第10話 無実の証明

 時は動き出し、この場にいるアリ達は呆然としていた。


「ジェンヌ……これは一体……どういう事ですか?」

「クソ兄はおそらく……特異能力を持っている」

「カムイが特異能力を? 特異能力を有すことが可能なのはメスだけです。それも発現はごく希。例えもし本当にカムイが特異能力有していたとしても、わたくしの〈能力探知スキルフォーカス〉には反応が無いのでありえません」

「じゃあどうやってこの状況を説明するんだよ! 今の一回だけじゃねぇ、この現象はこれで三回目なんだぞ!」


 なにやらまた口論を開始したジェンヌとアリアナ女王。

 いやしかし、〈能力探知スキルフォーカス〉というのが引っかかるな。アリが持っている触覚による探知と何か違うのか? 能力探知と言うくらいだから、その名の通り能力の有無を探知出来るのだろうか。

 もしそうだとしても、アリアナ女王は俺に反応はないと言った。それは一体どういうことなんだ?


「カムイ兄さま? 一体、何がどうなっているのですか?」

「俺が異世界主人公だったってだけだ」

「っ!? ど、どういうことですの!?」


 アリがチートスキルとか……それはないんじゃないか神様よぉ。せめて人間体でファンタジーな舞台だったら良かった。

 エルフとかケモ耳美少女とかと一緒にキャハハうふふな冒険をしたかったよ。なんでこっちは登場キャラ全員真っ黒なんだよ……。

 この場にいる妹達はみな静まり返っていた。

 目の前で槍が全て消失したことと、ジェンヌが「クソ兄は特異能力を持っている」と発言したことに、驚きに近い戸惑いを感じているのだろう。


「カムイ。あなたを殺さなければならない理由がまた一つ増えました。今のあなたは危険すぎます」

「いや、別にそちらに害を及ぼそうとは思ってないけど」

「『アントリア』! いいですか? これは命令です。女王であるわたくしの命令です。特異能力で抵抗される前にかたをつけるのです!」

「「「「……了解」」」」


『アントリア』の四匹がアリアナ女王の前に並んだ。

 やはりこの女王はの話を聞かない性格らしい。トップに立つ者としてあるまじき性格だ。

 民衆の話にちゃんと耳を傾けられるのが真の王の姿だ。片やアリアナ女王は自分の子どもの話すら聞かない。よくこれで女王やってられんな。


「クソ兄! なんの特異能力かは知らないが、全力でいかせてもらうぜ」

「覚悟するのです」

「みんな気を付けて。【テクニシャン】は強敵だよ」

「……うぅ」


 俺が特異能力で抵抗してくることを前提に、ジェンヌ一匹に任すのではなく、特異能力を持った四匹で構成された特殊異能部隊『アントリア』に命令したのだろう。


 てかボンネット。【テクニシャン】はふざけて言っただけだから。鵜呑みにすんな。てか信じんなよ!

 それとクラリネット。そんな悲しそうな声出すなよ。それじゃあ殺される方も後味が悪い。


「何度も邪魔されたけど、やっとこれで死ねるな……。『アントリア』! 俺は抵抗もなんもしないからジェンヌ一匹で十分だと思うぞ?」

「女王陛下は『アントリア』に命令を下した。それは出来ねぇ」

「ふーん。まあそれならしょうがないか」


 俺はてくてくと『アリーナ』の中心、最初に縄で縛られていた所へと向かった。

 そもそも攻撃系はジェンヌとボンネットだけだから四匹で殺る必要ないと思うんだよね。

 俺が抵抗したり逃げたりすればそりゃ残りの二匹も活躍できると思うけど、生憎と俺は抵抗も逃げたりもしない。


「あっそうだボンネット!」


 丁度『アリーナ』の中心へついたところで俺はボンネットに声をかけた。


「なんだい? 命乞いかい?」

「いやそうじゃなくて、お願いなんだけどさ、アリス達を〈防護壁シールド〉で囲ってくれないか? 内側から出られないようにさ」


 さっきのアリスの例もある。俺が死ぬ寸前に来られても困るんだ。

 死ぬのは俺だけでいい。

 異者は……早く死んだ方がいい。

 ボンネットは俺に返答することなく、「〈防護壁シールド〉」と言った。

 決して透明というわけではないが、色素の薄い半透明のシールドが『アリーナ』内をドーナツ状にアリス達を包み込んだ。

 そして、『アントリア』とアリアナ女王にはシールドを身に纏うように貼っている。

 シールドの範囲外にいるのは俺だけとなった。

 四方八方から妹達が俺の名前を泣きながら呼んでいる。


 「ははっ、カムイ。お前はすげぇよ」


 生まれ変わったら、一人でもいい。

 たった一人でもいいから、誰かに慕われる、信頼される、そんな人になりたい。


「〈構築ストラクチャー〉!」


 覚悟を決めたように言ったその一言をトリガーに空中に槍が出現する。

 それは分裂を繰り返しあっという間に天井に針山が出来上がった。そして一本一本が高速で横回転を始める。


「ボンネット、頼む」

「任せて! 〈力増算フォースライズ〉、〈速増算ファストライズ〉」


 針山からシュイーンと効果音がなった。


 槍はキィィィィィーーンからキーンへ、キーンから無音へと回転音が変化した。

 無音になる程の回転スピードになっているのだと分かる。


「クラリネット。〈未来視フューチャーアイ〉ではどうだ?」


「……このまますれば、コロニーは崩壊するの。そしてカムイお兄様は……えっ!?」

「どうした」

「な、なんでもないのっ。カムイお兄様は跡形もなく粉砕するの」

「……そうか。メリィ、コロニーが崩壊してもらっては困る。この部屋に〈修復メンド〉をかけ続けてくれ」

「了解なのです」


 しっかり協力し合ってるって訳か。

 メリィやクラリネットといった非戦闘員も役に立っている。

 あとクラリネット。お前、〈未来視フューチャーアイ〉なんてズルいもん持ってたのか。

 アリスから聞いた話では、クラリネットにはまだ特異能力を持っているという話しだったが、これは非常に強力なものだろう。なんたって未来が確認できれば相手が何をするか分かるんだからな。


 ……ん? 待って。


 じゃあなんで俺と取っ組み合った時に俺のなすがままにされたんだ?

 未来が分かっているなら、俺が何をするかも分かるはずだし、いくらでも対策は立てられるだろう。

 やっぱあいつ、俺にやられると分かってて……


「ほんとスケベな奴だなぁ……」


「〈弓射撃ショットアロウ〉」


 本日三度目の射撃だ。


 あ——


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!!!!



 ♦︎ ♦︎ ♦︎



「今度こそ……やったか?」

「これで死ななかったら化け物だよ」

「なのです」

「……なの」



 ♦︎ ♦︎ ♦︎



 痛い。

 めっちゃ痛い。

 意識が飛んだ。

 頭が真っ白にもなった。

 感覚もなくなった。


 それでも、


 ——俺は生きている。


 何故か生きている。

 ジェンヌの〈弓射撃ショットアロウ〉の声が聞こえてからすぐにぷつりと意識が飛んだ。

 そして、激しい激痛とともに意識が戻った。戻ってしまった。

 特に特異能力を使用した覚えはない。意識が飛んでいる最中に何かが発動したのかもしれないが。

 ああ、それはないか。


 だって、


 足がねーや。


 よく見たら足が無かった。六本とも全て。

 なんとも醜い姿だ。

 能力が発動したのなら、少なくとも五体満足の筈だ。

 さすがにあいつらは死んだと思ってるだろうな。

 槍の残骸が覆い被さっているせいで、あいつらからは俺の様子は見えないだろう。

 残念なことに死んではいないが、少なくとも俺は再起不能、動けない状態だ。


「〈創破ナッシング〉」


 俺に覆い被さる槍の残骸がシャボン玉が破れるかの如くパッと消えた。

 同時に俺に覆いかぶさっていた槍の残骸の圧迫感が無くなった。


「カムイ兄さま!! ……な!? なんて……お姿に……」


 槍の残骸が消えた瞬間、甲高い悲鳴が巻き起こった。

 そりゃ足を失った寸胴な体を見れば悲鳴も上げるか。みんな女の子だもんな。


「ふん。あれで死んでないわけがないよ。これで処刑は完了だよ」

「いや、待てボンネット……」

「待つのです」

「ど、どうしたんだい? どう見たって……死んでいるだろう?」

「だったらよ、だったら何で……胴体が残ってんだよ」

「っ!!」


 確かにそうだ。

 足が粉砕するんだ。胴体だって跡形もなく粉砕したっておかしくはない。


「生きてるの……」

「「「!?」」」

「カムイお兄様は生きてるの!!」


 さすが感知の匠。分かるのか。


「どういうことだクラリネット! お前の〈未来視フューチャーアイ〉では、クソ兄は跡形もなく粉砕してんだろ!?」


「……ごめんなさいなの。本当は死んで無かったの」

 「なんだと!!」


 なんでわざわざクラリネットはジェンヌに嘘を言ったんだ。

 その〈未来視フューチャーアイ〉で俺が死んでいないと分かっていたのなら、それもちゃんと伝えればいいだろう。

 そしたら、対策も練れたろうに。


「カムイは、死んでいないのですか?」

「ああ。残念ながらそうみたいだぜ」


 考えてみるとこれすごい会話だよな。

 母親が娘に「息子まだ死んでないの?」 って聞いている様なもんだ。おーサイコサイコ。


「ならば、完全に生き絶えるまで処刑するだけです。『アントリア』、おやりなさい」

「お母さま! おやめになって下さいまし! もう……もう……充分ですわ……」

「…………やりなさい」

「お母さま!!」


 俺ならまだしも、アリスの言うことも聞いてくれないのか。返事くらいしたっていいだろう。

 ほんとクソだわ、アリアナ女王。


「〈スト

「ま、待つの!」


 ジェンヌが〈構築ストラクチャー〉をする寸前で、クラリネットがジェンヌにしがみついた。


「止めんじゃねぇクラリネット! これは女王の命令なんだ!」

「カムイお兄様は…………無実なのっ!!」

「「「「は!?」」」」


 ジェンヌ、メリィ、ボンネット、アリアナ女王の四匹が口を揃えて声を漏らした。

 てかなんで俺が無実だってクラリネットが知ってんだ?

 あの場に『アントリア』はいなかったはずだし、来たのは事後……って言い方はおかしいけどアリアナ女王が招集した時だろ?


「アリスお姉様のお腹に……そ、その、カムイお兄様の……ア、アレの反応はないの」


 急に何を言いよるんこの子!?


「それは本当ですかクラリネット!?」

「本当なの。〈探知フォーカス〉は正確なの」


 え、何、じゃあこいつ初めから知ってたってことか?


「どうして…………どうして今まで言わなかったのですか?」


 そうだ。なんで言わなかったんだ。


「……女王陛下の命令は絶対なの。だから、女王陛下が処刑と言えば、それは決定事項なの。真実が違くても、処刑なの」

「……」

「でも、私はカムイお兄様には死んでほしくなかったの! だから、今、に言ったの!」


 クラリネット。

 この子は事実を知っていながらも、自分達の女王であり母親でもあるアリアナ女王の命令を遵守していた。

 そして、俺の為に今ここで発言した。これはアリアナ女王の命令に背くことになる。しかしそれでも、クラリネットは言ったんだ。


「だから止めるの! もう止めて欲しいの! 罰なら私が受けるの! だから……お母さん……今すぐに止めて欲しいの……」


 クラリネットの必死の訴えはこの場を震撼させた。

 特に『アントリア』の連中が言葉を発さない辺り、クラリネットの発言、行動が予想外だったのだろう。

 俺が無実だと、クラリネットの【感知の極み】の能力を持って言われれば、嘘偽りの無い事実だと証明されたようなものだ。


 ——どういうことなの?

 ——冤罪?

 ——そもそも、どうしてカムイお兄様は処刑されることになったの?


 なんと、『アントリア』以外の妹達は何故俺が処刑されるのかを知らなかったようだ。


「クラリネット! そんな大事な事はもっと早くに言えってんだ!! 私たちは、無実のクソ兄を命令とはいえ殺しかけたんだぞ!? 終いにはアリス姉達まで……」

「……だってお母さんが……」

「だってじゃねぇ! 無実だと分かっていたならすぐに母さんに言うべきだったんだ! クソ兄は昔から変に優し過ぎる節があるから、冤罪でも平気で死ねる奴なんだよ! 早く死んで、この騒動を終わらせようと考えちまう大馬鹿野郎なんだよ!」


 そう言うと、ジェンヌは小さく嗚咽を漏らした。

 クラリネットもそれに続いて泣き出した。

 ジェンヌ自身、例え命令ではあっても無実の兄を、そして妹を殺そうとしたという事実に罪悪感を感じ、どうしようもない感傷に呑まれているのだろう。


「お母さま…………アリスは……アリスは……お母さまのことなんか大嫌いですわ!!」


 アリスが『アリーナ』内を駆け巡る程の大きな声で言った。

 アリスが嫌いになるのは最もだろう。

 なにも俺が冤罪で処刑された事が理由ではない。 俺を庇っただけで自分たちも罪の対象にされたのだ。

 そんな母親なんて、嫌いになって当然だ。


「あ、ああ……あああ……ごめんなさい……ごめんなさい…………わたくしはなんて事を……」


 その場で嗚咽をもらし、弱々しく「ごめんなさい」と延々と連呼し続けるアリアナ女王。

 その女王の姿に、再び『アリーナ』内に静寂が訪れた。


「ボンネット……〈防護壁シールド〉を解いてやれ」

「う、うん。〈解除アンロック〉」


 アリス達を守っていた半透明のシールドは無くなった。

 そして、一匹の甘ったるい香りを放つアリが一早く俺のところへ早歩きで向かってくる。それに続くように他の妹達も四方八方から俺のところへ歩き出す。


「カムイ兄様…………なんて……お姿に……ひぐっ、ごめんなさい……アリスにもっと力があれば……」


 そんなことはない、と言えば嘘になるが、アリスの行動や発言に俺の心は救われていた。その素直でへこたれない性格は、みなに元気を与える。

 現に、そんなアリスだからこそ俺は意地でも死なせたくないと思ったし、酷い事を言って遠ざけたりもした。

防護壁シールド〉が解除された瞬間、一目散に俺の元へ向かい泣いてくれたアリスが、健気で、純粋で、儚げで、愛おしく思えた。

 頭を……頭はだめか。背中を撫でてやりたいが、困ったことに足が無い。せめて一本でも残っていれば良かったのに。


 そして薄々気づいていたが――



 声が出せなかった。

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