11

 彼女は病室にいた。事故に遭い約五か月ほど意識不明の状態。


 先ほど容体が急変し、皆駆け付けた。


 彼女は酸素マスクを着け横たわっている。

 

 父は丸椅子に腰掛け彼女の手を握る。


 見守る医者と看護師。その後ろには親戚の姿。


 心電図の音だけが静かに響く。


 酸素マスクが呼吸によって曇る。


 この二つが彼女はまだ生きていると告げる唯一の証。


 窓際には花瓶。一輪の花が活けられている。


 その横には、丁寧に畳まれた一枚のハンカチと小さな額に入った写真。


 写真には母親の穂乃花が写っている。歳は二十代半ばくらいだろうか。


 父卓哉は写真を見ながらつぶやく。


「穂乃花。どうか花を……救ってくれ」


 しかし無情にも医者は言った。


 彼女がもし目覚めなければ……今夜が山でしょう。と。


 親戚の一人が涙を流しながら、卓哉に聞こえないようにつぶやく。


「十五年前に穂乃花さんが亡くなって、花ちゃんまで……」


 すると意識の無いはずの花が卓哉の手を握り返した。


「花!」


 花は弱々しくも目を開けた。

 医者は驚き駆け寄る。


「お父さん。私ね……お母さんに会えたよ。……すごい可愛かった」 


 卓哉は手を握ったまま涙を流す。しかし、顔は笑顔を崩さない。


「そうか……そうか……」

「一緒に祭りに行ったの。秘密の場所も三人で……花火、綺麗だったよ」


「うん……」

「お母さんに生きてって言われたから……生きなきゃって」


「うん……ありがとう穂乃花。ありがとう」



 一か月後。

 花と卓哉は秘密の場所に来ていた。


 腰を下ろし、いつものように母穂乃花の話をする。


 大きな雲が青い空を流れ、風が木々を揺らす。

 

 二人は母の話をする。

 名前の刻まれた大きな木の下で。

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転校生の彼女は私のことを○○と言った。 ななほしとろろ @nanahoshitororo

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