第11話 禁断の擬人化


「カムイ兄さま……生きているのなら……何か言って下さいまし……」


 言いたいよ、ほんと。

 ラブリーマイエンジェルアリスたんって言ってやりたいよ?

 声出ねーんだって。

 おそらくさっきの処刑で声帯がやられたんだろう。

 うむ。取り敢えず何かしら反応は示そう。

 今残っている体の部位は……胴体と頭を除いて触覚だけか。一番やわそうなのになんで残ってるんだろう。やっぱアリにとって大事な部位だからかな。

 俺は頭上に力を込めて触覚を動かそうとしてみた。

 なにぶんアリになってから一回も触覚を動かした事なんて無かったからコツがよく分からん。

 だが、ピクッピクッと微小に動かす事は出来た。


「っ! カムイ兄さま!」


 アリスが俺の微かな触覚の動きに気づいたみたいだ。


「カムイお兄様。分かりますか? ルーミアですよ。あなたのルーミアです」

「お兄様。アリアです。今……手当を……手当をしますからね。手当を……うぅ……」


 手当の仕様がないんだよな、悲しい事に。

 こんな姿で生きるくらいなら、尚のこと死にたいな。

 だいたい頑丈過ぎるんだよ俺の体。大人しく粉砕されろってんだ。

 あ、そうだ。特異能力使えば治るんじゃねーのか?

 俺の場合望んだ特異能力が手に入るっぽい? し。

 

 よし。そうなればさっそく実行だ!


 「(治れ、俺の体)」



 ……………あれ?



 何も起こらない。

 あの機会音声は? 

 今までを思い返すと、『止まれ』と念じるか言葉にすれば時間が停止したし、『ぶっ壊すことが出来れば——』と念じた時は槍が全て粉砕した。

 ならば治れと念じて体が治ってもおかしくないじゃないか。


「ああ……可哀想なカムイお兄様。出来る事ならルーミアが代わってあげたいです」

「ア、アリスだってそうですわ!」

「私だってそうだ。このアリアはお兄様の為ならば——」


 なんか始まった。

 三匹のアリがなんか言い合ってる。

 そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ、なんというかすっごく重い!

 カムイに対しての信頼が重過ぎる。

 有賀歩にはちとキャパシティオーバーだよ。

 そもそも俺、有賀歩に対しての信頼ではなくカムイに対する信頼だもんな。ほんと申し訳なくなる。

 アリス達が「自分の方が」と言い合っているなか、大きなアリが動き出した。


「カムイ……ごめんなさい。私がした事はとても許されるものではありません。死をもって償いたいところですが、アリスがまだ未熟な今、私が死ぬわけにはいかないのです。なので別の形で償うつもりです。今はまず、カムイの体を治癒します。ほんとうに……生きていたのが救いでした。メリィ」


 メリィと思わしき小さなアリが、「はい」と言っててくてくと俺の側へ近づいてくる。

 

 そして、「〈治癒ピュアー〉」と言った。

 俺の体は緑の光に包まれ、足の付け根から今は無き黒く細い足が生えてきた。

 一本一本それは着実に生え、あっという間に六本全ての足が生え揃い昆虫としての、アリとしての見栄えになった。


 さらに、


「あ……ああ。声、出るな」


 声帯も復活した。

 すごいなこれ。日本で、いや世界レベルで役に立つ特異能力だよほんと。どれ程の人を救えることか。


「治癒、完了なのです」

「ありがとう。メリィ」


 メリィは特に言葉を返してくる訳ではなくしれっとした態度である。俺に興味というか関心がない。

 メリィは初めて会った時からキャラがブレないな。


「カムイ兄さまっ!」

「ちょ、うぉ!?」


 アリスが俺にのしかかってきた。

 ちなみにアリスは俺より少し大きい。女王アリは体長が大きくなる事は知っていたが、アリスが大人になった時もあの大きさになったらちょっと悲しい。てか引く。


「良かったですわ! ひぐっ……ほんどによがっだですわ! ひぐっ……」

「まったく、喋るか泣くかどっちかにしろよ」

「カムイお兄様! 私も大変心配していたんですよ!」

「うん。心配かけたな。ルーミア」

「アリアもですよ? どれほど……どれほど身が焼き切れる思いだったか。お兄様の処刑の通達が来た時は耳を疑いました。詳細は女王に対する謀反とだけ。それでもアリアは信じていました。これは何かの間違いだと」

「うん。ありがとう。アリア」


 愛されてるなぁカムイ。

 アリだけど、ほんと可愛いよな俺の妹達。男が欲しがる理想の妹の集団だ。なんども言うがアリだけど。

 もし人として生きていたら、『アリのすゝめ』という本を書きたい。全世界の人々にアリの素晴らしさを伝えたい。

 幼き頃はよくアリを潰していた。

「今楽にしてやるからな」とか言ってぷちぷちと潰していた。

 その時の俺をボコボコにぶん殴ってやりたい! お前はとんでもない事をしてるんだぞってな。


「もし、この子達が人間の女の子だったらな……」


 俺はぼそっと呟いた。

 だが、俺はアリだからこそ魅力があると思うんだ。返って想像力が働くというかね。そう。アリだからこそ可愛いん——


『〈擬人化ライパーソン〉ヲ取得。行使シマス』


 ……は?


 機械音声が聞こえると、目の前のアリ達が眩い白い光りで発光する。ついでに言うと俺もだ。

 光で包まれたその白のシルエットがゆっくりと変形し、見覚えのあるシルエットに変わっていく。

 それは、俺が18年間見てきたあの姿だ。


「ふぼっ、柔らか……いぃぃぃい!?」


 二つの大きく柔らかいモノが俺の顔にぎゅうっと押し付けられている。

 純白だがほんのりピンクに血が通っていて、くらくらするような甘い良い香りが鼻をくすぐる。


「お、お前、アリスなのか!?」

「アリスはアリスですわ」

「俺は?」

「カムイ兄さまですわ」


 とんでもない事が起こってしまった。 

 目の前にいる、俺を押し倒している銀髪巨乳美少女がアリス……だと? 確かに声はアリスだけど……黒くて足が六本あって触覚が二本あるアリのアリスはどこいったの!?


「どうしたのですかカムイお兄様。そんな信じられないようなものを見たような顔をして。ルーミア心配です」


 また美少女がおるぅ!

 巨乳で長い赤髪の大人っぽいお姉さんがおるよぉ! しかもルーミアとか言ったよぉ!


「あ、ああ。大丈夫だ、問題ない。お前らが可愛すぎて困惑してただけだ」

「まあ。カムイお兄様ったら」

「は、恥ずかしいですわ!」

「私は、か、可愛くなんてありません」


 ん? 誰だこの青髪ポニーテールの美人。

 でも雰囲気からして……


「お前、もしかして……アリア?」

「そう……ですけど。ま、まさか私のことを忘れたのですか!?」

「ち、違う違う! からかっただけだって。誰が忘れるかこんな可愛い妹!」

「ま、また可愛いって! アリア恥ずかしいくてどうにかなりそうです……」


 頬を赤くして両手で顔を覆うアリア。

 アリスとルーミアと違っても胸は控えめだが、凛々しい大人の雰囲気が溢れ出ている。

 出来る女上司って感じだ。


 「「「こんなアリアお姉様見たことない……」」」


 周りの妹達が声を揃えて言った。

 その妹達まで全員美少女というのだから何が何だか分からない。

 一つ特異点があるとすれば、人間体にも関わらず、その頭には黒の触覚が生えていることくらいか。

 だが可愛いことには変わりない。

 不思議なことに、寧ろそれが逆に可愛いさを増しているのだ。

 あーまずいな。突然の変化に頭がついていかない。

 あれ、意識が朦朧としてきた……。疲労か、それとも特異能力の代償なのか。それは分からない……が……


「カムイ兄さま!? どうしたのですか! しっかりして下さいませ!」

「……気を失っている。鼻血も出ているようだ。おそらく極度のストレスと疲労が積み重なっていたのだろう。至急お兄様を医務室へ運ぶのだ!」


「はいっ」と妹達は声を揃えて言った。


 彼女達は知らない。


 この男、カムイ兼有賀歩は極度のストレスや疲労で気絶した訳ではない。

 ただ、可愛すぎる妹達に興奮して気絶しただけであるということに。

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