第3話 番外③ 家族編 終

「サキとサヤ……もう寝ちゃった」

「お腹いっぱいになった証拠だな……。ちゃんと苦手なピーマンも食べてくれたし、良かった良かった」


 サキとサヤを寝かしつけた後にリビングに顔を出す真白は、皿洗いをしている蓮に声をかける。


「お、お皿洗うの手伝うよ、蓮くん」

「サヤとサキの説得に疲れたろ? 真白はゆっくりしといてくれ。手伝って欲しいことはちゃんと頼むから」

「うんっ。じゃあ……隣にいていい?」

「隣にいていいって……何をする気だ?」


『隣にいていい?』 と、言う側から既に隣に来ているのは、流石真白と言うべきだろう。このような先手を打てば、質問の有無など関係なく隣に来れるのだから。


「え、えっと……。蓮くんにくっ付くの……。サヤとサキは、わたしの10倍以上蓮くんにくっ付いてたから……」

「ま、まぁ……それは良いんだが、皿洗い中はやめてくれないか? やりにくくなって皿を落とす可能性あるし」


 洗う皿に意識を集中させている蓮を他所に、背後からそっと抱きしめてくる真白。


「く、くっ付きたいの……」

「おいおい……」

「でも、これなら蓮くんの両手は使えるから邪魔にならない……から」

「いや、それだと動けないんだが」

「動かなくても……お皿、乾燥機に入れられるもん……」


 そっと抱きしめる腕に力を入れる真白。その行動からは『絶対に離さない……』との意志を感じる。


「……真白、我慢することも大事だぞ? そういった事もこの先、サヤとサキに教えないといけないんだから」

「わたしがしてるのは、サヤとサキが眠ったあとだから……いいの」

「……もしかしなくても、寂しくなったのか?」

「うん……」


 蓮の背中に顔を埋める真白は、動く素振りを全く見せることはなかった。

 ただ、口だけを動かして蓮にこう言った……。

「ごめんね……いつもいつも」

 その声は、申し訳なさを感じさせるもので……蓮が一番聞きたくない声音でもあった。


「さてと、皿洗いは一旦終わり……っと」

「……」

 洗い桶の中に入っているお皿は残り半分ほどで、スポンジに残る洗剤を落とした蓮は、濡れた手を乾いたタオルで拭く。


「真白、少しだけ腕を離してくれ」

「また、くっ付いていいなら……」

「断っても、どうせくっ付いてくるだろ? 強引に」

「……ん」

 蓮の言葉から、『またくっ付いてもいい』とも取れる発言を聞き、名残惜しく真白は腕を離す。ーーその瞬間だった。


「おいしょっと」

 蓮の力を加えられた真白の身体は簡単に宙に浮いた。ひざ下と肩周りを持ち抱えるそのやり方はーー

「……なっ、なななにしてるのっ!?」

「お姫様抱っこだけど」


「ぅー、は、離せーっ!」

 顔を真っ赤にして足をバタバタさせる真白に、蓮は一言。


「離してほしいか?」

「……やだ」

 その瞬間、真白の身体はぴくりとも動かなくなるが……それでも蓮はいたずらをかける。


「離そうか」

「いじわる……」

「もう離す」

「やだぁ」


 そのまま言動で示すかのように、蓮の腰に腕を巻いてくる真白。『離させないっ!』との必死さはなんとも可愛いものである。


「ったく、俺の嫁さんはいつになってもあん時と変わらないんだな」

「ふわ……」

 キッチンから少し動き、大きなソファーに真白を抱えたまま腰を下ろす蓮。

 そして、身体を少し移動させて真白を膝枕する。


「……真白、あんまりこっちを見るなよ。……恥ずかしいから」

「わ、わたしもあんまり見ちゃ……だめだよ……」

「……そ、そんじゃ、先手で俺は見る」


 恥ずかしさを我慢する蓮は、真白の頰に自分の手を添えて近い距離で視線を絡ませる。


「なっ……〜〜もぅっ!」

 蓮にだけ見せる真白の真っ赤っかな顔。


「さっきみたいに抱きついてこないのか? そうしたら今の顔を隠せるぞ」

「い、いいもん……っ。パパ、、も同じ顔してるから……!」

「……ッ! そ、そこで呼び名を変えるのは卑怯だろ……」

 蓮はこの呼び名にだけは弱かった。真白が言う『パパ』には……。


「……あのね、サヤとサキに『パパ』って呼ばれるのと、わたしに『パパ』って呼ばれるの……どっちが嬉しい……?」

 と、蓮の気持ちを分かっているにもを関わらず追い討ちを放ってくる真白。……その追い討ちに蓮は偽りの言葉をかけた。そう、蓮は素直になれなかったのだ。


「……それは当然、サヤとサキ」

「う、嘘でもわたしって言ってよっ……!」

「……」

「な、なに、その無言……。わ、わたしおかしなこと言った……?」

「……ごめん、嘘ついた。真白の方が嬉しいよ……こればっかりはサヤとサキには申し訳ないけど」


 素直にならなければ、真白から非難の声が飛ぶ。……その非難の声をこれ以上聞きたくないからこそ、本心を言わなければならない。

『惚れた弱み』……完全にこれである。


「い、今さら言っても遅い……っ!」

「口元、ニヤけてるぞ」

「み、見ちゃだめーっ」

 そして……しばらくの間、主導権を握った蓮は嫁である真白をイジるのであった……。



 ============



「俺との生活……真白は幸せか?」

「な、なんでそんなこと聞くの……?」

 話が落ち着き、蓮は真白のこのような言葉をかけた。もちろん、今の体勢も蓮が真白を膝枕している状況である。


「俺、まだあの時の言葉を覚えてるから。『幸せにするから覚悟しろ』ってな……」

「もし、幸せじゃないよ……って言ったらパパはどうする……?」

「過去の自分を殴りに行く」

「……パパらしい。でも、わたしは幸せにしてるから大丈夫だよ」

「サヤとサキに俺を取られて寂しそうにしてるのにか?」


 言葉通りに幸せそうな笑みを浮かべる真白に、からかいの視線を向ける蓮。


「その分……パパはこうしてわたしとの時間をくれるから、幸せなの……」

「だってな、そうしないと俺が襲われるし。……いや、それでも襲われてるんだけど」

「……パパもね、わたしを襲っていいんだよ?」

「元アイドルが言うセリフじゃないことは確かだな」


 真白がアイドル時代にこのようなセリフを吐いていたなら、その反響はとんでもなかっただろう。事務所側は真白を清純派アイドルとして売っていたのだから。

 いや……事務所の社長も真白の本性に気付かなかったという事が、正しいのかもしれない。


「わたしね、蓮くんがパパで本当に良かった……」

「い、いきなりなんだよ……」

「いきなりじゃないよ……。わたし、いつもパパに言ってるから……」

 蓮の手に自分の手を重ねる真白は頰を朱に染める。


「いつも? それは嘘だろ」

「パパが寝てる時に言ってるから……」

「俺が寝てる時……? おい、それって俺を襲ってるって時じゃないだろうな……」

「そ、そうじゃないよっ! そ、その時が無いわけでもないけど……って、そうじゃなくて……っ!」

「……有罪だな、これはもう」


 だが、こうやって真白を縛っていない生活を送れていることが『幸せ』な生活をしていると呼べるのかもしれない。


「……真白、焦げピーマンを作った時に言った『責任を取ってもらう』ってことだが……。これさえ聞いてくればいい」

「う、うん……」

 数十秒の間が開き……蓮は深呼吸をした後に、真白の目を見ながら語りかけた。


「俺も真白が嫁さんになってくれて本当に良かったと思ってる……。いや、真白が嫁さんで本当に良かった……本当に」

「パ、パパ……。や、やめてよそんなこと言うの……」

「や、やっぱりこれ言うの恥ずかしいな……はは」

「あのね、パパ……。そこまで言ったなら責任……取らなきゃ」


 真白はゆっくりと身体を起こして、蓮の首に優しく腕を巻いて顔を近づけてくる……。お互いの顔には紅葉が散る。


「す、すまん……真白からしてくれ」

「もー、パパはいつもそうなんだから……」


 そして……真白の桜色の唇が蓮の唇を奪う。そんな甘い時間……。

 一秒たりとも無駄にしたくない時間を……二人は大切に過ごすのであった。



===========



「おねえちゃん、ままとぱぱ、幸せそう……」

「こらー、のぞかないのー」


 リビングの扉をほんの少し開け……そこから覗く妹のサヤ。

 そして、覗くことを注意するサキだが、そのサキもサヤと同じ行動をしてしまっていた。


「おねえちゃん、この時はおじゃましちゃだめだよね……」

「うん、この時間はママの時間だもん。……サヤ、戻ろっ?」

「はーい」


 コソコソと会話する二人は、物音を立てずに布団が敷いてある部屋に戻っていった。


「……ママみたいにならないとね、サヤ?」

「うん! それでーぱぱみたいな人に幸せにしてもらわないとね、おねえちゃん」


 サキとサヤが寝室でこんな会話をしていたことに気付くのは……もう少し先のことであった。

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