エピローグ ーひまわりの花のすこし下ー

 今日もまた毎日と変わらない絶好の夏日だ。

 強い陽射しは店内に差し込んで影とのコントラストを作っている。1号機たちはカウンター近くの日陰に集まって座っていた。カウンター近くは扇風機からの風が届く好位置なのだが、そのせいで人が集まって余計に暑いという気もする。

「まあ、おれが何で生き返ったかってのはさ、良く分からないんだわ。言っても信じられるような話じゃねえし。だが、たぶんあの時、神が言ったんだよ。生きたい奴は生きろ、ってな。つまりはそういうことなんだろう。アイツは俺を空高くぶっ飛ばして遥か遠い惑星に着陸させやがったよ。やり過ぎだってんだよな?」

 煙草を咥えたままで火をつけあぐねている阿具は、苦笑混じりに言った。

 阿具は1号機と、2号機を挟んだ向こう側にだらしなく腰掛けていた。

「私には良く分からないですけど、隊長殿が無事で良かったです」

 1号機が心から言うと阿具は微笑んだ。

「まあ、なんとかその惑星から脱出したり、研究所でお前の妹たちを助けたり、だいたいのことは上手く行った。だから、これからのことを考えなくちゃな、なあ、2号機」

 ぽんと阿具は隣の2号機の肩を叩く。

 2号機は、ずっと怖い顔をして端末で計算をしていた。

「うちの家計が苦しい、とは言わなかったけど察してほしかった。というか察しろ」

「あはは……」

 2号機の言葉に、1号機は力なく笑うしかなかった。

 どたどたと騒がしい足音を立てて、五歳当時の自分にそっくりの子供が二階から降りて店内から駆けだしていった。小さくてもさすがに足は速いなあ、そんなことを1号機が思っていると、次ぎに3号機が追いかけて駆けだしていく。

「こら、待ちなさい46号機! 靴履かずに外出ちゃダメでしょう!」

 外に出て怒鳴った3号機は、またすぐに通りを走っていった。46号機が逃げていったのだろう。

「見捨てるって訳にもいかねえだろうさ」

 阿具が言った。2号機は眉をひそめる。

「そりゃそうです。でも五十一人の生活費なんてどっから出るんですか」

 諦めの入り交じった口調で2号機がぼやいた。

 1号機は再び苦笑しながら店内を見回した。

 店内には溢れんばかりに、自分と同じ顔で若い特機たちが座っていた。ちょうど昼食時でそれぞれ食事をとりながら、賑やかに色々な話が飛び交っている。

 中には床に座ったりテーブルに腰掛けて居るものまで居たが、そもそも店全部の椅子より人数がずいぶん多いのだから仕方がない。

 総勢四十五機、それが阿具が軍の研究所から連れ帰ってきた特機の全てだった。

 しかもその中でも一番多い年齢が、さっきの46号機と同じ五歳の特機だ。ちょうど自分たちが軍に配属された頃に生まれた量産型で、26号機から50号機までの25人がそれに当たる。そのため店内は食堂というより幼稚園のような有様になっていた。

「賑やかで良いだろうよ」

 そう呟く阿具は、膝の上に一人、肩の上に一人の特機を乗せている。膝の上に居るのが甘えんぼの31号機で、肩の上で阿具の髪を引っ張っているのがやんちゃな50号機だ。

「うるさいのは問題じゃなくて、食費が問題なんです」

「まあまあ、どうにかなるって。その為に4号機たちが今頑張ってるんだし!」

 力強く言った言葉にも、2号機はちょっと肩をすくめただけだった。

 4号機と、4号機の仕事を手伝う姉妹たちは短く食事を終えると、既に作業に戻っている。昨日のうちに取り壊された左側の壁はもう舗装されて、その向こうの花畑の一部には板敷きの床が誕生していた。

「土建屋でもやったほうが儲かるんじゃねえか?」

「仕事が無いらしいですよ、そもそも」

 そんなことを言っていると、通りにトラクターが止まり5号機が帰ってきた。

「買ってきたよ、同じデザインのはなかなか無くて大変だった」

 そう言う5号機は両手に紙袋を提げている。5号機についていった数人も同じように紙袋を抱えていた。

 それから5号機たちは紙袋を降ろし、中から取り出した白いエプロンをみんなに配り始めた。みんなは嬉しそうにはしゃいで、それぞれエプロンを付け始める。

 それから楽しげに沸く店内に、また一人の特機が入ってきて1号機のところまで来た。

「出来た」

 無口な8号機は絵の具で汚れた手で店の前の方を指した。

 1号機は8号機について店から出て、そして振り返った。

 『大黒猫亭』そう書かれた、巨大な絵入りの看板が店の入口の上に設置されていた。

「すっごーい! ものすごく上手いね!」

「私、絵すき」

 思わず声を上げると、8号機は少し頬を赤くして頷いた。

「ほう、大したもんだな」

 遅れて出てきた阿具が言うと、肩車された50号機も、おお、と歓声を上げた。

 それからおそろいのエプロンを着たみんながぞろぞろと出てきて、それぞれに8号機を誉めている。店の増築をしていた4号機たちも、その騒ぎを見て集まってくると8号機の絵を見て驚いていた。

 1号機は集まってきた姉妹全員を、後ろから見ていて胸にやる気と希望が溢れだすのを感じていた。訳もなく叫び出したくなるような、そんな気持ちだった。

「よおし! 新しいお店、みんな頑張るぞー!」

 1号機が精一杯の声で叫ぶと、一瞬遅れて、全員が手を上に突き出して、おう、と答えた。それから沢山の笑い声がひまわり畑の中に響いた。

「それでお客さんはどこに居るの」

 冷静な2号機の言葉も、賑やかな話し声にかき消された。

 空は抜けるように青く、巨大な入道雲が光を受け輝いていた。

 風に揺れるひまわりは、少女たちを抱擁するようにどこまでも続いている。

 沢山の蝉の鳴き声が歌のように鳴り、いつまでも止むことはなかった。

 それからも人類の生存圏では、ささいな理由による無益な戦いが繰り返された。そんな中で、沢山の少女達と、一人の保護者が穏やかな、だけど必死な日常を守り抜いていくことを知る人は居なかった。

 だがそれこそが、彼女らの願いだった。

 青い空と大地と、花があり、共に生きる人々がそこには居た。

 それが1号機の願う全てだった。

 空より低く、大地より高く、ひまわりの花のすこし下で、彼女らは生きていた。

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鋼鉄少女・人間兵器 岸辺四季 @sashimizakana

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