13.その心は
フェスティバルから早や二日
盗賊王。
世界中に名を知らしめている彼は謎のベールに包まれていた。身元、本名、年齢。全てが不明。表向きはそうなっている。
彼の仕事は芸術のよう。何十にもロックされた布陣の中を行き来し、高価な宝を奪い去る。神出鬼没で大胆不敵。盗むものにも一貫性はなく、盗まれた品が闇に出回るでもない。彼の目的はまったくもって不明。だからこそ盗賊王の名を戴いた。盗む事を目的としているとさえ言われている。
その謎だらけのはずの男が目の前ですやすやと眠っている。
クライドがどうやって調べ上げたのかは分からないし知ろうとも思わないが、あの世間を騒がす盗賊王の正体がジュリアンであったことには特別これといった感情は湧かなかった。むしろありえる、と納得した。
そして、事件が起こると、もしやジュリアンが殺したのかもしれない、そう思った。断固反対する自分と、では他に誰か犯人らしき人物がいるのか、と問う自分が頭の中で論争を繰り広げる。
肩書きが怪しすぎるのだ。
しかし、最終的に彼は犯人でないと結論付けた。
証拠なんてない。
だが、確信したのだ。
「セイラお嬢様がそうおっしゃるのなら、彼は犯人でないのでしょう」
クライドは簡単に彼女の言葉を信頼し、更に重ねた。
「では、誰が?」
即答できずに、今に至る。
とうとうジュリアンに怪我までさせてしまった。
「ごめんなさい」
ベッドの傍らで、セイラは彼の優しい寝顔を見て謝った。使った薬とやらがよほど効いているのだろう。苦悶の表情は一度も窺えなかった。
「ごめんなさい。私、貴方を利用したわ」
怪我をしていない彼の右手をそっと握り締め、キスをする。
「魔成生物が関わっていることを、知っていた。あそこがそれの巣窟だと分かっていた。でも一人では入って行けない。そしてああいった場所に入っていく場合、どうしても信頼おける人間を外に待機させておく必要があったのよ」
率先して入っていくジュリアン。だが、花畑の話を聞いてきたのもセイラであったし、行こうと言い出したのもセイラだった。彼は常に彼女の言葉を優先させ事を運んでくれる。それを分かっていて、利用したのだ。
「ごめんなさい……」
泣き声が聞こえる。
か細く、弱々しく。
手を伸ばして撫でてあげたい。
心配しないでいい。大丈夫だからと。
だが、思いのほかそれは遠く、いつまで経っても自分の手が、その艶やかな黒髪に届くことがなかった。
彼女に誘われ、フィーア島に来た。
あまりにもタイミングが良く何か自分の知らないところでことが進んでいるのではないかと疑うが、そういったわけではなさそうだ。
そこで出会った小さな姫君。
「泣かないで」
小さく漏らした声に、セイラははじけるように顔を上げた。
「ジュリアン!」
心配そうで、嬉しそうな複雑な顔をして側に寄ってくる。
「体は丈夫に出来ているんだ。何時間経った?」
自分の部屋ではない。クライドのベッドにお邪魔しているようだ。
「まだ一時間ぐらいよ。それより、ごめんなさい。私……」
そっとセイラの唇に人差し指をあてる。
「それはお互い様だ」
「お互い様?」
「言っただろ? 自分が起こす行動には責任を持って当たらないといけないって。自分の力に過信していたんだ。君と一緒に行くべきではなかった。危ないと分っていたんだから。だけど、自分の欲望に勝てなかったんだ。ほら、僕は盗賊王だ。高価な品を盗む。最近コーウェン氏が少し珍しいものを購入してね。あるならあの地下だと思った」
優しく、相手を安心させるように笑う。
「ほら、僕も君を利用したんだ。お互い様だろ? こんな僕を許してくれるだろうか?」
ちっとも理由になっていない。ジュリアンは後からもう一度行き直せばよかったのだから。セイラを連れて行く理由も何もなかった。いつもの彼ならもう少しましな言い方をして相手を丸め込むのだろうが、今日はその切れが悪い。怪我のせいか、それとも……。
「いいわ、許してあげる」
極上の笑みを浮かべ、セイラは彼のその気遣いに乗ることにした。
「よし、じゃあちょっと体を起こしたいから、ごめん、ベッドから離れてくれるかな」
左肩に負担をかけないように、右にせり出して上体を起こす。すかさず彼女がいくつものクッションを背中と壁の間に置く。傷口は丁寧に処置されているようで今はそこが自分の領域でないような気がするが、痛みはだいぶましになっていた。上半身が裸なことに気付いて舌を出す。
「お嬢様の前にこのような格好でいたらクライドに大目玉だ」
入り口に彼が入ってくるのとほぼ同時の台詞。もちろん分って言っている。
「もう、目が覚めたんですか?」
本当に驚いているらしく、入り口で不自然に足を止めた。
「まあね。鍛え方違うし。多分今なら歩けるよ」
「……素晴らしいですね。着替えを持ってきました。申し訳ないですが、勝手に部屋に入らせていただきましたので」
「ああ、別に隠すような物もないし。構わないよ。ありがとう」
受け取ったシャツに早速腕を通すがこれがなかなか難しい。もたもたしているとセイラとクライドが手を貸してくれた。
「それで、どうするの?」
やっと一段落すると、二人は寝室に椅子を持ち込み座った。熱い紅茶を入れる。
何を、などと聞き返しはしなかった。
「警察が皆を解放した後に、ガードラントが乗り込むと思う。それが一番だと思う」
「だが、彼は? 僕ら二人に銃口を付きつけ、そこまでやったコーウェンが黙っているのかい?」
「それは、私がすでに話をつけてきました」
クライドはそうやっていつもの顔をしている。
「えっ、と?」
「大丈夫です。滞在期間中我々に今後一切危害は加えないそうです」
仕事が早い男。
「さっすがクライド!」
無邪気にセイラが彼に抱きつく。
むかっ、とした。
横を向き、心の中で舌打ちをする。今後どうやってこれに蹴りをつけよう。結構逼迫した問題なのだ。
「相変わらず仲がよろしいことで」
思わず言ってしまった言葉に、セイラも特別な意思を汲み取ったらしい。
一瞬不思議そうな顔をしてから、一人で納得いったように頷く。
「やだ、私とクライドの仲の良さに嫉妬しているのね」
語尾にハートマークが付きそうなぐらい弾んだ声だ。違うと否定する自分の声もそれに押されて弱々しく聞こえてしまう。
「無理よ、私と間に入ろうなんて百万年早いんだから。なんたって私と彼は――」
結構なダメージを与えられる言葉を投げかける彼女が不自然なところで言葉を切る。
次の瞬間。
ホテル全体が大きく揺れた。
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