ありふれた幸福よりも大切なモノ

作中、終盤で出てくる「あるもの活かし」という言葉、これが本エッセイのキーポイントの一つなのではないかと感じた。

都心のIT企業勤め(正社員)というそれなりに安定した立場を棄て、地元に戻ってアルバイトをしながら趣味を楽しむ作者は、世間一般的にみれば“持たざる者”だろう。
金も地位も持たない故に、弘前大学ゼミの教授が仰ったような“(国立大学を卒業した人間らしい)一般的な幸福”を享受し難い立場にある。

しかしながら、作者はそんなありふれた幸福よりもずっと大切なモノを持っていた。「行動力」と「人間力」である。

前者は説明するまでもないだろう。

後者については敢えて曖昧な言葉を使っているが、要はコミュニケーション力である。コミュニケーション力というと、饒舌にあるいは社交的にどんな人とも分け隔てなく関われるタイプの人間を思い浮かべそうなものだが、別にそんな大層な話ではない。
すなわち、「人との関わり」である。
都度の出会いを大切にし、誠実な態度で向き合い、また、時間が経っても忘れてしまうことなく、心のなかにそっと優しくしまっておいていつでも取り出せるようにする。本作を読んで、作者がそういう生き方をしてきたのだろうと率直に感じた。

本作は惣菜さとうの弁当を味わうというのが最終目的ではあるものの、そこに行き着くまでに様々な人たちとの再会があった。
その中身は様々だが、総じて私が抱いた感想は、喜びや感謝を素直に相手に伝えられるというのは立派だなということである。
見返りを期待するのではなく、素直な発露から生じるコミュニケーションである。ちなみに、私はあまり得意ではない。

“持たざる”作者が“持ちうるモノ”を活かして今後どのように成長していくのか楽しみである。次回作にも期待したい。

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