第17話 ボンネットの事情

「——なるほど。つまりボンネットは、姉妹愛が強すぎて姉妹が傷付けられたり侮辱されたりすると怒りに怒り、手がつけられなくなる、と」

「そうです。これは、以前任務で『アントリア』と私で大型外敵種グランデエネミー討伐に向かった際のことです。私たちが出撃した任務地付近にシロアリの遠征隊が食料調達の遠征をしていました。シロアリの遠征隊は私たちが大型外敵種グランデエネミーと対峙している様子を観戦するように観ていたのですが、ここで一つ、野次が飛んだのです」

「野次?」

「はい。シロアリの遠征隊はクラリネットに対して野次を飛ばしたのです。それもクラリネットを嘲笑するような内容で……」


 おそらくクラリネットは【感知の極み】の何かしらの派生能力で少し離れたところから敵の動きを予測したり、隙を伺っている最中だったんだろう。

 シロアリの遠征隊はこれが面白くなく、というよりクラリネットが何をしているのかさえ知らずに野次を飛ばした。大方こんな感じか。


「クラリネット本人は大して気にしている様子はなかったのですが、ボンネットが突如戦線から離脱し、シロアリの遠征隊を襲撃しました。結果として、シロアリの遠征隊は重症を負い、咄嗟にメリィが〈治癒ピュアー〉で傷を癒しましたが、怯えるようにこの場を立ち去ってしまい……」

「それで今はシロアリとうちとの関係がバチバチなんだな?」

「……そうです。それまでは交流も多く、互いに友好的でした」


 殺されかければ恐怖を抱く。それは例え仲の良い者同士であってもだ。

 野次こそあれ先に手をあげたのはボンネットだ。

 シロアリは悪くないとは言わないが、これは完全にボンネットの戦犯だ。

 ぐっとこらえることも出来ただろう。やってからじゃ遅い。


「あたしもあいつらが言った野次にはカチンときたぜ。クラリネットのことを何も知らない奴が好き勝って言ってんじゃねーってな」


 ジェンヌが怒りの形相で言った。

 本当に腹立たしかったんだな。


「あの後、私と『アントリア』はシロアリのコロニーへと謝罪に向かいました。ですが、取り合ってはもらえませんでした」

「妹の責任は姉の責任だからよ。落とし前はつけなきゃならねぇ。まさか会うことすら出来ねーとは思わなかったけどな」


 シロアリは相当頭にきているようだ。怯え、もあるだろう。

 しかし、せめて会うことくらいはいいと思うんだがな。そこんとこ、シロアリの女王はどういう考えなのだろうか。


「まさかボンネットにそんなことがあったなんてな……」


 ん? 待て待て。


「どうしてボンネットに協力してまで俺を幽閉したんだ? こんなことしなくたってボンネット一人で俺を襲えただろうに」

「それは……」


 アリアが困ったように、俺から視線を逸らす。

 ボンネットが怒ると躊躇ちゅうちょなく手を出すのは分かった。

 それでも、ジェンヌやメリィ、アリアにはボンネットに協力する筋合いはないだろう。こいつらも俺の蛮行について思うところがあるのなら別だが。


「それは……クソ兄を守るためだ」


 ジェンヌがアリアの代弁をするかのように言った。


「俺を守るため?」

「ああ、そうだ」

「守ることがどうして俺を幽閉することに繋がるんだ?」

「クソ兄の幽閉に協力すれば、周りへの被害を出さずに、そしてボンネットの近くで、他の誰よりも早くクソ兄を助けることができる」

「え、いやでも、お前ら全然助けてくれなかったよ?」


 助けるどころか、もろにボンネットの攻撃を食らったんだが。

 首、絞められたんだが。


「ボンネットの特異能力の前にはあたしらだってそうそう止められないさ。速い上にあのパワーだぜ?」

「そうかもしれないけどさ……結局俺は攻撃を食らったわけだし、もしそれで死んでたら元も子もないじゃんよ」

「そうだな。正にそのとおりだ!」


 俺の指摘にジェンヌは「はっはっは」と快活に笑う。

 結局何が言いたいんだ?


「そのとおりだ! って…………はぁ。いくら【支援の極み】が強力だからって、お前ら三人ならどうとでもなっただろ実際」

「それがですね、カムイお兄様。いくら私たちがボンネットを止めたとしても、意味が無いのです。怒りの対象に一矢報いるまで、その怒りが鎮まることはありません」


 アリアが困ったように話す。

 ボンネットのあの特異能力を持って暴れられればたまったもんじゃない。

 それならば、いち早く怒りの対象の元へ向かわせ、ボンネットが一矢報いたところでメリィが〈治癒キュアー〉をかけ回復させる。

 あくまでも推測だが、今までもこうして対処してきたのだろう。そして今回だってそう。

 有賀歩ではなくカムイなら、ボンネットの事情くらい知っていたのだろうが、生憎と俺には彼女らと過ごしてきた日々、過程がない。

 少しでもこいつらのことを知りたい。

 こいつらの兄となった以上、良き理解者でありたい。

 こういうことがあるとつくづくそう思う。


「おいジェンヌ。初めからそう言えよな。ボンネットの怒りを鎮めるために俺を幽閉したって」


 俺は笑いながら言う。


「だってよぉ」

「別に俺は怒らないし、明らか悪いの俺だし、殴られるくらい屁でもない。ああ、あいつの場合は突進か。闘牛みてえだな」


 俺は「ははは」と笑い、その場に立ち上がる。


「お前らが俺の身を案じて一緒にこの場にいるというのは本当だと理解してる。ありがとな」


 そう言いながら、アリアの頭を撫でる。


「んっ……カムイお兄様……」


 嬉しそうに目をつむるアリア。

 アリアは俺がボンネットの攻撃を受けたあとハンカチで優しく頬を拭ってくれた。

 言葉では平生を保っていたが、その実俺のことをいち早く助けたかったのだろう。

 時惚じほれかもしれないが、アリアがハンカチで俺の頬を拭う時に見せたあの慈愛に満ち溢れた、いつくしむ表情は、俺にそう思わせるには十分だった。


「メリィも、ありがとう」

「……」

 

 俺はアリアの側にいたメリィの頭を撫でた。

 しかし無表情。そういえばメリィは俺に全く関心が無かったのを忘れていた。

 アリアに撫でられた時はあんなに可愛らしく笑っていたのにな……悔しい。

 聞けばメリィはカルマの一個上のお姉ちゃんという話ではないか。

 アリの姿形の時から、やけに小さいアリだなぁとは思っていたが、下から二番目の子だったんだな。

 その幼さで『アントリア』なのだから恐れ入る。

 ふと視線を前に送ると、ジェンヌがもじもじ落ち着きのない様子でちらちらとこちらを見ていた。


「なんだジェンヌ。お前も頭撫でて欲しいのか?」

「バっ、バカっ! ちげーし! あたしはただ、ほら、あれだよ、兄妹のじゃれ合いは以外に良いもんだなと思っただけだ!」


 顔を紅潮させ、なにやらテンパっている。可愛い。


「だろぉ? それなのにボンネットのやつ俺にガチギレしやがって。ちょっとじゃれあい過ぎただけじゃんよ、まったく」

「そのちょっとが全くちょっとじゃないのが問題なのですが……」


 アリアが苦笑を浮かべている。


「んじゃちょっと、ボンネットの所へ行ってくる。ちゃんと謝りたいし、少し気になることもある」

「分かりました。気をつけてくださいね?」

「ああ、分かってるよ。ボンネットが行きそうな所って分かる?」

「はい。おそらく今は、自室へ向かっているのではないかと思います。彼女がこの部屋から出た時に、フェロモンを辿っていましたので間違いないでしょう」


 フェロモン……か。

 確かアリ本体から出るフェロモンを触覚で感知し、性別や、おおよそのコロニー内での居場所が分かるってやつ。

擬人化ライパーソン〉の影響もあり、俺たちアリは人間体となったが、何故か触覚だけは残った。触覚の機能はまだ健在ということか。

 素嚢そのうは失われているようだが、まだまだ〈擬人化ライパーソン〉の効果範囲が曖昧だな。


「ありがとう。それじゃ行くわ」

「待ってください。私にはこの部屋にもう用はありません。ボンネットとクラリネットのお部屋まで護衛も兼ねて付き添わせていただきたいのですが……」

「おう構わないぞ」


 コロニー内で俺を襲うやつなんてボンネットくらいだから護衛なんていらないのだが……。

 しかし今思えばあいつらの部屋がどこにあるのか知らなかった。危ない危ない。


「では、行きましょう」


 どこか嬉しそうに言うアリア。

 ここはコロニーのさらに地下にある部屋だ。

 俺たちは部屋の外、出てすぐ正面の登り階段へ向かう。

 だがその前に、


「お前もありがとな、ジェンヌ」


 俺は部屋の扉に手を掛ける前に、ジェンヌの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「っ!? クソ兄!? な、なにしてんだよっ! やめろぉ……」

「だって、撫でられたそうにしてたから、つい」

「ついって……! なんだよぉ……」


 こうして話ながらも俺はジェンヌの頭を撫で続けた。

 言葉とは裏腹にとても嬉しそうである。


「ジェンヌお姉ちゃん、とっても嬉しそうなのです」

「う、嬉しくねぇよっ! だ、だから、やめろぉ……」


 ジェンヌが嫌がるので、俺は手をパッと離した。


「あ……」

「お? なんだ、どうした?」

「な……なんでもねぇよ……」


 ジェンヌは悲しそうに俺から目を逸らした。

 見るからに何でもなくはないご様子。


「ジェンヌお姉ちゃんは突然撫でられるのを止められて、悲しんでいるのです」

「いちいち言わなくていいっ!!」


 ふむ。子どもは正直者とはよく言ったものだ。

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