第05話 ゴシップニュース

 朝。

 阿具はいつも通り、平常の出勤時刻を少し遅れて特機隊の詰め所に使われている21号事務室の扉を開けた。部屋では、副長のポジションである阿具の左隣のデスクに特機達が集まっていた。中央の椅子に座る1号機と、特機達は、黙ったまま阿具の方を向いた。

 阿具は黙ってゆっくりと、自分のデスクまで歩いた。

 それから、椅子に腰掛け、机の上に、両足を投げ出した。

「何を見てやがる、女子高生諸君」

 特機達は、歩き、座った阿具をじっと目で追っていた。

「しょ、少尉殿、これは本当で有りますか?」

 1号機が何故か怯えながら、一枚の新聞を差し出した。

 そこには、大きな字で”衝撃!暴かれた、暴走少尉の過去!”と見出しがあった。

「WGNか。フザケたニュースばっか書いてあるコトで有名なゴシップ誌じゃねぇか」

 阿具は読みもせずに、新聞をデスクに放った。

 阿具が首を左右に振るとぽきぽきと音がした。特機達は、黙ったままで阿具の言葉を待っているようだった。阿具は心配げな1号機の顔を真っ直ぐに睨んだ。

「何が書いてあるんだ?」

 阿具は片方の眉をつり上げて言った。

「要約すると、阿具少尉は、統合失調症の病歴が有って、人を78人殺していて、クソ野郎で、こんな人間に首都防衛を任せてはイケナイ、そう書いてあります」

 2号機が表情を変えないで言った。

 1号機が不安そうな顔で阿具を伺っている。

「アホか。本当にそうなら、今すぐ出版社を叩き潰しに向かうだろうが」

 阿具が言うと、1号機はほっとした表情を浮かべた。

「ち、違うんですね」

 3号機が1号機に隠れて言った。

「違う。俺は嘘吐いてるか?どうだ?」

 3号機はじっと阿具の目を見つめた。

「ついてません」

「だろ?ゴシップ誌なんだ。ほっときゃいいんだよ」

 阿具は飲み残していたコーヒーに口を付けた。

 と、外から騒々しい足音が響いて、扉の前で止まった。

「京一郎!」

 ばたんと扉の音と一緒に由梨が駆け込んでくる。

「なんだよ由梨、うるせえな」

 由梨は、つかつかと阿具のデスクの前まで歩み寄った。

 気圧されして、1号機と3号機が横に避ける。

「どーいうことよ、これっ!」

 由梨はデスクに、同じ新聞を叩きつけるように置いた。

「お前も、俺が人殺しだって言うのかよ?」

 阿具は両手でコーヒーカップを持って、呆れた表情を浮かべた。

「違うわよ!ここよ、ここ!」

 阿具は由梨の指した部分をのぞき込んだ。

”阿具少尉の親しい友人は、彼が女性関係にだらしない、と指摘した。阿具少尉は彼に、同じ補給部隊に居た、某将軍の娘と寝たコトを得々と語ったと言う”

「だれなんだよ、親しい友人ってのはよ」

「やっぱり!なんでそんな嘘吐くのよ!」

 由梨が泣き出さんばかりに興奮して怒鳴った。

 阿具は手の中でカップを弄んで、口をぽかんと開けていた。

「由梨先生って、将軍の娘なんで有りますか!?」

「そうよ…、京一郎のコト信用してたのに。裏でそんなコト言われてたなんて、信じられない…」

「言ってねぇ」

「だってここに!」

「最後まで読め、せっかちアホ娘」

 今度は由梨が新聞をのぞき込んだ。

”事実、阿具少尉に弄ばれた彼女は、少尉無しでは生きられない体になり。今でも『阿具少尉専用の慰安婦』として、防衛軍の基地に居るという”

 由梨の顔が怒りに紅潮した。

「誰が!誰が誰が誰がなのよう!フザケるんじゃないわよぉ!」

 由梨はじたばたと地団駄を踏んだ。

 阿具はニヤニヤと笑みを浮かべながらコーヒーを飲んでいる。

「なかなか、面白え文章書く奴が居るもんだなあ」

「ぜんっぜん面白く無いわよ!名誉毀損で訴えてやるんだから!」

「アホか。自分が慰安婦だって名乗りでるのかよ」

「うう」

 由梨は唸った。

「阿具少尉って補給部隊だったのか?」

 お菓子を食べていた4号機が口をはさんだ。

「そこから転科させられたんだよ。基地内で菓子食うな!」

 4号機は笑って誤魔化すと、そそくさと自分のデスクまで戻った。

「そんなに怒んなよ由梨。大人だろ?」

「京一郎に言われるとすっごいムカツク」

「なんでだよ」

「少尉殿」

 2号機が割って入った。

「なんだ?」

「一番最後の部分をお読みになられました?」

 阿具は眉をひそめると、新聞を見た。

”もとより、阿具少尉が首都防衛軍に栄転出来たのも、中央防衛軍の司令官、伊崎中将に操を捧げたからだ、と友人はしめくくった”

 バリ、と新聞が握りつぶされた。

「なぁ2号機。何とかお前の情報網で、この友人っての、しらべらんねぇかな?」

 不自然な微笑みで阿具は言った。

「無理ですね。ハッキングに備えて、出版社もそういうデータは入力しませんから」

 2号機が言い終わると同時に、雷のような轟音が部屋に響いた。

 強化スチールの机が真っ二つに割れて、阿具の拳が煙りを上げている。

 音に驚いた1号機と2号機が抱き合っている。4号機の口から、ポテトが転がり落ちた。

「じゃあ、出版社の場所調べろコラ。警察の駆けつける2分18秒までにカタつけてやる!」

「落ち着きなさいよ京一郎。大人でしょ?」

「ウルセエ!俺はまだ子供だ!」

 阿具は理論もクソも無く唸った。

「お、お、お落ち着いて下さい少尉どの!」

 3号機があたふたと言った。阿具がジロリと3号機を睨んだ。

「俺の言葉の信頼度を調べてみろ!出版社の奴らぶっ殺してヤル!」

「3号機?」

 1号機が絶句した3号機を見た。

「98,99%…」

「しかし、少尉どの。ムキになると余計に怪しまれるであります!」

「言ってる奴らをこの世界から消せば万事解決!2号機!まだかコラ!」

「わぁわぁ言わないで下さい。ただでさえ不思議なんですから」

「ああ?」

「この出版社、どのデータベースにも存在していないんです」

 2号機は端末から離れて椅子に寄りかかった。

「どうも、危ない出版物ばっかり出してるから、隠れてるみたいですね」

「その通りだ」

 いつのまにか戸口に伊崎が立っていた。

「何だよ、何か用か?男色のホモ中将」

 まだキレたまま阿具が言った。

 ぴくり、と伊崎の穏やかな表情で眉毛だけが動いた。

「私を、男色、であると?」

 伊崎は阿具の目の前で言った。

「テメェがゲイだろうが、知ったこっちゃねぇが。そのせいで俺まで迷惑被ってんだよ」

「上官を。いや、私を侮辱するのか?阿具少尉」

 伊崎の額に血管が浮かび上がっている。

「悪いかよ、クソ中将」

 阿具の額にも血管が浮かび上がっている。

 二人は突然、両手を互いに組み合わせた、”力比べ”と呼ばれる体勢だ。

「少尉、私を少々なめすぎだな」

 伊崎の腕の筋肉がもりあがって、軍服のボタンが飛びそうになっている。

 対する阿具も、ギリギリと伊崎の腕を絞り上げている。

「老体があんまり無茶するんじゃねえぞ!」

 阿具が少し優勢でじりじりと伊崎の腰が曲がっていく。

 兵士同士で良く行われるこの勝負は両肩が地面に付くと負けなのだ。

「ぬ、ぬぉおおお!」

 うなり声を上げて、伊崎は頭でブリッジをして持ちこたえた。

「ぐ、ぐがあああああ!!」

 阿具もうなり声を上げて必死に伊崎を押し倒そうとする。

「おもいっきりホモ」

 ぼそりと2号機が呟いた。

 ぴたりと、二人の動きが止まった。

 ごほん、と頭でブリッジを支えたままで伊崎が咳払いをした。

 阿具は伊崎の上からどいた。

 伊崎は、そのまま体を起こすと、軍服の裾を払った。

「とにかく、このWGNは根も葉もないコトを書き立てている。これは由々しき問題であるのだよ。今の所、WGNに対して237件の提訴が起こっている。しかしながら、誰も誰が出版しているのかを知らないのだよ」

「なら、言われっぱなしか?」

「そこで、諸君ら、特機隊の出番だ」

「わたくし達…?」

 机の上に腰掛けていた5号機が首を傾げた。

「そう。WGNの通信手段の隠蔽は警察の手には余るレベルなのだよ。といって、軍人がのこのこ出て行く訳にもいくまい」

「なるほどぉ…」

 1号機が呟いた。

 阿具は疲れ切った表情で椅子に体を沈めた。

「それに、君ら全員誹謗中傷の記事を書かれた訳であるし、丁度良いだろう」

「任務に私怨を挟むのはどうかと思いますが」

 2号機が冷静に言った。

「まぁ、そういうことだ。当面はWGNの摘発が貴官らの任務になる。頑張ってくれたまえ」

 そういうと、伊崎は部屋から歩み出て行った。

 阿具は両手で顔を覆っている。

「…どうしたんですか、少尉どの」

 3号機が心配そうに言った。

「俺たちだって軍人なんだよ!」

 阿具はうなった。

「なぁ、2号機。私たち全員がひぼーちゅーしょーの記事を書かれたってどういうことだ?」

 4号機は手にアイスを持っている。

「これ」

 2号機が端末を操作すると、WGNのバックナンバーが表示された。

 2号機は2週間前の記事を選択する。

「なぁっ!」

 4号機の手からぽろりとアイスが落ちた。

”淫猥なる新兵達の乱れた実態!淫乱美人五姉妹の呆れた淫行”

「くっ!うははははは!」

 勢いよく阿具が笑い出した。

「ふ、ふ、ふざけんじゃねぇええ!」

 阿具のデスクに続いて4号機のデスクも真っ二つになった。

 記事の中には、目線で顔を隠した特機たちの、あられもない合成写真が何点かあった。

「あら、こんな幼児体型だと思われていたなんて心外ね」

 5号機がゆったりと言った。声と裏腹に目には怒りの色が見える。

「あ…あぅ。ひどい」

 3号機は顔を真っ赤にして呆然としていた。

「少尉殿」

 1号機はおずおずと言った。

「なんだ?」

「淫行、って何でありますか?」

「ああ、そりゃお前、ぐぉ!」

 由梨は両手を握り合わせて阿具のみぞおちに叩き込んだ。

「とにかく人権を侵害されてるってコト!みんな、WGN見つけて叩き潰すわよ!」

 由梨が勇ましく言った。

 おぉ!と特機達が応える。

「てめえが隊長やりゃあいいんだよ」

 阿具は不満げに呟いた。


 その暗灰色は、市街迷彩と呼ばれる。アスファルトの色と殆ど同じ色で。上空から目視した限りでは、非常に判じ難い色と、構造になっている。市街迷彩を施されたそのワゴンは、おおよそ法定速度を守って、国道1号線を走っていく。

「なんか、皆して車で出掛けるなんて遠足みたいで楽しいであります!」

 後ろのシートから1号機が身を乗り出した。

「そうね。あなた達は遠足とか、旅行とか、行ったことなかったものね」

 助手席に座った由梨が応じた。

「はい!だからうきうきで有ります!」

「休日なんかにどっか行ってるだろ?」

 阿具はくわえ煙草でハンドルを握っている。

「えと。日曜日でも、外出が許可されてるのは4時間ほどで有りますので」

「任務だから、遊ぶ訳じゃないけど。まぁいっか…あ!4号機!シートにお菓子をこぼさない!」

 口元にチョコを付けた4号機が慌ててシートを拭った。

 由梨は微笑を浮かべて、真っ直ぐ座り直した。

「可愛らしい生徒を抱えて、幸せでしょう?」

「言ってろ。学校の先生になりたいと上申したコトはねえよ…4号機!手で拭くんじゃねえ!5号機ウェットティッシュを貸してやれ!1号機!2号機が車酔いでキツそうだ面倒みてやれ!2号機は車酔いすんなら本読むのを辞めろ!」

 ルームミラーを見て阿具が怒鳴った。

 くす。と隣で由梨が笑った。阿具は凶悪な顔つきで睨み付けた。

「向いてるとおもう」

「ちっ」

 阿具は唸った。

「不本意だそうです…」

 青ざめたまま2号機が言った。

「寝てろ」

 阿具は言うとハンドルを切った。


「ですから。捜査なら、連邦最高評議会の承認が必要なのですよ」

 気の弱そうな事務官は申し訳無さそうに言った。

 由梨は一瞬黙ってから事務官を睨み。最後に溜め息を吐いた。

「でも!甲種特務機関は情報を閲覧する権利が有るはずです!」

 1号機は身を乗り出して言った。

 事務官は汗をハンカチで拭った。

「それは有事認定が承認された時です。情報送信者、及び受信者のプライバシーを守る為に、通信管理協会では平常時ではいかなる情報への干渉を行わない。というのが原則ですから」

「じゃあ。有事認定はどういう時に承認されるのよ!」

「政府組織が、電子攻撃に依って致命的な打撃を被る。或いはその可能性の有る場合です」

「そんなコトわかってるわよ!」

 カウンターが由梨の手でバシンと音を立てた。

「落ち着いて下さい由梨先生」

 1号機が言うと、由梨は手をカウンターからどけた。そして、再び事務官を睨み付けた。

「…申し訳ない。規則ですから」

 その言葉が終わらないうちに由梨は部屋から歩み出て行った。

 1号機がその後を追って、事務官に一礼すると、駆け出していった。


「京一郎が自分は行かないって言った意味がわかったわ」

 由梨はビルから出ると呟いた。

「あははは…由梨先生も怖かったです」

 隣で1号機が言った。

「ゴリ押しでどうにか成るものじゃないわね。やっぱり」

 由梨は眉間の皺をなぞって、表情を緩めた。

 二人は、車の止まっている裏の路地に向かっていく。

「手がかりゼロね。完全に隠蔽された情報なのに。こっちには捜査権限さえない」

「でも。どうして隊長殿は通信管理協会に来たんでありましょうか?」

「まあ。一応捜査してるって形式じゃないかな。京一郎、嫌なことにはとことん適当な奴だから」

 路地を抜けると、由梨は顔をしかめた。

 ビルの裏手から、道を挟んだ所に有る駐車場に阿具達の車は無かった。

 ただ。ビルの裏の壁面にワゴン車はぴたりとくっつけられて居て、4号機が点滅灯を振って交通整理を行って他の車を迂回させていた。

「な、なにしてるの?4号」

 1号機が驚いて聞いた。

「聞いてくれ1号機!」

 灯を振りつつ4号機が言った。

「交通整理って、すげー楽しい!」

「…あのねえ」

 由梨が頭を振った。

「何の理由も無く、車を迂回させちゃまずいでしょうが」

「違うよ!少尉が他の車を近づけるな!って命令したんだ」

「京一郎が?」

 由梨は不意に苦々しげな表情を浮かべた。

 1号機はわからず首を傾げている。

 と、ワゴン車の扉が開かれて、阿具が出てきた。

「おぅ。戻ってきたか。駄目だっただろ?」

「駄目だったかって…京一郎アンタ何をしてる訳!?」

 由梨が甲高い声で言った。

「吼えるな吼えるな。犬にしか聞こえてないぞ」

 やけに上機嫌に阿具が言った。

「あんた、まさかとは思うけど」

「さぁて。仕事仕事」

 由梨を無視して、阿具はワゴンの後ろからトランクを取り出した。

「京一郎」

「大丈夫だ。クソ重たいがお前に持って貰わなくても平気だ」

 阿具は車の前に回ってボンネットを開けた。由梨と1号機が慌てて着いていく。

「じゃなくて。京一郎」

「1号機。ちょっとこれ持ってな」

 阿具はバッテリーと接続するための太いコードの一端を1号機に差し出した。

「了解で有ります!」

 1号機はぱしっと敬礼するとコードを握った。

 阿具は手早く車のメインバッテリーとコードを接続した。

「京一郎ってば!」

「うるせえな。着いてくれば分かるって」

 そういうと阿具は車に戻り、中から手招きをした。


 車の中に入った由梨は言葉を失った。

 車の逆側の扉が開けられて、ビルの裏側のコンクリート壁が綺麗に切り取られていた。そしてその奥には、防護用の合金で出来た壁が見える。

「さすがにしっかりしたセキュリティだよな。外部からケーブルを直接触るコトは出来ない様に成ってるみたいだわ」

 阿具は言うとトランクを5号機に手渡した。

 5号機はてきぱきとトランクの中の機械を組み立て始めた。

 由梨は、阿具の顔を見たまま、言葉を失って口をぱくぱくと動かした。

「アンタ…なに…ばっか…バカぁ!」

「怒鳴るなよ。人が来たらどうすんだ」

 阿具は鬱陶しそうに言うと、2号機の方を向いた。

 2号機は首の後ろのコネクタにケーブルを接続して目を閉じている。

「2号機。どうだ?」

「危険です。あと2分ほどで警報装置が元に戻ります。全力でセキュリティを攪乱してますけど、相手はあの軍部最強の”文殊”ですから」

「5号機」

「出来ました」

 5号機は、くみ上げた巨大な銃を肩に担ぎ上げると、2号機と同じように銃から伸びたコードを首の後ろに刺した。

「よし。防壁以外は傷付けるなよ。出力は最低から徐々に上げるんだ」

「了解」

「京一郎!アンタ何やってるのよお!」

「ポジトロンライフルだ。複合金属でもブチ抜ける」

「じゃなくて!これが法律違反だってわかってるのかって聞いてるのよ!」

「当たり前じゃねえか。だからバレないようにやってんだろ?」

 阿具は悪気なさげに言った。由梨は呆気にとられて黙り込んだ。

「しょ、少尉殿。やっぱり悪いことはしちゃいけないと思います」

 後ろの座席から3号機が立ち上がって言った。

「3号機」

 阿具が言うと、3号機はじっと阿具を見つめた。

「もちろん。皆が悪くない世界になればいい…だが。やらなきゃいけないことの為に、誰かが汚名を被らなきゃいけないのなら。それはお前達じゃない。俺の役目だ」

「少尉殿…」

「俺は…隊長。だからな」

「ご、ごめんなさい少尉殿…私が間違ってました」

 3号機が目を潤ませて言った。

「隊長殿に汚名を一人では被らせませんで有ります!私は、私たちは、隊長殿の仲間です!」

 1号機が、ばしっと敬礼をした。

「お前ら…」

「ちがーう!今言ってるのはそういうコトじゃなぁい!秩序を維持すべき軍人が秩序を乱してどうすんのよ!」

 由梨が怒鳴った。車内はシンと静まりかえった。

 阿具は妙に静かな表情で由梨を見た。由梨は何となく息を呑んだ。

「まあ。わかるよ。由梨はいつも正しいもんな。それにこの噂が流れてれば生徒と仲良くなれるに違いない。新入生が入ってくるたびに、勘違いした男子生徒がコンドームポケットに入れてお前の研究室のドアを叩くんだろうな、さらに」

「ブチ抜け5号機!」

 由梨が叫ぶのと同時に、銃から光が発射された。

 光は綺麗に円を描くとやがて止まった。合金の壁が丸い形でごとりと落ちる。

「…やっちゃった」

 由梨がぽつりと呟いた。

「3号機!前回のWGNのアップロード時間の全通信ログを落とせ」

「りょ、了解!30秒下さい!」

 3号機は言って、壁の向こうに通ったケーブルの束に装置を取り付けると、作業にとりかかった。

「2号機。残り時間」

「17秒。足りてません」

 阿具は目を細めて、一瞬考え込んだ。

「京一郎!本当に捕まっちゃうわよ!」

「ジャミングだ。警察回線と消防回線」

 阿具は言いながら腰から拳銃を取り出すと運転席に戻った。

「どういう意味ですか?」

 2号機は眉をひそめた。

「考えるな。行え。後で説明してやる」

「了解」

「京一郎!」

 阿具は、左手の手の甲の上で銃の狙いを付けた。

「妨害ウイルス。放出しました」

 2号機が言うのと同時に、拳銃の発射音が三度鳴った。

 通りの向こう側で、消火栓から水が吹き上がり、防犯灯が吹き飛んだ。

 数秒の間の後、消防警報と防犯警報が同時に鳴り響いた。

「な…なに?」

「災害警報システム。問題が無い限りは通信の復旧が最優先なんだ。でも、問題が起こると」

「消防、警察、通信。その順に優先順位が変わる…!」

 2号機が驚きを隠して呟いた。

 阿具は銃をホルスターの戻すと振り返った。

 3号機が装置を取り外して車内に退いた。

「OKです!隊長殿!」

「4号機!戻れ!」

 阿具が怒鳴ると、慌てて4号機も車内に戻った。

「逃げるぞ!野郎共!」

 阿具が怒鳴った。

「おぅ!」

 特機達が勢いよく答えた。

 車のタイヤが空転した後、車体が猛スピードで発進した。

「がはははは!毎日こういう任務だったらこの星も悪くねえなぁ!」

 やたら上機嫌の阿具の笑い声が響いた。

「なんか…楽しんでない?」

 由梨は呟いた。

 急発進で後ろに転がった特機と由梨は疑問を表情に浮かべていた。


「おぅら。香坂伍長、俺を殴り倒して軍での評価を上げてみねえか?」

「…勘弁してくださいよ。ガキが生まれたばっかなんすよぅ」

 阿具は基地の食堂で、他部隊の兵隊に絡んでいた。

 香坂は気の弱そうな、しかし第一機甲兵小隊の中で一番良い体格をしている男だった。

「俺を倒したら評価が上がるぞ。つまり戦闘手当が多く貰えるってコトだ」

「けど怪我したら手当が無くなるっすよ」

「良し分かった。お前は陸戦装甲を着用して戦え」

「マジっすか!?」

「怪我しないだろ?じゃあ、わかったら訓練所に…」

 ぱしーん、と小気味良い音が食堂に鳴り響いた。木のお盆が割れて床に転がった。

 阿具がぼりぼりと頭を掻きながら、背後を睨み付けると、由梨が立っていた。

「居なくなったと思ったらアンタは何絡んでんのよ?」

 由梨は言うと、椅子に腰掛けた。

「情報の解析なんていう地味な仕事に興味が持てねぇんだよ。それで訓練だ」

「昔有ったよね?装甲兵と京一郎が喧嘩して。装甲着てたのに相手は病院送り」

 由梨は言った。香坂の顔が一瞬で青ざめた。

「馬鹿野郎。アレは相手がヤワな奴だったからだ。香坂を見ろ」

 阿具は、青ざめている香坂の肩をぽんぽんと叩いた。

「お前は頑丈だよな?」

「は、はは、はい。自分は小隊で最も頑丈らしいです」

「ほら見ろ!俺の拳だって装甲を着てれば、生身で軽自動車に轢かれる程度のモンだ!今しっかりと言ったぞ!香坂は平気だって!」

「そ。そそそ!そんな意味では…!」

 阿具はギロリと香坂を睨み付けた。

 香坂は冷や汗を流して愛想笑いを浮かべた。

「じ、自分はっ!岩神隊長に呼び出されていたので有りました。失礼しますっ!」

 香坂は早口で言い切ると、逃げる様に食堂を出て行った。

「ちっ」

「ち、じゃないわよ。まったく」

 由梨が不機嫌そうに言った。

 阿具は手を挙げてコーヒーを注文すると由梨の隣に腰掛けた。由梨は頬杖を付いたまま、阿具を睨み付けた。

「なぁんだよ。まだ怒ってんのか?」

 由梨は答えずに低く溜め息を吐いた。阿具はコーヒーが到着すると、ブラックのままで少しだけコーヒーを飲んだ。

「私は別に理想主義者じゃないけどねえ。犯罪の片棒担がされるのは御免だわ」

「犯罪?何か俺がしたか?」

 阿具はうっすらと意地悪な笑みを浮かべた。

「器物損壊。通信法・妨害規定違反、同取得規定。軍法・兵員運用規定、兵器行使規定違反!」

「おー。サスガに先生は詳しいなぁ」

「アンタねぇ!」

「怒るなって。大体何で伊崎が俺にこんな仕事任せたと思うんだよ?」

「…何で?」

 由梨は眉間に皺を寄せた。

「これまで捜査は行われてきたんだよ、恐らくな。だが、通常の捜査方法では、犯人を見つけるコトが出来なかった。そして、超法規的な措置を講じるには、事件が小さすぎる」

「だから、京一郎なら無茶してでも、犯人を見つけてくるだろうって?」

「そうだ。勿論、伊崎は自分の名声惜しさに捜査しろって言ってるんじゃない。特機達の為だ」

「あのコ達」

「特機の存在についてあの記事は触れていなかったが。5つ子の可愛い兵隊。なんて、もしテレビ局なんかで取り上げようって話になったらどうすんだ」

「それは。当たり前だけど、断るんじゃないの?」

 阿具は椅子にもたれかかった。

「そ。いつもは軍のイメージアップだなんだと、やたらと露出の多いウチの軍部が。ただの平凡な訓練兵の取材を断る。理由は無理矢理付けるだろうが、説得力は無いだろうな」

「あやしまれて、特機達の存在が外部に漏れる」

 由梨は呟いた。

 阿具は表情を崩すと、コーヒーを一気にごくりと飲んだ。

「大々的にバレはしないだろうが。何処かの誰か、頭が良くて。しかも性格の悪い危険思想の持ち主が、気付かないと保証出来る訳じゃない」

 由梨は黙って少し考えた後に、溜め息を吐いて阿具の方を向いた。その目はもう怒っていなかった。

「なんだか。話がうまく出来過ぎて騙されてるみたいな気がするな」

 阿具はにやりと笑って、ぽん、と由梨の肩に手を置いた。

「騙してるんだ。暇だから」

「は。…ハァ!?」

「言っただろー?俺は地味な仕事と暇が嫌いなんだよ」

 由梨は絶句して口をぽかんと開けたままにした。

「じゃ。そろそろ終わった所だろうから生徒達の所に戻るぞ、由梨先生」

 そういうと阿具はとっとと食堂を出て行った。

 由梨は暫く、口をあけたままぼんやりとしていた。


 阿具は怪訝そうに髪を触った。

 特機隊室の前の廊下に立たされるように、4号機がぼんやりした表情でアイスをくわえていた。

「何してんだテメェは。食堂と隊室以外では飲食禁止だ」

「煙草吸ってるくせに」

 後ろから由梨が呟いた。阿具は白い煙を吐き出した。

「たいちょお…もう…にゃ…」

 力の抜けた声で4号機が言った。阿具は目を細めた。

「わかんないのにゃぁ。にゃー。にゃっ!」

 4号機はへらへらと笑った。阿具は黙って、4号機の額に手を当てた。

 がちゃり、と部屋の中から1号機が出てきた。1号機は少し疲労感を浮かべていた。

「中では何やってんだ?」

「えっと。2号と3号が暗号解読の為に鋭意努力中で有ります」

「他は?」

「さっきまで皆で通信記録からWGNの記録を探してました。暗号解読については私たちさっぱりさっぱりで有りますから。手分けしようとは思ったんですけど。教科書読んだだけで頭痛い感じで。やっぱしさっぱりでありまーす」

 1号機が頭をぴし、っと叩いて情けない顔をした。

「成る程な。4号機が知恵熱出してる、医務室に連れてってやれ」

「あぁ大変!了解であります!」

 1号機はぴしっと敬礼をした。

「にゃあ」

 1号機は4号機を抱え上げると歩いていった。

「暗号解読って。どういうコトかしらね」

 由梨が心配そうな顔をして言った。


 室内では、2号機と3号機が一生懸命端末のキーボードを叩いていた。

 そして、5号機が端末に前のめりになって、眠り込んでいた。

「少尉殿」

 3号機が顔を上げた。

「どうなってる?かいつまんで報告しろ。難しい言葉抜きでな」

「全通信記録を調べた結果。WGNの通信を見つけました。しかしヘッダ。つまり通信が何処から発信されたか、などの情報が全部暗号化されていたために閲覧不可です」

 2号機が跳ねる様に手をキーボードの上で動かしながら言った。

「なにぃ…!」

 阿具が唸る様に言った。

「秘密にされてたので、相手の電話番号がわかりませんでした」

 2号機が言い直した。

「…なるほど。ではどうやったら相手の場所は分かる」

「今、鋭意努力中です、おおよそ三千万年ほど時間を頂ければ解読出来るでしょう」

「えと。つまり、解読出来ないかもしれないです」

 3号機が諦めて端末から顔を上げた。

「分からんな。通信記録ってのは、全部そんな風に暗号化されてるもんなのか?」

「いえ…普通、暗号化することは不可能です」

「フツウって。つまり、暗号化するコトは出来る訳だ?」

 由梨が5号機に毛布を掛けながら言った。

「警察。消防。軍隊。情報局。つまり甲種特務機関の通信や作戦情報などのうちで、特に必要と認められる物、には暗号化が施されます」

「WGNを作ってる奴は、一般人では無いって訳だ」

「或いは。ハッカーとか。電子ヲタクとか。そういう類なら」

「無い!そんな奴は居ない!」

 突然と、2号機が机を叩いた。

「どした。2号機」

「私に解けない暗号を作る一般人なんて、居るわけないです。というより、プロでも、通常端末を使っているなら、私に解けないなんて…!ないないない!負けないんだから!」

 2号機のキーボードを叩くスピードが更に加速して行った。

 画面の文字が飛ぶように流れていく。

「2号ちゃんて。銀河系で一番凄腕のハッカーを自称してるんです」

 3号機が小声で囁いた。

「解読出来なくって。悔しいって訳か…」

 由梨も小声で言った。阿具は黙って、頭をくるくると回した。

「2号機には解けないってか」

「解けます!解いてみせます!」

「落ち着けよ。解けないもんは解けないんだからよ」

「そうよ2号ちゃん、一番に成れなくても、それは悪いコトじゃないの」

「うう!」

 2号機が涙を浮かべた。

 ぱしーん、と由梨の頭にそこらに有った書類の束が振り下ろされた。

 由梨は殴った阿具を睨み付けた。

「そういうコト言ってるんじゃねえ。2号機が自負すんなら、2号機は銀河系1なんだ。それでも解けないってコトは。つまり相手は特殊な端末を使ってるってコトだろうよ」

「あ」

 由梨がぽかんと口を開けて言った。

 全員が、黙り込んでいた。

「気付かなかったのかよ。お前らは阿呆だな」

 阿具はバカにした様にベロを出すと、煙草を自分のデスクに有る缶に放り込んだ。

「軍用の端末で解けない暗号を作れる計算機なんて、個人では買えません」

 考えこんで、2号機が言った。

「じゃあ。個人じゃない。或いは個人でも、何らかの特殊機関に務めている者。それも、普通の企業なんかじゃなくて、甲種特務機関」

 3号機が言った。

「甲種特務機関ていうと」

 由梨が眉間に皺を寄せた。

「警視庁、消防局、内閣、司法局、公安警察、連邦捜査局、通信監理局。まだ有ったかな?」

 阿具は2号機を真っ直ぐに見た。

「軍隊」

「その線だ。非公開になってるお前らの存在を取り上げてる辺りから胡散臭かった」

 阿具は低い声で言った。

「中央基地には、宇宙一の総合計算機、三位協議式エクサフレーム”文殊”が有ります」

 2号機が言った。

「誰でも触れるのか?」

「いいえ。有資格者が、申請を出して承認された場合のみです」

「資格は?」

「所持しています。でも」

 2号機は言い淀んだ。

 阿具も黙って、腕組みをした。

「…ね?じゃあ、その文殊で調べれば手っ取り早いんじゃないの?」

「馬鹿野郎。何て申請すんだよ、盗んできた情報を調べたいんで使わせて下さい?」

 阿具が皮肉な笑みを浮かべた。由梨が考え込んだ。

「いや。それいいな。それで行くか!」

 阿具がニヤリと笑った。

 三人はきょとんとしていた。

 4号機の寝息だけが部屋に響いていった。


「なんだと!?」

 伊崎が机から身を乗り出した。

「はい中将殿。何故、兵学校所属という建前の特機達が、”新兵”となっていたのか不審に思い、まず基地内の事務管理端末をチェックしました。そして、明らかに侵入の痕跡と思われる箇所を発見しました。2号機、伊崎中将に資料をお渡ししろ」

 横一列の中から2号機が歩み出て、伊崎に紙を渡した。すぐに2号機は列に戻った。

「いかがですか?」

 阿具が言った。伊崎は机からメガネを取り出して紙を睨んだ。

「これは、労務管理表か?」

「はい中将殿。そして、こちらが情報員IDの使用状況です」

 阿具は、もう一枚紙を差し出した。

「誰も居ない時間に。アクセスが有った、とそういうコトだな」

「その通りです中将殿。我々はWGNの捜査の為にも”盗まれた情報”が何であるのか確かめる必要が有ります。私は文殊の使用を以上の資料により申請するものであります」

 伊崎は顎に手を当てて、暫く資料を見つめていた。

 阿具と伊崎を除く全員が、緊張して黙り込んでいた。

「阿具少尉」

「はい」

「何か、君が改まっていると、何か裏が有りそうな気がするのだが」

「裏、とは?」

「今朝。通信管理協会に破壊工作が行われたそうだ。意見はないかね?」

「判断するのは中将の仕事です。私に意見を求めるのは間違いです」

 阿具は冷静に言った。伊崎と阿具は暫く睨み合った。

「君に任務を任せたのは私だ。責任は私が取る。私を首にしない程度に頑張ってくれたまえ」

「有り難う御座います」

 阿具は敬礼をした。

 他の者も慌てて敬礼をした。伊崎が返礼をした。

 阿具が踵を返すと、特機達と由梨は部屋から出て行った。

「阿具少尉」

 出ようとした阿具を伊崎が呼び止めた。

「文殊。壊すなよ」

「努力します」

 阿具がにやりと笑った。


 エアロックが大仰に空気の排出音を立てて、それきり音はさせずに開いた。

 全員が入ると、ドアは閉まり、滅菌効果の有る青白い光が降り注いだ。阿具は気味の悪そうな顔をして一瞬目を細めた。4号機が落ち着かずにきょろきょろとしていた。

「偉く厳重だよな。文殊ってのはそんなに大事なのか?」

 4号機は2号機の軍服の袖を掴んだ。

「うふ。うふふふふ」

「うぉ…」

 4号機は驚いて、後ずさりをした。

「計算機。なんてものじゃあないの、彼らは。想像的能力を極限まで削ぎ落として、且つ人間の脳の処理能力より高い思考力を保っている。彼らは現代の賢者とも言えるわ!」

 2号機がぎゅっと握り拳を目の前に突き出した。

 4号機は2号機の目に宿る怪しい光に小刻みに震えていた。

「こ。怖いよ1号機」

「大丈夫だいじょーぶ。4号が世界一美味しい苺ショートに出逢える時みたいなものだから」

「でも、文殊は食えない…」

 4号機は2号機に睨まれて黙り込んだ。

「彼ら。ってぇのは?」

 阿具が煙草のせいで光っている非常灯を叩き潰すと、煙草を非常灯に押しつけて消した。

「文殊は。隆元・元晴・隆景っていう三人の疑似人格をインターフェースとして持っているんです。それぞれ違ったアルゴリズムに依って答えを導き出し。その答えをまた三人で比較検討して結論を出します」

 3号機は口を開けた阿具の呆けた表情に黙り込んだ。

「三人が議論して答えを出す機械なのよ」

 由梨が言った。阿具は何となく頷いた。

「入ります」

 待ちきれない様に2号機は言って、奥の部屋への扉を開いた。


 2号機は部屋の中央の突き出た台の上に両手を置いた。

 部屋は六角形になっていて、壁の全てが画面になっている。

「和すれば則ち相依って事を済す」

 2号機が言うと、静かな電気の音が走って、部屋の電気が一斉に付いた。

「隆元、起動状態問題無し」

「元晴、各種警告見当たらず」

「隆景、正常起動完了。おはようございます」

 正面の三つの壁にそれぞれマゲを結った男達の顔が大きく映し出された。

「サムライか、俺好きなんだ時代劇」

 阿具が嬉しそうに言った。

「文殊。任務についての申請は受けているか?」

 2号機が言った。

「はい2号機。申請された任務は、情報の解析と侵入経路の確定。相違有りませぬか?」

 一番右側の隆景が言った。

「侵入経路の確定は取り消しだ。解析だけ頼む」

 阿具が言った。文殊達が一斉に阿具の方を向いた。

「御意に御座います阿具少尉。では情報を頂けますかな?」

 隆元が言った。

 3号機が台に歩み寄ると、首にケーブルを刺した。

「転送完了致しました」

 中央の元晴が、一瞬の後言った。

「解析致す」

「解析致す」

「解析致す」

 サムライ三人の目が青白く光って。スクリーンに文字列が過ぎて行った。

「この無駄なアクションに何か意味は?」

 阿具が言った。

「うふふ。良い点に目を付けましたね!」

 くるりと振り返った2号機の目はらんらんと輝いている。

「実は。このシステムを作った技術者は時代劇が大好きで、文殊のアクションには無駄な動きが山と詰め込まれているんです!私的には、三人が日本刀で斬り合うアクションが大のお気に入りです」

「…無駄じゃねえか」

「実際には、3万9千余りのアクションが詰め込まれているそうですが。未だに全部見たものは開発者も含めて居ないそうです」

「やっぱり無駄なんじゃねえか」

「解析を完了致した」

 中央の元晴が告げた。

「どうだ?その情報の発信元は分かるか?」

「暗号は解読不能。発信元の特定は不可能」

「意見を保留。推測的解答を支持する」

「発信元を、推測的に八割七分特定可能」

 阿具は目を細めた。

「同じ計算機で意見が違うじゃねえか」

「三者三様のアプローチの仕方で結論を出すんです。隆景、意見を」

 2号機が言うと、一番右側のサムライが頷く。

「我が国に現存のシステム内の場合、我ら文殊に解けぬ暗号は唯1つ。文殊で暗号化を行ったデータに御座います。よって、この情報は、我らが暗号化したものと思われます」

「何ですって…じゃあ、この基地内部に犯人が居るってコト?」

 由梨は驚いて目を見開いた。特機達も一様に息を呑んだ。

 阿具だけが、非常にうっすらと笑みを浮かべていた。

「じゃあ、話しは簡単だ。探して、見つけて、ぶっ飛ばす!」

「ちょ、ちょっと。結局暗号は解読出来なかったのよ?」

「バカかテメェは。資格を持ってる奴なんてそう多くないんだろ?2号機」

「はい。普通科情報武官では私だけ。残りは、情報部の人間になります」

「そういうこった。とにかく、情報部の中から怪しい奴を捜せば良いんだよ」

「怪しい奴。といっても、相当数に登りますよ。情報部の人間なんて大体怪しいんですから」

 2号機が言うと、阿具は笑い声を上げた。

「まぁ、それは俺に考えがある」

 阿具は言うと、部屋を出て行った。



 阿具はぼんやりと目を開けた。隊室内はまだ暗い。阿具はすぐに気付いてブラインドを開けた。部屋が朝の光に包まれた。阿具は灰皿から幾らか長い吸い殻を拾い上げると火を付けた。かたりと音がして、扉が開くと1号機が部屋に入ってきた。

「あ…おはようございます。隊長殿」

「よぅ。早いな…まだ六時だ」

 阿具は卓上の時計を確認して言った。

「学校が八時から始まるので、その前に予習をするのであります」

 1号機は革の手提げ鞄を見せた。

 阿具は感心した様に小さな嘆息を吐いて頷いた。

「勉強熱心だな」

「自分は取り柄が無いので。すこしでも頑張って皆に追いつくつもりであります!」

「それも良いが。無理し過ぎるなよ、仕事なんてつまらないなら辞めりゃいいんだからな」

 阿具が言うと、1号機はきょとんとした顔になった。

「辞める。で有りますか?」

「そうだ。機械虫どもと戦ってるうちはまだいい。普通の人間相手に殺し合いをやるってのは。まぁはっきり言って楽しいもんじゃないからな」

「私は。人殺しなんか」

「軍隊なんだよ俺らはな。基本的な業務内容は何かを殺して何かを守るってコトだ」

 阿具は肩をすくめた。

「隊長殿は。人を殺す軍隊に居たコトが有るんですか?」

「俺がお前らの歳よりちょっと若い位だな。それくらいの時代は、機械虫なんてまだ発見されてなくて。世界は、新世代の燃料になるって鉱石が採掘出来る惑星の利権を巡って戦争が耐えなかった」

「習ったコトが有ります。この国の前身である大国と、連合国の戦争」

「そうだ。俺はその戦争のさなかに生まれて、育ったんだよ。戦場で」

「…隊長殿は、仕事が好きだったんですか?」

 少し怖々と1号機が聞いた。

「嫌いだったね。まぁ途中から嫌いになったんだな。だから革命を起こそうとしていた市民軍に加わった。国は一度崩壊して、俺は予定通り退職出来た」

「じゃあ、どうしてまた軍隊に?」

「忌々しい機械虫が、惑星間の物資輸送をしていた俺の飛行船をぶっ壊したんだよ」

「…えっと」

「借りを返すつもりだ。最後の一匹まで叩き潰してやる」

 阿具は拳をぎゅっと握った。

 1号機は何となく、ほっとして笑みを浮かべた。

「もしも。最後の一匹をやっつけて、機械虫が居なくなったら。隊長殿は何をするんですか?」

「軍隊を辞めて。突撃隊の連中とサルベージをするってコトに成ってる」

「サルベージ?」

「ああ。前の戦争が終わって、また直ぐに機械虫が襲来した。今、宇宙のあちこちには金に成る戦艦や貿易船の残骸がごろごろしてんだ。それを回収して売り飛ばす」

「でも、回収出来る設備の有る輸送船なんて、物凄い値段で有りますよ」

「それも抜かり無い。戦争が終わると軍縮が叫ばれんのが世の常だ。そうすれば格安で払い下げの輸送船が手に入る」

 嬉しそうに阿具は語った。

「楽しそうであります」

「ああ。絶対に楽しいぞ」

 阿具は笑った。

 1号機は、黙って上目遣いに阿具をじっと見た。

「お前も、もし戦争終わってやるコト無いなら一緒に来ればいい」

「本当で有りますか!?」

「ああ。野郎ばっかの暑苦しい男所帯だがな」

「行きます!一緒に行くであります!」

 阿具は微笑んで頷いた。1号機もとても、嬉しそうに頷き返した。

「さて。お前には経理でも任せるかもしれない。だから勉強しな」

「はい!」

 1号機はぴしっと敬礼をして、自分のデスクに着いた。

 阿具は自分の椅子に腰掛けた。ふと、1号機が顔を上げた。

「そういえば。隊長はこんな時間から何をなさっていたのでありますか?」

「ん?ああ。犯人を追いつめる方法だけどな。良い方法は思いつかなかった」

 阿具は言って、自分の前の端末を操作した。

「だから。機動力と根性で追いつめるコトにした」

 阿具は紙の束を1号機に投げた。1号機が受け取った。

「うちの文殊を使える資格者のリストだ。3号機に頼んで手に入れておいた」

「すごい人数で有ります」

 1号機の持つ紙束はずっしりと重かった。

「そうだ。一人一人締め上げるのも考えたが、ちょっと無理が有る。だが、結局の所、情報が送信されるときに、犯人は文殊を使うんだ」

「文殊を見張るので有りますか?」

「惜しいが違う。文殊は一日に何回も使われるんだ。どれが怪しいか怪しくないのか発見するのは無理だ」

 阿具が言うと、1号機は首を傾げた。

「ただ。今日はハズレだったらしいな」

 阿具が言うのと同時に電子音が鳴った。阿具は素早く体を起こすと端末のボタンを押した。

 阿具の背中の後ろの大きなスクリーンに、映像が投影された。

 そこには、芸能人のスキャンダルらしき写真と文字が載っていた。

「…これ何で有りますか」

 阿具は立ち上がって上着を掴んでいた。

「WGNのHPが更新された。印刷所への情報の送信と同時にHPを更新してるとすると?」

「犯人は今。文殊を使っています!」

 阿具は机の上の銃を反射的に取ると、机を飛び越して駆け出した。

 1号機も慌てて、よろけながら阿具の後を追った。


 阿具は男を睨み付けた。

 頬のこけた骨張った顔に、小さいメガネをかけた長身の男が部屋から出てきた所だった。男は、阿具の方にゆっくりと振り返ると、黙ってメガネを押し上げた。表情は殆ど分からない、ただ鋭い目つきが阿具を伺っている様だった。

「ぜっ…お…うあ!」

 息を切らした1号機が何か言おうとして、ふらふらと阿具に寄りかかった。

「走り込みが足りんな。もうちょっと体を鍛えろ」

「だ…だっ。だって、全力で、2キロ…」

「まぁいい」

 阿具は1号機の頭をぽんぽんと叩いて、もう一度真っ直ぐ男を睨んだ。

「おはようございます。少尉殿。お務めご苦労様であります」

 男は敬礼して言って、阿具の隣を通り過ぎようとした。

 ドン、と阿具の手が壁に突き出され、男を通せんぼした。

「待ちな。この部屋で何をしていた?」

「機密です」

 男は静かに言った。

「成る程な。じゃあ、質問を変えよう、どうして俺が少尉だと知っている?」

「階級章を見れば分かります。それに阿具少尉のコトを知らない者はこの基地には居ません」

 男は少しも動じることなく言った。

「現在、俺と俺の部隊は、或る事件の捜査をしている。それについて何か知っていることは?」

「申し訳ありません。小官に協力出来るコトは無いと思いますが」

「それは俺の決めるコトだ。2,3質問に答えて貰う」

「了解しました。お答え出来る領分でお答え致しましょう」

 阿具は頷いた。男はまたメガネを押し上げた。

「まず。貴様の名前と所属、階級を教えて貰おう」

「所属は情報科。依ってそれ以外のコトはお答え出来ません」

「この部屋で何をしていた?」

「機密です」

「WGNというゴシップ誌に聞き覚えは?」

「知っています。低俗な、胡散臭い雑誌ですな」

 阿具は男をまた睨み付けた。

 男は無表情で佇んでいる。

「その低俗な雑誌の情報は文殊で暗号化されて送信されている。つまり、文殊を使える者の中に雑誌を作っている者が居ると言うことになる」

「初耳ですな」

「今し方、WGNのHPに情報が送信された。ちょうど貴様が文殊を使っていた時間にだ」

「ほう」

 男の目つきが更に鋭くなった。

「そのことについて、どう思う?」

「私は何もしていません」

「違うな。俺が聞きたいのは。私が悪かったです、もうしません。だ」

 阿具がすごみの有る笑みを浮かべた。

「完璧な状況が揃っている。お前を逮捕して、捜査の手が及べば、お前は次の週には237件の訴訟と戦う為に法廷に立っているコトだろう」

「逮捕ですか。それは困りましたね」

 1号機が、男の態度に一歩踏みだそうとした。阿具が手でそれを阻んだ。

「ご存知でしょうか?超法規特権。情報系の特務機関に務める公務員は、その立場上から、その在任中、いかなる形であれ逮捕されるコトはない」

「逮捕されるのは、物証が存在して当該司令官が、逮捕権を認めた時のみ、か」

「そういうコトです。では私はこれで失礼します」

 男は一礼すると、阿具の横を通り抜けた。

「今認めれば、半殺しだけで済ませてやったのに。痛い目を見たいようだな」

 阿具が言うと、男はくるりと振り返った。薄い唇の端が、冷笑を浮かべて傾いていた。

「少尉。ちょっと冗談のネタにしただけじゃないですか。そんなに怒らないで欲しいなぁ」

「テメェ…」

「失礼しますよ。次のネタを思いついたんでね」

 男はおどけて敬礼すると歩き去っていった。

「ちっ」

「隊長!」

 1号機が大きな声を上げた。阿具が振り返ると、1号機は目に涙を溜めて顔を真っ赤にしていた。

「おいおい。どうしたんだ1号機」

「私、悔しいで有ります!どうしてあんな奴にバカにされて黙っていなきゃ駄目なので有りますか!そんなのおかしいであります!」

「まぁ世の中ってのは大体そういうもんだ」

「隊長!」

「怒鳴るなよ。仕方ねえだろ、逮捕出来ないもんは逮捕出来ない。俺たちは黙って帰るしかねえんだよ」

 阿具は吐き捨てる様に言った。

 1号機は歯をくいしばると、黙って阿具の袖を掴んでいた。



 4号機は特機隊室に駆け込んで来た。

「おせーぞ。遅刻してんじゃねえ」

 阿具が言った。4号機はぐいっと手を突き出した。

「これ、売ってたんだ」

 4号機の手にはWGNが握られていた。見出しには”暴力少尉がついにやった。強姦事件の真相”と見出しが書かれていた。阿具は4号機から雑誌を受け取った。

「脅しておいたから、少しは効果が有るかと思ったんだがなぁ」

 阿具は興味なさげに言うと雑誌をデスクの上に放った。

「隊長!このままじゃあ、隊長の評判がどんどん落ちてしまいます!」

 1号機が立ち上がって言った。

「軍人さんは評判で仕事すんじゃねえよ。それに誰がこんなもんを信じる?」

 ばたばたと騒々しい音がして隊室のドアがバシンと開かれた。

「きょういちろー!!」

「…信じるアホもいたか」

 阿具は呆れた様に呟いた。

「こ、この記事は一体どういうコトなのよ!」

「知るか。学習しろアホ。だいたい、書かれた記事に問題や質問が有る場合はどうするべきだ?2号機、教えてやれ」

 2号機は端末から顔を上げた。

「書いた人間に聞くのが一番手っ取り早い方法です」

「書いた人間…?」

 由梨が言った。

「たいてい、雑誌の一番最後にはな。書いた人間が載ってるもんだ」

 阿具がニヤリと笑った。

 1号機が雑誌を取り上げて、ぱらぱらと捲った。

「ああっ!」

「なに?ええ!?」

「誰、コイツ?」

 雑誌の一番最後には、この前の男が顔写真と住所氏名入りで載っていた。

「これ、どういうコトで有りますか?」

 1号機が目を見開いて言った。

「さぁな。どっかのハッカーが悪戯したんじゃねえの?」

 阿具がにやけたまま言った。

「そうですね。何かの理由が有って情報が文殊から送られなかったんで、セキュリティが甘かったりしたんじゃないでしょうか?」

 2号機が阿具にそっくりの笑みを浮かべて言った。

「いやぁ。大変だなぁ、情報科って顔バレたら仕事にならねえもんな」

「あ、アンタって…」

 由梨が言葉を失った。

「世の中には信じられないコトが起こるもんだなぁ、2号機」

「はい。少尉殿」

 唖然とする2号機を除く全員を尻目に、はははは。と阿具の高笑いが響いていった。


* * *


 司令室から、呆然とした顔の男が出てきた。WGNを作っていた男だった。

 司令室の前には、阿具と2号機が立っていた。

「いやぁ!配置転換されたんだってな、普通科だっけか?ちょっと超法規特権てのを読んでくれや2号機」

「特定機関で、特に指定される部署に任官する公務員は、その在任中、いかなる形であれ逮捕されるコトはない」

「…ん。んー?つまりはアレか。特に指定される部署じゃなかったら逮捕出来るってぇことか?」

「その通りです」

「その通りなんだよ!この野郎!」

「…少尉、俺を逮捕するつもりか」

 男は精一杯の虚勢をはって、阿具を睨み付けた。

「抵抗してみろ。抵抗しろよこの野郎!2号機!逮捕権利の行使についての6条!」

「逮捕権限の行使の際。被逮捕者が損害を被った場合。その損害が権限の行使への抵抗に起因するもので有ると認められる場合。いかなる賠償も国は請けない」

 阿具の後ろからぞろぞろと特機達が出てきた。中には由梨も居る。

 阿具は首をコキコキと鳴らす。

 阿具以外も、全員男を睨み付けて居た。

「1号機!」

 阿具が怒鳴る。

「かかって来いオラァーー!!」

 1号機が阿具の口まねをして怒鳴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る