第10話 学園編③

 蓮が急いで事務室に行った時には既に遅かった。

 視線の先には女子生徒に囲まれた真白の姿。そのすぐ後ろには列が連なっており、まるでサイン会場のような現場になっていた。


 これが現役を引退しても残る、真白の人気なのだろう。


「そうだよー。蓮くんは甘えんぼうなところがあって、わたしの膝枕をいつも要求してくるの。でも、それが嬉しくて……っ!」

「が、学園じゃクールな蓮先生が……っ!?」

「レン先生が甘えるなんて……」

「想像が出来ない……」


 そして……背後から近付く蓮の耳の届いたのは、真白のノロケであり、生徒たちに対しての情報提供だった。


「おいおいおいおい、何勝手に喋ってんだよっ!?」

「あっ、蓮くん!」

 そんな真白の声を聞いて黙っていられる蓮ではない。飛び出すように前に出て真白の肩を揺らす。


「で、出た……っ! 蓮先生!!」

「夫婦ならではの会話が見られそう……っ!!」

「ワクワク……」

「おぉ、やべぇ……! まじで真白さんが居るしッ!?」

「昔と全然変わってねぇじゃねぇか……」

「あぁ……天使だ……」


 蓮の登場によりさらに盛り上がりを見せる生徒達。そしてこの場所事務室前。何故か事務員さんは注意もせずに、微笑ましそうな顔をこちらに向けていた。


「なんで真白がこんなとこに来てんだよ……。正門前で良かっただろ?」

「ご、ごめんね……っ。め、迷惑だとは思ったんだけど……蓮くんの時間が少しでも作れるように、お弁当を早く届けたかったの……」


 真白の善意は蓮の不満を一瞬にして吹き飛ばす。……そもそも、真白に不満を抱くこと自体が間違っているのだ。

 真白がここに来たのは蓮がお弁当を忘れてしまったからであり、真白には何にも非がないのだから。


「あ、や……俺の方こそすまん。弁当を忘れて真白に迷惑をかけた……」

「ううん。何も気にしないで大丈夫だから……。今日は早く蓮くんに会えて嬉しい……」

「ありがとな……ほんと」


 真白からお弁当を手渡され、無事に受け取った蓮は照れたように微笑む。


「さ、早速良い雰囲気なんだけど……っ!!」

「キスしちゃうんじゃない……っ!?」

「胸が熱くなってきた……」

「あの蓮先生がもう落とされたよ……!?」

 キャーと騒ぎ立てる女子生徒。


「蓮センセ……マジで羨ましいんだけど……」

「奥さんの鏡じゃん……。あんな言葉をかけられたなら惚れるよな……」

「蓮先生はあの天使とシてるんだよな……いっぱい……」

「お互いにベタ惚れだよな……あれ」

 そして、ガン見で真白を見つめる男子生徒。


「それじゃ、午後の仕事も頑張ってくるな」

「あっ、待って。一つだけ忘れてるよ? 蓮くん」

「なんだ?」

「良いことしたから頭撫でで……」

「それは家に帰ってからな。……ここ生徒達で溢れてるし」


 蓮と真白の周りには、この二人を逃がさないという意思が込められているかのように生徒達が溢れかえっている。

 その密集度は満員電車よりひどいかもしれない。


「わたし達はあの行為をサキとサヤに見られてる人だから大丈夫……」

「なにが大丈夫なんだよ!?」

 蓮は悟った。真白の暴走が始まったかもしれないと……。


「蓮センセー、真白さんの頭撫でて上げないんですかー?」

「普通撫でるよなぁ……。せっかくお弁当を届けに来てくれたんだから!」

「これじゃあ、真白さんの旦那さん失格だと思いますー!」

「奥さんの要望を叶えてこそ、俺たちの蓮先生ですよー」

「そうだそうだー!」


 何故かここで真白を声援を送る生徒達。完全にアウェーな状況に立たされる蓮。


「そ、そうだよねっ! 撫でてくれなかったら旦那さん失格だよねっ!」

『ウンウン』

 キラキラとした瞳で同意を求める真白に集まる生徒全員が同じタイミングで首を縦に振る。


 ーー稀にある。数に押され、渋々折れなければいけない状況が……。


「ったく……良い歳していつまでこんなことさせんだよ……」

「えへへ……、あと10秒お願いしますっ……」

「はいはい……」

 真白の要望に答え、きっちりと10秒間頭を撫で続ける蓮。その結果、真白の顔が柔らかく変化していく。


「ま、真白さんの顔がとろけてる……」

「す、すげぇ……」

「どうすればあんなになるんだよ……」

「可愛いなぁ……ほんと……」


生徒達がそう思うのは仕方がない。こんな真白を見る蓮も『可愛い』と思っているのだから……。

 

「ほら、お前達は教室に戻る戻る。俺の嫁さんは見せ物じゃないだから」

 真白との用事も済み、これ以上事務員の迷惑をかけるわけにもいかない。そんな判断をする蓮は生徒達を追い返す。


 ーーその瞬間だった。

 人混みに突撃して、真白の元に歩み寄る一人の女子生徒が蓮の視界に入ったのだ。


「真白さんー! お久しぶりですっー!!」

「あっ、あなたはお祭りの時に会った……」

「そうですっ! お祭りの時に会った人です!」


 その女子生徒は蓮が受け持つ生徒。あの問題児だ。


(嫌な予感がする……)

 そして、蓮の予感は的中する……。


「真白さん聞いてくださいっ! 今日ですね、蓮せんせーがもっのすごくノロケてたんですよー!? 朝課外の時間ずっと!!」

「……ッ!?」

「く、詳しく聞かせてくれませんかっ!」

「真白は聞くなって! おいおいおい、お前らも戻ってくんな!」


 真白とその問題児を引き剥がし、追い返した生徒達は何か面白い話題を見つけたようにぞろぞろと戻ってくる。


「蓮くんは静かにしてくださいっ!」

「静かに出来るかってんだよ!」

 蓮はここで失態を犯した。真白に反論をしたことによって、問題児へ隙を与えていたことに……。


「『料理も上手いし、子どもの機嫌を取るのも上手じょうずだし、俺が家に帰った時にはすぐ玄関で迎えに来てくれるし……。ほんと、自慢出来る嫁だよ!』って言ってましたぁあああああ!!!!」

「れ、蓮くん……っ」

「ば、馬鹿野郎…………」


 今朝の発言を真白に大声で伝える問題児。……その発言は真白になかなか言えないもの。

 しっかりと耳に入れた真白はボワッと顔を赤くしながら蓮を見つめ……その本人は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 蓮に襲ってきているものは羞恥。身を隠したいほどの恥ずかしさだっだ。


「フュュューーーーーー」

「熱いねぇ、アッツアツだねぇえええ!!!」

「イイヨォォォ!! 大好物ダヨォオオオオ!!」

「ノロケノロケ!! ウェイウェーイ!!」

「ちょうだいちょうだい! そういうのちょうだいもっと!!」


 その盛り上がりはライブ会場にも負けないほどであった。


 そして……あの噂があったからこそ、こんな爆弾が落とされた。


「こ、この際だから聞くんですけど、夜……っちゃいますか? 真白さん!」

「えへ、えへへ……もちろんヤっちゃいます!」


 蓮の想いを聞き、舞い上がった真白はぴしっと敬礼を決めながら宣言した。……『ヤる』と。


「出たぁあああああああ!!!」

「ヤっちゃう宣言入りましたぁああああ!!!」

「流石は真白さんだぁあああああ!!!」

「よっ、蓮先生が羨ましいいいいいい!!!」

「真白さん大胆だ……」

「こ、これが出来る女なんだよ……」

「旦那を逃がさない策……」

「真白さんカッコイイ……」


 真白を敬拝する生徒達。どうにでもなれ……と顔を隠す蓮。


「最後に真白さんっ! 蓮先生のこと大好きですかっーー!?」

「はい! 大好きですっ!」

「「「「フォオオオオオオオオオオ!!!」」」」


 そんな真白の告白に、生徒達の声量で学園が揺れるのであった。



 ーーこのことがキッカケで、事務室前はある噂が生まれる。

『この場所で告白し、成功した者は真白さんのような幸せな家庭が築ける』ーーと。




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