを着ていた。ということは、フィーアの女神によって召される者のために最初から準備をしていたというのか。
エレベーターが開く。七階の、その箱の前にはクライドが立っていた。
グレーの髪。髪の長さは肩に届かないくらいに切りそろえられている。ただ、瞳を隠す前髪。そして、主人と同じ黒い服。
「お帰りなさい、セイラお嬢様」
彼の出迎えを、嬉しそうに笑うセイラがいた。ジュリアンの手を離し、あちらへ飛びつく。
「じゃあね、ジュリアン。今日はこれで終わり。七時に夕食をご一緒しましょう」
無邪気に手を振る彼女に応じ、エレベーターの扉は閉まる。
自分の部屋に帰り、ベッドに倒れこむ。
ネクタイをはずし、シャツを脱ぎ捨てそれでも気分が悪い。
気分が悪い?
「いや、違う……違うぞ、俺は……なんで俺はむかついてるんだ?」
考えたくないその事実に、ジュリアンは夕食まで一眠りすることにした。
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