第9話 学園編②

 生徒にいじられながらもなんとか4時限を終え、蓮が職員室に戻った矢先のこと……。


「蓮先生、少しお話しがあるのですが……」

「は、はい!」

 この学園の教頭に呼ばれる蓮。

 だが、いつもと何かが違う。……職員室の雰囲気も、教頭先生の顔付きも……。

 自分が何か怒られるようなことをしたのだろう……と察してしまう。そして、蓮は心当たりがあった。


「こちらでお願いします」

「わ、分かりました……」

 空きスペースの生徒指導室に入室する教頭のあとに続く蓮。


 職員室とは違い、どこか張り詰めた空気を漂わせるの生徒指導室。黒塗りのソファーに腰を下ろすように促された蓮は一礼して座る。


 そして、前置きをすることなく教頭は本題に入った。


「私が蓮先生をここに呼び出した理由は一つ……。複数人の先生方からとある相談が来たんですよ。……なんの事だか分かりますね?」

 教頭の声音に怒気はない。いつも通りの穏やかな口調。しかしそれが逆に怖いものであった。


「お、大通りで開催された祭りについてのことですよね?」

「ええ、そのことです。ソレについて沢山の生徒が、先生方に聞いて回っているらしくてですねぇ……」

「……ッ!?」

 

 その報告を聞いた瞬間、蓮の額から冷や汗が滲み出る……。

 あれだけのからかいを受け……なにかを聞いて回る生徒。その『なにか』を想像するのは容易いものだった。


「ま、まぁ……蓮先生は若いですし、そんな行為をしてしまうのも理解は出来ます。ですが……ここである問題が発生しているのですよ。『5P、、とはなんですか』……と、からかいの質問をする生徒がね」

「……んッ!?」


「それと、もう一つ。……蓮先生に夜のテクニックを教えてほしいという生徒もいたらしいです。それも一人ではなく数十人」

「はぁッ!?」


 高校生の生徒は思春期まっしぐらな年齢でもある。いろいろとからかわれる事

 は覚悟していた蓮だが、その行為についての『教えてほしい』との報告を受けるなんて思いもしなかったのだ。


「時間が押しているので結論を言いますが、5Pをしているにしろ、していないにしろ、このような噂は消失させなければなりません」

「はい……」

 教頭の言葉は至極真っ当なもの。自分だけでなく、他の先生方にも迷惑をかけているのだから、一刻も早く問題を解決しなければならない。


「……蓮先生、あなたは優秀な先生であり、生徒達からは絶大な信頼を寄せている。この学園に残ってもらわなければならない大切な先生です。学園側としてもあなたを切るわけにはいかないのです」

「あ、ありがとうございます! 一刻も早く問題を解決しますので……!」

「期待していますよ。では、これで話は終わりになります」


 そうして話が終わり……生徒指導室を出た蓮は職員室の自席に戻る。


「おうおう、ヤリ男。教頭からの説教はどうだったか?」

「はぁ……。牧原さんまでそんなこと言わないでくださいよ……」

 

 蓮がその席に座って数秒後……。蓮をからかうように肩を叩いて来たのは、蓮がこの学園の生徒だった頃に担任を受け持っていた牧原先生である。

 牧原先生は今もなおこの学園の教師をしているのだ。


「アッハッハ、仕方ねぇだろ。……だが、何で5Pなんかしてんだよ。蓮には元アイドルの嫁さんいるだろうが。そんなに満足出来てねぇのか?」

「それは本当に誤解ですよ……。だいたい、一つの欲望で真白から他の相手に乗り換えるなんて真似は絶対にしないですよ。真白は俺の一番ですし」


 鼻先を掻きながら、恥ずかしそうに牧原先生に伝える蓮。こんな言葉を真白にかけたのは今までに数えるほどしかない。誰かにこの気持ちを伝えるのは恥ずかしかったのだ。


「ほう……。蓮もノロケるようになったんだなぁ……。まぁ、あんな良い嫁さん貰えばそうなるのも仕方ねぇか」

「かなりの甘えん坊ですけどね、真白は」

 どこか不満そうに、呆れたように装う蓮だが牧原先生にはバレていた。


「本音はそれが嬉しいんだろ? 顔に出てるぜ」

「さ、流石は元担任ですね……。確かに嬉しいんですけど、真白はこのことに気付いてないですから」

「いんやぁ、案外気付いてるかもしんねぇぞ? 蓮が嬉しがってることに」

「え……」


 ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら牧原先生は、なにかを分かってるかのように話を続けてくる。


「嫁さんが蓮に嫌がることをしたことはほとんどないだろ?」

「な、なんでそれを知ってるんですか……?」

「そりゃあ蓮がノロケるぐらいなんだぞ? あんな鉄仮面だったお前をベタ惚れにさせる相手がどういう相手なんかはなんかすぐに分かるさ」

牧原先生は、担任としてクラスの皆をよく観察していた。関わり深い生徒のことなら、ある程度は理解出来ているのだ。


「そう。嫌がることをされたことがないってことは、蓮がされて嫌なことを嫁さんはちゃんと把握してるってこった。それでもかなり、、、甘えてくるってことは、お前の気持ちをちゃんと理解してる証拠だろう」

「……」


「嫁さんも好きなように甘えられて、蓮も喜ぶ。互いに嫌なところはなんにもないならその行動を取ってくるのは当たり前のことだと思うが」

「お、俺……。真白に甘えて来られる時、いつも鬱陶しそうにするんですけど……本心がバレてるってなるとーー」

 

 蓮は疑問に思っていたことがあった。


 それは、真白が甘えて来る時に何やら嬉しそうな笑みを何度も浮かべていたこと……。

 ただ甘えられることを嬉しく思っているのだろうと思っていた蓮だが、自分の『嬉しがってる』ことを理解しているからこそ、あんな笑みを浮かべていたのだろうとすれば……、

「や、う……恥ずかし過ぎるだろ……おい」


 蓮がそう悶えてしまうのも仕方がない。……真白に対して鬱陶しそうに接しているのが演技、、だと見破られている証拠でもあるのだから。


「お前は相変わらずにぶちんだな。ほら、早く飯食わねぇと昼休み終わっちまうぞ?」

「は、はい……。今これを考えても仕方がな…………ッ!?」

「どうした?」

 持参しているカバンを漁った後、動きを硬直させた蓮に牧原先生は首を傾げる。


「真白の弁当が……ない」

「蓮、それは有罪だな。せっかく嫁さんが朝早く起きて作ってくれたってのに……」

「マジか……マジなのか……」 


呆れ返る牧原先生に、今までに見せたこともないほど悲しげな表情を見せる蓮は必死にバックを漁っている。その最中ーー蓮のスマホに一つの連絡が届く。


『蓮くんっ! 忘れてたお弁当届けに来たよ! 今学園の事務室にいるから取りに来てねーっ!』

「ま、真白……」 

真白から愛情がこもったメールを受け取る蓮だが……その嬉しさは一瞬にして消えてしまう。


 今日の午前中、『あの、、お祭り』の件で生徒達にあれほどイジられたのだ……。

その嫁である真白が……伝説のアイドルと呼ばれていた真白が学園に姿を現したなら、生徒達の過激化は目に見えていたからである…………。




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