10.暗き地下への炎の扉


 フェスティバルから早や二日


 ホテル内をあらかた見て回った二人は、ホテルの外、フィーアの女神が現れる森の中に来ていた。

 朝、クライドはやはりいつも通りでジュリアンとセイラは正直ほっとした。その後また探偵ごっこを続けることに反対もされず、今こうして木々に囲まれている。

 森と言っても特に色濃く茂っているわけではない。ホテルの裏側からビーチと反対の切り立った崖までずっと続いているので森と呼ばれているだけだ。密度的には林と言った方が良いかもしれない。

 ここに来たのは従業員の一人からあのパーティーで燃え上がった赤い花が栽培されていると聞いたからだ。

「あの花は今ではフィーアの花と呼ばれているけれど、実際ここで使われるまでは『ギレア』という名前で親しまれていた。古い言葉で『燃える花』の意味だそうだ。花びらやがくがとても乾燥していて一度火が付くとあっという間に燃えて消える。燃えカスが残らないのが特徴であのカクテルにそえられていたんだ」

「ジュリアンはなんでも知っているのねぇ」

「言ったろ? 自分の行く先々の土地は事前にある程度調べておくって」

「慎重なのね」

「いや、臆病なんだ」

 全然そうは見えない彼の言い方に二人は声を上げて笑った。

「昨日は――ごめんなさい」

「セイラが謝る事はないよ。それに僕の方も悪かったと思ってる。ほぼ慣例と化していたからね」

「クライドはね、なんて言うか。そう、過保護なの。思いっきり」

 あの怒りよう。

「それは分かる」

「半端じゃないのよ。ただ私のことはとても尊重してくれて、ジュリアンと一緒に色々出歩く事も許してくれているでしょ? それって、クライドも貴方のことを信用しているってことなの。だから、昨日みたいなことになっちゃって、彼は自分自身を許せなかったんだと思うわ」

「セイラ……」

 どうもこの娘は考えすぎる。年相応に振舞えばいいのに。そこまで考えずとも、許される年齢だというのに。

「私が貴方に好意を持ってこうやって一緒にいたいって言うから彼は彼なりに考えているんだと思うの。クライドもね、貴方のこと好きだと思うわよ。だから許してくれるんだし、それで、信じていたいとも思っているわ。だから、もうあんまり心配なことしないでね?」

 最後の台詞と同時にジュリアンの顔を覗き込む彼女の笑顔も、何も、入ってこなかった。

 彼の頭の中を占めているのは一つの言葉。

 突然黙り込んでしまったが、特に難しい顔をしているわけでもないのでセイラは彼の手を引いてどんどん先へ進んだ。

「ほら、ジュリアンあれあれ」

 一度火が付くと手がつけられないため栽培には酷く気を使う。特別な布陣を敷き、その中で作られている。青白く光った半球状の半透明ハウスの中で、赤い花が群生していた。

「流石に中には入れないみたいね。……綺麗だわ」

「そうだね。この中は大気に多量の水分を含ませているんだ。入るときは発火原因になるようなものは決して持ち込まない。よく山火事とかあるだろ? あれは乾燥した木々がこすれたりしたほんの小さな火種から大きくなるんだ。この花はそれよりもっと酷い。まあ、山火事の場合人為的なものも多いけどね」

「この半透明のハウスを何個にもわけているのは一つがだめになっても良いようにかしら」

「うん、多分そうだろうね。今ではフィーア島の代名詞だから」

 十個ほどそれは並んでいる。

「この『ギレア』はね、昔『魔の花』とも呼ばれていたんだ」

「何故?」

「どこの国の話かは忘れてしまったけれど、魔成生物が現れる時にこの花がその足元で燃え上がったそうだよ」

「……魔成生物」

「ああ、そう言えばこの前の話は途中だったな。キーラが魔導には三種類あると言ってたよね?」

「能動魔導と受動魔導」

「そう、そして三番目が禁呪の魔成生物」

 ありとあらゆる魔導を駆使して作られる生物。既存の動植物を利用して製造されたり、果ては人間をも材料として使ったと言う。強化した魔成生物は一概には言えないが、底知れぬ残虐性を秘め、これを世は禁呪とした。

「今ではこの研究をする学者はいても実行する魔導師はいない。異端者とされるんだ。けれど百年程前は結構盛んだったらしいよ」

 あまり聞いていて楽しい話ではなかったのだろう。キーラの時のように積極的に耳を傾けている様子がない。それでも、ジュリアンは続けた。

「この島もかつては大きな研究施設があったそうだ」

 弾かれたように上げた彼女の顔は今にも泣き出しそうだった。少し怖がらせ過ぎたようだ。

「言ったろ? 百年も前のことだ。大丈夫、今じゃない」

 それでもセイラはつないでいた手を更に強く握ってきた。

「だから、一番初めに女神が現れた時たくさんの研究者が訪れたの?」

「うーん、どうだろう。魔成生物は酷く醜いと言われているからね。反対に女神は荘厳で美しい。僕はね、過去を調べるのがとても巧いからこの島のその隠された過去を知っているけれど、当初やってきた彼らがその事実を知っていたかは分からない」

「過去は隠されていたの?」

「もちろん。オーナーさえも知らないんじゃないかな? この島に隠された話を。禁呪で異端だからね、結構酷い手を使ったらしいよ。全てを消すために」

 それきり二人は何も話さずにギレアの咲き乱れた布陣を一つずつ覗いていった。

 ちょうど右から六つ目のギレアハウスを覗くと、無残にも焼け果てた後がある。

「可哀想」

「うーん、でもおかしいな。あの焼け具合、昨日、今日ってわけじゃなさそうだ。それにほら、その奥。何かあるだろう?」

 青白い半球体の外壁に触ればこうやってこっそり覗いていることが分かってしまう。セイラは目を凝らして半透明の壁の向うにジュリアンが見つけたそれを見出そうと努力をした。

「花がないならもう結界を解いても良いはずだし、気になる。中に入ってみたいなぁ」

「でも、勝手に入ったら怒られるわよ」

「うーん、気付かれなければいいわけだから。セイラ、ちょっと待ってね」

 ジュリアンはそう言うと上着の内ポケットから何枚かの紙を取り出した。呪符だ。

「魔導はやらないと言ってなかったかしら?」

「できないけれど知識はあるよ。そしてこれは知識さえあれば使えるもの」

 ドームをぐるりと一周し、何箇所かにその呪符を置く。

「離れててくれるかい?」

 セイラが安全な位置まで行くのを見届けて、ジュリアンは開始の呪を唱える。

「始まりと 終わりと 秘密と 扉」

「何それ」

 もっと不思議な発音で長い長い言葉を発するのかと思えば、そうではないらしい。簡単な単語だけ。

「作ったやつの趣味。この言葉で反応するようになってる。この四つの単語一緒に言うような機会はないだろ?」

 青白い結界が少しだけ色を薄くした。

「さ、しばらく通るのに差し支えはないよ。中に入ろう……怖いかい?」

「大丈夫! まだ興味の方が勝ってるわ」

 二人は並んで入り口に立つ。扉は外側へとスライドするタイプだった。

 先ほどジュリアンが見たその何かは、地面から生える鉄の輪で、彼はそれを引っ張ってみた。

「ありゃ」

 引っ張っても引っ張っても何も起こらない。

「ねえ、それって……貴方がそこにいるから引っ張れないんじゃない?」

 セイラは屈んで手袋が汚れるのも気にせずに辺りの土を払った。その鉄製の輪が連なっているところを中心として二人が同時に入れるくらいの四角い鉄板があった。

「んん? お、そうみたいだ」

 その四角形からはずれ、彼は思いっきり引く。ぎぎぎぎっと音がして地下への扉が開かれた。

「……」

「……」

 ひんやりとした空気が入り口に溜まっている。ずっと放置されていたようで、階段には埃が溜まっていた。しかし、よく見ると足跡がついている。

「どーしますか? お嬢様」

 自分ひとりなら迷わず入って行くところだが、今は彼女がいる。危ない目に合わせたら二度と口を聞かせてもらえないだろう。あの男に。出来れば帰ると言って欲しかった。むしろ自分がそれを進めるべきなのだ。

 しかし――。

「勿論前進あるのみっ!」

 こんな所で止まっているわけにはいかないのだ。彼がなんと言おうとも、セイラは中に入るつもりである。諦めるのが早いのか、よく言えば状況に適応する能力が高いジュリアンはセイラの手を引く。

「じゃあ、僕が先頭ね。足元に気をつけて」

 またまた胸ポケットからペンライトを取り出すと、二人はゆっくり降り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る