Ⅰ レリクスを追う者たち

第2話

 人は自分の手に余る力なんか手にすべきじゃない。何故なら、その力が自分の大切なひとまで奪う結果になってからでは、もう取り返しがつかないからだ。

 アオハ・スカイアッドはこの誓いを噛みしめ、今日も扉の向こう側へと踏み出した。


 先史文明遺跡〈大剣ハンマフォート〉を降った地底第十階層の探索が開始されてから、およそ一か月が経過していた。

 昇降機の蛇腹扉を脇に押しやり、目的地に降り立つ。ようやく揺さぶられない地面だ。ブーツの踵で踏みつけた石材製の床が、鈍くざらついた残響を返してくる。

 アオハの目前には、地底第十階層のほの昏い迷宮がどこまでも広がっていた。

 高い天井から落ちる橙色の光源が、アオハの姿を照らし出す。

 伸びすさんだ黒髪からのぞく、どこか生気の薄い青年の顔付き。布製の黒い眼帯で顔の左半分を覆っているせいで、肌との陰陽が際立っている。黒の外套を纏い、そして右肩には奇妙なことに、こんな地下迷宮には不似合いな灰色のフクロウが翼を休めている。


「――スカイアッドよ、昇降機の揺れには未だに慣れぬか?」


 そこで背後から声がかけられる。顔を傾けてそちらをうかがうと、主人を真似たのか肩のフクロウも首をぐるりとうしろに回し、琥珀色の大きな目をパチクリとさせた。

 続いて昇降機から降りてきたもうひとりの男も、眼帯もフクロウもない以外は、アオハと似通った服装をしていた。


「いえ、別に酔ったわけでは。ただ自分は緊張しているだけです……」


 アオハはどこか遠慮がちにそう答える。声色は、威圧的な見てくれよりは柔らかい。


「ははっ、その面構えで緊張などと! お前はもっと毅然としておれ。隙を見せればハンターどもに舐められてしまうぞ」


 また別の男から声がかけられる。

 さらに続いてぞろぞろと降り立った、同様に黒ずくめの男たち。アオハを含めた総勢六名が、道幅が広く取られた昇降機前の通路に肩を並べていく。


「揃いましたね。これより我々はレリクスハンターの排除を開始します。各員、散りなさい!」


 黒ずくめたちの代表格らしき背の高い男が歩み出ると、続くアオハたちにそう命じた。


        ◇ ◆ ◇


 迷宮内の通路と各部屋とを隔てる封印扉ゲートの二つ目を突破した先の広間で、最初にアオハと遭遇したレリクスハンターが悲鳴を上げることになった。


「わっ――異産審問官!」


 暗闇から突然姿を現したアオハに仰天したハンターが、広間の壁際へと後ずさった。


「ああ、悪いがその異産審問官だ」


 アオハは表情一つ変えずに自らの肩書きを明かすと、ハンターの退路を遮った。

 ただ想定外なことに、相手は声からして十歳そこそこの男の子だ。壁を背にこちらを警戒するこの少年ハンターは、薄汚れたローブ姿で、フードを目深に被っている。ここまであからさまに怪しい風貌もないが、さすがに背丈までは誤魔化せていない。


「ここではあまり見かけない顔だな。それに随分と若い……というか、小さいな」


 余計な一言だったのに、言ってから後悔しても遅い。


「……それ、お兄さんに関係あるの。何しにきたの。おれは真っ当なハンターだ。捕まえても無駄だよ、どれだけ調べてもヤバいレリクスなんて出てこないから」


 低く感情の読めない声で言い放つ。警戒されているのは明らかだった。

 と、一歩後ずさった少年のローブから、何かが床に落ちた。

 硬質な音を立てて跳ね、こちらの足もとに転がってくる、手のひら大の結晶体が一つ。彼らレリクスハンターが狙う獲物――レリクスだ。

 この大剣ハンマフォートに眠る先史遺産レリクスは、先史文明の高度な技術と叡智を封じ込めた秘宝だ。かつての力を失った人間はあらたなレリクスを追い求め、遺跡探索を続けていた。

 爪先に当たり止まったレリクスを拾い上げると、アオハは本題を伝える。


「いや、今回は君たちを調べる目的で来たわけじゃないんだ。発掘作業中にすまないが、君たちレリクスハンターにはこれから一時間以内に町へと撤収してもらいたい」


「……邪魔しておいて、今度は町に戻れとか。何の権限があってそんな横暴――」


 一見して大人しそうな少年に見えたが、そこで声に怒気が込められた。


「――もちろん教会の権限だ。本日付で全レリクスハンターへの特別退去勧告が発令された。我々異産審問官によって、あらたな異産審問が執り行われることになったからだ」


 子ども相手とはいえ、きわめて冷徹に、異産審問官としての要件を通達する。


「我々異産審問官は、先史文明の残滓を審問にかけ、人の世を乱すと認められたものを異産とみなし、これを封滅する権限を与えられている」


 子どもには小難しいであろう口上をあえて述べてやる。

 ところが少年は耳を貸さず、突然アオハに向かって突進をかけてきた。


「――――いいから返してよっ!」


 先ほどまでアオハの手にあったレリクスがまんまともぎ取られ、気が付いた時にはもう、少年の背中がこちらから遠ざかっていくところだった。


        ◇ ◆ ◇


 幸運なことに広間を抜けた先の迷宮は一本道で、途中でいくつか曲がり角にぶち当たったものの、くだんの少年を見失うことだけは避けられた。


「ハァッ、ハッ……ま――待つんだ君ッ――――」


 とはいえ、自分がまさか子ども相手に駆けっこする羽目になるだなんて。


「いやだ――――追って来ないでッ! 付きまとい! 変質者!」


 ようやく逃走者の背中が見えてくると、まだ声変わり前らしい、甲高い声でそう喚き立てられてしまった。


「ハッ、不平を、言うくらいなら、逃げずに、むッ、無実を、証明して、みせろよッ!」


 競走には不向きなブーツで通路の床をひた鳴らし、乱れる呼吸を唾液ごと飲み込む。

 すばしこいかに見えたこの少年は、意外なことにアオハほどの体力もなかったようだ。逃げ惑う少年との距離がみるみる縮まっていく。


「あいつを少し驚かせてやれ、ロボ――」


 そう命じると、羽ばたきながらうしろに付いてきていた灰色フクロウが、主人であるアオハの頭上を一気に飛び越える。


「ひゃっ――――――何これっ!?」


 突然視界を遮った奇妙な生き物に、驚愕した少年は足並みを大きく乱してしまった。


【敵前逃亡とは感心しないな、人間の子よ】


 行く手を塞ぐように降り立ったフクロウが、少年を見上げてそんな流暢な言葉を発した。


「え……………なに、フクロウ!? ……いま、しゃべったの??」


【人間はいつも本質を見誤る。正確に分類するなら私はフクロウではなくミミズクである】


 灰色フクロウは眉毛みたいな二つの羽角をキリリとさせ、胸の羽毛を膨らませて偉ぶった。ただ愛らしい見てくれに似合わぬ、野太く逞しい声をしているのが玉に瑕だ。

 人語を喋ってみせたこのフクロウを前に、己が逃亡者であることを失念してしまう少年。

 すぐに追い付いたアオハが、唖然と立ち尽くしていた少年のローブを遂に捕らえた。


「わっ――やめてよっ! 捕まえないって言ったのに嘘つき!!」


 ようやく我に返った少年だったが、動揺したせいか、大事そうに握りしめていたレリクスをまたもや床に落としてしまった。

 光を帯びた結晶体が硬質な音を立てこちらへと転がってくる。

 まんまとそれを取り上げたアオハに、突然少年が飛びかかってきた。


「だから! それはおれのだ、返せっ!」


「痛っ――――」


 手を噛みつかれてしまった。ただ手加減されたのか大した痛みはなく、もう片方の手でフードを引っ掴んでやる。

 途端、少年はアオハの手を振り払い、警戒して飛びのいた。

 アオハより頭二つ分は背丈が低い少年。フード奥から覗く茶色の瞳はぎょろりと大きく、血色が悪く痩せた顎がフード奥から覗いている。

 薄汚れた身なりからして、コソ泥まがいの非正規ハンターか、でなければレリクス目当てで迷宮に忍び込んだ貧民街の浮浪児だろうか。

 だが、彼を捕らえるのが異産審問官としての職務ではないことを思い出す。幾分肩の力を抜いて、不用意に少年を刺激しないよう配慮する。


「わかった、だからまず落ち着いてくれ。君を捕まえるのが目的じゃないのは本当だ。ただ、念のため学院証を見せてくれないか?」


 学院証とは、〈学院〉と総称される公的なハンター育成機関から発行される資格証のことだ。それを取得した者こそが、正規のレリクスハンターとみなされる。


「………………ない。まだ見習いだから」


 無愛想な受け答えをしつつも、少年はローブをゴソゴソとまさぐり、取り出した小さな木片を掲げた。

 鍵を模して彫刻されたその木片は、仮の資格証に相当するものだ。もっともこの少年が学院で遺跡探索の訓練課程にいる生徒なら、そんな薄汚れた格好をする必要はないはずだが。


「やっぱり、君はまだ学院に在学中なのか。君みたいな子どもが単身でこんな深い階層に挑むなんて蛮勇だぞ。名前は?」


「…………そんなお説教をするためにわざわざ顔真っ赤にして追っかけてきたの?」


「そうだよ。だって、君はとても綺麗な瞳をしている」


「――――ッ!?」


「とても悪人の顔には見えないからね。だからこうやって話をしようと思った」


 一瞬警戒が解けたような素振りを見せたが、それでもまだ訝しげな目がフードの奥からじっと見据えてくる。その瞳に不思議と心惹かれてしまった自覚がアオハにはまだない。


「子どもあつかいしないで。おれを調べるのは、要するに検閲のためでしょう? 異産審問官のひとたちはレリクスを無理やり取り上げるから、ハンターの間では嫌われものだ」


「君たちにどれだけ嫌われようが、遺跡の秩序を保つために必要なんだ。レリクスが常に人のためになるお宝と限らないのは、学院でも習ったろう? 僕たち異産審問官には、君たちをレリクスの危険から守る義務がある」


 教科書どおりの文句だったが、これを忠実に守ることが世のため人のためになるという確信があったからこそ、アオハは今日まで異産審問官を続けてきたのだ。


「ああ、名乗りもせずに失礼だったな。アオハという。アオハ・スカイアッド。イスルカンデ星教会の異産審問官だ。奇遇なことに、僕もまだ見習い」


 腰の吊りポケットから短剣を取り出し、その柄を自分の胸元に当ててみせた。葡萄酒色バーガンティの鞘に収まるこの短剣は、所有者が異産審問官であることの証。


「そのダガーは……?」


「見るのは今日が初めてか。こいつが異産審問官の資格証、レリクスブレイカーだよ」


 左手で鞘を押さえ、短剣・レリクスブレイカーを抜く。一切湾曲がないこの短剣は、殺傷用途の武器ではなく儀式のための器具だ。鞘と同じ葡萄酒色に染まった刃に、刃元の鋭いが特徴的な造形をしている。

 少年のレリクスを目線の位置に掲げて、レリクスブレイカーの腹をそっと当てる。


「そのレリクス、壊しちゃうの?」


 異産審問官の仕事を見た経験がないのか、急に深刻そうな声を上げたので補足してやる。


「いいや、壊すわけじゃない。せっかくだから解封してみるんだ」


 解封? と、少年は首を傾げ、興味を惹かれたのかこちらに近付いてきた。


「町に戻らなくてもレリクスの殻を開けれるの?」


「ああ、今回は特別だ。ただ注意してくれ。これは誰にでもできる技じゃない。もし遺跡探索中にレリクスを見つけても、危険だから自力で殻を壊そうとしては駄目だ」


「……殻を壊すと、どうなるの?」


「中から呪いが溢れ出てくる。レリクスを百年あまりも封じ込めてきた、〈大断絶〉の呪いだ」


 そんな風に脅してやると、少年は肩をすくませ、あからさまに怯えた表情を見せた。


「ふ、レリクスの殻はそんなに簡単には壊せないから安心してくれ。ただ普段は町まで持ち帰って、必ず異産審問官に託すこと。いいね?」


 そう念押ししてからレリクスブレイカーを構え直し、わずかに息を吐いて意識を集中させる。柄を握る指から力を抜き、短く呪文を口ずさむ。


「――解放ラン刻を進めよエメル


 レリクスブレイカーが宿す旧き魔法の力が、呪文の意味に呼応する。すると刃の腹に、象形画を思わせる光の紋様が浮かび上がった。

 アオハは左手で掴んだレリクスの殻に目がけて、垂直に剣の腹を押し当てた。

 キンとした共鳴音が鼓膜を打ち、結晶体が砕け散った。破片は光の粒子に変わり、直前までレリクスを掴んでいた手を傷つけることもなく、すぐ空気に掻き消えてしまう。

 代わりにアオハの手のひらに残ったのは、古めかしい装飾の懐中時計だった。


「……ふう。まあこのあたりで発掘できるレリクスなら、中身は大抵こんなものだろう。きっと昔の誰かが使っていたものが、時代を経てレリクスになったんだ」


「なあに、これ? ペンダントにしてはずいぶんと大きい……」


 懐中時計を知らないのか、釣られて覗き込んできた少年。


「これは懐中時計というんだ。こうやって使う」


 そこでふと思い立ったアオハが、彼に詰め寄った。


「えっ、なに……ちょ、ちょっと…………うひゃっ――」


 この懐中時計を首から提げてやろうと、アオハは少年のフードの中へと強引に手を伸ばした。彼は一瞬たじろぐ仕草を見せたが、有無を言わさず鎖を首に回してやる。


「宝飾品としての価値はあまり高くないけど、上品なものだ。君には似合うと思うよ」


 うなじのあたりで鎖のフックを止めようとするも、それにはちょっとしたコツがいる。


「あれ、なかなかうまくいかないな……」


 今のはただの誤魔化しで、内心では別のことを考えていた。彼の首筋には既に、別の首飾りが居座っているのがわかったからだ。指先をくすぐってくる柔らかな髪にも。

 ようやく確信できた。この少年はやはり、他人から身なりを隠そうとしている。

 ローブの中にいるのは、おそらくもう少し上の年代の少女だろう。それは言葉遣いの節々からもうかがえるし、浮浪児にしては清潔なにおいがしていたこと自体が不自然だった。

 とはいえアオハにも詮索する気はない。ようやく探り当てたフックを固定して、懐中時計がようやくのものになった。

 自分の首から下がったクルミ大の円盤を手に取り、上蓋を開けた少年が目を見開く。


「本当だ、これ、中が時計盤になってる……」


「そいつは先史文明期の品だから、時間が狂ってしまっているけどな。町に戻ったら、技師を探して調整してもらうといい」


 少年は呆けたように、しばらく時計の盤面を眺めていた。


「……それで、どうして君は僕から逃げた?」


 少年の振りをしてひとり遺跡探索を続けているのにも、きっと事情があるのだろう。


「ううん、ごめんなさい。まだ見習いハンターなのに、ひとりで十階層に出入りしてるから。もしかしたら掴まえられたり、学院に告げ口されるのかなと思って……」


 急にしおらしい態度になって、素直に謝られてしまった。


「ああ、そっか。僕たちの役割はそういうのじゃない。異産審問官の敵は、レリクスを悪用する人間や、レリクスの闇取り引きだ。だから君のことを告げ口なんてしないよ、安心してくれ」


 少年をしつこく追い詰めた理由も、ハンターを町に返すのが今回の任務だったからだ。


「それよりも、やっぱり単独探索は危険だ。君はどこかの探索隊に加えてもらうべきだ」


「わかってる。でも、おれには少しでも多くのレリクスが必要なんだ……」


 その声にはどこか切実そうな色が滲んでいて、それっきり唇が固く引き結ばれた。

 一寸間を置いて、ふと思い出したようにこう言った。


「……そうだ。…………マル」


「ん、それはどういう意味なんだ?」


「……名前。マルが自分の名前」


 おそらく愛称だろうけれど、ようやく名乗ってくれたようだった。


「へえ、君はマルというのか」


「うん。お兄さん、見かけほどは怖くないから。だから名前くらいは教えてあげる」


「…………はは、やっぱりこれのせいか」


 左眼の眼帯について言っているのだろう。その奥に深い傷を負ってもう十年以上経ったとはいえ、他人にそう評価されてしまうのは未だに苦々しいものがある。


「ごめんなさい、そういう意味では……。瞳の違いで――されるのはつらいものね……」


 何故なのか胸元をきゅっと押さえ、消え入りそうな声でそう呟いたマルに、


【何も気に留めることはない。我が王は小心者のくせに、人相だけは邪悪であるからな】


 今までどこに潜んでいたのか、再び舞い降りてきたフクロウが口を挟んだ。あまりのことに唖然としたまま硬直したマルへと、翼まで広げてみせる。


「すごい! 本当にしゃべってる。さっきの声、やっぱり空耳じゃなかったんだ」


 先ほどの暗い表情も忘れ、抑えがたい好奇心に目を光らせたマルがフクロウを指差した。


「……ねえ、この子、名前はなんていうの?」


 警戒心など最初からなかったかのように、表情を緩ませてフクロウへと一歩迫るマル。


【聞くがいい。我が名はロボ。稀代の魔術師にして天空を統べし者、ロボである】


 低く渋い男の声で名乗ったフクロウに、さしものマルもたまらずにポンと手を合わせた。


「わあ、すごいすごい! あなたはフクロウなのに魔術師なんだ! 魔術師って、おとぎ話なんかに出てくるお髭のすごいおじいさんのことでしょう? わけわかんない!!」


【私はすごい髭のじいさんでもなければフクロウでもない、ミミズクである。ここを正確に理解することから真理の探究が始まるのだ、人間の子よ】


「――ああ、マルもこいつの戯言は本気にしないでやってくれ。フクロウといっても本物じゃない、このロボはレリクス仕掛けで動いている模造品なんだ」


【愚挙であるぞ、我が王アオハよ。だからフクロウではなくミミズクであると――】


「わあ! じゃあ、ロボは先史文明の魔法で動いているんだ!」


「そう。その懐中時計と基本的な原理は同じさ。こいつはいつもこんな感じで奇妙なことばかり口走るけれど、遺跡探索では頼りになる相棒として役立ってくれている」


 思わぬ事実を知って嬉々としたマルが両手を広げ、ロボを抱き上げようと飛びかかった。当然、その魔手から逃れるべくロボが飛び立ち、アオハの手に戻ってくる。


「ええー、抱かせてくれないの……」


 見事に空ぶった手を結んでは開いて、不満そうに睨み付けるマル。一方のロボは特に興味を示さず、革グローブから右肩の止まり具へとジャンプして帰着した。


「ははっ、こいつは見かけ倒しって言いたいくらい可愛げがないからな、頭でっかちの石頭で、そのくせやたらと女癖が悪い」


 先の仕返しとばかりに横槍を加えてやる。


「………………お、おんな、ぐせ……??」


 さすがに子ども相手にはうまく伝わらなかっただろうなと内心苦笑しつつ、緊張がほぐれたところで本題を切り出す。


「――さて、最初にも伝えたけど、この第十階層からの退去命令が出ているんだ。危険だからはやく町に戻りなさい」


「ああ……うん。新しい異産が見つかったんだね」


「そうだ。〈異産〉とは、人々を脅かす危険なレリクスだ。異産の処分は僕たち異産審問官が責任を持って行うけれど、万が一にでも事故が起きた時、その近くにいたらマルにも危険が及ぶかもしれない。だから早く町に戻って、しばらく待機していてもらいたいんだ」


 学院の生徒なら、警告を無視してまで発掘作業を続行するなんて無茶はしないだろう。

 マルは大人しく頷いて、刻みを止めた懐中時計の針をどこか誇らしげな目で眺めていた。


「さあ、そろそろ行って。星々の巡るままに――」


 右手を左胸に当て、祈りの文句をマルに捧げる。

 星が空を巡るように、ごく当たり前にお互いの一日が続きますように。アオハが属するイスルカンデ星教会の言葉だった。

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