第10話 闘歌
市街地には怒号と銃声が響いていた。
「HQより現位置に駐屯する全部隊へ。接敵した部隊は現業に関わり無く戦闘に参加せよ。各隊の戦闘範囲は端末にて確認すること。砲火支援は2m42s後、航空支援は4m11s後だ。善戦を祈る」
「ショートレンジは順次撃破!ロング、ミドルレンジは敵ミドルを牽制!敵ロングは支援に任せろ!戦科各隊は現位置より退くな!雑科各隊は評定C以下の隊は順次後方支援に回れ、それ以上は各隊の判断に任せる!」
命令が下された時点で、既に戦闘は始まっていた。
補給車が横倒しになり、ダンボール箱が散乱していた。数匹の王蟻がその巨体で車を踏み潰して進んでいた。後方からは細い光の筋がひっきりなしに降り注いでいた。
「ひっ!」
先頭に居た3号機がしりもちをついて転ぶと箱から物資が落ちた。
「全員さがれ!牽制しながら援護を待つ!」
阿具が後方から怒鳴った。
3号機は動けなかった。王蟻は赤い瞳で3号機を見ていた。そして王蟻は大顎を開き襲い掛かった。3号機は頭を押さえて目を閉じた。その瞬間、3号機は後ろに引っ張られた。ガチリと音を立てて閉じられたその顎は空を切った。
「隊長…」
3号機は青ざめた顔で言った。
阿具はそのまま3号機の首根っこを引っ張って起たせると剣銃のトリガーを引き絞った。精度の低い銃弾が撒き散らされた。銃弾は弾かれたが、王蟻の動きはほんの少しだけ緩慢に成った。
「配置と近接部隊の状況報告だ!由梨、3号をガードしろ!」
「は、はいっ!」
3号は後ろに走った。由梨が銃弾を撃ちながら3号を護った。
「いやっ!来ないでよっ!」
5号機が敵に囲まれそうになりながらひたすら銃を撃っていた。傍らには1号機が何もしないで立っていた。4号機はただやたらめったら剣を振り回していた。
銃弾はあらぬ方向に飛び、また当たった弾も無力にはじかれた。
阿具は駆け出した。5号機は銃弾を切らし、真っ青な顔で座り込んでいた。
「1号機!銃撃を加えつつ、他の者を連れて後退しろ!お前ら落ち着け!」
阿具は怒鳴り声を上げながら王蟻の身体を踏み台にして跳んだ。
すぐさま襲い掛かって来た王蟻の口の中に剣銃を差し込むとトリガーを退いた。王蟻の後頭部が内側から幾つもひしゃげて王蟻は動きを止めた。
「落ち着けってんだろうが!馬鹿野郎!」
阿具は怒鳴って4号機の腕を掴むと後ろに投げ飛ばした。
阿具は腰を落として、足を踏み込むと剣銃を水平に振った。
5号機に迫った王蟻の首が落ちた。
「起て!死にたいのか!」
阿具が激を飛ばすと5号機は涙を浮かべたまま起って走った。4号機が5号機を庇うようにして走った。
立ち尽くした1号機は、立ち上がった王蟻の顎にそのまま食われようとしていた。
「何やってんだ!クソッ!」
阿具は叫んで王蟻の口の中に剣銃を持った右腕を突き入れた。
王蟻の後頭部から剣銃が突き抜け、王蟻は頭を押し戻された。そして反射的にガチリと顎が締まった。
「く…」
阿具が顔を歪め歯を食いしばった。
1号機ははっとした。阿具の右肩から大量の血がぼたぼたと地面に落ちていた。
「隊長…」
1号機は怯えきって言った。
阿具は振り向かなかった。阿具は左手で腰の拳銃を抜くと、右肩を勢い良く顎から引き抜いた。
ぶちぶちと筋の千切れるような嫌な音がした。阿具の右肩から先には何もついていなかった。阿具は不機嫌に唾を吐き出して、左手を前に出した。
「隊長殿っ!」
1号機が悲鳴を上げた。
阿具はまだ息のある王蟻の頭の裂け目に拳銃を押し付けると弾を全て撃ちきった。そして銃を投げ捨てると、1号機の腕を掴んで後方へ駆け出した。阿具の顔は失血で青ざめていた。
「阿具京一郎より各員及び中隊に告ぐ。小隊は戦力低下の為、撤退する」
阿具が言った。
「承認した。第21機甲特隊が援護に向かう。撤退せよ阿具小隊」
戦闘が終って、撤収するトラックの中で1号機はずっと俯いていた。
阿具は右肩を止血すると、左手でタバコを吸っていた。
「…あれが。本当の戦闘」
2号機はぼそりと呟いた。
「そうだ。まだ優しい方だけどな」
「ちょっと!」
阿具がぶっきらぼうに言うと、由梨が噛み付いた。
「本当のコトだろ?戦えないなら、軍人辞めるしかねえんだよ」
阿具は由梨に言った。由梨は黙り込んだ。
「も、もしも戦えないなら。私たち軍隊に居られないんですか?」
「そうなるな」
阿具が言うと、車内は重い雰囲気に包まれた。
「ちょっと!アンタ隊長でしょ!そんな無責任な言い方無いんじゃない!?」
由梨が憤って怒鳴った。阿具は鬱陶しそうな表情を浮かべた。
「誰がコイツらが戦えないなんて言ったよ?」
「俺たち、ちゃんと戦えるようになるのかよ」
4号機が顔を上げた。
阿具は首を横に振った。全員が阿具の方を見ていた。
「お前らは既に戦える」
阿具はそれだけ言うと横になった。
誰もその後口を聞かなかった。
司令室の大きな椅子に腰掛けた伊崎は、一列に並んだ特機と、一歩前に出た由梨と阿具を見て眉をひそめていた。
特機たちは黙り込んで下を向いていた。阿具は無表情に立っていたが、右手が無かった。
「…大丈夫かね?」
伊崎が言った。
「俺は問題有りません。腕の再生培養に時間がかかっているだけです」
「君の華々しい戦歴のうち、初めての自身の負傷による撤退だが」
「俺はギネスブックに載りたくて軍隊やってる訳じゃねえので」
阿具が不機嫌そうに言うと、伊崎は頷いた。
「要は、何故君が率いた戦力評定Sの部隊が敗残したか、ということなのだが」
「元より、戦闘任務のためにあの場に居たのではありません!」
由梨が強い調子で言った。
「由梨君。いや志藤准尉、私は別に阿具少尉の撤退の責めを行っているのではないよ」
「それはわかってます。でも、危険の付帯する任務は時期早小でした」
由梨が言うと特機たちは更に身を小さくしたようだった。
「そうかもしれない。だが1週間後には遷都に伴う本格的な住民の移動が行われる。虫どもは人間の集まる地域に来るのだから、非常に危険な状況といえる」
伊崎は手を机の上で組んだ。
「兵隊が足りていない。かといって前線部隊を戻すわけにはいかない。我ら防衛隊が、なんとか虫どもから住民を護るしかないんだ」
「それにしたって」
阿具が左手で由梨を制止した。
「俺たちは充分使えます」
「もちろん、そうだと思っている」
伊崎は苦渋に満ちた表情で言った。
「個人的には、ですか?」
阿具は先読みして言った。伊崎は再び頷いた。
「上層部は、この結果を快く思っていない」
「新兵ばかりの部隊なんですから!結果なんて出る訳ないじゃないですか!」
由梨が憤って言った。
「止せよ。中将に言ったって仕方ねぇだろう」
阿具が言った。伊崎は深いため息を吐いた。
「特機隊の為に巨額の予算が動いている。奴らには分からないのだよ。優秀な兵士を育てるのがどれ程難しいことか…金さえ掛ければ良いと思っている」
怒気をはらんだ声音で伊崎が唸った。
「少なくとも、阿具少尉の右腕が治癒されるまでは出来るだけ有力な部隊の後方に配置されるように配慮する」
阿具が頷くと、伊崎は行って良いと目で合図した。
由梨が暗い表情の特機たちを引き連れて部屋から出て行った。
阿具だけが部屋に残っていた。
「安心してください。俺たちは使える」
伊崎はすこし怪訝な表情を浮かべた。
阿具は静かな表情だった。
「きっかけだけなんだ。後は」
そう言って阿具は退出していった。
伊崎は今の言葉を反芻して、目を閉じた。
退勤の鐘が鳴っても、阿具は雑誌を顔に乗せたまま動こうとしなかった。
由梨と特機たちが帰った後、部屋には阿具と2号機が残されていた。
「どうしたぁ?」
阿具は顔の上に雑誌を乗せたまま言った。
2号機は端末に打ち込む手を止めた。
「戦場に居て、私はどうすれば良いんですか?」
2号機はマジメな顔で言った。
「色々あるだろうよ。妨害電波、電子妖精なんかの射出。有効周波の解析…」
「わかります。でも歴史上、優秀な情報要員は特殊行動のみをしていたわけじゃないです」
「まぁそうだが。情報要員の戦闘への寄与なんざ実際にはあんま必要ねぇぞ」
阿具の言葉に、2号機はうつむいた。
「それもわかってます。でも、皆が取り乱してるのに…」
2号機は黙り込んだ。
阿具は雑誌を持ち上げるとそのまま天井を見ていた。
「確かに、テメェが一番冷静だったな。習っただろ?白兵戦斗技術、学科及び実技」
「今日ほど、教科書が役に立たないと思い知らされる日はなかったです」
2号機は言って阿具を見た。
阿具は口にタバコをくわえて、体を傾けて机の下のキャビネットから灰皿を取り出した。
「野球のルールを知ってても、大会で優勝できる訳じゃないわな」
阿具は左手で何度か失敗しながらタバコに火をつけた。
「少なくとも、ルールを知らなければ優勝出来ないって言い方も出来るが」
阿具は大きく煙を吸い込むと眠たそうな表情をした。
2号機は肩をすくめた。
「じゃあ、本当の戦闘技術はどこで教えて貰うんですか?」
2号機は言った。阿具は煙をみつめていた。
「戦場さ」
「経験以外はあてにならない、と?」
阿具は頷いた。
「しかしこの状況ではそれも許されないってわけだ」
阿具は立ち上がると2号機の机の前に立った。
「どうするんですか?少尉殿」
「お前たちは優秀だ。直ぐにでも強い兵隊になれる程度には」
「そうでしょうか…」
「お前たちは闘い方の基礎を知ってる。そして臨機応変に闘える知恵も力もある。後は考えずに体を動かすだけなんだが」
マジメな表情で言う阿具に2号機は微笑を浮かべた。
「胡散臭い啓蒙講座みたいなコト、言ってますよ」
「感性の問題だからな」
阿具は言うと、出口の方へ向かった。
「待って下さい。戦場でどうやって考えるのを止めればいいんですか?」
「歌。好きだったよな」
阿具は振り向くとニヤリと笑った。
2号機は眉間に皺をよせていぶかしげな表情をしていた。
夕日で赤く染まる廊下で、阿具は壁にもたれてタバコを吸っていた。
いつのまにか傍に由梨が立っていた。阿具は黙っていた。
「よ。何してんの?」
「悪だくみ」
言うと阿具は真っ直ぐ立って由梨の方を見た。
「テメェが俺を好きなのはわかったから、黙ってそっと近付くな」
「そっと近付いてもわかってるくせに」
阿具は視線を廊下に戻した。
「本題は?」
阿具は携帯灰皿にタバコを押し込んで言った。
「あのコたちに、何か言葉をかけてやらなくていいの?」
由梨はマジメな表情になって言った。
「大丈夫だろ」
阿具はあっけらかんと言った。由梨は表情を曇らせた。
「随分ぞんざいな言い方だけど、何か確証があるわけだ」
由梨は阿具の先読みをするように言った。
「隊長は隊員を信頼するべきだ!とか、何とか」
「そんな高尚なもんでもねぇよ」
阿具はかすかに愉快そうな笑みを浮かべた。
「アイツらはしっかりしてる。迷いや悩みはあるだろうが、それは誰にしてもそうだし、な?」
「何よ…」
「特機を前にして、否定するようなコトを言ったって後悔してるだろ?」
阿具が言うと由梨は口をとがらせた。
「イヤなヤツ」
「副長という自覚を持ちたまえ、志藤准尉」
阿具は冗談めかして言うと制服の前のボタンを外した。
「帰るか」
「うん」
由梨は頷いた。そして歩き出しかけて立ち止まった。
「大丈夫?ちゃんとあのコ達のこと、考えてあげてるよね?」
「大丈夫さ。1号が少し心配だが、アイツらは5人でひとつみたいなもんだ。問題ねぇ」
「そっか。家族が居るもんね」
由梨が頷くと、二人は一緒に歩き出した。
「1人で戦うことも出来る。でも、みんなが居ればもっと良い」
阿具は歌うように言った。
由梨はすこし不思議そうな顔で、でも何も言わなかった。
リビングはカーテンが締め切られて薄暗かった。1号機はリビングの中央の大きなソファに1人で座っていた。
部屋から出てきた3号機は、少し戸惑って立ち止まった後、ゆっくり1号機に近付いた。
「どしたの?」
つとめて明るく3号機が言った。
膝に顔を埋めていた1号機は顔を上げて微笑んだ。3号機は1号機の顔が酷く青ざめていることに気がついた。
「ん…なんでもない。かな」
3号機はしばらく1号機の顔を見ていた。
「うん」
3号機は言うと1号機の隣に腰を降ろした。3号機は足をぶらぶらさせたり天井を見上げたりして、所在無さげに、でも1号機の横にじっと座っていた。
「なんでかなぁ」
1号機はぽつりと言った。
「何も出来なかった、私」
「私もそうだったよ」
3号機が言うと、1号機は自分の膝に顔を押し付けて首を振った。
「動くことさえ出来なかった。怖かったのかも覚えてない、何か真っ白になっちゃった」
1号機は長いため息を吐いた。
「すごくイヤな気分。戦う為に作られたのに、戦えないからだと思うんだ」
1号機は言って膝を抱いた。
3号機は困った顔をして1号機の肩に手を置いた。
「ちがう、と思うよ」
3号機の言葉に1号機は少しだけ顔を上げた。
「1号が落ち込んでるのは、きっと。たぶん、阿具少尉を怪我させたからだと思う」
「そうかも。きっとそうだ」
1号機は泣き出しそうな顔をしていた。
「阿具少尉は、右腕はこれで18本目だから、全然平気って言ってたよ」
3号機は精一杯元気に言った。1号機はこくりと頷いた。
「阿具少尉は、強いなぁ。私は何でこんなに弱いんだろう」
1号機が言うと、3号機は笑みをうかべた。
「大丈夫だよ」
「そうかな」
1号機は同意出来ない風に言った。
「大丈夫。私は、阿具少尉を信じてるよ」
「阿具少尉が護ってくれるって?」
3号機は首を横に振った。そして強い目付きで1号機を見つめた。
「私たちは使える。私たちは戦える。阿具少尉はそう言ったもん」
3号機はぎゅっと拳を握り締めて言った。
1号機は目を大きく見開いていた。それから膝に顔を埋めると、ぐしぐしと顔を拭いた。
「そっか、じゃあ、私たちは戦えるのかもしれない」
「戦えるよ!」
「うん」
1号機は顔を上げて少し頼りなさげに言った。
4号機は無言で剣銃を振りつづけていた。
5号機も何も喋らずにベッドの上に広げた銃の部品に清掃スプレーを吹きかけていた。
「次は、次こそは!ちゃんと戦うんだ!」
4号機は1人で怒鳴ると、縦横と剣を振り、最後に床を踏み込んでぐるりと回転して剣を振った。最後に切っ先はぴたりと止まって、4号機の汗が勢いのまま飛んだ。
「もちろんですわ」
5号機は静かに呟いて、素早く正確に銃を組み立てるとスコープで窓の外を覗いた。
「私も皆も。ちゃんと戦えるんですもの。証明しないと」
5号機が引き金を引くとレバーがかちんと音を立てた。
「次だ」
「次ですわ」
二人は目を合わせずに言い合った。
由梨と阿具は夕暮れ時の中央商店街を歩いて行った。
「西部戦線異常なし~♪東部戦線大混戦~♪行くぞ 我らは戦の中へ♪」
「なんの歌?それ」
「R・D・リッチマン作曲、戦え!突撃隊」
阿具が上機嫌で言った。由梨は顔をしかめた。
「変な歌」
「リッチマンは下手クソなのに歌好きだからなぁ…」
阿具は何故か嬉しそうに言った。
「俺はまだ大丈夫!お前もまだ大丈夫!弾はないけど銃がある!剣は折れたが柄がある!死にそうだけど死んでない!今日の日当貰う前に死ぬな!だって超過勤務8時間目!生き残ったヤツ総取り~♪」
「それは?」
「リッチマン作曲、ピンチだ!突撃隊」
「本当に変な歌」
由梨が笑いながら言った。
阿具は頷いて歌いつづけていた。
* * *
4号機が甲高い音でホイッスルを吹き鳴らしながら踊るように車列を誘導していた。
海の上に浮かんだ広大な駐車場は車と飛行船で埋まっていた。
「なあ、ねえちゃん!」
特大の輸送船に乗った髭面のドライバーが窓から顔を出して怒鳴った。
「なんですかー!」
1号機がはるかに上の運転席に向かって怒鳴った。
「コイツ俺の商売道具なんだよ!ボロだけど無いと困るんだ!」
「安心して下さい!ちゃんと航宙管理局が移転先までお届けしますからっ!輸送で損害を被った場合は、特別輸送管理局、賠償相談窓口にお願いします!」
”駐車場所は7F区画51番です。現状記録システムと、輸送タグをインストールしました。このプログラムは引渡しの正常終了後削除されます。ご迷惑をおかけしました”
運転席の端末に阿具小隊の隊賞が表示されメッセージが流れた。
「さんきゅ!頼むぜ!」
「はい!」
1号機がぴっしり敬礼すると、ドライバーは右手を挙げて飛び去って行った。
1号機は汗を拭った。草凪中央宇宙港へ続く橋と、航空道にはびっしりと車列と船列が続いていた。そしてそれより更に多く軍隊が展開していた。海を埋め尽くすように艦船が並び、空には自立迎撃機械と空戦装甲に身を包んだ兵士が浮かんでいた。
「今日で15日目。コイツらを星の外まで送りつければ、とりあえず終わりだな」
阿具がうんざりした表情で言った。
「そうですね。取りあえず、機械虫が襲ってくることが無くて良かったです」
1号機の言葉に阿具は頷いた。
「俺の腕も明日には治る。問題は今日だな」
「そうですね」
1号機は沈うつな表情で言った。阿具は左手を1号機の頭の上に置いた。
「心配すんな。普段は1基地の数隊で応戦してんだ」
「そうでありますよね。これだけ大部隊が居るんですから」
1号機は自分の提げた剣銃を撫でて言った。
「まぁこういう限られた範囲で戦う場合、多ければ良いってもんでもねぇんだけどな」
「じゃあ…」
「そう嫌そうな顔をすんじゃねえよ。戦うことが軍人の領分だろうが」
阿具は怯えた1号機の髪をぐしゃぐしゃにした。1号機は不安そうな顔で上目遣いに阿具を見ていた。
「この層の厚さで、こんな内側まで敵が来るかよ。万事問題無しだ」
阿具はため息混じりに言った。
「問題です」
唐突に冷静な声がした。
二人が振り向くと、幼稚園くらいの男のコを肩車した2号機が立っていた。男のコは泣きそうな表情で2号機の髪をしきりに引っ張っていた。2号機は無表情だった。
「2号機。頭に何か変なものがついてるぞ」
「迷子です。昨今珍しくないですけど」
2号機は冷静に言った。男のコは2号機の髪を噛んでいた。
「まったく。親はガキから目ぇ離すなってんだよ」
「まぁまぁ。この人出ですから、仕方ないでありますよ」
1号機が言うと、阿具は疲れた表情で首を振った。
「子供マスターを呼んで来い」
阿具は後ろの由梨に向かって言った。由梨は頷くと歩いて行った。
「子供マスター?」
「3号のこと。何でかわかんないけど、3号があやすと子供がぴたりと大人しく…わっ!」
1号機が声を上げた。阿具はいぶかしげに、1号機の視線の先を追った。
「たぁあい、ちょおぅぅ…」
そこには子供の山が居た。そして中央に赤ん坊を抱いて子供に群がられている3号機が居た。3号機には多数の子供がぶら下がっていた。3号機が歩くと、子供の塊も一緒に移動してきた。
「ガキ好きがこうじて養殖でも始めたか?」
阿具が呆れたように言った。
「捜索システムがダウンして、なかなか親が見つけられないですって」
由梨が3号機の後ろから赤ん坊を抱き上げて歩いてきた。
「親はどうしてんだよ?ガキをほったらかしか?」
「もちろん探してると思うわ。ただ、このコたちはほんの一部なのよ。港の迷子ロビーから、仮設テントの特別窓口まで人で溢れかえってるって」
由梨が困った表情で言った。
阿具は苦々しい表情で首を振って、2号を見た。
「とっとと復旧出来ないもんか、2号?」
「わかりました」
端末からケーブルを自分の首の後ろの端子にさした。肩車された男のコは不思議そうな顔でその様子を見ていた。
「多くの企業の計算機がまだ放置されてますから。臨時徴用して処理を分散させます」
「許可する。4、5号は何処行った?」
阿具はぐるりと辺りを見回した。
「入り口付近の事故処理に借り出されて行ったわよ」
「最小単位をそれ以上分割するたぁ、どういう了見だ」
阿具は言うと、ポケットからタバコを探した。
「人手が足りてないのよ。事務から警護まで全部、軍隊が取り仕切ってるんだから」
「全く…これ以上問題が起こらないことを祈るしかねえな」
阿具は言うのと同時にタバコを探す手を止めて、妙な顔をして空を見上げた。
他の者たちはきょとんとしていた。
「副長」
阿具は空を見上げたまま言った。
「どうしたの?」
「現職を維持すべく最善を尽くせ」
「了解…?」
由梨は不思議そうな顔をした。
「各員、武装は怠りないな?」
阿具は全員を見回した。それぞれが良く分からないまま頷いた。
「4号と5号を連れ戻す!」
阿具はそう言うと剣銃を左手に持って、空港の外側の方へ走っていった。
「何なの?」
由梨が呟いた。全員が呆気に取られて黙り込んでいた。
静かに動かなかった3号機が突然とびくりと震えた。
「あ、安定空間に、時空歪曲面からのSVC割り込み!空間連続性の臨界点突破!敵機来ます!」
3号が叫ぶと同時に空中で同時に幾つもの爆発が起こった。宇宙港を囲むように真っ黒な斑点が無数に出来て、その周りでは銃撃が始まっていた。
「第1、7、16、22、34区画隊が接敵、交戦!由梨先生っ!」
「状態報告が命令されてます!交戦出来る状態であれば、第6区画隊に合流せよ、と」
1号機が端末を見て言った。兵士たちがそれぞれ慌てた様子で駆け抜けていった。
「とにかく、子供を空港内部に届けるのが先決ね」
「わかりました。阿具小隊は現在、多数の市民を連れているため交戦出来る状態に無い。安全な経路の指示を望む」
1号機が端末に言った。すぐに経路情報が端末に現れた。
「みんな!安心して!お姉さんたちに付いて来れば、安全だし、お父さんお母さんにも会えるから!心配しないで!」
3号機が言うと泣き出しそうだった子供たちが、なんとかうなづいた。3号機はにっこりと笑った。
巨大な橋の中央を人々が誘導に従って移動していた。
橋の外側には装甲車や戦車が並んでいた。海上の駆逐艦からはひっきりなしに艦砲射撃が行われていた。
「阿具少尉がこっちに向かってるから、その場から離れるなってさ」
4号機が言った。5号機は黙って銃を組み立てていた。
「平気だって。すぐに阿具少尉が来るから」
「私は別に…!」
5号機は強く言おうとして、4号が少し青ざめた顔をしていることに気付いた。
「うん。大丈夫。少尉はすぐ来ますもの…」
5号機は言うと、銃を組み立て終わって弾を装填した。
その時、周りの兵士がわぁっと声を上げた。振り向いた瞬間、装甲車が轟音を立てて吹き飛んだ。
「なに…?」
自立迎撃機械が炎に包まれて、装甲車の上にめり込んでいた。
何かモーターの低く駆動するような音が辺り中に響いていた。
空中に、ぽっかりと黒い穴が開き、その前に人の倍ほどもある黄色い蜂が続々と現れてきた。
「スズメだ!撃て!」
間髪入れずに怒号が発せられると、同時に激しい銃撃が放たれ、戦闘が始まった。
「きゃっ!」
5号機の頭をかすめるように雀蜂が飛んだ。5号機は倒れながら銃を構えると手当たり次第に引き金を引いた。
「5号落ち着けよっ!」
怒鳴る4号機も突然始まった戦闘に無茶苦茶に剣銃を振り回していた。
「サイト、ブレス、トリガー!…どうして当たらないのよっ!」
5号機が叫んだ。同時に弾をかわした雀蜂が一直線に5号機に向かって飛んだ。
5号機は必死で引き金を引いた、しかし左右に揺れながら飛ぶ雀蜂に弾はかすりもしなかった。
「来ないでっ!」
「違う。来て貰えば良いんだよ」
雀蜂が眼前に迫った瞬間、冷静な声が後ろからした。
雀蜂は体を真っ二つに切断されると、5号機の後ろに落ちた。
「…少尉!」
「雑念が多い。何も考えるな」
阿具は左手の剣を戻して体勢を整えると、無表情で言った。
「でも」
「撃つときは好きなものを数えろ。それだけだ」
阿具は言うと駆け出した。
「少尉!おいていかないで!」
5号機は慌てふためいた。阿具は足を止めて振り向いた。
「4号が孤立してる!テメェは1号たちと合流するんだ!」
4号機は応戦するうちに離れた位置で敵に囲まれていた。
「出来ませんわ!私1人で!」
5号機は泣き出しそうな顔で叫んだ。
「お前は出来る!大丈夫。お前は大人なんだろうが!」
阿具は力強い声で言った。5号機は唇をきゅっと噛んだ。
「…わかりました」
5号機は涙を堪えて言った。
「4号を助けたら直ぐに行く!心配するな」
阿具は言うと、敵の群れの中に飛び込んでいった。
残された5号機は鼻をすすって、顔をぐしぐしと拭き、肩から力を抜いて目を閉じた。
「…。ちょうちょ、絵の具セット、輪ゴム」
5号機は銃持つ右手に力をこめた。
5号機が目を開けると風きり音を立てて、雀蜂が突進してきていた。
逃げ出したくなるのを堪えて、5号機はその場に立ち止まった。
「いちごの種、毛糸、阿具少尉!」
5号機は叫んで、ぴたりと銃を顔の横で構えた。
そして雀蜂の針が胸に触れた瞬間、フルオートでトリガーを引いた。
火花が弾けて、雀蜂の体が吹き飛んだ。雀蜂はそのまま橋の下に海へと落ちていった。
5号機はぽかんとした顔をしていたが、きっと目を開いて直ぐに宇宙港の方へ走り出した。
「たくあん!空き缶!ガムテープ!布のガムテープ!」
5号機は叫ぶたびに銃の引き金を引いた。
大口径のライフルはそのたびに火を噴き、雀蜂が次々に海に落ちていった。
4号機は必死の形相で剣を振っていた。
雀蜂の攻撃をギリギリの所で避け地面に転がると、すぐに次の蜂が襲い掛かった。針が顔をかすり、地面に突き刺さった。4号機は手で体を支えて、後ろに飛び退いた。4号機は体中を切り傷だらけにしていた。
次々に攻撃が繰り出された。4号機はなんとか全てをかわしていた。だが雀蜂はフォーメーションを組み、尽きることなく攻撃してきた。4号機の傷は少しずつ増えていた。
「くそっ!何であたらないんだよぉ!」
4号機は低い声で唸って、剣を振り回した。
「当てるんじゃない。動きに沿って剣を通せ!」
阿具の怒鳴り声がした。同時に2匹の雀蜂の残骸が地面に重い音を立てて落ちた。
「たいちょ!」
阿具が4号機の前に着地した。
「交通整理と同じだ。何となくで良い、どっちの車が先に来るか、予想して誘導する!」
3匹の雀蜂が同時に阿具に襲い掛かった。阿具は左足を一歩踏み出した。同時に左側の雀蜂が前に出た。阿具は見越していたかのように、体を低くすると雀蜂の体を突き刺した。
フォーメーションが崩れて、雀蜂の動きに一瞬隙が生じた。阿具は雀蜂を突き刺したまま、右側の雀蜂を真っ二つにした。
「たいちょ!危ない!」
阿具の側面から、三匹目の雀蜂が襲い掛かった。阿具は素早く剣を引き抜くと、大体のアタリをつけて引き金を引いた。剣銃が火を噴いて、鉄片をそこら中に撒き散らした。弾幕に雀蜂はほんの少しだけ速度を落とした。
阿具は背中に当たるほどに剣を振り上げた。雀蜂はその隙に加速した。
金属の圧壊する音とともに、叩き潰された雀蜂が地面に落ちた。
「もともと、お前は戦うときに考えちゃいねぇだろうが。それは正解なんだ。考えるな!」
阿具が言うと、4号機はうーんと唸って、腕を組んだ。
4号機が考え込んでいる間にも、阿具は2匹の雀蜂を叩き落していた。
やがて4号機は目を開けて頷いた。
「わかった。そうする」
4号機は神妙な顔で言った。
4号機の真後ろに、太陽を遮って三匹の雀蜂が現れた。4号機が振り向いた時には雀蜂はすぐ目の前まで迫っていた。4号機は何のためらいもなく左手を前に伸ばすと、雀蜂の動きに合わせて針を掴んで引っ張った。
「オラァ!」
4号機は右手の剣銃で雀蜂を叩き潰した。そのまま掴んだ雀蜂を一匹に投げつけた。雀蜂が上に飛び避けた瞬間には、4号機は突進していた。
4号機の跳躍は雀蜂に届かなかった。だが、4号機は橋のガードに飛び降り、そこからもう一度飛んだ。雀蜂の真上まで4号機は飛び上がり、軽々と雀蜂を真っ二つにした。
4号機は空中で体勢を整えて、地面に静かに着地した。
「合格だ。お前は単純で良いな」
阿具は笑みを浮かべて言った。
「へへー」
何故か嬉しそうに4号機は言った。
その時、無数の爆発音がすると空中の雀蜂が軒並み吹き飛んだ。
二人が音のした方を向くと、鉄の塊のような装甲兵が巨大な銃を抱えて、ひっきりなしに空中の敵を撃ち落していた。
「一甲のお出ましだ。助かったな」
阿具は右肩をさすりながら言った。4号機は横目で阿具を見ていた。
「駆逐せよ!息の根を止めろ!敵を鉄屑にするまで撃ち込め!」
1人だけ小柄な装甲兵が、怒鳴って生き残った雀蜂を次々に破壊しながら進んできた。
その装甲兵の指示に従って、一甲の兵士たちは落ちた雀蜂に更に銃撃を加えて、確実に破壊していった。
「ご無事ですか?阿具少尉」
装甲兵は言いながら、自分の首元に手をやった。
頭部装甲が首の後ろに収納された。黒い髪が見えた。岩神准尉だった。
「助かったよ、岩神准尉」
阿具は素直に言った。岩神は黙って頷いた。
「阿具小隊が宇宙港内部で接敵したという報告を受けていますが、別動隊ですか?」
岩神はいぶかしげに言った。途端に、阿具の表情が凍りついた。
「タイヘンだ!」
4号機が慌てて叫んだ。
「外周部で、一部敵の侵入を許したとのことです。だが阿具少尉の隊なら問題無いと、援護は向かっていないハズですが」
岩神が言い終わる前に、阿具と4号機は駆け出していた。
岩神は目を細めると辺りをぐるりと見回した。
「香坂!」
「9割終了っす!」
「残りは他隊に移譲しろ!」
「はっ!」
「我々は、阿具小隊の援護に回る!」
岩神は怒鳴って、頭部装甲を元に戻すと同時にブースターを噴出させて飛んだ。部下たちも無言で素早く隊長の後を追った。
王蟻の倍ほどもある、長い足をしたクモがじりじりと1号機たちの方へ音も無く近付いてきていた。
「1号機!」
由梨が叫んでいた。
2、3号機と由梨は必死になってアシダカグモに銃撃を加えていた。
アシダカグモは一向に動じずに、長い足を優雅に動かして、後退する特機たちとの間を保っていた。
1号機は、また、何も出来ずに立ち尽くしていた。
「1号!しっかりして!」
3号機が叫んだ。
長い間銃撃が続いた後、やがて銃の弾は尽きた。アシダカグモはぴたりと動きを止めた。
子供が泣き出していた。悲鳴が響いていた。1号機ははっと我に返った。
同時にアシダカグモが動き出していた。アシダカグモは八本の足を同時に動かして一直線に1号機たちに向かって来た。
「きゃあっ!」
3号機が叫んだ。
「あぁ…ああああああ!」
1号機が叫んだ。1号機は一直線に巨大なクモに立ち向かっていった。
「1号!」
2号機が怒鳴った。アシダカグモの長い足がひゅっと風を切って動いた。
1号機の体は人形の様に軽々と宙を舞った。1号機はそのまま止めてあった車のフロントガラスに衝突して、地面に叩きつけられると動かなくなった。ガランと音を立てて剣銃が地面に転がった。
「あ…あぁ…」
3号機が脱力しきって声をあげた。
子供たちが一層激しく泣き出した。
2号機がきゅっと唇を噛んだ。
「…わたしのお家は海のそば…潮風のふく海のそば」
2号機は震える声で言った。澄んだ声は戦場の中でもはっきりと聞き取れた。
「2号?」
3号が青ざめながら言った。
「青いお屋根のわたしのおうち 黄色い車が止まってる おだやかな海のすぐとなり」
2号機はさっきより大きな声ではっきりと歌った。それは童謡だった。
2号機が歌いつづけるにつれて、子供たちは少しずつ泣き止んだ。
「静かな波音 入道雲 白い砂浜 湿った風と潮のにおい」
由梨が続いて歌い出した。3号機もそれに続いた。
1号機は聞こえてくる歌になんとか体を起こした。
右目の視界が真っ赤に染まっていた。1号機が顔に手をやると、顔の右半分が血で染まっていた。激しい痛みに、体中がしびれているようで、頭がひりひりと熱を持っていた。
「もう、このまま動かないで死にたいなぁ…」
脱力して1号機は地面に突っ伏した。
「かえろう かえろう おうちにかえろう わたしのおうち あなたのおうち 一緒にかえろう」
子供たちまでが、一緒になって歌っていた。声はすこしづつ大きく、強くなっていた。
1号機は聞こえてくる声に、眠ることが出来なかった。
1号機は少し目を開けた。子供たちの集団と、それに対峙するアシダカグモが見えた。
「駄目なのかぁ」
1号機は呟いて、しっかりと目をあけた。
右手も、左手もちゃんと動いた。酷い痛みだったかが体は動くようだった。
アシダカグモは沢山の赤い瞳で子供たちを見据えるとその場で方向を修正した。
1号機はふらつきながら立ち上がった。
アシダカグモが動き始めていた。1号機は銃剣を探したが、取りに行く暇はもうなかった。
「うう…!うああああああッ!」
1号機は叫んだ。だがそれは畏れの声ではなく、雄叫びのようだった。
アシダカグモは、体の側面にぶつかった物をギロリとひとつの瞳で見やった。
「1号!」
由梨が叫んだ。
1号機はアシダカグモの側面にタックルして、押しやろうとするかのようにぶつかっていた。
アシダカグモは鬱陶しそうに右足を振り上げた。右足は鞭のようにしなって1号の体を打った。
「くうっ!」
1号機は歯をくいしばった。体がばらばらになりそうな衝撃だった。
「おねえちゃん…ガンバレー!」
2号に肩車されていた男のコが叫んだ。
「負けるなー!!」
「やっつけちゃえ!」
「頑張れー!」
子供たちが口々に叫んだ。
「うう!うおおおおおおおおおおっ!」
1号機はさっきより更に大きく雄叫びを上げた。
その瞬間、アシダカグモの体が少し宙に浮いた。1号機はそのままアシダカグモを押した。車を二台吹き飛ばしてアシダカグモは倒れ込んだ。
「1号!大丈夫っ!?」
由梨が叫んで1号機に駆け寄った。1号機はふらふらとその場に倒れ込んだ。
「ちょっと!しっかりしなさい!」
由梨が叫んだ。1号機の意識は朦朧とし始めていた。
「にげて…みんな」
1号機が言った。騒々しい足音が近付いてきていた。
「勝ち戦で逃げるのは敵だろうが!」
男の怒鳴り声が響いた。同時にブースターの音が幾つも聞こえてきた。
「阿具少尉を援護しろ!少尉を撃ったら殺すぞ!行け!」
女の叫び声と、ブースターの音が1号機の真上を通過していった。
「良かった…隊長どの…」
1号機は呟くと目を閉じた。
意識が遠退いていった。
病室には中央の1号機を取り囲むように、阿具小隊の面々が並んでいた。
「まあ、背骨にヒビ程度ですんで良かったじゃねえか」
阿具は1号機のベッドに腰掛けて言った。
「ええと、はい」
「普通の人間なら死んでるぞ。今度から気を付けろよ馬鹿野郎」
阿具は1号機を小突いた。
1号機は照れたように笑みを浮かべていた。
「まったく無茶しやがる」
阿具は首を振って呟くと、タバコをくわえた。
すぐに横から2号機の手が伸びて、由梨の持った空き缶が差し出された。動く暇も無く、阿具のタバコは飲み残しのコーヒーの中に放り込まれた。
「さすがに病室ですから」
「ちっ」
阿具は舌打ちすると、机の上の大きなカゴに手を伸ばした。
カゴには”1号さん江、お悔やみ申し上げます”との札が下がっていて、大量のバナナが積まれていた。阿具はバナナを一本とって頬張った。
「とにかく。出来る限り早く直して原隊に復帰せよ。以上」
もそもそと阿具が言った。阿具はそのまま立ち上がって部屋を出て行った。
「すぐ良くなるわ」
「元気だして!明日には退院できるんだから」
「帰ってきたら、ケーキ用意して待ってるからな!」
「寝るとき、寂しいでしょうから」
特機たちは口々に言って部屋を出て行った。
「あはは…」
1号機は5号機に渡された熊のぬいぐるみを抱いたまま、何となく笑った。
最後に残っていた由梨が、ゆっくりと立ち上がった。
「心配なのね?」
由梨が言うと、1号機は目を丸くして、それから頷いた。
「今回は死ななかったです。でも、次はもしかしたら」
1号機はじっと由梨の目を見つめて言った。由梨は重々しく頷いた。
「たしかにね。でも、それは全ての兵士が抱える問題だわ」
「たしかに。そうでありますね」
落ち込んだように言う1号機に由梨は微笑みを浮かべた。
「大丈夫よ」
由梨は1号機の髪を優しく撫でた。
「はい」
「京一郎が、もう心配してる様子もないし、多分ね」
由梨は言い残すと、部屋を出て行った。
1号機は熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよねえ」
1号機は自分に向かって言った。
地面からは黒い甲冑のような足を伸ばし、緑色の腹のクモが次々に現れた。
トラックの周辺は、あっというまに成人男性ほどの大きさのクモに囲まれた。
ダンボール箱が1号機の手から転がり落ちた。だが、ダンボール箱が地面に落ちるより早く、1号機はクモに飛び掛ると頭を上げかけたクモを串刺しにして、銃撃を加えた。
右方から飛び掛るクモは的確な銃撃で弾き飛ばされた。5号機はマガジンを銃から落とすと、次のマガジンを装填した。
4号機が2匹のクモを同時に切り裂いた。
「北方向に長い楕円状に分布。数70。戦闘を告知。第3中隊への合流が指示されました」
3号機は後方の敵に銃を撃ちながら言った。
2号機は、ずっと歌いながら近付いて来るクモに至近距離から銃弾を浴びせていた。
「どうするの?囲まれてるわよ」
由梨が言った。
阿具はタバコを吸い終えると、吸殻を投げ捨てて、新しい右手で剣を持ち上げた。
「このまま敵正面を突っ切る!突破後は反転迎撃!第3中隊が来る前に終らせるぞ!」
怒鳴って阿具は敵中に突っ込み、片っ端から敵を切り伏せた。
その間も、特機たちは次々に敵を破壊していった。
「突撃隊形い-1!隊長に遅れるんじゃないわよ!」
由梨は叫ぶと、銃を撃ちながら走った。
「了解!」
特機たちが叫んだ。
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