第四週お題「おに」

あかつきらいる「きぃちゃんの冒険」

 おにの子きぃちゃん、今日はどこへ行く?


「あら、きぃちゃん、おはよー」


 なぜか妖怪がえて、会話もできるという人間がいる。彼女は高校生で夏休みなどを利用して田舎に帰省していた。名前を浅草恭子あさくさきょうこという。百六十センチの背丈で、少しふっくらボディである。


「ここちゃん、おはよー」

 きぃちゃんは頭に小さなツノがある。全体的に黄色で、オレンジ色の布に黒い斑点模様のズボンを履いている。背中にちっちゃな太鼓を背負い、腰には小さな棒が二本。目はくりくりしている黒い瞳で、二重まぶた。


「今日はどこへ行こう?」

 恭子が帰省してからほぼ毎日、彼女が運転するミニバイクでのドライブが、きぃちゃんの楽しみの一つになっていた。


「龍神様のところ―。今年も台風が暴れないように、お願いしにいこうよ」

「そうね」


 田舎の一本道、周りは田んぼだらけである。龍神様をまつってあるほこらは、そんな田んぼのど真ん中にある。りゅうが守っていると伝えられている屋根付きの井戸いどが、それだった。


「龍神様。お見守り、ありがとうございます」


 その時、一粒の水のしずくが恭子の頬にかかる。恭子が驚いて見上げると、きぃちゃんを連れた龍神様がいた。

「この者に聞いた。お主は視えて会話もできるそうじゃのう」


 龍神様の姿は大陸に伝わる、あの四つ足の、いわゆるドラゴンとは違っている。どちらかというと、タツノオトシゴのようなかわいさがあった。

「ちょっと頼まれてくれんかのう?」

「何をすればいいの?」


 ちぎれかけた注連縄しめなわの補強や井戸の周りの草取りなどを頼まれた。

 注連縄は帰ってばあちゃんに相談しないといけないなぁ、と思いつつも、草取りをする恭子。その近くで、きぃちゃんは龍神様の背中に登って、あちこちをはらっている。どうやら煤払すすはらいのつもりらしい。


 二時間ぐらい経っただろうか。目立つ草は取り除かれ、井戸がここにあるよ、と少しは分かるようになってきた。

「龍神様。注連縄は、新しいものを持ってきますねー。とりあえず今日は、これで」

「きぃちゃん、帰るよー」



翌日。


 恭子は祖母と一緒に昨夜遅くまでかかって、長い注連縄を作り上げた。七夕の短冊をつるす紙縒こよりを作るかのごとく、稲藁いねわらを5本ぐらいずつ、手のひらの上でよる。よじるようにも見える。 


 そうやって作り上げた注連縄を束ねて、ミニバイクの荷台に乗せる。掃除道具も載せて、出発する。

 その途中で見かけた道祖神どうそしんやお地蔵さんにも、小さな注連縄をかけてやったりしながら、龍神様の祠へたどり着く。


 ちぎれかけた注連縄を取り除き、持ってきた新しいものを掛けなおす。その時「しゃらららん」という澄んだ音色が恭子の耳に入った。龍神様が気持ちよさそうに背伸びしたときに音がするようだった。


 井戸水をくみ上げて、オケを洗い、布で拭き上げたりと、一通りの掃除をしおわると、きぃちゃんが小さめの龍の背中から降りてくる。


 龍神様からもくもくと白い煙のようなものが上がったかと思うと、白いひげを生やした小さなおじいさんが井戸の縁に立っていた。


「感謝じゃよ。おかげで楽になったわい」


「どういたしまして」


 恭子は清々しい気持ちで祖母の家へ帰路につく。

 別れ際、龍神様が約束してくれた。

「嵐が来ようとも、わしの目が届く範囲の田畑は守る」


 その年は台風の当たり年だったが、この地区一帯の田畑は水につかる事もなく、作物は豊作だったという。


<終わり>

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