僕らの未来予想図を、MR2の旋律に乗せて……

幼いころから兄の暴力に苦しみ、自分を抑えて日々を過ごしてきた主人公、矢山行人。
自分の欲しいものすら口に出せず、意思を形に出来ず、ただただ兄のされるがままに屈していた幼少期。それにより、彼は歯を折られるほどの痛手を強いられたが、それ以上に心に負った傷は甚大なものだった。

普通の子どもなら、早くに心折られて再起不能になっていてもおかしくはないだろう。
しかし、その絶望と向き合えるだけの希望を、彼はまた享受していた。
幼馴染の秋穂。彼をここまで繋ぎ止めてきたのは、彼女という存在があったからこそだ。自分では釣り合わないと行人自身も感じるほど、秋穂は花も実もある女性だった。

行人と秋穂。互いに揺るぎない信頼と愛情を携えていながらも、彼の気持ちは揺れ動いていた。中学三年生、多感な青春期。感情の揺れ動きや迷いが生じるのは当然と思われるが、行人のそれは今後の人生を左右するほどのものであったのだと思う。

これまで心身に多大な傷を蓄積してきた彼は、中学三年生になった今も、変わらず自身の意見や欲しいものすらはっきりと主張できず、意思を顕在化できない少年だった。
それは、行人の兄の彼女である美紀の「君の言葉には、いつも重さがないよね」「実感のない言葉をぽんぽん投げているような気がする」といった台詞からも感じられるだろう。
兄にされるがままに屈してきたことでいつの間にか失ってしまった個性やプライド。それが彼の自信を蝕み、この先自分がどう生きてゆけば良いのか判断できなくさせたのだろう。

本作は彼の“自分探しの旅”のようなものだったのではないかと、読み終えてから感じた。
彼がどういう答えにたどり着いたのか、それはぜひ自分の眼で確かめて頂きたい。

一人の少年の迷い・苦悩・葛藤。それらを繊細に、かつ赤裸々に描き出した秀作だ。

ちなみに、私の気に入りの登場人物は陽子。

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