八月に入った。明日から夏休みである。

 皆帰宅し、外では部活動の音が聞こえるC組の教室。


 そこに穂乃花、卓哉、花の三人がいた。


「そんな……」


 穂乃花は悲しい顔で肩を落とした。

 卓哉も同じく顔をしかめる。


 花は二人にこう言ったのだ。

 また引っ越すことになった。八月明けには転校する。と。


「どこに引っ越すの? 遊びに行くよ?」


 穂乃花は涙を堪えながら訊く。

 しかし、花はただ首を横に振るだけだった。



 その帰り道。

 急に雨が降り出した。


 三人は急いで近くのバス停まで走り雨宿りをする。


 卓哉は犬のように体を振って雨を落とす。花はただ真っすぐに向かい側を見ている。

 穂乃花は小さなハンカチを出し花に差し出す。


 そのハンカチを見た花は何故か顔をしかめた。

 そんな花をよそに、穂乃花はそのハンカチで花の肩や顔を拭きハンカチを渡した。


「濡れたままだと風邪ひいちゃうから。そのハンカチはあげるね」


 淡い黄色のハンカチ。小さな花の刺繍を隅に飾られたどこにでもあるようなハンカチ。


「ありがとう」


 花は小さくつぶやいた。


 卓哉が提案する。


「バスで帰ろうか。結構本降りになってきたし」


 これを聞いた二人は首を縦に振る。


 そしてバスが到着し、足早に卓哉は乗り込む。穂乃花もそれに続き、手すりに手を掛けた。


『ドアが閉まりまーす』


 穂乃花は一つだけ開いている席を見つけ花を呼んだ。


「花ちゃんここに座りなよ」


 しかし返事がない。


 バスが走りだし車内が揺れる。


 車内を見渡しても花の姿はない。


「あ」


 卓哉が窓の外を見ながら声を上げた。


 視線の先には花の姿。バス停に立ったままの花の姿があった。


「え? なんで」

 

 二人は意味も分からず呆ける。


「花ちゃんって別方向だったのかな?」

「さあ」


 お互いに花の住所は知らない。

 一緒に帰ったこともあったが、いつも最後まで一緒だったので、穂乃花は自分の家の先に花の家があると思っていた。


 しばらくの沈黙の後穂乃花は口を開く。


「夏祭り。三人で行かない? それでさ、私たちの秘密の場所教えてあげようよ!」


 左手をポケットに入れたまま卓哉は返事する。


「秘密の場所って裏山のか?」

「うん! あそこは花火がきれいに見える私たちの特等席じゃん。花ちゃんにも教えてあげたいの」


「そうだな。この町の思い出になる。いいと思う」

「決まりだね」


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