白髪交じりでボサボサの頭に大きめの眼鏡。

 白いワイシャツに紺のニットベストを着た担任杉山は、教壇で転校生を呼んだ。


上賀茂かみがも。入ってきてくれ」


 その瞬間卓哉は声を上げた。


「はい! お、俺ですか?」


 一瞬クラスが騒然とする。


「ああ、そういえば君も上賀茂だったね」


 杉山は少し笑いながら名簿を確認した。


 卓哉の反応は違っていない。

 この小さな町で『上賀茂』といえば卓哉の家しかないからだ。


 穂乃花はそんな卓哉に声を掛ける。


「ねー。私聞いてないけど。同じ苗字ってことは『親戚』でしょ? なんで教えてくれなかったのさ」


 卓哉はきょとんとした顔でただ首を横に振った。


 そんな二人をよそに、転校生の上賀茂は教室に入ってくる。


 クラスの男子が騒ぎ出す中、上賀茂は会釈をし自己紹介を始める。


「上賀茂はなです。よろしくお願いします」


 か細く透き通るような声だった。

 凛としていながらもあどけない顔立ち。背もさほど高くなく華奢なのが腕を見て分かる。


 クラスがしんと静まる。

 教室の開けられた窓から入ってくる風の音。

 隣のクラスの声。

 

 皆上賀茂の次の言葉を待つ。

 しかし、それ以上彼女から言葉は出てこなかった。


「ん、もういいのか? 趣味とかそういうのは言わんのか?」


 杉山の問いに対してはただ首を横に振った。


「そうか。席は一番後ろの空いてる席だ」


 花はゆっくりと自分の席についた。



 ホームルームと全校集会も終わり、皆教室で帰りの準備をしていく。


 穂乃花は隣で静かに鞄の整理をしている花に声を掛けた。

 その声に卓哉も反応し、座ったまま体を向ける。


「ねーねー上賀茂さん。私清水穂乃花。よろしくね」


 花は穂乃花の名前を聞いてびくりと肩を揺らした。


「ほ、ほのか……さん?」


 花は穂乃花の顔をまじまじを見つめ、手で口を押えた。

 目には涙が浮かんでいるようにも見える。


「上賀茂さん?」


 穂乃花は花の反応を見て戸惑う。卓哉も眉を下げ不安げな表情になる。


「ご、ごめん! 私なんかしちゃったかな。ごめん」


 穂乃花は慌てて謝る。しかし、何かをしたような覚えはない。

 

「すみません。何でもないです。気にしないでください」


 花はそう言って、逃げるように教室を後にした。

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