12.それぞれの顔
フェスティバルから早や二日
押し黙るジュリアンを見て皮肉な笑みを浮かべているコーウェン。口元に手を当て、自分の中の正反対の感情を吟味し、戸惑う。強く否定できない自分に驚き、そして納得する。
静寂を破ったのはセイラだった。
背伸びし、薄茶の瞳を覗き込み、右手で彼の頬をつねる。
「ジュリアン! 何言いくるめられているのよ。コーウェンさん、貴方もどんな正当性を持ち出そうと人を意図的に死に至らしめているのに変わりはないわ。魔成生物にどれだけ迷惑しているのかは知らないけれど、それならそうと言えばいいのよ。自分で始末をつけられないのなら泣きつけばいいのよ。それこそガードラントを引っ張り出してでもいいじゃない。何のために国家があるの? 国という組織が存在するの? 困った時に利用するためでしょ! 結局それをしないのは自分が可愛いからじゃない。先祖が魔成生物を造っていた。それがばれたら自分たちがどんな目で見られるかが怖いだけじゃないっ! そんな風に自分を可哀想と思い続けて、それで仕方なしに人を殺すですって? 許されることじゃない!」
セイラの叫びでコーウェンは顔に朱を昇らせた。拳銃を持つ手がぶるぶると震える。
「小娘に何がわかる! お前は禁呪を使い、それが世間に知れた時の人々のあの目を知らんのだ! 異端者を見る蔑んだ忌まわしい物を見るあの目をっ! 私は同じような者たちを嫌というほど目にしている。どんな末路をたどるかも分かっている」
「だから殺すと言うの? 自分の人生がそれで百八十度変わってしまうのが怖いから、それなら人を殺した方がましだというの? 馬鹿を言ってるんじゃないわよ。人殺しとして見られる方が百倍冷たいに決まってるじゃないの。貴方の言葉は単なる我侭よ。自分の幸せを勝ち得るために人の命をなんとも思わないと言ってるのよ。そんな事も分からないほどに貴方はあれらに捕らわれているの?」
限界だったのだろう。ずけずけと心のそこにある本当のことを言い並べられ、今やコーウェンの顔色は赤黒く変わっていた。
「ええい、うるさい! その生意気な口を永遠にふさいでくれるわっ!」
銃口をジュリアンからセイラに移動し、引き金を引いた。
大きな音がこだまのように地下に響き渡りる。
そして、セイラの悲鳴。
「ジュリアンっ!」
とっさに彼女をかばい、左肩に弾を受けた彼はそこで止まらなかった。ポケットから呪符を取り出しコーウェンに投げつける。
「求む、目を、足を、縛りつけよ」
轟音と共に煙幕が充満する。煙の向うでくぐもったコーウェンの声がした。何を言っているかは分からないが、酷い言葉を吐いているのだろう。
と、自分の体が宙に浮くのをセイラは感じた。
「ジュリアン?」
無事な方の右肩にまるで大きな荷物を担ぐかのようにセイラを持っている。
「ジュリアン!」
そのまま彼は走り出した。傷口がみるみる彼の濃茶のスーツを汚していった。かなり出血が多いようだ。
「やめて、お願いジュリアン私を下ろしてっ! 自分で走れるから。じゃないと、傷が」
「静かに。相手に位置を知らせてしまうよ? もし手を離したら君は迷子になる。そんな事態になったら一生クライドに命を狙われてしまうよ」
台詞は途切れ途切れ。走っているからだけではないようだ。時々顔をしかめ、苦しそうに息をつく。
「お願い……ジュリアン。傷が」
消えそうなほど細い声で呟く。どうやら泣いているらしい。
彼女を泣かせたと言って怒られることは間違いないな、と何処か他人事のように考える自分がいた。頭と体が繋がっていない、そんな感覚がする。左腕はしびれて冷たくなっているし、傷口は酷く熱い。出口までの順路は知っているが、あの重い鉄の扉を押し上げるだけの力があるか少し不安だった。
と、前方に光が見える。
「……クライド」
先ほど二人が入ってきた鉄の扉を開け、彼がその入り口から現れた。ジュリアンの呟きが聞こえたのか、力強く頷く。
「早く」
担いでいたセイラを彼の腕に帰すと、クライドは先に地上へ出る。彼女を無事外に出してから手を差し伸べた。
「腕が立つと聞いていたからこそお預けしたのに」
言葉にはとげがある。が、不思議と怒ってはいないようだ。
「違うのクライド! ジュリアンは私をかばって……」
「でしょうね。そうでなければこのような傷を負うなど。盗賊王の名が泣きます」
さらりと。さらりと告げられたその事実を、自分の中で消化するのに少し時間がかかった。差し出された手をつかみ、地上に降り立ち、それからやっと反応する事ができる。
「……えーっと、いつから? あ、俺とセイラが館内うろついている時か」
今更隠しても全て調べ上げているのだろう。
「いーえ、どこの誰とも分からぬ人にお嬢様を預けることなんてできません」
「ん……てことは、一日目、二日目か。だが、身元が分かったからといって自慢できるような人物ではないと思うが」
鉄の扉を閉め、三人は裏口へ歩いていく。クライドがジュリアンに肩を貸し、セイラは大人しく後をついて来た。そして、ホテルの入り口近くまで来ると改めて傷口を見る。
「その格好では中を歩けませんね。しばらく待っていただけますか? 手当てするものと着替えを持って参ります。お嬢様は……」
「ジュリアンと一緒にいるっ!」
「では」
「っおい!」
相手の素性が分かっているというのに自分と彼女を二人きりにするクライドの神経が理解できない。
コーウェンが追ってこないとも限らないので木陰の、相手は見えてこちらは見えないような場所へ移動する。感覚のないジュリアンの指先をセイラは心配そうに両手で暖めていた。
「セイラは知っていたのかい?」
目が少し赤い。頬にはうっすら涙の跡があった。
「だって貴方フィーアの女神を見に来たと言うわりには全然興味なさそうだったから」
腰を下ろすとその横に彼女もちょこんと座った。安心して緊張が解けたのか、体の力が抜けていく。しばらくは立てないと思った。
「そうかなぁ。これでも結構調べてなんだかんだしたんだけど。でも興味ないと言えばセイラだってそうじゃないか」
「私は――なんとなく知っていたから」
「女神の正体を?」
「うん」
こくりと頷いたきりしばらく言葉は途切れた。
日が高く昇っている。もうすぐ昼食の時間だろう。
日差しが木々の合間をぬって二人の元へ降り注ぐ。この美しい島に潜むもの。あの始末をどうすればいいか。
ジュリアンは特にどうしようとも関係がないと思っていた。降りかかってきた火の粉を払う事はするが、他人の庭に入り込み難癖をつける気は毛頭ない。問題は彼女がどうしたいかだ。セイラが告発すると言うのなら手伝おう。国を担ぎ出すと言うのなら見守ろう。
しかし、女神が何であるかを知っていてやってきたというなら後者だろうが。そうなると何故このように小さな娘を送り出したか気が知れない。ガードラントに命を受け来たわけではないのか。
「勝手に造られて、それで邪魔だとか、疫病神とか、いらないとか……そう考えると可哀想だよな」
ポツリと漏らしたジュリアンの言葉にセイラはゆるゆる顔を上げた。
「魔成生物は人間が作り出したものだ。そんな風に言われる所以はないはずなのに」
「変わった人」
「初めて会った時もそう言われたね」
「魔成生物側に立って物を言う人なんて滅多にいないわよ。それも、可哀想だなんて。魔導師たちは、皆そんな事考えていない。自分の手で何かを造り上げることに熱中して、その後引き起こされる事態なんて少しも考えていないのよ。だからこんな悲劇が起こる」
森の方で鳥の声がする。何か、ざわついていた。
「そうだね。人は生まれた瞬間責任が発生する。生れ落ちた瞬間、自分の行動が周りに与える影響を考え生きねばならない。ただ、自我もままならない幼い頃は親の庇護によりその責任が軽減される。親は子の責任分の重荷を背負う。それが創り上げた者の義務であり責務だ。魔成生物は幼い子供と変わらない。誰かの庇護なしではやっていけないんだ。……自分が手に負えぬ物を創り上げてしまったら、誰が守ってやるんだろうね。誰が、終わりにしてやるんだろう」
少しずつ、なんだか眠くなってきて言葉が途切れ途切れになる。
「ねえ、ちょっと……どうしたの?」
気だるそうに瞼を閉じ、口だけを動かす。
「うん、痛み止めが効いてきただけ。大丈夫。……クライドが帰ってくるまでは、起きてないと。君に、危険があったとき、動けないと……」
「薬のせいなの? あまり常用しちゃいけない薬?」
恐る恐る尋ねる彼女の声色に、苦笑を漏らした。
「使ったのは、久しぶり。やっぱり、すごく、楽になる」
痛みが消えると今度は睡魔が襲ってくる。そして楽しい夢を見れる薬だ。
「もうちょっと、我慢して、使えばよかったかな。クライドが……」
「大丈夫よ、ほら、聞こえる? 彼が来たわよ」
セイラがとても優しい声でそう囁いた。けれど、ジュリアンにその言葉が届くことはなかった。
まどろみの中の、幸せな時間。
薬のせいだけではなく、彼は心安らかに眠った。
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