第7話 番外⑦ お祭り編 終
「こっこまでおいでー!」
「おねえちゃん登るのはやいよー!」
その後……蓮と真白はサヤとサキを連れて、人気の少ない高台に移動する。
『パパの上に乗ろうねー!』『はぁはぁって言おーね』……と、あんな発言をされて祭りに残れるわけもなく、速やかに避難した次第である。
その高台にある遊具でサキとサヤは遊んでいた。
「はぁ……。まさか祭りでこんなに疲れるとは思わなかったよ……」
「大丈夫……? 蓮くん」
ベンチに腰を下ろす蓮と真白は、互いに身体を寄せ合いながら会話を続けていた。
「大丈夫なわけないだろ。そもそも、こんなことになったのは全部真白のせいなんだからな?」
「……えへへ、ごめんなさい」
「ったく、俺が怒らないからって好き放題しやがって……」
真白は聞き分けの良い嫁だ。
しかし、それでは結果的に真白を縛ることになる。
蓮は夫としても……真白が好きだからこそ、そんなことはしたくなかったのだ。
「まぁ……、祭りでこんなに恥ずかしい体験を出来るのは、真白が俺の隣に居るからなんだろうな……」
「う、うん……っ」
「あの体験は死にたくなるが」
「蓮くんっ! 今その言葉を言うムードじゃなかったよっ!!」
なにか甘い言葉をかけられると思っていたのだろうか、真白は不満を露わにしていた。
「考えてみろ、サキとサヤの言葉を俺の教え子に聞かれていた時のことを……。学園で俺はどう過ごせばいいんだよ」
「その時はわたしと一緒にメールとか電話をすればいいと思う……。わたしはずっと蓮くんを支えるから……」
蓮の手に自分の手を重ね、上目遣いで見つめる真白。だが、この言葉は蓮に反撃を与えるワードでもあった。
「支える、ねぇ……? この原因を作ったやつは一体誰なんだろうなー」
「う……」
「支えるとか言ってるのに、俺を襲ってくるやつが居るんだがなー」
「うぅ……」
「俺の睡眠時間を削ってでも甘えてくるんだけどなぁ……」
と……話を優位に進める蓮だが、真白も負けてはいなかった。
「わ、わたしは謝らないもん……。そ、そのくらい蓮くんが大好きってことだから……」
「っ……」
「あ、あれれ、蓮くん照れちゃったー?」
「ま、真白なんかで照れるかよ……」
恥ずかしそうに顔を背ける蓮に、嬉しそうなニヤニヤ顔で詰め寄る真白。
「そんなこと言ってるとーーもっと大好きって言っちゃうぞ……」
主導権を握る真白はどんどんと足を踏み込んで行く。逃げ場を残さないように……蓮にしてやられないように……。
だが、それは攻める一方で自分の足場を疎かにしてしまうものでもあった。
「……い、言えるもんなら言ってみろ」
「っ!?」
ここに来て、まさかの抵抗をする蓮。
さっきは自然と『大好き』と言えた真白だが、それは良い雰囲気と話の流れが噛み合ったからこその賜物。今、この状況で『大好き』だなんて何度も言えるわけがなかった。
「お。ほーら、自分の発言には責任持とうなー? いつ言ってくれるんだ?」
「くっ、くぅぅっ〜〜っっ……! もーっ!」
「ハハッ、いつか俺に勝てると良いな。……俺の大好きな嫁さん?」
「〜〜っっ……!!」
顔を真っ赤にして両手で顔を隠す真白を見て、蓮は得意げに立ち上がる。
当然、蓮だって照れていた。大好きな嫁に『大好き』なんて言葉をかけられたのだから。
だが……その言葉一つで落とされる蓮ではないのだ。
「サキ、サヤ。そろそろ花火が始まるからこっちにおいで」
「はーい!」
「分かったー!」
時計を見れば8時8分。あと2分後にはお祭りの醍醐味である花火が始まる。その花火はこの高台から観望することが出来るのだ。
「あ、あれ……? ママはどうしておサルさんみたいにほっぺたを赤くしてるの?
「かわいいー!」
「両手で顔を隠してても分かるって凄いよな……。どんだけ赤くしてんだか」
遊具から降りてくるサヤとサキは、ベンチで丸くなっている真白に無意識にからかっている。
「花火はこっちで上がるから……ここが良い位置だな」
蓮は花火が正面から見える位置にサキとサヤを案内する。そこには落下防止用の柵があり、子どもが居ても安全な場所である。
「あと30秒で花火が上がるぞー」
「おおおーー!」
「さんじゅーびょー!」
腕時計を見る蓮は細々とした時間をサキとサヤに伝える。サキとサヤはお祭り同様、花火も楽しみにしていたのだ。そして、三人はこの後に花火が上がるであろう夜空に視線を向ける。
ーーここで……一人の影がこちらに近付いていることなど気付くわけもない。
「残り10秒」
「きゅー!」
「はーち!」
サキとサヤの元気の良いカウントダウンが始まる。
そして……『ゼロ!』と言う数字を発した時、
「あれだー!」
「くるー!」
『ヒュルルルルー』と音を上げながら夜空に上がって行く花火の種。
サキとサヤは宝石のような瞳をその光に向けている。
そんな二人に視線を向ける蓮だったが……『くいっ』と、裾が引っ張られ……顔をその方向に向けた矢先だった。
「ちゅ……」
「ッ!?」
突として唇に伝わる甘い味……わたがしのような柔らかさが伝う。それは、忘れることのないキスの感触。
「ま、真白……」
「……パパ、大好きだよ……」
距離を少し離し、照れながらもにっこりと微笑む真白。
「っ、……そ、それは卑怯だろ……」
『大好き』の言葉。キスの感触。照れた真白の笑顔の三段構えは、蓮の防御を簡単に突き破った。
「えへへ……わたしの勝ちー」
誰よりも顔を赤く染める蓮に真白は言ってやったのだ。自分の勝利を。
ーーその瞬間、満開の花火が真白を祝うかのように、夜空に浮かんだのは言うまでもない……。
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