第4話 番外④ お祭り編 始

「今日はお祭りだー!」

「おまつりだー!」

「ヨーヨーだー! りんごアメだー!」

「かき氷だー! 冷やしきゅうりだー!」


 両手を上げて部屋中を走り回るサヤとサキ。何故こんなにもご機嫌なのかと言うと、声に上げている通り祭りに行く計画を立てているのだ。

 だがしかし……その時間はまだまだ先のこと。


「……おーい。祭りまであと6時間もあるのに、そんなにはしゃいでたら体力が持たないぞー?」

 現在の時刻は13時。そして、蓮たち家族が祭りに行こうと予定している時は19時。身体が小さく、まだ体力がないサヤとサキがこの調子のままなら、間違いなく祭り前にダウンすることだろう。


「大丈夫だよねー、サキ、サヤ。いざとなったら蓮くんが運んでくれるから」

「パパは力持ち! 運んでもらうー!」

「だっこだー! おんぶだー!」

「まぁ、そうなった場合は真白に構う時間は無くなるからな」

「あっ……!?」

 

 蓮の一言によって一瞬で顔を青ざめる真白。


「サキ、サヤ、一旦いったんおやすみしよう!? しよっ!?」

「いやだー! パパにだっこしてもらうー!」

「おやすみしたらおんぶされなーい!」

「ううぅ……なんでなんでっ!!」


 甘えられる機会を減らしたからだろう、超が付くほどに悔しがっている真白。しかし、『いざとなったら蓮くんが運んでくれるから』この発言は親として正しいものでもある。


「なんでなんでって、真白がそう言ったんだから仕方ないだろ」

「うへへー、ママが悔しがってるー! パパは渡さなーい。サキのものー!」

「あはは、ぱぱは渡さなーい!」

「……い、いいもん! サキとサヤが寝た後に蓮くんを独り占めするからっ!」

「おいおい、なんでそこで張り合おうとするんだよ……」


 大人気おとなげない、なんて思った蓮だがそこが真白らしいところでもある。『構ってくれるように……!』と、真白が必死になる姿はなんとも微笑ましい。


「だってー! サヤとサキが意地悪するんだもん!」

「我慢することも大事だってこの前言ったばかりだろ?」

「おー、ママがパパに怒られてるー!」

「ままださーい!」

「こ、こらぁあああ〜!」


「やばっ、逃げろー!」

「にげろー!」

「待ちなさーい!!」


 サヤとサキの口のちょっかいに、怒りを爆発させた真白はサキとサヤの背中を追い掛ける。

 怒りを爆発させた……といっても、真白は全くと言っていいほどに怒り慣れていない。つまり、怖くないのだ。ーー怖くないのだ。


「はぁ……。これじゃあ、祭りに行く前に共倒れになりそうだなぁ」

 苦笑いを浮かべながら遠目で観察する蓮に、サヤとサキが全速力でこちらにまで駆けてくる。ーーそして、そのまま蓮の背後に隠れた。


「パパガード!」

「さいきょーのにくかべ!」

「に、肉壁!? どこで覚えてきたんだよそれ」

「あぁっ! それずるい!」

 サヤとサキ、真白が睨み合うその中心に立たされる蓮。これが世間で言うサンドウィッチ状態だ。


「ママが大好きなパパはもらったもんねー!」

「おねえちゃん、登ろ登ろ!」

「うん!」

 サキとサヤは木を登る要領で、蓮の服を引っ張りながら一生懸命にその身体を登っていく。その後……二人は蓮の肩におしりを付けた。


「まだまだ軽いなぁ、サヤとサキは……。もっと食べさせる努力しないと……」

「サキたちは軽ーい! ママ重ーい!」

「だめだよ、おねえちゃん! ぽっちゃりっていわないと!」

 子どもの体重を基準に挑発するサキとサヤ。女性にとって体重や体形は禁句の言葉。


「れ、蓮くんっ!」

「な、なんだよ……」

「サヤとサキが失礼なこと言う! 酷いと思うでしょ!?」

「そこで俺に振られてもなぁ……。サヤとサキに悪気はないだろうし」

「パパは優しいー。大好き!」

「えへへー」


「蓮くんはサヤとサキに甘い……。わたしの扱いは酷い……」

「扱いが酷いってそんなことはないぞ? 真白も十分に痩せてるし、もっと食えって言いたいぐらいなんだから」


 蓮の言葉に嘘偽りはない。誰が見てもスリムな体形を維持している真白に、ぽっちゃりなど言える者はサヤとサキのような小さい子だけだろう。


「何度も言うが、真白のこと大切にしてるし、これからもしていくつもりだ。……それに、俺の嫁さんは誰にも渡すつもりはない」

 束縛気味の言葉をかける蓮だが、真白が嬉しくなる言葉を選んで……尚且つ、本心を混ぜ込んだ。


「も、もぅ……。言葉だけじゃ信用できないよ。それなら……もっとしてほしいよ……」

「お、おい。変なスイッチ入ってないだろうな」

「だ、大丈夫だけど、大丈夫じゃない……。蓮くんが嬉しいこと言うから……」


『はぁ……』と熱を含んだ吐息に、潤んだ瞳になる真白を見て完全にアレのスイッチが入ったことを悟る蓮。


「パパ、ママ。お馬さんごっこするの……?」

「サヤも混じるーっ!」

 そのスイッチを悟ったのは蓮だけではなかった。


「蓮くん……。サヤとサキにはもう見られてるんだし、こう言ってるから……」

「あ゛!? それは絶対許さんからな」

「……サヤ、お祭りが終わった後にお馬さんごっこだって! 多分するよ!」

「おまつりに……おうまさんごっこ!!」


『我が子が見ていても構わない』との意味を含ませる真白に、瞳をキラキラと輝かせて『お馬さんごっこ』と発言するサキとサヤ。

 流石は真白と、その血を受け継ぐ子ども……言うべきなのだろうか。


「……サヤ、サキ。祭りでは絶対に『お馬さんごっこっ』って言うんじゃないぞ。絶対だからな」

「なんでー? お馬さんごっこ楽しそうなのに!」

「なんで言っちゃダメなの?」

「え、えっと、それは何て言うかな……」


 その行為の意味を全く理解していないのが、最も厄介なことであり……どうやってそれを伝えようか検討もつかない。


「お馬さんごっこは幸せな人がするあそびなんでしょー?」

「じゃあ、むねをはって言うべき!」

「あ、あの……それは世間体せけんていっていうか、いろいろあってだな……」


「せけん……てい?」

「それってなぁにー? 」

「……あー、やっぱり今の言葉は忘れてくれ」

『世間体』これを子どもに教えるのは無理難題であろう。


「蓮くん、わたし……いつでも大丈夫だからね」

「サキも大丈夫!」

「サヤもー!」

「は、はぁ……。何が大丈夫なんだよ、ったく……」


「サヤ、サキ……。もう一人、子ども欲しいよね?」

「男の子ほしいっ!」

「おー! そうしたらおうまさんごっこがいっぱい出来るー!!」

(これ、男の子を産んだらサヤとサキに襲われるんじゃないか……)

 なんて不安が脳裏に過ぎる蓮。サヤとサキは真白の子、その可能性は十分にある。


「……おい。これ、男の子産んだらヤバいことになる気がするんだが」

と、真白に疑問を投げ掛ける蓮だがーー

「れ、蓮くん……。サヤとサキは子ども欲しいんだって……!」

「……おい、俺の話を聞いてくれよ……」

「えへ、へへへっ、蓮くんとお馬さんだぁ……」

「だ、ダメだ……。頭痛くなってきた……。俺は少し寝る」


 蕩けた表情で追い討ちをかける真白。その様子に頭を抱える蓮は、肩に座るサヤとサキを連れて蓮は寝室に向かおうとする。


「ママー、パパ寝るんだって!」

「おうまさんごっこ出来るね!」

「えへへ……そうだねっ!」

「そうだね、じゃないだろ!!」


 共倒れになるなんて言っていた蓮。その共倒れすると予想していた真白とサヤとサキの共闘。完璧なるカウンターに、蓮はダウン寸前だった。

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