第6話 番外⑥

「真白……。お前、俺の教え子になんてこと教えてんだよ。はぁ……、もう勤務したくない……」

 なんて情けないことを呟く蓮だが、教師が色恋沙汰で生徒にいじられるというのはかなり心に来るものである。

 それも、その相手は大人気アイドルであった真白……。いじられる規模は計り知れない。


「とっても素晴らしいお話が出来ましたっ!」

「パパとママの出会いはステキだった!」

「うんうんっ! うんめーい!」

「まぁ、運命なのかもしれないけどさ……」


 VRMMOで『モカ』に出会い、転入先でその本人である真白に出会い、いろいろな壁を越えながら付き合って結婚した。

 こんな出来すぎた過去。ーー運命に違いないと、蓮は密かに思っていた。


「でも、言わないといけなかったから……。蓮くんは狙われないように……」

 真白の目的はただ一つ、相手への牽制。学園中の生徒へのだった。『蓮くんは渡さないぞ』と……。


「それどう言う意味だ?」

「蓮くんの生徒さんの反応を見て分かったの。やっぱり蓮くんは人気があるんだなぁ……って。狙われてるんだなぁって……」


「狙う? 情けない話、俺は教え子に舐められてると思ってるんだが……」

「それは蓮くんと距離を縮めたいからだよ」

「新米教師の俺と……? 不思議なもんだな」

「これだから蓮くんは……」


 蓮の鈍感さは昔と何も変わっていない。むしろ悪化したかもしれないと思う真白は頰を膨らませる。その矢先ーー


「不思議だよねぇ〜、ほんと不思議だ。いつになっても変わらないんだから。そのバカ鈍感!」

「あぁー! カレンお姉ちゃん!」

「カレンおねえちゃんだー!」

「どもっ! 二条城家族!」


 子どもに見せるような優しい笑みを浮かべて敬礼する可憐。可憐は浴衣に身を包んでいるわけではなく、帽子に半袖、ショートパンツと夏らしい軽装をしていた。


「久しぶりだね、可憐!」

「はぁ……。可憐かよ」

「ましろんお久しぶり! って……隣の旦那はため息を吐いてるけど」


「多分、可憐が『ばか鈍感っ!』なんて言ったからだよ?」

「違う。うるさい奴が来たからだ」

「久しぶりに会ったのに酷いこと言うなあ、コヤツは……」


 祭りで知り合いと会うのは良くあることであり、大通りのお祭りとなれば、たくさんの知り合いとすれ違っているだろう。


「カレンお姉ちゃんー! 抱っこしてー!」

「サヤもしてー!」

「はいはーい、おいでおいで!!」


 可憐は現在、夢であった保育士の仕事に就いている。子どもの扱いも人並み以上に慣れたもので、安心して子どもを預けられる存在の一人。サキとサヤも当然ながら懐いている。


「可憐は一人で祭りに来てるのか?」

「ううん、職場の同僚と来てるよ。『知り合いと話してくるー』って言って少し時間もらったの」


「可憐は元気そうだね! いつも通りで安心したよ」

「それはうちのセリフ。イチャイチャラブラブしてるようで安心したよ」

「そ、それはそうだけど……可憐、聞いて? 最近蓮くんがわたしに冷たくするんだよ?」

 いきなりの報告を幼馴染である可憐にする真白。真白の魂胆は、可憐を仲間に付けて『ちゃんと構うから……』との言葉を蓮に言わせることである。


「ふぅん……。旦那失格だねぇ、蓮」

「いや、俺なりには頑張ってるつもり……」

「そうやって言い訳をする時はね、最低って言うんだよ。サヤちゃん」

「さいてー!」

「はーい、よく出来ました!」

「……おい、それ保育士さんが教える言葉じゃないだろ」


 そんなツッコみを入れる蓮は、一つ分かったことがある。

『肉壁』『籠絡』なんて難しい言葉を教えていたのは正面に居る真白の幼馴染、可憐だということに。

 なにかを教えることはいい。教えることはいいんだが……教える言葉が違うだろ! と言いたくてしょうがない気持ちに駆られる。


「蓮がましろんに冷たくするのが悪い。……それで、ましろんはどう冷たくされてるの?」

「一番は、可愛いって言ってくれない……」

「……ねぇ、ましろん。それは彼氏がいないうちにケンカを売っているのかな? 完全にノロケなんだけどそれ」

「そ、そんなことないもん! 本当に冷たいんだから……っ!」


 可憐に日頃の不満を訴えるだが、ここで超強力な助け舟が出る。


「えぇー、ママ嘘言っちゃだめだよー!」

「ぱぱ、つめたくないよー!」

 サキとサヤの発言である。子どもは正直だということを仕事柄理解している可憐は、ジト目で真白を捉える。


「サキちゃんとサヤちゃんはこんなこと言ってますが」

「サキとサヤは蓮くんに優しくされてるからっ!」

「違うよー! ママにも優しくしてるよー? だって、パカラッ、パカラッてしてるもん!」

「おねえちゃんとサヤにもしてほしいのにー!」

「や、やめないか……」


 蓮は言った。『絶対にお馬さんごっこ』と言うんじゃないと。

 だが、長女であるサキはとんでもない変化球を使ってお馬さん、、、、と伝えた。擬音という表現方法で。


「え。パカラッ、パカラッって……。蓮は子どもにまで毒牙に掛けようとしてるの? それは許さないよ、ほんと」

「はぁ!? なんでそこで俺に振るんだよ」

 瞳を闇に染め、本気のトーンで訴える可憐に、必死の抵抗をする蓮。


「今度ねー、カレンお姉ちゃんもさそうのー!」

「ぱぱと、ままと、おねえちゃんと、サヤと、カレンおねえちゃん!」

「は!? う、うちも混ざってんの!? 実の子どもを合わせての5P!? け、警察に電話しなきゃ……」

「おいおいおいおい、違うんだって! まずは声を抑えろ!」


 可憐がスマホを取り出した瞬間に、スマホを奪い取る蓮はどうにかなだめようとする。これ以上話が悪化するわけにはいかない。

 ここは公然の場。誰に聞かれているか分からないのだから。


「なにが違うのよ!? ましろんがいるのにバッカじゃないの!?」

「違うんだって! そ、その……なんて言うか、行為を見られたんだよ……」

「見られた!?」

「それでサキとサヤもやりたいとか言ってるんだ……。可憐が混じるみたいな話になってるのは、その行為は5人まで出来るとか真白が言ったからで……」

「な、なんだ……。びっくりさせないでよ……」


 ようやく落ち着きを取り戻した可憐は、『大丈夫』と一言発した後に蓮からスマホを取った。


「それで、その元凶はなにやってんのよ……」

「そ、そんな目でわたしを見ないでよっ!」

「見るわよ。どうせ、ましろんが蓮を襲ってたところを見られたんでしょ?」


 流石は幼馴染と言うべきか、可憐は全て言い当てている。


「正解だ……。終いには、サキとサヤには見られてるからもう構わない。みたいなこと言い出すし……」

「ましろん……。あんたママなんでしょ? しっかりしなさいよ」

「だ、だって……だって……!」


 幼馴染の可憐に説教、保育士の言葉は強い。真白は『だって……』と言うばかりでなにも言って来なかった。


「ママはね! パカラッ、パカラッってする時、パパの名前を言いながら、はぁはぁしてるんだよ!」

「ままはね、どんどん早く動いていくの! 声も大きいんだよ!」

「ねぇ、どんだけ見られてんの? もうわざと見られてるんじゃないかぐらいに思うんだけど……。ごめんね、蓮。こんな幼馴染で……」

「いや、もう慣れたからいいよ……」


 片手で顔を隠して、罪悪感を滲み立たせる可憐。その光景はなんとも可哀想なものであった。

 ……よくよく考えれば、久しぶりに会って唐突とこんな話をされたのなら、そうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。


「き、聞いたか……。あの可愛い人妻……激しいんだってよ……」

「こ、興奮するよな、子どもに見られるの……。分かるぜ……」

「意味分かんねぇよ……」

「旦那が羨ましいよな……。毎日お盛んな夜を迎えられてよ……」

「で、でも……5Pがどうちゃら言ってたよね……」

「実の子どもも合わせてなんでしょ……。流石にやばいよそれは……」


 そして、事態は最悪な展開を迎える。

 周りの視線がこちらに集中し、こそこそとした話し声が聞こえてきたのだ……。


「お、おっと……そろそろお迎えが来てるようだ〜。じゃあねサキちゃん、サヤちゃん!」

 抱っこしているサキとサヤを優しく下ろした可憐は、そんなセリフを言い残し……その場から逃げるようにして走り出した。


「一人だけ逃げるのはずるいだろ!?」

「そ、そうだよっ!!」

「知らない、うちは知らないし!」

 足を止めることなく走り去る可憐に……そして蓮と真白にトドメ針が突き刺さった。


「今度カレンお姉ちゃんもパパの上に乗ろうねー!」

「はぁはぁって言おーねー!」


『ザワザワッ!!』


 ーー逃げる可憐。ーー固まる蓮と真白。

 その二つの勢力に、心臓が潰れるほどの視線の圧が掛かったのであった……。

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