第11話 機械廃墟

 灯りの無くなった惑星の上でも、軍事基地だけは煌々と輝いていた。

 由梨は肩から提げたサブマシンガンを担ぎなおすと不機嫌な表情を浮かべた。

「どうして深夜の巡回は未だに人間がやるんだろう。クラップに全部任せればいいのに」

 阿具は窓から外を眺めてから、視線を廊下に戻した。

「あれは市街地で間違いなく敵って奴見つけるのには良いが、細かい任務にはむかねえからな」

「高い認識機能と、ある程度なら言語機能を備えた偵察機だって作れるはずじゃない」

「局地での偵察機なんて8割破壊されんのに、高い金かけられないだろ?」

「コストダウンは可能だし、何のために巨額の軍事予算が拠出されてんだか」

 由梨は肩をすくめて言った。

「コスト面では、兵隊一人養成したほうが安いって思ってんだよ、上は」

 阿具はぶっきらぼうに言った。

 由梨は眉間にかすかに皺を寄せてため息をついた。

「…そんなもんよね」

「そんなもんなんだ」

 阿具は無表情で言った。由梨はすこしやりきれないように眉間の皺を消さなかった。

 やがて隊室の前までやってくると、1号機と2号機が部屋の前に立っていた。

「巡回終了しました。問題なしであります!」

「右に同じ。異常なし」

 4人は互いに敬礼を交わした。

「3号たちは?」

「い、異常なしでありますぅ」

 廊下の向こうから3号機の声が聞こえた。

 3号機はずるずると4号機と5号機の手をひきずって歩いてきた。

「どうした?」

 阿具が目つきを鋭くして言った。

「え、えーっと。休憩室でちょっと座ったら4号と5号が眠っちゃって」

 3号機が説明すると阿具は首を振ってため息をついた。

「さぼって居眠りか。呆れて物も言えねぇ」

「駄目よー。夜勤の日は昼間にちゃんと寝ておかないと」

 阿具と由梨の言葉に3号機はこくりとうなづいた。

「ま、夜警なんざ、面白みのかけらもねぇけどなぁ」

 阿具はタバコをくわえて火をつけた。

 同時に、一瞬にして当たりが真っ暗になった。阿具は瞬間的にタバコを指で掴みもみ消した。

「伏せろ」

 阿具はしっかり言うと銃に弾を装填して体勢を低くした。

「ただの停電でしょ?」

 由梨が小さな声で呟いた。

「だろうな。じゃなきゃ俺の頭は吹き飛んでたろう」

「補助系に切り替わります」

 2号機が言うのと同時に基地は元の明るさを取り戻した。

「あ。隊長と由梨先生に司令室への出頭要請が出てます」

 3号機が言うと阿具は端末を確認してうなづいた。

「お前らは巡回を続けろ。そこのアホ二人を起こしてな。もうさぼんなよ」

 阿具は言うと歩き出した。

「何も無いとはおもうけど、一応。気をつけてね」

 由梨は言葉と裏腹に心配そうな顔をして言った。

 二人が廊下を曲がっていってしまうのを、1号機は心配そうな表情で見ていた。

「大丈夫よ。破壊工作なら電気の消えてる間に基地ごと吹き飛んでるわ」

「うん…」

 2号機の言葉に1号機はうなづいた。

「軍事基地の電力供給を破壊以外の方法で止められる人間なんて数える程度にしかいないから。まずテロリストとは考えにくいし、ハッカーはそんなバカな真似はしないものよ」

 2号機は5号機を背負うとゆすりながら言った。

 4号機の肩を掴んでいた3号機はふと顔をあげた。

「2号機は出来るの?」

 3号機は聞いた。

 2号機は無表情な顔で3号機のほうを向いた。

「うふ」

 2号機は顔を変えずに言った。

 1号機と3号機は計りかねるように黙っていた。


 休憩中だった兵士たちが装備を整えながら、次々にばたばたと過ぎて行った。

 1号機と2号機はすれ違うたびに敬礼を交わしていた。

「なんかいきなり人多いね」

 1号機が心配そうに言った。

「待機レベルが注意になったからでしょう」

「そうなんだけど、何かヤな予感っていうのかなぁ」

「これだけ物々しければヤな予感もする」

 2号機が言うと1号機はうなづいた。

 二人はしばらく黙ったまま廊下を歩いた。

「2号は、戦争が終わったら何するの?」

 1号機が言うと、2号機は立ち止まり1号機を目を丸くして見つめた。

「戦争が終わったら?」

「うん。軍隊にずっと居る?」

 屈託なく言う1号機に2号機は困惑の表情を浮かべながら首をかしげた。

「生命の危険への対価としては、軍隊のコストパフォーマンスは高くはない」

「ぱふぉ?」

「誰でも成れるものね。格闘家なんかは危険だけど、その分破格の報酬を受け取っているのは、誰でも成れないからってことね」

「えーと」

「現実的な線で言うと、技術屋かもしれない。あまりイメージできないけど」

 2号機は首を振った。

「じゃあさ!2号も隊長殿とサルベージしようよ!」

 1号機は元気に言った。

「サルベージ?」

「うん。隊長殿は戦争が終わったら、破壊された艦船なんかの引き上げをやるんだって!」

「国はわざわざ小銭の為にサルベージなんかしないだろうし。所有権を主張する可能性も少ないはずだもの。航宙路の安全確保にも繋がる。良いアイデア」

 1号機は2号機をじっと見ていた。2号機はかすかに微笑みを浮かべた。

「楽しそう」

「でしょ!」

 2号機は微笑みを浮かべたまま、1号機の顔を見つめていた。

「たぁあいへぇえんだぁあああ!」

 突如として、大きな声が廊下中に響き渡った。

「4号!?」

 4号機は猛烈な勢いで突進して、1号機と2号機の前で止まった。

「どうしたの?」

 2号機が冷静に聞いた。

「5号機が怖い話で駆け出したらあっというまで、追いかけたんだけど結局んとこ目標を喪失ってな感じで!とにかく大変だ!」

「3号、通訳」

 2号機は後ろから同じく来た3号機に向かって言った。

「5号機は4号機が怖い話したせいで突然走り出して、追いかけたんだけど。5号機が気配なんか消した日にはそんなに簡単に発見出来なくて大変!」

 3号機が一息に言うと、全員ぴたりと動きを止めた。

「基地内で迷子ってこと!?」

 1号機が声を上げた。

「探さないと」

「でも、今言った通り。5号機の隠密能力は高すぎて見つからねぇんだ!」

「確かに。センサー類では発見することは難しいかも」

 2号機は考え込んだ。

「ど、どうしよう。1号」

 3号機が困り果てたように言った。

「とにかく、全員で見落としの無いようにしらみつぶし!5号機だって私たちから逃げてる訳じゃないんだから、近くに行けば見つけられる!」

「そうだ。館内放送で呼び出すって、どうだろう」

 2号機が顔を上げて言った。

「それは駄目!」

 1号機が強く言った。

 残りの三人は不思議そうな表情で1号機を見た。

「それは…隊長殿に、こっぴどくしかられるに違いないから!」

 1号機が言うと、2号機が、はっとした表情で頷いた。

 全員が黙り込んだ。そして4号機がぎゅっと握りこぶしを握った。

「出来るだけ早く見つけるぞう!」

 4号機が怒鳴った。

「おう!」

 特機たちは全員で力強くこぶしを振り上げた。


 5号機はひとしきり泣いた後、やっと泣いても何も解決しないのだと気づいた。

 辺りは5号機の目にさえ殆ど真っ暗で、自分がどこにいるのか検討がつかなかった。

 ただ、機械油の匂いと金属の錆びた匂いが辺りに満ちていた。

「みんなー!」

 5号機は叫んだ。

 声が遠くの方で反響していた。

 頭と体がずきずきと痛んだ。5号機はやっと自分が倒れていると知った。

 どうしてかわからないが、どこかから落っこちたんだと、5号機は思った。

「どこ…?」

 5号機はまた泣き出しそうになって、唇を噛むと体を起こした。

 手探りで地面に触れると、そこらじゅうケーブルや鉄の塊で埋め尽くされていた。5号機は自分のライフルを見つけると手で触って確認した。

「良かった。こわれてない…」

 良かった、と言うと気持ちが緩んで涙が出そうになった。

 5号機は、ぐす、と鼻をすすると歩き出した。

 右足首がぴりぴりと痛んで動かなかった。一歩ずつ眉をひそめながら5号機は足を引きずって歩いた。どうやら鉄くずの山の上を歩いているらしかった。どれだけ考えても基地の傍にこんな場所が有るとは思えなかった。

 5号機はあてもなく、ただひたすら歩いていた。

 そのとき、がたりと音がして鉄片が転がった。

 5号機は反射的にライフルを構えて、トリガーをぎりぎりまで引いた。

「誰っ!」

 5号機は怒鳴った。何も見えなかったが、何かが動く気配がした。

「答えて!」

 5号機はまた怒鳴った。

 何かはゆっくりとこっちに向かってきているようだった。

 5号機は躊躇わずに引き金を引いた。低い銃声が響き、火花がはじけた。

 一瞬見えた姿は、コーンに乗ったアイスクリームから二本の腕が生えたような形の浮遊型のロボットだった。銃弾はロボットの腕に当たると甲高い音を立てて弾かれた。

「来ないでよっ!」

 5号機は叫ぶと二発目を装填した。

「わわわ…待ってよ乱暴だなぁ。ぼく敵じゃないのに」

 ロボットの浮かんでいた辺りから声がした。

 5号機は驚いて銃を下げた。

 かちんと音がすると、ロボットの頭の丸い部分が光を放った。広大な空洞に微かな灯りが満ちた。

 5号機は辺りを見回した。そこらじゅう、見たことのあるものから、無いものまでさまざまな軍用機械の残骸が転がっていた。5号機は最後にロボットに目を留めた。

 濃紺のボディは傷だらけで、右側の手の指が一本なくなっていたが機能そのものは問題ないようでふわふわと浮かんでいた。

「ぼくは浮遊式巡回型小範囲警護ユニット。F-CLAP06」

「しゃべれるの?」

 5号機が言った。

「しゃべってるでしょ?」

 ロボットは答えた。

「うん」

 5号機は頷いた。

 ロボットは5号機のすぐ傍まで近づいた。そして前面のカメラで5号機を捉えた。

「人がどうしてこんなところにいるの?」

 ロボットは不思議そうに言った。

「私、人じゃないもん」

「じゃあ、機械!?」

 ロボットはすっとんきょうな声を出した。

 5号機はこっくりと頷いた。

「すごいなぁ、新型はこんなに人っぽくて可愛いのかぁ」

 ロボットはくるくると5号機の周りを飛び回った。

「新型、じゃなくて、5号っていうの」

 5号機はほんのり頬を染めて言った。

「なまえ?」

「うん」

「ぼくは。ユニット2328B16FFB」

 5号機はううんと唸ると考え込んだ。

 ユニット2328B16FFBは所在無さげに両手をがちゃがちゃと動かしていた。

「ユニ。お名前はユニにしよう!」

「良いとも!」

 ユニは元気に言った。

 5号機はにっこりと微笑んだ。

 アイスクリーム型のユニも嬉しそうにふわふわと浮かんでいた。


「お給料ってすごいなー!」

 4号機が机いっぱいに乗せられた色とりどりのアイスに感嘆の声を上げた。

「だねー。アイスおなかいっぱいでも大丈夫だもんね」

 3号機もにこにことしながらアイスをほおばった。

「チョコミントのためだけに今日も戦える…」

 2号機が静かに、しかし幸せをかみ締めるように言った。

「あははは。おかわりしてくる」

 1号機は自分の殻になったコーンを見て、立ち上がった。

 カードをガラスケースにかざすと鍵が開いて、色鮮やかなアイスが四角い金属のトレーに治まって居た。1号機はうきうきとした気持ちで色とりどりのアイスを、これでもかとコーンに積んだ。

 そして見た目にも豪華な8段目を積んだ時、1号機の手がぴたりと止まった。

「どうしたの?」

 3号機は後ろから首をかしげて言った。

 ぽとり、と1号機の持ったアイスクリームサーバからアイスが落ちた。

「あ、もったいね」

「わ、私たち」

 1号機はくるりと振り向いた。

「私たち5号機探してるんだった!」

 1号機の怒鳴り声に、3人はアイスより冷たく凍りついた。

 夏なのにやけに涼しい風が特機たちの間を吹き抜けていった。

 全員が呆然として、いまいち事態が飲み込めない様子で黙り込んでいた。

 やがて3号機が立ち上がった。

「あ…ああっ!あああ!」

 3号機は顔の側面を手で覆って悲鳴を上げた。

「くそう!何でこんなことになったんだ!」

 4号機が慌てて銃と懐中電灯を持った。

 全員がばたばたと装備を持ち直しアイスを元に戻し始めた。

「隊長殿に怒られる!」

 1号機が言うと、全員の動きが止まった。

 それまで座り込んでいた2号機が、ゆっくりと立ち上がった。

「…アイスクリームバーの探索終了」

「2号機!?」

 1号機が驚いて言った。

「探索、終了…」

「探索っていうか、アイス食べてただけだよ2号機!」

 空を見つめて呟く2号機に、1号機は2号機の肩を掴んで言った。

「終了!」

 2号機はふっきれたように1号機を見つめ、無表情の中に強い光を宿して言った。

「いや…単にわき道にぼんやりそれて失敗」

 1号機が言い終える前に、3号機がぱちんと手を打ち合わせた。

「しゅ、終了したよ!」

 3号機が言った。

「ええっ!」

 1号機は声を上げた。

「そっ、そうだ。どのアイスの中にも5号居なかったもんな!」

「そ、そう!アイスの中に居なかったもん!」

「全アイス終了!」

 2号機がぴしゃりと締めて、三人は1号機の様子を伺った。

 1号機は口をあんぐりと開けていたがやがて、はっと表情を戻した。

「終了した!順次他の施設の探索に向かう!」

 1号機がやけくそ気味で右手を上に上げて怒鳴った。

「おう!」

 全員が呼応して右手を上げて叫んだ。

 そのとき、がたりとアイスクリームバーの隅で音がした。

 全員が、おそるおそるそっちを向いた。

「ひっ…!」

 少年は低く声を立てた。

 少年はすぐに黄色い合成繊維のロングコートを翻して駆け出した。

「み、見られてた!」

 1号機が固まった。

「追わないと」

 2号機が冷静に言った。

「そうだ、証拠を隠滅しねぇと!」

 4号機が、がしゃんと銃の弾を装填した。

「そ、そうじゃなくて」

 3号機も2号機に同調した。

「今のコ、どうみても民間人だった」

 2号機は言うが早いか駆け出していた。


 歩いても歩いても、鉄くずの山は終わらずに続いていた。

 5号機はライフルを杖にして歩いていた。

「だいじょぶ5号?ぼくが背負っていこうか5号?」

 ユニは心配そうに辺りを飛び回って言った。

「へいき」

 5号機は嬉しそうに微笑んで答えた。

「じゃあさ、5号機は人と同じ所で、同じ装備で戦ってるの?」

 ユニは納得したように動きを止めると、話を続けた。

「うん。お給料も貰ってますの」

「すっごい。すごいや!お給料で何買えばいいのかぼくにはわかんないけど、きっとそれはとっても”価値”のある仕事なんだね」

「かち…?」

 5号機は首をかしげて聞いた。

「そうとも!ぼくたちはみんな価値を持ってるんだ。それぞれの機械は、それぞれの価値の為に働いてる。働くことはとっても価値があって。価値があるからみんなはたらくんだ」

「そうなんだ…。ユニはどんな価値をもってますの?」

 5号機は良く分からなかったが、うなづいて聞いた。

「ぼくはね。敵を見つけて、殺されそうになってる人の代わりに弾を受けるんだ」

「弾…?」

 5号機は小さな声で言った。

「そう。磁力と光の屈折で、光線も弾丸も全部ぼくに向かってくる。ぼくは普通の機械よりずっと装甲が厚いからしばらくは持ちこたえられるのさ!」

 ユニは元気にくるくる回りながら言った。

「どしたん?」

 ユニはぴたりと動きを止めた。

 5号機は足を止めてじっとうつむいていた。

「こわれたら、なおしてもらえるの?」

 5号機は訊いた。

「ううん。壊されても、それも価値なんだ。だからもう働かなくていいんだって。ここはそういう機械のための場所なんだ」

「そんなの!」

 5号機は思わず声を上げた。

「そんなのって、おかしい」

「おかしい、かい?」

「おかしいよ。ヒトは、機械を生きるために機械を犠牲にしているのに。その用が済んだら捨てちゃうなんて、直せばまだ生きていられるのに」

 5号機はぎゅっと唇を噛んだ。

 ユニの頭の上部がくるくると回っていた。何かを考えているように見えた。

「ちがうかなあ」

 ユニはやがてぽつりと言った。

 5号機はユニを見つめた。

「人間は、さいしょっから価値を持って生まれないって。だから価値を探すために生きなくちゃ駄目でしょ?ぼくたちは最初から価値があるんだ。あとはその価値のために働くだけでいいんだよ」

 ユニは陽気に言った。

 5号機はまだ納得できずに黙っていた。

「ヒトもいつか死んじゃう。ぼくらも同じ。ちがうのはヒトは価値を見つけないで死ぬこともあるけど、ぼくが死んだときは、それが価値なんだ」

 ユニは静かに言った。

「わかんないよ」

 5号機は首を振った。

「5号は作られてから日が浅いからだよ。だいじょうぶ」

 ユニは優しく言った。

 5号機はうなづいた。ユニはぎしぎし言う腕で5号機の頭をなでた。

「私、自分の価値をしらないの」

 5号機はしょんぼりして言った。

「そうかあ」

 ユニは呟いた。

「きっと、人と同じで色々な価値を見つけることが出来るんだよ。すごいなあ新型!」

 ユニは感心して言った。

 5号機はなんだかおかしくなって、笑みを浮かべた。

「新型じゃなくて、5号!」

 5号機は元気に言った。

「うん!そうだった!」

 ユニも元気に言い返した。

 二人は再び歩き始めた。やがてユニの灯りのせいだけではなく、すこしづつ視界が利くようになってきていた。鉄屑の山の向こう側から、明かりのこぼれる通路が見えていた。

 ユニはすこし先回りして、通路のほうを示した。

 5号機はにっこりと笑ってうなづいた。

 ユニの頭部の光が、ゆっくりとかげった。巨人のような形をした機械の塊が上半身を起こして、ゆっくりとユニの頭上に腕を振り下ろした。


「ハッカー?」

 由梨が言うと、伊崎はこくりと頷いた。

「詳しいことは分からないが、システムへの介入が有ったそうだ」

「基地運営のシステムなんざ、そんな簡単に侵入されるもんじゃねえだろうよ」

「確かに、そうだ」

 伊崎は険しい表情で頷いた。

「しかし出来ないことではないらしい。情報部からの報告では、その可能性が高いハッカーは二人居るらしい」

 伊崎は二枚の書類を示した。

「フロウ。年齢、国籍等不明。軍事関連のネットワークに数度の侵入。自らの技術を誇示するような言動と行為から若年者であると思われる」

 阿具は興味なさげに読み上げた。

「MG。同じく不明。侵入をしたという署名入りサインを残す以外には侵入の痕跡が無い。存在は未確認。グループであるという説や、ただのネット幻想であるという説もある」

 由梨も書類を手にとって言った。

「で、どうしろと」

「捕まえてきたまえ」

 伊崎はあっさりと言った。

 阿具は唖然と黙り込んでいた。

 由梨も首をかしげたまま何も言わなかった。

「侵入を、許したかもしれん」

 伊崎は苦虫を噛み潰して言った。

「どういうこった」

「システムダウンと同時に、基地中のセンサー類が破壊された。補助系もセンサーだけは死んでいる。間違いなく人為的にだ」

「重要地点への人員の配備は?」

「手配済みだ。目的が破壊活動なら、警戒態勢を取った時点でこちらの勝ちだ」

 阿具は頷いた。

「ただ、目的不明だったらどうか、と」

「そうだ」

「とにかく、最も機動力と索敵能力の高いだろう俺たちに、探せ、ってことだな」

 伊崎は頷いた。

「通信は使うな。探索位置を知られるのは致命的だ」

「了解」

 阿具は敬礼した。

「実際、侵入できたのかもわからんのだ。部隊に危害が無いようなら、深追いする必要は無い」

「まぁ今のところ、目的は不明だが、攻撃する気ならもうやってるでしょう」

 阿具が言った瞬間、轟音が響いた。続いて基地内から火の手と煙が上がった。

「攻撃!?」

 由梨が叫んだ。

「違う。軽自立戦車の無反動砲だった。どうやら乗っ取られたらしいな」

「司令部!状況を報告せよ!」

 伊崎が端末に向かって怒鳴った。

「基地中の隔壁が災害時モードで起動しています!操作を受け付けません!」

 オペレータが悲痛な声で叫んだ。

「復旧に全力を尽くせ!各隊の状況はっ!」

「隔壁に阻まれて移動することが出来ない模様!いや、待ってください!報告をそちらにおつなぎします!」

 ぷつっと音が途切れて、違う回線に繋がった。

「所属と状況を報告せよ!」

 伊崎が言った。

「あ、阿具小隊でありますっ!」

 端末から3号機の声が聞こえてきた。

 由梨が驚いた顔をした。阿具はにやりと好戦的な笑みを浮かべた。

「自立戦車に乗って逃走する少年を追跡中!B6棟内を北上中!」

 阿具は既に部屋から走り出していた。


 風を切る音が近づいてきていた。特機たちは一斉に通路の中央を開けて飛びのいた。

 風が通り抜けた瞬間、後方で爆発が起こった。

「なんなんだよアイツは!」

 4号機が怒鳴った。自立戦車は逃走を続けていた。

 2号機は空中に投影されるキーボードをたたきながら走った。

「直接入力の方が速くない!?」

 1号機も走りながら怒鳴った。

「ウルサイ。頭で考えなくても、手が知ってるの」

 2号機は喋りながらも少しも手を止めなかった。

 すぐ目の前の隔壁がすごい勢いで降りてきた。

「行くぜ3号機!」

「え、えっ!!」

 4号機が怒鳴って体を隔壁のしたに滑りこませた。3号機も慌てながら飛び込んだ。

「うぬらぁああ!」

「いたたたたた!」

 怒号と悲鳴を上げる二人の上の隔壁は動きを遅くして、次の瞬間には上へ上がって行った。通路の向こうでは、小さい冷蔵庫ほどの大きさの自立戦車が走り抜けていった。背中にはさっきの少年が座り、背中のフードを風ではためかせていた。

 少年は2号機と同じようにキーボードをひたすらたたき続けていた。

「いちいち足止めされてたんじゃあ、追いつけねえよぅ!」

 4号機が2号機に怒鳴った。

「スキルは私のほうが上。ただ、後手が不利なのは全てのゲームに通じるところ」

 2号機はせわしく手を振って言った。監視カメラのしたからマシンガンのついたアームが伸びた。2号機がちらりと見て手を違う動きで振ると、アームは再び元に戻った。次々と迎撃用の装置や、隔壁が動こうとしてまた動きを止めた。目に見えないところで激しい戦いが繰り広げられていた。

「どっちにしても、自立戦車を足で追いかけるのって無理だよ!」

 1号機が叫んだ。3号機が痛む首を振りながら片目を閉じて自分の首の後ろに触れた。

「いたた…2号機。隠蔽部分も含めた基地全域図にアクセスできる?」

 3号機が言った。2号機はぽんとキーをひとつだけたたいた。

 すぐさま3号機の視界に詳細な全域図が現れた。

「はっやぁい…」

「基本、だから」

 にやりと笑う2号機に、3号機はそれ以上何も言わなかった。

「この先を右に曲がって、相手を16番回廊に誘導できないかな?」

 3号機は何気なく言って顔を上げた。その瞬間、マシンガンを構える4号機の姿が目に飛び込んできた。

「だ、だだだ駄目!」

 3号機は真っ青になって怒鳴った。

 4号機のマシンガンが火を吹いた。コンクリートの床に次々と穴がうがたれて自立戦車に迫った。銃撃は左にそれて自立戦車の隣を通り過ぎた。少年はほんの少し首を動かした。自立戦車はかくんと右側に折れて16と刻印のされた角を曲がった。

「誘導したぞ!次は!?」

 4号機が叫んだ。3号機は一瞬ぽかんと口をあけて、すぐに閉じた。

「ここじゃない、次!そこ!その非難用ハッチから通路が繋がってる!」

 3号機が言うのと同時に4号機が床のハッチに飛びついた。

「くそっ!あかねえ!」

 4号機が何度レバーを引いてもハッチは反応しなかった。

 2号機は4号機に見上げられて首を振った。

「機械的な理由よ。多分、圧搾空気が抜けてる。ボンベの交換を整備が怠ってる」

 2号機は立ち止まっても、なおもキーボードをたたき続けていた。

「どいて!」

 1号機が叫んだ。

「阿具少尉直伝!危機は叩き壊し抜けろ!」

 1号機はナイフのナックルガードを握ってハッチを打ち抜いた。

 すさまじい音が響いたが、ハッチは依然として動かなかった。

「やっぱ、駄目か」

「叩き壊し抜けろ!」

 1号機の言葉を遮って、4号機もナイフを握ってハッチを殴りつけた。

 動かないハッチに3号機もナイフを握った。

「えい!叩き壊し抜けろ!」

「よし!みんなで!」

 1号機は元気に叫んだ。

「おう!」

「うん!」

 3号機と4号機が叫んでこぶしを振り上げた。

「あれ?2号は?」

 1号機が言った。

 2号機はぱたぱたとかけてくると、しゃがみこんだ。

「よし!たたきぬけるぞ!」

 1号機が再び言うのと同時に、2号機はハッチの上面を剥がすとボンベを引き抜いて、右手に持っていたボンベと交換した。

 2号機が軽くレバーを引くと、空気音がしてハッチは軽々と開いた。

「非難用ハッチなんて、結構あっちにもこっちにも有るのよ」

 2号機は静かに言った。

 なんとも言えない沈黙で、三人は2号機の顔を見ていた。

 2号機は無表情に前を向いた。

「昔、この国の民族の英雄が言ったわ。”ばかになれ”と」

 2号機は目を閉じて首を振った。

「それは人生訓。方法論じゃない」

 2号機はそういうとハッチから飛び込んで行った。

 残りの三人は互いに顔を見合わせていた。


 5号機は体を起こした。突き飛ばされたユニは既に空中に浮かんでいた。

 2人は巨大な機械の塊と対峙していた。巨人のように見えるそれは、良く見ると沢山のジャンクの寄せ集めで構成されているようだった。

「機械虫だ。核が、皆を取り込んでる」

 ユニが呟いた。

 5号機が立ち上がるのと同時に、再び巨人の腕が振り下ろされた。

 5号機は素早く飛びのいた。ユニは空中に飛び上がって難を逃れていた。

 巨人は5号機のほうを見ていた。5号機はライフルを構えると、伸びてくる手に向かって狙いをつけた。

 激しい銃声と火花が飛び散った。5号機は足を踏ん張って伸びてくる手にひたすら銃撃を続けていた。一発当たるごとに巨人の手は鉄片を撒き散らして壊れた。硝煙があたりに立ち込めた。かちんと音がして弾が切れるのと同時に、巨人の右腕は肩からずるりと落ちた。

 埃を巻き上げて腕が地面にめり込んだ。

 5号機はマガジンを地面に落とすとすぐに新しい弾を補給した。

 次の瞬間、巨人の形が崩れひとつの塊になった。

「5号あぶない!」

 塊は突然四方に尖って栗のイガのような形になった。

 5号機はよけられないと判断して銃を構えた。だが引き金を引くより早くトゲが迫ってきた。トゲは5号機の目の前で止まると、ガドリング銃を5号機に向けた。同時にジェットの噴射音が響くとミサイルがトゲを吹き飛ばした。

「ユニ!」

 ユニは体の側面から次々にミサイルを放ち、トゲを吹き飛ばし5号機の傍まで来た。

 5号機もライフルを構えると、自分たちに向かってくるトゲを撃ち落した。

「だめだよ。つぎつぎに仲間が飲まれていく、どれだけでも増える」

 ユニは妙に冷静に言った。5号機は答えずにひたすら敵を撃ち落していた。

「いち、にの、さん、で逃げよう。振り向かずに通路まで走るんだ」

 ユニの言葉に5号機はこくりとうなづいた。

「いち、に、さん!」

 ユニと5号機は声を合わせて叫んだ。

 5号機は走った。その瞬間、背中の後ろから銃声が響いた。

「いけ!大丈夫だから!」

 5号機が振り向こうとした瞬間、ユニの声が響いた。

 5号機は走り続けて、通路にたどり着いた。そして後ろを振りむいた。

 いつのまにかユニの頭の光は消えていた。しかし、機械の塊からいくつも出た砲塔からの炎が断片的にあたりを照らしていた。

「ユニ…!」

 ユニの頭部のライトは粉々に割れて、中の機械がむき出しになっていた。左腕は既に無く、機体のあちこちにひびが入っていた。

 ユニは奮戦していた。

 量産型のロボットとしては有り得ない速度で飛び回り、敵の攻撃を予測して避け、ひたすら敵の鉄片を撒き散らす為だけに戦い続けていた。

「ユニ!ユニっ!」

「来るなって、言ってるだろぉっ!」

 ユニは一歩踏み出した5号機に怒鳴った。

「でも!ユニ死んじゃう!」

「良いんだよ!」

 ユニは戦い続けながら言った。

「良いんだ」

 ユニは静かにもう一度言った。

「ぼくは、死ぬことが価値なんて言ったけど。ぼくは故障で出撃できなかった機体だったんだ」

 ユニは砲塔のひとつと真っ向から撃ち合っていた。次々にユニの機体にへこみが出来た。砲塔が吹き飛ぶと、すぐさま機械の腕が襲い掛かった。

「やっとだよ。価値を果たせるんだ。ぼくはぼくの役目のなかで、死ねるんだ」

 ユニは変則的な動きで腕を交わして銃撃を続けた。

「だから行ってよ5号。ぼくが敵を発見して、きみを護って、きみとぼくが、軍隊を勝利に導くんだ。それでどんな犠牲を払ったとしても、機械だけじゃなくて軍隊としての、価値なんだ」

 ユニは最後のミサイルを放った。

 花火がうちあげられたかのように、赤い光が機械の廃墟に満ちた。

「行け。行くんだ。行ってよ!5号!!」

 ユニが叫んだ。

 5号機は涙をぬぐって、目を閉じて通路を駆け上がっていった。

 背中の後ろではひたすら銃声が続いていた。


 特機たちは動きを止めていた。

 地下道を抜けて上がった先は小さな集会所だった。

 少年は自立戦車の上にあぐらをかいて座っていた。戦車の砲塔は特機たちの方へ向けられていた。

「甘いよ、お姉ちゃんたち。誘導されてるのに気づかないわけないじゃん」

 少年は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「ねえキミ。別にお姉ちゃんたちはキミを懲らしめようってしてるわけじゃないんだよ。だから大人しくそれから降りてこっちへ来て、ね?」

 3号機が優しく言った。少年は笑い声をあげた。

「別に殺されるなんて思ってない。だって僕はただの子供だからね。でも、ちょっとだけワガママを聞いて欲しいんだ」

「なに?」

 1号機が聞いた。

 少年は声を立てずににっと歯を剥いて笑った。少年の指がキーをひとつたたいた。

 同時に部屋のあちこちからサブマシンガン付監視カメラがアームを伸ばして、特機たちに狙いをつけた。

「人質になってよ。要求通すためには必要なんだ」

「なるほど。誘導されてたのは私たちの方だったんだ」

 1号機があっけらかんと言った。

「そう。この基地のほぼ全システムはもう掌握したよ。外からは堅牢だったけど、内側に入っちゃえば、どうってことなかったね」

 少年は屈託なく言った。

「おいガキ!あんまり俺たちを怒らせると」

 4号機が怒鳴りながら一歩前に出た。

 その瞬間、銃が火を吹いた。4号機の足元に穴が開いて煙が上がっていた。

 4号機は怯えた様子はなく少年を睨みつけていた。

「この状況だよ?怒らせないほうが良いのは、僕の方じゃない?」

「ちっ」

 4号機は舌打ちした。

「2号機に任せた」

 4号機はそう言って下がった。2号機がかわりに一歩前に出た。

「ちょっと…そう気安く動かないでくれる?人質なんだからさ。本当に殺しちゃうよ?」

 少年は優位に立つものの余裕を見せてにやにやして言った。

 2号機は銀色の前髪を指でわけてまっすぐに少年を見た。

 そして少年に似た表情で笑った。

「殺せるのかしら。ゲームで人を撃つのとは違うのよ」

 2号機は静かに言った。

「侵入して、掌握出来たからって。ハッキングでも、拠点占拠でも、難しいのはその後なのよ。最後生き残ってこそ全ての闘争は勝利と認められる。まぁ、貴方みたいに侵入を自慢したくて仕方が無い子供にはわからないだろうけど」

 2号機は珍しく饒舌に喋っていた。

 少年は苛立っているのか、戦車の背をどんとたたいた。

「子供っていうな!僕は、銀河系1のハッカーなんだぞ!」

 少年が唸ると、2号機は阿具にそっくりな好戦的な笑みを浮かべた。

「撃ってみろ腰抜けの2流ハッカー。貴方は一生銀河系イチになんてなれやしない」

 2号機が言うのと同時に少年はキーをたたいた。

 銃が火を噴いて、特機たちが一斉に床に伏せた。

 2号機だけが立っていた。部屋中で砲火がはじけるなかで、2号機は物憂げな表情をしてたっていた。

 ほんのすこし後、銃声が終わった。サブマシンガン付監視カメラは、互いに撃ち合い破壊されて沈黙していた。

「なにしろ。銀河系イチは、私なんだから」

 2号機は呆気にとられる少年にそう告げた。

 自立戦車の電源が静かに切れた。

 少年は自分の端末に目を落として、ぽかんと口を開けた。真っ暗になった画面にただ一行だけ文字が書かれていた”全システムは掌握した。MG”。

「簡単だったわ。軍事施設に侵入するのに比べれば、ずっとね」

「MG。お前が!」

 少年は2号機をにらみつけた。

 少年は自立戦車の頭蓋を開いて直接操作した。自立戦車は再び動き出し、砲塔を2号機に向けた。

「どうだ。オンラインを切ったぞ!手も足も出ないだろ!」

 少年は子供らしく精一杯の元気な声で叫んだ。

 2号機はゆっくりと首を左右に振った。

「やめといたほうがいい」

「どうして!」

「大人なのに、子供にも容赦しない怖い人が後ろに立ってるから」

 2号機は静かに言った。

 少年の頭上の通気孔が開いていた。

 振り向いた少年の背後には、埃にまみれて酷く不機嫌な顔の阿具が、銃を構えてたっていた。

「もう終わってるみたいだから、手っ取り早く聞く。お前の目的は?」

 阿具はめんどくさそうに聞いた。

 少年は阿具が引き金に指をかけたのを見て、ため息をついた。

「軍事機械の廃棄場だよ。レアメタルとか、一般人じゃ手に入らない機械が沢山ある」

「廃棄場?」

 阿具は眉間に皺を寄せた。

「なんだ知らないの?一般に廃棄不可能な物、例えば実験に失敗した機械虫の核だとか。そういうものは全部この基地の地下に投棄されるんだ。侵入経路は確保したけど、そこまで辿りつけなかった」

 少年の言葉に阿具は2号機のほうを向いた。

「一般公開された情報ではないですが、確かです。軍事研究のデータベースを閲覧すると、頻繁に廃棄分類99の名目でこの基地に搬入がありますから」

「地下って、そんな場所有ったっけ?」

 4号機が呟いた。

「もちろんそう分かり易く入り口を設けてあるわけじゃないわ。ただ、4号たちの今日の巡回コースのすぐ傍にもひとつ入り口が」

 2号機はぴたりと喋るのを止めた。

「あちゃあ」

 ぴしゃんと2号機は自分のおでこをたたいた。

 全員が不思議そうな顔で2号機を見ていた。

 2号機は表情をきりっと無表情に戻すと、あごを引いて真っ直ぐ立った。

「5号機。たぶん廃棄場におっこちてる」

 2号機はそう言った。

 特機たちが目と口を大きく開けて、驚愕の表情で固まっていた。


 5号機は痛む足でバランスを失って倒れた。

 5号機はそのまま起き上がる気がしなかった。すぐにでも自分の部屋に帰って寝てしまいたいと思った。感じたことのない、脱力感と悲しい気持ちが胸に満ちていた。どうしてだか分からないが、そんな自分が嫌いで、はやくこんな場所から逃げたかった。

「ちょうちょ、絵の具セット、輪ゴム」

 5号機は好きなものを数えながら立ち上がった。

 どうしてだか、先に進む気が起きなくて、自分でも訳がわからずに5号機は延々と好きなものを数えた。

「晴れの日。倍率の高いスコープ。王冠…」

 5号機は好きなものを全部言って、まだ体に力が入らずに唇を噛んだ。

「家族」

 5号機は、今まで考えなかった新しい好きなものをひとつ加えた。

 5号機は何かが変わっていくような気がして両手を握り合わせた。

「…ユニ」

 5号機は長い沈黙の後に言った。

 そして、5号機は何かがわかったような気がした。

「好きなもの。たくさん。まもらなきゃあ」

 5号機は自分が歩いてきたほうに向き直った。

「それが、わたしのかちだ。きっと」

 5号機は猛烈な勢い走り出した。足の痛みは気にならなかった。

 銃声がやんでいた。5号機は嫌な予感に押しつぶされそうになりながら、あっというまに廃棄場まで駆け戻った。廃棄場は元の暗く静かな場所に戻っていた。

 5号機は通路から漏れる明かりを頼りに、目をこらした。

 5号機は息を呑んだ。空気が急に自分の体と異質なものになって皮膚がひりひりと痛んだ。

「ユ…ニ…ユニ。ユニッ!」

 5号機は叫んだ。

 ユニはこの部屋の殆どを占める廃棄物と同様に、ただの鉄屑になって地面に転がっていた。

 酷い耳鳴りがした。体中の血が頭に昇って、5号機の感情をひっかきまわしているようだった。悲しいのか、怒っているのかさえ、もう自分で良く分からなかった。

 ゆっくりと闇の中で、ユニだった鉄屑の後ろで、廃棄物の山が動いた。

 それは山ほどに巨大化した、さっきの巨人だった。

「ああああっ!うあああああぁあ!」

 5号機は吼えた。

 恐怖心は無かった。怒りさえも無かった。ただ、体中に感じたことの無い力が湧き、効率よく相手を壊す方法が手に取るように分かった。気持ちは不意にとても静かに落ち着き始めていた。そして、それは戦うために必要なのだと、5号機は理解した。

 5号機の足元が、その強力な踏み込みではじけた。

 5号機は巨人に真っ直ぐに向かっていった。


 * * *


 中央基地の機械工作室に、特機たちは集まっていた。

 部屋の片隅にある台の上には、新しい装甲と塗装が施されたユニが吊るされていた。ユニには4号機の手による、阿具小隊の隊章が描かれていた。

 沢山のケーブルがユニから伸びていて、それが接続された端末の前には2号機が座って、作業をしていた。ほかの者たちは少しはなれて、その様子を見守っていた。

「動くわ」

 2号機が言った。同時にユニの体に電気が満ちた。

「初期化完了。装備、アドオン、オプションを認識。個体名未設定。所属未設定。使用者未設定。任務未設定。行動パターン未設定。使用前に直接、或いは対話モードにて各種設定を行ってください」

 ユニが言った。

「ユニ!わかる?私!」

 5号機は駆け寄って叫んだ。

 ユニはぴくりとも動かなかった。

「個体名を設定してないから、名前を呼んでもわからないわ」

 2号機が言った。

「そんなことない!ユニは私のこと知ってるもん!お喋りして、仲良くなったんだもん!」

 5号機は2号機を睨んで言った。2号機は目をそらした。

「でもよ、クラップって決められたこと以外喋ったりしないんだぜ?」

 5号機の隣で4号機が言った。

「喋ってましたもの」

 5号機は静かに言った。

「それに…そんなにクラップが強いっていうのも」

「強かったですの!」

 5号機はきっとして3号機に言い返した。

「でも、クラップっていうのは。敵を見つけて囮になるだけの単純な機械だから」

 1号機が言った。

「強かったですの!優しかったですの…ユニは。ユニはとっても…」

「な、泣くなよう」

 5号機は顔を手で覆った。

「私は信じるわ」

 2号機が言った。全員が驚いて2号機を見た。

 2号機は椅子を回転させて皆のほうを向いた。

「人間も、機械も。単純な入出力素子の集積だもの。それがどの程度まで集積するかで、知能の有無が決まる」

 2号機は淡々と言った。

「ユニは、その基準を超えていた?」

 1号機が聞くと2号機は首を振った。

「もちろん、越えていない。でも知能の有る無しなんて、人間の判断することでしょう?それがどれだけ些細な知能でも、例え素子が1個しかなくても感じ方によっては知能を感じられるんじゃないかしら」

 2号機は優しい視線でユニを見つめていた。

「知能、なんて。人間が勝手に決めた基準であって、絶対的なものじゃない。人間には、それがただの機械にしか感じられなくたって、私たちには分かるのかもしれない」

 2号機は5号機の頭に手をおいた。

「私たちだって、機械みたいなものだからね」

 2号機は言った。5号機はこくんとうなづいた。

「初期設定する」

 5号機はぽつりと言った。2号機は優しくうなづいた。

「あ、俺もやりたい!」

 4号機が言った。

「だいじょうぶかなあ。勝手にクラップを直しちゃって」

 3号機が心配そうに言った。

「大丈夫。阿具少尉が装備品として上申してくれるって言ってたから」

 1号機が言った。

 2号機がキーボードをたたいた。

「対話モードに切り替え。私に個体名を教えてください」

 ユニが言った。

「ユニ!貴方は、ユニっていうの」

 5号機が言った。

「ユニ」

 ユニは繰り返して、少し動きを止めた。

「ユニで良いですか?」

「うん」

 5号機がこくりと頷いた。

 そのとき、がらりと工作室の扉が開いた。特機たちが見ると、そこには大きな工具箱を下げた技術兵らしき男が立っていた。

「ああん?何だ貴様ら。誰の許可を得て工作室を使用してんだよ?」

 男は尊大に言った。

「ちゃんと設備課の承認を得ています。許可を得ていないのはそちらでは?」

 2号機が言った。男は明らかに気分を害したように2号機を睨んだ。

「バカ野郎。この工作室はいっつも俺が使ってんだよ。ガキに遊ばせるために有るんじゃねえんだ。許可なんて関係ねえ、とっとと失せやがれ」

「筋から行けば、うせるのは貴方ですが貴方の低い知能ではそれも」

 2号機が言うのを1号機が静止して前に出た。

「失礼しました。至急引き上げますので、どうかご容赦下さい」

 1号機は静かに言った。

 男はしたうちをした。

「ちっ。胸くそ悪いぜ。似たような顔並べやがって、気色悪い。30秒居ないに出てけ。じゃねえとケツ蹴っ飛ばすぞ、メスブタが」

 男が言うと、5号機は涙を浮かべた。4号機は殺気立って男を睨みつけた。

「なんだその目つきは、上官に文句があるのか?ああ?」

「…あるに決まってんだろうが」

 4号機が腰の拳銃に手を伸ばした。

「4号機!」

 3号機が叫んで静止した。男は驚愕の表情をしていた。

 4号機は銃を抜かなかった。かわりに、特機たちの前にユニが浮かび、戦闘態勢を取っていた。

「…ユニ!」

 5号機が叫んだ。

「な、なんだこのポンコツ!俺は人間だぞ、見てわからねぇのか!」

 男が唸り声を上げても、ユニはロックオンしたまま動かなかった。

「クソッ!装備課に報告して、スクラップにしてやる!」

 男は部屋を出て行こうとして、人にぶつかった。

「いて!何してやがる!前を見て…」

 男は途中で言葉を失った。

 そこには阿具が男を見下すような視線でたっていた。

「あ…阿具少尉」

 男は真っ青な顔で言った。

「ひとつ。お前に朗報だ」

 阿具は男の手から大きな工具箱を取った。

「俺の隊への暴言は聞かなかったことにしてやる」

 阿具の言葉に、男は安堵の表情を浮かべた。

「更にもうひとつ。俺はお前を殺さない」

 阿具は言うのと同時にぐっと腕に力をこめた。

 分厚い鉄製の工具箱は軽々と潰され、工具が飛び散った。

「沈黙を守れ。いらんことを喋ると、大抵人は不幸になる」

 阿具はつぶれた工具箱を更に潰して、鉄の塊にすると男に返した。

 男は青ざめたまま、頷いた。

「行け。5秒以内だ。肉塊に変えるぞ」

 阿具が言うのと同時に男はあっというまに部屋から出て走り去った。

 阿具は男が行ってしまうのを見送った。

「あんなのを入隊させるほど、人的資源は枯渇してんのかねえ」

 阿具はため息交じりに呟くと、室内に視線を向けた。

 5号機はユニをおもいっきり抱きしめていた。

 ユニは戦闘態勢を解いて、抱かれるがままになっていた。

「ユニ!」

 5号機はおもいきり嬉しそうに叫んだ。

「はい」

 ユニは返事だけをして、命令を待っていた。

「大好き!」

 5号機が叫んだ。

 ユニは理解できないのか、黙り込んでいた。5号機は、それでも嬉しそうだった。

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