9.謎の占い師と謎の御付
フェスティバルから早や一日
昼食を摂っていると、ビュッセ警部が近づいてきた。
「よお、今日はあの兄さんはいないのか?」
「昨日の夕飯には来ていたのだけど、今朝から見かけないの。後でお部屋に行ってみるつもりよ」
今日は彼一人で、食事をしに来たわけではなさそうだ。珈琲だけを持っている。
「じゃあ伝えといてもらえるかな。昨日行っていた布陣の記録だが……何も変わりなかった」
「え?」
「受信側も送信側も異常なし。あの時間に結界がきちんと敷かれていたということだ。記録上はな」
「でも、確かに光が消えていたわよ」
「オーナー曰く、水晶を撮影していたわけではないし、光が何かのはずみで遮られたのだろう、と」
「けれど……あの水晶は人の背よりも上にあって、だからそれまでずっと消えていなかったのよ? 三分に一度写る。一時間あって、その後もずっと写っていて……」
「データの改ざんという可能性はないのですか?」
久しぶりに聞くクライドの声にビュッセは一瞬自分に話しかけていると認識できなかった。それくらい、彼は人が話している時気配を殺す。
「あ、ああ。半日かけて調べたが、その可能性は低いそうだ。一応国のそういったものを調べるレベルはかなり高いぞ」
「では、コーウェン氏が何かを隠しているんですね」
話の飛躍に珈琲を喉に詰まらせる。
「っ! そりゃあ、またなんで」
ビュッセの問いにクライドは笑って答えた。
「お嬢様が間違っているとは思えませんから」
「あのなぁ」
「クライド、違うわ! 思えないじゃなくて、間違っていないのよ」
得意満面に彼女は腕組をして彼に指摘する。
呆れ顔さえ奥に引っ込め、ビュッセは脱力し、テーブルに突っ伏した。
「まあまあ、警部さん。頑張って貴方は地道な方法で調べてくれればいいのよ。例の占い師はどうだったの?」
言われてポケットから手帳を出す。
「一応調べたぞ。行方知れず」
「それって調べたとは言わないんじゃ……」
「仕方ないだろ。誰も本名知らないし、住んでる場所すらわからない。皆が占ってもらうところは彼女のいわゆる仕事場であって、住居ではない。そうだな、二週間ほど前から行方知れず。時々こういったことはあるやつだったから周りの人間も気にしていなかったが」
「めちゃめちゃ怪しいじゃない!」
「そうか? 占い師って職業すら俺には怪しく思えるから、二週間いなかろうが、一ヶ月いなかろうが大したことじゃないと思うぞ?」
「だって、もしかしたら緑を選ばせたのはその占い師かもしれないのよ?」
ラッキーカラーを取り入れすぎた彼女。
「確かにな。お嬢様の仰せの通りもう少し調べてみることにしますよ」
ビュッセの嫌味な言い方に少しも懲りた様子なくセイラは満足そうに頷いた。
「ダイアナさんの身元はどうなのでしょうか?」
今日はよく話すクライドを面白そうに見てから首を振る。
「別に何も。普通の女だよ」
「普通のって、彼女の職業は何なの?」
「某国の大きな会社の秘書だな。今回のことで五日の休みをとっていた」
彼のその返答にクライドは眉を寄せた。もちろん少し俯いているのでその表情は見えないし、見えたとしてもあまり変わってはいない。分ったのはセイラだけだった。
「その彼女がここの代金を払えるほどの収入があったのですか?」
「さあ、他人様のことは知らないが、結構いい金貰ってたらしいぜ」
一人分なら何とかなるだろうが、二人分となると難しいのではないか。どんなに良いと言っても、一人分が一年分の給料に匹敵するのだろう。ジュリアンは彼女に連れられて来たと言っていた。その事実をビュッセは知らない。
「ま、そんなわけだから。俺はきちんと借りを返したぞ。もうあまりうろつくなよ」
案外律儀な男である。
「じゃあな」
彼がレストランを出て行くと、セイラも食後のお茶を飲み終える。
「クライド、ジュリアンの部屋に行って見ましょう?」
「そうですね」
彼の部屋は九階の三号室。何度かノックをすると声がした。少しして扉が外側へと開く。大きなあくびと共にジュリアンが現れた。
「あれっ、セイラにクライド。どうした?」
「どうしたじゃないわよ! もうお昼回っているのよ?」
「あー、ほんとだ」
「もう、朝も昼も来ないんだもの。心配したわ」
「昨日は飲みたい気分でね。起きたらさっきだったよ。悪い」
頭を掻いて笑うジュリアンにクライドは冷たい視線を浴びせる。
「少し飲みすぎなのではありませんか? それにあまりだらしのない格好でお嬢様の前には出て欲しくありません」
「クライド!」
確かに着ているものも皆昨日のまま。シャツには皺が寄り、ネクタイは曲がっている。だが少し言い過ぎだ。
「ん、ああ」
言われた本人もそう思ったのだろう、少し渋い顔をして自分の身なりを見る。
「朝食、昼食と貴方のことを待っていらっしゃいました。こんなにも心配させて、貴方はどういったおつもりなのですか」
名前を出さないが、誰を指しているかは明白だ。
「クライド!」
必死で彼の袖を掴み制するが、こうなってしまうと止められないことをセイラは知りすぎていた。
「確かに悪かったが、別に約束をしっかりしていたわけでもないだろう? そこまで言われる覚えはないよ」
口調は優しいが、ジュリアンも明らかに気分を害している。
「約束をしていない? だから来なかったと言うのですか?」
「クライドっ! もう止めてよ。分ったから。もう……部屋に帰りましょう」
今にも掴みかかりそうな彼を後ろへ押して、ジュリアンとの距離を取る。
「ごめん、ジュリアン。もう帰るね。……でも、明日の朝は一緒にご飯しましょうね?」
悲しそうな表情を見て、少し落ち着く。
「ああ、わかった。またね」
先にそう言って、部屋に戻り鍵を掛けた。
鏡に映る自分の姿を眺め、乾いた笑いが口から漏れる。確かにこの姿ではクライドが怒るのも無理はない。ご丁寧にシャツの裾が少しはみ出ている。
「シャワーでも浴びるか」
熱い湯を全身に注ぎ、そうすると気分もいくらかましになってきた。
先ほどのことを冷静に見ることができる。
確かに、毎日毎日繰り返してきた彼らとの食事。一食ならともかく二食分すっぽかしたのだ。セイラは大して文句を言わなかっただろうが、心配してはいてくれただろう。クライドが怒るのも分る。分るが。
「少し、行き過ぎてやしないか?」
あれがもし、例えば、そう、生きていたとしてキーラが二回の食事に現れなかったとして、彼はここまで怒っただろうか。ダイアナが一日現れなかったとして、胸倉掴んで罵ることがあっただろうか。
「わからん」
まあ、兎に角明日の朝食には必ずきちんとした身なりで登場しよう。クライドも多分何もなかったような顔をしているか、一言軽く謝るぐらいだろう。彼は大人だ。それでこと足りる。
「ちょっと待て、てことは……今夜の夕食はだめなのか?」
いつもより時間をずらして行くしかない、と諦めた。
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