のば「かっぱ」

「ヒロ、遅いぞ!

オオクワ獲りに行くんだろ、

早く行かねえとせっかく昨日エサしかけたのが逃げちまう」

少し前に登ったばかりの太陽は既に本気モードになりつつあった。

「ケンちゃんあのさ!

それどころじゃないんだって。

昨日帰り、ぼく見ちゃったんだ」

「見たって何を?」

「驚かないでよ、実はね」

「いいから早く言えよ」

「あのね、つ・ち・の・こ!」

「つちのこぉ!?

ばっか、ツチノコなんている訳ねえだろ」

「でもぼく見たんだよ!首んとこがボコっと膨れた40センチくらいのヘビ」

「いやいや、いる訳ないって」

「ホントに見たんだよ。天狗山の三本滝んとこ」

「マヂ?」

「大マヂ!」

天狗山も三本滝も俺たちが勝手に呼んでる俺たちだけが分かる地名だ。

あんなところにツチノコなんかいる訳ないよな。でも…

「どうする?」

「行こうよ!

ケンちゃんなら絶対捕まえられる!」

「なんだよ、最初からオレ頼みかよ~」

「ダメ?」

「ふっふっふ。誰かダメって言った?

行くぞ!」

三本滝ならここからそんなに遠くない。

「ツチノコってさ、幻のヘビなんだよ。

捕まえたら百万円貰えるんだって」

「へ~、百万円あったらきゅうり山盛り食べれるかな?」

「きゅうりなんて畑ごと買えるよ。

でも今まで誰も捕まえた事ないし骨すら見つかってないんだって」

「ホントにいるのか~?」

「いる!絶対にいる!

宇宙人とか幽霊も絶対いるもん」

「あはははは、ヒロはガキだな~

でも、そういうの嫌いじゃないぜ」

「なに赤くなってんだよ?」

「へへへ♪」

「で、ツチノコってどんな感じだった?」

「えっとね、茶色で頭が三角で、胴体がモッコリ太いの」

「モッコリ?

ぎゃはははは!モッコリ~

モッコリ、モッコリ♪

ヒロモッコリ~」

「ち、違うよ!モッコリじゃなくてふっくら!

ぼくふっくらって言ったもん!」

「モッコリモッコリ、 

ヒロモッコリ~」

「もう知らない!

ぼく先に行くからね!」


「ヒロ、待てよ!。ゴメンゴメン」

やばい!ヒロの歩いてる方向、

「ヒロ、止まれ!」

「え?うわぁ!」

この前の地震でできた裂け目だ。

かなり深い。

オレはそっと覗き込んでみた。

2メートルほど下の岩にヒロが引っかかっている。

「ヒロ!だいじょうぶか!」

崖の下から呻き声がした!

足を押さえてうずくまってる。

「ヒロ!」

「い、痛い…」

よかった、意識はある。

岩は今にも崩れそうだった。裂け目の底は見えないくらい深い。

「ヒロ、手を伸ばせ!」

「こ、こう?」

俺は左腕を思いっきり縮めると右手をめいいっぱい伸ばした。

「後少しだ、手を伸ばせ!」

「う、うん!」

ヒロの手は小さい。

俺は水かきのある手でヒロの手を掴んだ。

「絶対離すなよ!」

「うん!」

「そりゃあ、」

俺は力任せにヒロを引き上げた。

「ヒロ、大丈夫か?」

「う、うん大丈夫」

ヒロは立ちあがろうとして痛みにうずくまった。

「見せてみろ。これは・・・折れてるな」

俺は頭の皿にある命の水を少し掬うとヒロの足に優しく塗りつけた。

傷口がぽぉっと輝き出す。


「これで大丈夫。明日には歩けるぞ」

「明日じゃ遅いよ!

ぼく、明日には帰っちゃうんだよ。

ケンちゃんと会えるの今日が最後なんだよ!」

ヒロは大粒の涙をこぼして泣きだした。

「行くぞ!」

「え?どこへ?」

「ツチノコ探しにいくんだろ?

天狗山の三本滝に行くんだろ」

オレはヒロを優しく抱き上げた。

お姫さま抱っこっていうのかな。

「や、やめてよ恥ずかしい」

「誰も見ちゃいないよ。

それにオレ、背中には甲羅があるからおんぶなんてできねえし」

「もぉ!」

ヒロは顔を真っ赤になった。

オレが本気で走れば2、3キロなんてあっという間だ。


天狗山の三本滝。

2メートルもない小さな滝は上流から湧き出した水が落ちて来てるもので、とても澄んで冷たい。

「ヒロ、ここで傷口冷やすといい」

折れていた足はまだ腫れているもののさっきよりはかなり良くなっている。

「ひゃっ、冷たい!」

沢に足をつけるとヒロは大袈裟に騒いだ。


オレとヒロはそのまま少し話をした。

ここで初めて会ったとき虹が出てた事、

川で魚を捕まえた時の事、

ヒロが青大将を見て腰を抜かした事、

草笛の吹き方を教わったけど、オレのくちばしじゃ吹けないこと。

ヒロは明日大阪に帰ること。

来年は中学受験の為にこっちに来れない事。

ヒロの父さんと母さんの仲が悪くなってリコンするかも知れないって事。

そうなったらもうここには二度と来れないって事。



そこまで話すとヒロは黙り込んでしまった。


「ヒロ、ちょっと見てろ!」


オレは両手を真上にあげ静かに集中した。

『山のみんな、少しだけオレに力を分けてくれ』

うるさかった蝉の声が止まった。

流れてた滝の音が止まった。

耳が痛いくらいの静寂。


ざ~~っ

空は真っ青に晴れているのにこの周りだけに雨が降り始めた。狐の嫁入りだ。

「ひゃっ!」

びっくりしているヒロに笑いかけた。

「ちょっと待ってろ」

5分程雨が降ると静かに雨は上がった。

「ふ~~っ」

オレは上げていた両手を下ろすと西の方を指差した。

「え?」

ヒロがオレの指差した方を見上げると大きな虹がかかっていた。

「ヒロ、また来いよな。絶対に来いよ。

そん時はまた大きな虹を見せてやる」

「うん、うん、うん」

ヒロは泣きながらオレの緑の頬にキスをした。

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