第六話  漢字三文字

「その翌週、叔父から地図が送られてきたんです」


 風涙ふうるは、スタンランの黒猫の絵葉書をゆきしたに手渡した。

 舘花たちばな風涙様と表書きした余白に、表参道の駅と風涙の職場とラーメン屋の位置が達者なペンタッチで描かれている。「ヒントは鰹出汁かつおだし。店名は漢字三文字。見つけてくれたらラーメン餃子セット進呈!」と添え書きしてあった。


「鰹出汁のラーメン屋なら知ってますよ」


 絵葉書から顔を上げた雪ノ下は、あっさりと告げた。


「ほんとうですか?」


 風涙は、ほうじ茶をこぼしそうになった。


「叔父さんの通われた店ではないかも知れないけど……」


「それって、場所は?」


「ほとんど、その地図に描いてある場所ですよ」


「ほんとうですか? どうして見つからなかったんだろう!」


 泣き出しそうになる風涙を、雪ノ下があわててなだめた。


「無理もありませんよ。あの店は新月から数えて三日目、七日目、十一日目と十三日目にしか開けないんですよ。明日行ってごらんなさい。ちょうど七日目ですから」


「そうだったんですか? 雪ノ下さん、詳しいんですね」


 風涙はますます目を瞠る。


「有名店ですもの。ラーメン一筋縄ひとすじなわって言ったら」


「ラーメン一筋縄?」


 雪ノ下がクスクス笑った。なるほど漢字三文字だ。


「雪ノ下さんもよく食べにいくんですか?」


「たまにですが、美味しいですよ。大将がちょっと変わっててね。それが苦手で敬遠する客もあるそうですが――」


 雪ノ下は心配そうな眼差しを投げかける。


「わたし、そういうお店って大好きです!」


 風涙は職人と呼ばれる人たちを無条件に尊敬していた。一つの事に打ち込む人間ならではのかたくなさや、他人には理解出来ないようなこだわりが逆に魅力的だと思ったし、尊重すべき職人気質として受けとめていた。


「それなら良いのですが――。あ、そうだ!」


 雪ノ下は自分の名刺を出して、ペンで何か書き込んだ。


「これを大将に渡してください。きっと一肌脱いでくれるから」


 そこには「ラーメン一筋縄 大将様 裏メニュー何卒宜しく。雪ノ下」とあった。


「裏メニューって――?」


 質問の途中でスマホのアラームが鳴った。職場に戻る時間だった。


「ごめんなさい。今日はありがとうございました。改めて御礼に伺います」


 慌てて立ち上がる風涙を戸口まで送り出しながら、雪ノ下は目を細めて頬笑んだ。


「どうぞお気になさらず。It's my pleasure.(お役に立てて光栄です)」

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