思い出の定食屋が閉まるらしいので、片道¥25,460かけて富山から青森に食べに行った話

鷹仁(たかひとし)

惣菜さとうが閉まるって

「6月10日に惣菜さとうが閉まるらしい」

 大学生時代の友人から送られてきたLINEの文面を、僕は思わず二度見する。

 惣菜さとうは僕の大学生時代、週三で通っていた定食屋だった。

 青森の弘前大学近くにある総菜さとうには、卒業後、三年間足を運んでいない。

 この店は普通盛りの定食を頼むとご飯が三合盛られる。わずか700円程度で揚げ物とみそ汁、ポテトサラダに小鉢の切り干し大根さえついた。

 それに、この店はテイクアウトの弁当が人気だ。

 一番安い弁当が330円というワンコイン以下で食べられる。

 僕がよく食べていた、手のひら大のメンチカツ、ササミカツ、コロッケが乗ったギャンブル定食は750円。頭の中には、総菜さとうで食べたご飯や揚げ物が走馬灯のように流れる。もはや、総菜さとうの名前を聞いただけでよだれが出てきた。

 それは本能だった。僕の本能が、最後の味を食べなさいと言っている。

 ここまで名残惜しいのは、奨学金で食をつないできた僕にとって、佐藤の親父さんが救世主だったからだ。


↓ギャンブル定食の詳細は下記URLに個別で記事にしている。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890724704/episodes/1177354054890724963


 今日は6月5日。惣菜さとうが閉まるまで、5日しかない。

 そして僕は今、実家のある富山に住んでいる。本州の最北と中部、距離にしておよそ700㎞。

 バイトのシフトを考えると、食べに行くチャンスは明後日と明々後日だけ。

 移動時間を考えると、一泊二日の弾丸旅行になるだろう。

 そういえば、時間ばかり気にしてお金のことを考えていなかった。

 ふと気になり、新幹線の料金をネットで調べてみる。

 移動時間にして6時間、なんと片道25,460円もする。

 通帳には失業保険が10万円ほど残っている……。僕は頭を抱えた。


 僕は昨年、東京のITベンチャーを辞めた。今は寿司屋でバイトをしており、月収は10万ほどしかない。

 おじいちゃんが遺してくれた空き家暮らしで家賃がかからないとはいえ、給料は正社員時代の半分だ。

 そのため、往復の新幹線代だけで、月収の半分は吹き飛ぶ計算になる。

 思い出の味が食べられなくなるとはいえ、片道25,460円もかけて定食を食べに行くやつなんかいないだろう。流石に割に合わなすぎる。もし行くやつがいるとすれば、そいつはアホだ。

 僕は頭を振る。

 スマホの画面を見つめる僕の口からは乾いた笑いが出た。

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