転生したら最強のアリだった件
五巻マキ
プロローグ
悲しき前世の俺
今宵はクリスマスイヴ。空からは宝石の如くキラキラと輝く雪が舞い落ちる。
本来クリスマスとは、24日の夕方から25日の夕方までが正式に『クリスマス』とされ、イエス降誕を祝う神聖な日なのである。
一体、どれ程のキリスト教徒以外の人々がイエス降誕を真に祝っているのだろうか。
世の中のカップルは、この神聖なる夜を、性なる夜として過ごしている実情がある。勿論全てのカップルがそうという訳ではない。
だが現実には、大多数がそのようにして過ごしているのだ。
24日から25日の間を挟む、俗に言う性の6時間。午後21時から午前3時までの事を指すが、クリスマスは決してその様な不埒な事を起こす日では無いはずだ。
『性の6時間』と言われていることがそもそもおかしい。
何故、この聖なる夜であるイエス降誕祭に限ってカップルは事を起こすのか。
ネットで調べると、世界中のカップルがこの性の6時間に最も事を起こすと言われている。追記を見れば、 " 貴方の知り合いや友人ももれなくシています" と書かれているではないか。
もれなくとはなんなのだ。そんなもれなくは全くもってけしからん。
俺が何を言いたいのかをまとめる。
リア充爆発しろ。
ただこの一言である。
加えて言えば、彼女のいない童貞のただの愚痴である。
そして、クリスマスに難癖をつけているだけである。
悲しいことに。
俺はクリスマスだろうがなんだろうが、第一志望の難関大学を目指し、必死こいてカリカリと机に向かっているというのにどこもかしこもクリスマス一色に染まりやがって。
同期の予備校の連中の中にもクリスマスは勉強しないで彼氏彼女と過ごすとほざいている奴がいる。それも大多数だ。
お前らは受験をなめてるのか!?
1分いや、1秒でも多く机に向かった者が合格へと近づけるんだぞ!
なんたる傲慢、なんたる怠惰。
呆れて物も言える。いっぱい言える。クソが。
予備校の帰り道、煌びやかに彩られた商店街を虚しく一人で歩きながら、俺は世の悲惨な現状を心の中で嘆いていた。
『——通り魔殺人が発生しました。犯人は現在も——』
電気屋の前をふっと通り過ぎた時、店の前に設置された薄型液晶テレビからそんなニュースが流れた。
はんっ。世の中物騒だねぇ。
こんな日に犯行とは、犯人も余程クリスマスに不満を抱いているらしい。
俺は通り魔犯を否定的に捉える事は出来なかった。
まるで俺の鬱憤を代わりに晴らしてくれているようで。
商店街を抜け、路地に出た。
鬱陶しいクリスマスムードからの脱出だ。
道路を照らすのは白い街灯のみ。
落ち着きとともに、虚しさが残った。
道中電信柱に背中からもたれ掛かり、座り込んでいるサラリーマンがいた。かなり泥酔している様子だ。
上司に無理に呑まされたのか、それとも嫌な事を忘れたくてしこたま呑んだのかは分からないが、このサラリーマンを見ていると働きたくないなと思ってしまう。
「ふっ」
俺は良い職に就こうとして難関大学を目指しているというのに……笑えてくる。
俺は——どうしたい、どうなりたい。
青春を放棄して現在進行形で勉学に励んできた。
仮に俺の努力が実り、難関大学を卒業して良い職に就いたとしよう。
そこで待っているのは勿論労働だ。貴重な時間を費やしてまで得た職での労働だ。
それなりの給料で、家庭を持ったりして、それが幸せって奴の筈だ。
……そうだよ。今のままで良いんだよ。良いに決まってる。
頑張って勉強して、良い大学に入って、良い職に就く。
これが幸せに決まってるじゃないか。
いちいち周囲に苛立ちを覚えるのも馬鹿らしい。
泥酔しているサラリーマンを見て働きたくないなんて思うな。
俺は今のままで——
「うっ……!?」
えっ、痛い。
痛い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
なんだっ!? 何が起こった!? なんだこの激痛は!?
背中にドスッと鋭い衝撃を感じた。それから
それは声を上げることすら出来ない、もがく事も出来ない。
ただじっと動けず痛みと熱さを受け入れるだけ。
足先から力が抜けていき、自然にその場に顔面から倒れ込んだ。
顔面を強打した痛みよりもこの激痛の方が遥かに
敷き積もる雪が熱い体を冷やしていくが、それでも熱は冷めない。この煮え繰り返る様な熱は。
だんだんと力が抜けていく。出血が酷いのだろう。
ああ……やばい。意識が遠くなってきた。
サァーっと血の気が引いてどんどん冷たくなっていくのが自分でも分かる。
熱いのに冷たい。不思議な気分だ。
ザッザッザッザッ——
誰かが俺の横を走り抜けた。そして悟った。
俺は刺されたのか。
応援さえしてた通り魔にまさか自分が刺されるとはな。笑える。
刺されるのってこんなにも痛いなんて思わなかった。
ドラマや漫画では大袈裟に苦しんでいる描写なんて無いから、案外大した事ないと思ってた。
全然違った。大間違いだ。
刺されてどのくらいの時間が経ったかは分からないが、不思議な事に今は力が抜けて痛みをあまり感じない。それどころか身体中の感覚すら無くなっていた。
呆気なかったな俺の人生。
今のままで頑張ろうと決意した矢先にこれだよ。
でも、ある意味丁度良かったのかもしれない。死んだら残るは『無』のみだ。
何もない。
存在が消える。
現実からの解放。
何も悲観する必要なんてない。
勉強もしなくていいし、働かなくてもいい。
ある意味一種の幸せの形なのではないだろうか。
でも——
一つ悔いがあるとしたら、
本当は俺だってクリスマスを性なる夜として過ごしたかった。彼女いないけど……。
この切なすぎる心の叫びを最期として、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます