第二週お題「のっぺらぼう」
仁志隆生「のっぺらぼう」
むかしむかしの事です。
とある商人が夜遅くに川のほとりを歩いていると、道の隅で上品そうな女が蹲っていました。
近づいてみると、どうやら顔を手で覆って泣いているようです。
「もし、どうなされた? 何かあったのかい?」
「はい、実は」
女が手を下ろすと、見えたその顔は・・・・・・
目も鼻も口もない、のっぺらぼうでした。
それを見た商人は驚いて逃げ出しました。
どのくらい走ったか、ふと見ると提灯の灯りが見えました。
どうやらそこにあるのは屋台の蕎麦屋のようです。
商人は急いで屋台に駆け込みました。
「ご主人。出た、出た」
「出たって何がですかい?」
屋台の主人は後ろ向きのまま返事をします。
「ば、化け物が」
「へえ? それってこんな顔の奴ですかい?」
屋台の主人が振り返ると・・・・・・
その顔は目も鼻も口もない、のっぺらぼうでした。
商人はまた驚き叫びながら逃げ出しました。
そしてやっとの思いで家に帰った商人は、寝ている奥さんに話しかけました。
「お、おい、起きろ」
「うーん、なんですか?」
起きた奥さんの顔は・・・・・・
目も鼻も口もない、のっぺらぼうでした。
商人はもう耐え切れず、そのまま気を失ってしまいました。
気がつくと商人は自分の部屋で寝ていて、外はもう明るくなっていました。
「あれ、もしかして夢だったのか?」
「おやお前さん、どんな夢を見たのですか?」
奥さんが商人に話しかけました。
「いや、化け物の夢をみ」
見ると奥さんの顔は・・・・・・
目も鼻も口もない、のっぺらぼう。
ではありません。
額や目元口元に皺があり、頬にシミのある顔でした。
「ど、どうしたんだその顔は?」
「はい? どうしたもこうしたも、前からこんな顔ですよ」
「え? そんな馬鹿な! お前はもっと肌が艶々していて綺麗な」
「いったい何十年前の話をしてるのですか。私はもうお婆さんという年ですよ」
「え・・・・・・あ」
商人は思いました。
自分はずっと奥さんに苦労をかけっぱなしで何にもしてやれなかったどころか、顔もろくに見ていなかったのだと。
それなのに文句も言わず、自分が商いをしている間ずっと家を守り、自分を支えてくれていた。
それに今頃気付くなんて、と。
商人は泣きながら奥さんに謝りました。
その後商人は店を番頭さんに譲り、奥さんと二人で出かけたり、美味しいものを食べながら楽しく話したり、と仲良く暮らしました。
そんなある時、商人は思いました。
「あの化け物、また出てきてくれんかな? お礼を言いたいのだがなあ」
ですが商人がのっぺらぼうと会う事は二度とありませんでした。
終
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