11.隠された真実


 フェスティバルから早や二日


 地下はひんやりとした空気が漂い、少しかび臭い。石で作られた壁は堅牢な雰囲気を醸し出している。しばらく使われていないところに足跡がついているので、何度かあった分かれ道も迷わず進む事が出来た。

「これは……当たっちゃったかもしれないなぁ」

「ん?」

「言ったろ。この島は昔魔成生物を研究していた魔導師が在ったと」

 セイラは黙っている。

「うん。……もし知らずにこの土地を買って、ここを見つけてしまったら。僕がここの持ち主ならば、必死で隠すね。せっかく軌道に乗ったホテル経営。それがこの島で禁忌の魔成生物が造られていたと知れてしまえば、間違いなく客が引く」

 二人の会話は極力声を抑えてはいるものの、足音さえも響くこの地下ではあまり効果をなさなかった。十メートル先まで話の内容は筒抜けである。

 嫌な予感がつのってくる。自分だけならばどうにでもなる。引き返せと警鐘が鳴り響いていた。しかし、進みたいという欲求も激しく何も言い出せないままとうとう二人は大きなホールに出た。

「これは――」


 灰色の壁に囲まれた円形の部屋。八方に扉のない出入り口があり、今はその一つから出てきた。部屋は広く、中央に手術台のようなものが置いてある。壁際には棚があり、様々な色水を入れたビンが置いてあった。そして、中に何が異形のものが浮かんでいる。紫の触手が伸びたもの、何本もの尖った犬歯を持ったもの。どれもが原型を留めておらず、何が元になっているかすら分からなかった。

「見ない方がいいよ」

 セイラをそっと抱き寄せ、自分の後ろにやる。子供にはあまり気持ちの良いものではないだろう。自分だってできればとっとと帰りたい。しかしここまで来たのだ、もう少しだけ調べるべきだ。

「一分だけ目をつぶっていてくれるかい?」

「別に、見ても平気よ」

「んーでも僕はセイラにこれを見て欲しくない」

「何故?」

「夢に出てきてセイラが泣いたら困るから」

 あくまでもとぼけた彼の返答に、セイラは場違いな笑みを漏らした。わかった、と言って目をしっかりと閉じる。

 それを確認して、ジュリアンは辺りを見て回った。明らかに魔成生物たちだ。ここでたくさんの実験が行われたのだろう。ざっと見て周り、もう目ぼしいものがないと知ると、彼はセイラの元に向かった。

 そこへ声がかかる。

「好奇心は人を殺す。と言ったのは誰でしたっけね」

 良く知った、その声は。

「コーウェンさん」

 入って来たところと反対側の入り口から現れたのはフィーアホテルのオーナー。

 じりじりと後退しながら彼が右手に持つものから目を離さなかった。彼とセイラの直線上に自分がいた。

「ジュリアン!」

 彼女が叫び、動く気配がする。

「止まれ! だめだ動くな」

 銃口はまっすぐジュリアンの左胸を狙っていた。

 コーウェン氏は皆を島に迎え入れた時のような笑顔をこちらへ向けている。豊かなその表情が、今は額面どおりに受けられない。

「これはこれはオブライエン様まで。何か騒がしいと戻ってきてみれば予定外のお客様だ。このようにむさ苦しいところにようこそいらっしゃいました。しかし、人の家に勝手に入り込むのは……感心しませんねえ」

 瞳が危険な色を帯びる。圧倒的に不利な立場。

「いえ、なかなか素晴らしい場所ですよ。謙遜なさらなくても結構です。これだけの設備……島をお買いになった貴方も吃驚でしょう? とんでもないおまけがついてきた」

 何か隙を見出さねば事態は好転しない。

「まさかとは思いますが、フィーアの女神も魔成生物なのですか?」

 少しずつ後ろに下がり、ようやくセイラのところまで到達する。最後の短い距離は彼女の方から駆け寄ってきた。しかし、コーウェンの見えるところには出さない。

「フィーアの女神! はっ! 女神ね。あれが女神か。愚かな人間にはそう見えるのかもしれないな。あの化け物が」

「やはり、そうなのですね。ここで作られた魔成生物……そうか、あれが人を殺すから、あの時だけ布陣が機能を止めるようにしかけたんですね。むしろ最初から。初めに作り上げる時にそういったように組み込めば良いのか。そうすれば記録にはのこらない。何故なら万事上手くいっているから」

「そうだよ。布陣は初めから年に一回決まった時間に機能を凍結させるように作られているんだ。ただ、君たちが考えていることはね、まったく違うんだよ」

 悦にいった表情を曇らせ、コーウェンは息をつく。

「何が、違うというのですか?」

 ジュリアンの問いかけに彼は皮肉な笑みを浮かべた。

「何もかも。皆根本を理解していないんだ」

「根本?」

 すると、今まで黙って事の成り行きを見守っていたセイラが、前に出てきた。右手はジュリアンの服の裾をつかみ、真っ直ぐとその紫色の瞳でコーウェンを見据える。

「あれは貴方が作ったものなの?」

 彼女の問いにコーウェンは憎々しげな表情を見せる。心底嫌悪している顔だ。

「まさか、あんな疫病神でしかないものを」

 吐き捨てるように言うさまは、嘘をついているとは思えなかった。

「この島を買い取ったらそこにこんな施設があったというわけか」

 ジュリアンはセイラを庇うように身を動かした。しかし、彼女がそれを許さない。銃口を向けるコーウェンに対峙しようとする。

「いえ、違うわ。彼は魔成生物を作った魔導師の子孫よ」

「なにっ?」

 彼女は目で頷く。コーウェンもそれを否定しなかった。

 確か調べた時はコーウェンがこの島を買い取りホテルを建てたとあったが、まあその程度のことは隠蔽しようと思えばいくらでもできる。これだけの立地条件の島が手付かずであった方がおかしいのだ。前の所有者が売る気を持っていなかった、それがコーウェンでこの施設があったからだというなら頷ける。

「魔成生物を、人々の目に触れさせないように飼いならすには莫大な維持費を必要とした。資金が尽きかけてきた彼はホテルを建てる。地下にあるものを隠して」

「お嬢様は私より事情を良く知っていらっしゃるようだ。そう、あれらを暴れさせないように長い間苦労してきた。二十年程前から我が一族の資金も底が見え始め、抜き差しならない状況になってきたのだ。仕方なくホテルを建て人を呼び込んだ。この危険な島に。上手くいっていたんだ、五年前のあの事故があるまでは」

「事故? あれはフィーアの女神が……」

「違うのジュリアン。そこが間違っているのよ。フィーアの女神が人の命を奪うのではないの。あれは……そう、匂いにつられてやってきたのよ。人が死んだとき発するエネルギーのような、人によっては魂と呼ぶそれにつられて」

 ジュリアンはセイラの紫色の瞳をまじまじと見返した。


「根本が違うの。フィーアの女神は人を殺しに来るのではなく、人が死んだから現れるのよ」


 頭の中で全てが丸く繋がる。最後のピースが出揃った。

 最初の被害者ゴートン卿の死因は心臓疾患による心停止。心臓に負担がかかったため。後の被害者は皆、脳内の血管破裂。初めと、後からでは死因が違うのだ。ずっと引っかかっていたことで、それの理由が今ようやくわかった。

「あんたが殺していたのか!」

 噛み付きそうな勢いで怒鳴ると、コーウェンは困った顔をして首を傾けた。

「仕方なかったんだ。あれがそんなものを好物にしているとは思わなくて本当に突発的な事故だったんだよ。なのにこの島に恐ろしい数の人間が集まってきた。人が来れば資金面で困らなくなる。が、秘密が漏洩する。ジレンマだね。そこで、丁度一年後にまた人が死に、あれが現れれば人が訪れる日を限定できる。それだけ危険が減るんだ」

「人が死に、なんていい方をするなっ! お前が殺したんだろう」

「私だって困っているんだ。あれを飼うのは酷く手間がかかる。なくなってしまえばいいとさえ思うよ」

 うっすらと唇に笑みを浮かべ夢見るように言う。それを本当に待ち望んでいるのだろう。だが、フィーアの女神は消えない。

「一年に一度餌をやると、後は驚くほど大人しい。満足して深い眠りにつく」

「ダイアナを殺したのも魔成生物ね?」

 セイラは追求を止めなかった。大の大人でもたじろぐような真っ直ぐな瞳を向け、コーウェンに話を続けさせる。

「そうさ。どうやったと思う?」

「皆一斉に乾杯する。そこに飾られている花……あの『ギレア』についている」

 セイラの答えに満足そうにして、ジュリアンを見た。

「こちらのお嬢さんは誰よりも正解に近いよ。とても聡明な子だね。昨日までの私なら、将来が楽しみだと言うところだが……。『ギレア』のどれか一つに私の祖父が作り出した魔成生物を仕込ませるんだ。そして飲み物に飾る。花が燃え上がり、それは人の体に入る。と、胃から吸収され血管に侵入し脳まで達する。そしてそこで広がる。血管は破裂し、魔成生物も死ぬ。あれは血しょうと同じ成分だから検出されない」

「じゃあ、運が悪けりゃ当たりを引くのはあんたかもしれないってことか?」

「そうだよ? そうでないとフェアじゃない。あれはフィーアの女神を見る者の義務なんだから」

「義務だと?」

「同意しただろう? 私は何も騙しちゃいない。この島に来る人間たちは一心同体なんだ。二百人が一つのものを拝むために集結し、その中の一人の命と引き換えに手に入れる」

 間違っている彼の言葉に反論しようと口を開き、そして閉じた。

 高い金を払って、皆女神を見に来る。

 しかし、それだけではないことを感じていた。

 公認のショウなのだ。

 誰かが、同じフロアにいる誰かが命を落とす。間違いなく。自分かもしれないし、一緒に訪れたパートナーかもしれない。滞在期間中に親しくなった人間かもしれない。しかし、間違いなく顔を合わせたことのある誰かが死ぬのだ。

 自分もあの瞬間に、奇妙な昂揚感を感じていたことは事実だ。

 そして、それを求めて来ている人々がいるのも事実。

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