第九話  思い出ラーメン

「すごく良い夢を見たんだ!」


 翌日の土曜日。病室を見舞うとさとしが待ちかねたように風涙ふうるを迎えた。


「例のラーメン屋に行ったんだ。風涙もいてさ。一緒に食べたんだ。そのラーメンが最高に旨かったんだよ。傑作なのは、ラーメン屋の大将が鳥なんだよ。あれ、なんてったかな。強面こわもてのペリカンみたいなやつ」


 ――ハシビロコウだよね。


 風涙は喉元まで出かかった言葉を危うく飲み込んだ。


「おまけに相客がカピバラなんだよ。そいつらがパン屋だって言うんだ。これがまた良い奴らでさ。サービス券なんかくれるんだよ。俺ときたら、かつて無い食欲で、ラーメンと餃子とライスまで食べちゃったよ」


「――そんなに美味しかったんだ」


 あのラーメンはたしかに素晴らしく美味しかった。でも惚けていようと風涙は思った。言っても信じられないだろうし。

 

「もう旨いのなんのって!」


 声に張りがある。今日の暁はだいぶ顔色が良かった。

 昨日まで昏睡状態だったなんて信じられないほどに。


「それもだよ、聞いてくれよ。聞いてるかい。『思い出ラーメン』ってのを頼んだんだよ。そしたらあの懐かしいラーメン屋の味なんだよ。驚いたよ。どんな味でも再現しちゃうんだってさ。大将の話じゃ『うちの秘密の裏メニューだ』なんて言ってたけど、むしろ元の美味しさを百倍にしたくらい旨かったのさ。俺がそう言ったら、大将の奴そっぽ向くんだ。あれは照れたんだな。しかしあの旨さには感動したよ。あんな夢が見られるなんて、俺はある意味天才だと思ったな」


 すると突然、風涙が声をあげて泣き出した。


「おい、どうした? ふうちゃん?」


 涙が止まらなかった。暁のシーツに顔を埋めて風涙は思いきり泣いた。


「さとちゃん、七日も意識が無かったんだよ。呼んでも全然起きなかったんだよ!」


 このまま二度と目が覚めないのかと思った。

 怖くてどうしていいか分からなかった。


「ごめんな。ふうちゃん。心配させてごめんな。俺、もう治るからな」


 暁は大きな手のひらで風涙の肩を撫でた。泣きやむまでずっと撫でてくれた。


「――さとちゃん、ごめんね。すぐにラーメン屋を探しに行かなくて」


 ようやく風涙が濡れた顔を上げると、暁がティッシュペーパーを突きだした。


「そんなこと気にすんなよ。――ほれ、鼻をかめ。すごいことになってるから」


「だって。さとちゃんから絵葉書貰うまで、ちっとも探してなくて。そしたら、さとちゃんが……」


 あの絵葉書が風涙の元に届いたその日、暁の容態が急変したのだ。

 風涙の母が病院に泊まり込んだ。風涙も職場から病院に直行する毎日だった。

 こんなことになる前に、なんでラーメン屋を探さなかったんだろう。

 風涙は横着者おうちゃくものの自分を責めた。


「まだ泣く気かよ。どれだけ泣くんだ」


 暁に笑われて、風涙は思いきり鼻をかんで笑顔をつくる。


「だからね。今週は毎日ラーメン屋探してたんだよ」


「そんなに探してくれたのか。ありがとな」


「けど、見つからなかったよ」


「――まあ、そうだろうと思ったよ。わるかったな」


「でもその替わりにお洒落なセラピールームを見つけた」


「セラピー? どうした。なんか悩みでもあるのか? 相談にのるぞ?」


「要らないし。それより早く元気になってよ」


「それもそうだな。――って、なあ? いまセラピーって流行ってるのか?」


「そうだよ。流行りだよ。みんな行ってるよ」


「ほんとかよ。ならいいや」


 夕焼けセラピーの予約をとっておけば良かったと風涙は思った。

 でも、いつでも行けるような気もした。あの人に心から会いたいと思えば。

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思い出ラーメン <モフモフコメディ>甘い扉 Ⅱ 来冬 邦子 @pippiteepa

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