桜川光「ゆきおんな」

地球は今200年に1度の氷河期下にある。

氷河期といえば、かつて存在したあらゆる生物を絶滅に追い込むほどの寒冷化が長期間継続する期間である。

約50年間は寒い……筈なのだが。

「でもでもでもでもそんなの関係ねー!!」

真っ黒い身なりをした5歳くらいの見た目の少年が、グーを握った左腕を上げ下げしながら「そんなの関係ねー」と連呼している。

「ちょっとぉ!アンタどこでそんなの覚えてきたのよぉ!?」

面積の小さい赤いビキニ姿の、見た目17歳くらいのテラコッタ色に日焼けした少女が、半ば呆れ顔で少年に声を掛けた。

「えー知らないのニーニャ?あの天才・小島よしおさんのギャグだよー!」

「誰よぉそれぇ?アンタ頭大丈夫なのニーニョぉ!?」

「僕は全然大丈夫だよー。ニーニャがしばらく暴れてくれてたおかげで、色んなところ旅してきたんだー」

「暴れるなんて失礼ねぇ!私はアンタがいなくなったから、ずうーっと海に入って待ってたんじゃないのぉ」

皆さんお気づきだろうか。

今会話してるコイツらが、我らが日本に異常気象をもたらすあのエル・ニーニョとラ・ニーニャであることを。

「ハイ、オッパッピー!」

エル・ニーニョ(以下ニーニョ)はお笑い芸人小島よしおのネタを完コピしていた。

「何その『オッパッピー』ってぇ」

白い目でラ・ニーニャ(以下ニーニャ)が尋ねた。

「オーシャンパシフィックピースだよー!」

嬉々としてニーニョが答えた。

更に

「太平洋の平和を願った素敵な言葉だよー!ニーニャも唱えてみなよー」

と声を掛けたニーニョ。

「呪文かよ!?」

投げ捨てたニーニャ。

「あ、そーそー。日本でこんなかわいい子見つけたから一緒に連れてきちゃったー!見て見てーニーニャー」

ニーニョの後ろに、真っ白い着物を身にまとった、やはり5歳くらいの少女が呆然として佇んでいた。

ニーニャは一瞬考え、1秒後に真っ青な顔でこう放った。

「アンタ何誘拐してきてんだよぉ!!国際指名手配掛けられんぞぉ!!!!」

「ええー誘拐じゃないよー。ユキが一緒に来たいって言ったんだもん」

ニーニョは少女ユキを見ながらそう答えた。

「いいの。わたし家出してきたの。山での生活が嫌になったの」

ユキは2人に向かって、抑揚のない口調でこう答えた。

「家出なら余計にヤバいでしょぉ!?お家に帰った方がいいよぉユキちゃん?」

「いや絶対帰らないの」

「そーだよー。ユキは僕のお嫁さんになるのー」

「はあぁ!?アンタ何言ってんだよぉ!?アンタの嫁はアタシだろぉ!?」

ニーニャは額に青筋を立てながら怒鳴り散らした。

「えー?ニーニャこそ何言ってんだよー!僕らきょうだいじゃんかよー!近親相姦なんかやだよー僕ー!」

負けじとニーニョも応戦した。

「はあぁ!?アンタバカぁ!?」

「バカはニーニャじゃないのー?」

「バカとは何だよバカニーニョぉ!!」

「バカにバカって言って何が悪いんだよーバカニーニャー!」

「あ、アンタムカつくわねぇ!しばいてもいいかし」

「いい加減にして」

突然ユキがきょうだい喧嘩に割って入った。

「な、何よぉ」

ニーニャは一瞬たじろいだ。

「わたしは別にそこにいる黒男の嫁になるつもりなんかないわ」

ユキはそう断言した。

「何言ってんだよユキー?キミ僕のお嫁さんになるって言ってたじゃんかー」

慌ててニーニョが尋ねた。

「そんなこと言った覚えないわ。わたしの母は結婚に失敗してシングルマザーになったの。だから結婚に幸せを感じることはできないの。だから結婚はしないの」

ユキはそう返し、更に続けた。

「勘違いされてると思うけど、わたしの名前は『こゆき』よ。ユキは母の名前よ」

「えええーそうなのー!?」

ニーニョは思わず叫んだ。

「ええ。嫁はダメだけど、愛人にならなってあげてもいいわよ、黒男クン」

こゆきがそう言ってウインクすると、ニーニョは声を上げる間もなく凍りついてしまった。

「あ、アナタまさかぁ……」

目の当たりにした光景にギョッとして、ニーニャが恐る恐る尋ねると

「ええそのまさかよ。わたしは雪女の娘なの。でも暑すぎて色々面倒くさくなったから家出してきたの。こっちの方が涼しそうだったから、黒男についてきたの」

そう、南半球は今真冬だった。

「しばらくいるからよろしくね、オネエサマ」

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