花は穂乃花から逃げることはなくなった。

 相変わらず話は続かないが、穂乃花は話好きなのもあって一方的にではあるが、一緒にいることは増えた。


 ご飯何食べたとか、ドラマ面白かったとか。そんなことを話す穂乃花にただ相槌を打つ花。

 

 最初は嫌なのかとも思ったが、花は時折相槌を打ちながら笑顔になった。しかし、何故か涙ぐむようなこともあった。

 

 こんな日々が続き六月に入った。


 気温も高くなり、桜並木は深緑を彩る。



 穂乃花は体育着に着替えるため花と更衣室にいた。


「今日も暑いねー。てか花ちゃん胸おっきくない? なんでなの!」

「ううん、そんなことない」


 花は顔を赤らめながら手で胸を隠す。


「もう羨ましいなー。そんな体細いのにー。私なんてアイス食べ過ぎたのかお腹のお肉がさあ……」

「ううん、そんなことない」


 花は穂乃花のお腹をぽんぽんと触る。


 体育館に移動し授業が始まる。

 内容はバスケットボール。クーラーの無い体育館はとても暑い。


 授業も半ばに差し掛かった時、どさりと大きな音が響いた。

 その音はボールを地面に突く音でもなく、ジャンプの着地の音でもない。


 生徒の一人が声を上げた。


「上賀茂さん!」


 試合中だった穂乃花もそれに気づく。

 目をやると、そこには花の倒れた姿。


「花ちゃん!」


 穂乃花や先生が駆け寄ると、花はすぐに起き上がった。


「大丈夫。ちょっと眩暈がしただけ、だから」

「花ちゃん! 大丈夫なわけないじゃん! 今倒れたんだよ!」


 先生は花の顔や首筋を触る。


「熱い。熱射病かもしれない。靴脱がせるわね。誰か濡らしたタオルを持ってきて。それと清水さん、保健室に連れて行くの手伝ってちょうだい」



 日も傾き始めた保健室。


 そこにはベッドに横になり目を閉じている花。

 その横には体育着のままの穂乃花。


 その二人以外はいない。


 穂乃花は花が心配で残りの授業をサボってそばにいた。


 花の症状は軽く、少し休めばよくなるとのこと。

 

 花が起きた時に新しいスポーツドリンクを飲ませるため、自販機に向かおうと穂乃花は立ち上がる。


「どこに行くの?」


 花が起きたらしく、穂乃花を呼び止めた。


「花ちゃん。目が覚めた? 具合悪いところない?」

「うん。大丈夫」


 穂乃花は安堵の表情を浮かべる。


「よかった。今飲み物買ってくるね」

「待って」


 穂乃花はベッドの横に腰を下ろした。


「手を……握ってほしい」


 穂乃花は不思議に思ったが笑顔で花の手を握った。


 すると、花は目を閉じたまま一筋の涙を流した。

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