その真澄の方は、憂鬱なんてものを通り越して、今や悲惨極まりない心境だった。


 大学四年の秋に大阪で親戚の結婚式に出席して、一緒だった麗子と帰りに飲み直そうということになり、下戸の麗子が自分では相手にならないだろうからと勝也を呼び出したのだ。

 真澄は初対面でたちまち彼に惹かれてしまった。彼のどこがそんなに真澄の心を惹きつけたのかはそのときは彼女自身にも分からなかったが、彼の話は以前からよく麗子から聞かされていたし、どうやらその頃から話の中での勝也に何となく魅力を感じていたらしい。


 そして実際に会った彼は、彼女の思ったとおりの人物だった。

 それから三年間、真澄はただひたむきに、健気に、何よりただ一途に勝也への恋心を育んできた。そしてその甲斐あって、彼女はとうとう勝也からイヴに一緒に過ごそうと誘われた。

 すでに彼には彼女の気持ちが伝わっており、彼もそれに応えようとかなり真剣に考えてくれたらしい。それで昨日を迎えたわけだが、結果は彼女にとって──そう、悲惨極まりなかったのだ。


「──真澄のこと、可愛いと思うよ。確かに好きやって言う気持ちもある。けど── どうも俺、あかんみたいや」

 勝也のこの言葉が最初だった。彼はさらに言った。

「おまえといると、何かこう、自分の弱味とか、ええ加減なとこは見せたら あかんなって、そんなことばっかり考えてしもて。俺にはそんなとこしかないのに」

「窮屈なんやね」真澄はぽつりと言った。

 ごめん、と勝也は下を向いた。

 勝也にそう言われて、真澄は最も恐れていた不安が現実のものとなろうとしていることをいち早く感じ取った。

 彼女の中で、張り詰めていた糸が誰かの手によってプツンと音を立てて切れたのがはっきりと分かった。

「麗子でしょ」

 真澄は傷ついた自分に追い打ちを掛けるように、勝也に彼の本心を確認させた。

「えっ?」

かっちゃん今、麗子のこと考えたでしょ」

 勝也は図星を突かれて項垂れ、弱々しく「ごめん」と言った。

 ──ああ、やっぱり。やっぱりね。

「麗子やったらええの」

「アホなやつやと思うやろ。今頃気がつくやなんて」

「あたしは気がついてたわ。それでも考えへんようにしてた」

 やがて真澄はその時の彼女に出来る精一杯の笑顔を造り、抵抗する勝也を説き伏せて彼を麗子のもとへと行かせたのだった。

 そして遠ざかっていく勝也の足音を背中で聞いたとき、彼女の瞳はみるみる潤んできた。

 上を向き、濡れた夜空を見上げた。

「……冗談やない。また麗子に持って行かれてしもたなんて……」

 真澄はこのとき思わずそう呟いたのだった。


 しかし、あれから十八時間以上経った今は違う。確かに勝也に対する想いはそう簡単には消えはしないが、彼が自分よりも麗子を選んだという事実、こればかりは変えようもない。

 人の心を左右できるなんて考えるのはとんだ思い上がりだし、麗子と勝也が九年もの間性別を越えた親友同志だったなどということは、結局は何の保障にもならなかったのだ。

 それより、早くこの事実を受け止めて、元通りに麗子を姉妹同様の従姉として、そして勝也を貴重な男友達として、うまくつき合っていく努力を始めるべきだ。真澄は確信を持ってそう考えていた。

 ……頭の中では。

 しかし気持ちの上では真澄は、まさに昨日大失恋したばかりの、悲恋のヒロインだった。

 彼女は部屋のドレッサーに向かって鏡の中の哀しい瞳の女を見つめた。

 腫れたまぶた、半月形に窪んだくま、充血した眼球……何ともひどいものだ。

 普段の彼女はもっとチャーミングだ。手前味噌だが、割とイケてる方だと思う。

 特に昨日の自分はそうだった。勝也との初めてのデートとあって、お洒落にも相当の気合いが入っていた。

 それでも勝也は自分ではなく、麗子を選んだのだった。


 ──勝ちゃん、麗子が美人やからあたしより彼女を選んだのと違うわよね……。

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