—忍び寄る影—
——数ヶ月前
□《北アジスト地区》森林奥地。
「なんだァ、お前らァこんなもんかァ?」
「くッ……タフな野郎だぜ」
女王アリアナのコロニーに誇る特異能力を持つ四匹の働きアリで構成された特殊異能部隊『アントリア』。
彼女たちは眼前に立ちはだかる白銀の身体に大鎌の手をしている
『アントリア』側の戦況は
いくら彼女たち『アントリア』が特異能力を持っているとはいえ、体格、体長、身体の強度で言えば相手の
一番のネックとなるのはやはりその体格差だろう。
『アントリア』はアリだ。その体長は一センチ〜三センチ。隊長のジェンヌだけがその中では一番大きく、しかし、それは二センチあるかないかといったところだった。
一方向こうは体長約十五センチはある。『アントリア』の体長の七倍以上はあるのだ。
「お前らとはァ、何度も
『アントリア』のメンバーは振り下ろされた大鎌の速度よりも速く、目にも留まらぬ速さで横に飛び、回避した。それは正に電光石火。消えたと錯覚するほどのスピードだ。
地面に突き刺さる白銀の大鎌。
振るった際に生じた風圧は飛ぶ斬撃となり、その先にある木々は次々に切断されていった。
「ちょこまかとォ、鬱陶しいんだよォ、お前らはよォ」
地面に突き刺さった自身の大鎌を引きぬきながら、言った。
「悪いな。それがあたしらの取り柄なもんでよ。そんじゃあ、今度はこっちから行くぜ!」
ジェンヌはボンネットに目配せをする。ボンネットはそれを見てコクリと頷いた。
「〈
ジェンヌが特異能力を発動し、空中に鋭利で細長い一本の槍が出現する。
それは瞬く間に分裂を始め、二本、三本とその数は増殖していく。
ものの数秒で空中に逆さの針山が出来上がった。太陽の日差しを遮る程の針山は圧倒的な威圧感を醸し出す。
針山を構成する一本一本の槍が一斉に横回転を始め、あたり一帯にキィィィィィーーンという甲高く不快なドリル音が響き渡った。
「〈
続いて、ボンネットが特異能力を発動すると、空を覆い尽くす程の針山からその甲高く不快なドリル音に負けじと被さる様にシュイーンという明るい効果音が二つ鳴る。
途端、針山はさらに横回転を始め、やがて無音になった。
最早横回転してるかどうかも分からない程の回転数。
「喰らえッ! 〈
ボンネットの特異能力、【支援の極み】により、針山は回転の速度を上げるだけではなく射撃速度も桁違いに底上げされている。
加え、その衝突威力、貫通力も桁違いだ。
針山は一斉に
「……甘いんだよォッ!!」
その遠心力により風圧が生まれ、槍はその生み出された風圧により次々に弾かれた。
全ての槍が風圧により弾かれ、針山によって隠れていた太陽が再び顔を出す。
しかし、異変がある。
その巨体が若干フラついているのだ。
足元がおぼつかず、「あァ……あァ……」と声を漏らしている。
「今なのっ!」
クラリネットが叫ぶ。
後方にいるクラリネットの声を聞き、ジェンヌが「〈
空中に一本の鋭利な太い槍が出現する。それは横回転を始め、キィィィィィーーンと甲高く不快なドリル音を発した。
そのたったの一本の太い槍に対し、ボンネットが〈
太い槍は瞬く間に無音になった。
「〈
太い槍は猛スピードで射出された。
その向かう先は勿論、
そして、太い槍は
カキィィィィィィン!!!
太い槍が
振り返るスピードもさることながら、その反射神経は常軌を逸している。
「だからなァ、甘いって言ってんだよォ。俺の
「クソっ、バケモノめ」
針山を囮にした槍で
現状、明確な戦闘が出来るのはジェンヌただ一匹。
ボンネットによる支援、クラリネットの指示を駆使し行った作戦が通用しなかった。
巨体に強靭な白銀の表皮、そして常軌を逸した反応速度。
「遅くなった。私も参戦する」
一匹の黒いアリが早歩きで駆けつけた。
「アリア姉! どうしてここに? コロニーで待機命令の筈じゃなかったのか?」
「女王様から私も出撃するよう仰せつかった。何やら嫌な予感がするとのことだ」
「……女王が言うなら、それはよっぽどのことだな」
アリアはアリアナ女王の次女である。しかし、『アントリア』のように特異能力は持っていない。
だが、特異能力に引きを取らないポテンシャルとパワーをその身に宿している。
「見たところ、大分苦戦してるようだな」
アリアは周りを見渡し、大量の槍の残骸や切断された木々、荒れた大地を見た。
「
「オォォ、アリアじゃァねえかよォ。……グフフフフ……お前に受けたこの腹の傷がァ、疼くぜェ、なァ、おいィ」
白銀の鋼の身体に、一つだけ傷があるのだ。
腹部の一点に、小さな窪みが。
「はっ、嘘をつけ。貴様にとっては大した傷でもなかろう」
それを聞いてか
事実、傷として跡に残ったが、
ボンネットの〈
支援込みでアリが跳躍出来る限界が、せいぜい
「おしゃべりは終わりだァ。かかって来いィ。そしてェ、大人しく俺に喰われろォ!!」
ボンネットは素早く〈
全員が大鎌を高速で交わし、体制を立て直す。
クラリネット、メリィ、ボンネットは後方へ、ジェンヌ、アリアは前方へとその身を
アリアは後方にいるボンネットとアイコンタクトをとり、ボンネットはコクリと頷く。
「〈
ボンネットはアリアに【支援の極み】による支援能力をかけた。
アリアの体からはシュイーンと二つ明るい効果音が鳴る。
ここでジェンヌが動く。
「〈
空中に一粒の石が出現した。
なんの変哲もない。どこにでもあるただの石だ。
それは二つ三つと次々に増殖していく。
あっという間に、空を覆い尽くす程の数となった石。それは一つずつ粉砕し始めた。細かく、粗々しく、元々小粒だった石がさらに小さい小粒となっていく。
「〈
ボンネットが頭上にある数多の石を確認すると、アリ一匹一匹に〈
アリアは高速の動きで
ここまで約3秒。
恐ろしい程素早く、迅速な連携だ。
「〈
空を覆い尽くす程の小粒な石の数々は、豪雨の如く、ザーザーと
「グフフフフ。避けるまでもねェ」
あろうことか、
キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン
数多の石による
「アァ、鬱陶しいなァ……っ!? ウァ、アァァッ!! イテェェェ!!!」
余裕の態度を見せていた
目を瞑り、大鎌をめちゃくちゃに振り回している。
それにより豪雨の様に振り続く石粒は弾き飛ばされたが依然として
「必殺目潰しだ。ざまー見やがれ」
ジェンヌは後退し
ジェンヌの〈
ボンネットの〈
「はぁぁッ!」
目にも留まらぬ高速の動きで
どこからともなく現れたその黒い影は、声を上げながら白銀の巨体へ衝突した。
ガギィィン!
鈍い金属音が響く。
黒い影は
「うォ……ッ! おおォ!?」
その白銀の巨体は
「うっ……相変わらず硬いな……」
アリアが右前脚で頭部を押さえ、
「大丈夫かアリア姉!!」
ジェンヌがアリアへ駆け寄る。
「あ、ああ……。ボンネットの〈
「それは良かったけどよ……メリィ、頼む」
「了解なのです。〈
後方から、メリィがアリアに〈
柔らかな緑光がアリアを包み込み、やがて緑光は収まっていく。
「治癒、完了なのです」
「ありがとう。メリィ」
アリアはその場でトンっトンっと小さくジャンプし、首を回し、体のどこにも異常がないことを確認した。
「残念だがまだこいつは生きている。そうだろ、クラリネット」
「……そうなの。そして今回も、私たちは撤退するの」
「本当かクラリネット!? ここまで追い込んで撤退するってのか!!」
「そうなるの」
ジェンヌはチッと舌打ちを打ち、目の前に倒れふす
クラリネットが言うからには、それは本当にそうなるということだ。彼女の〈
撤退命令を出すことが出来るのは『アントリア』のリーダーであるジェンヌだ。未来で自分が撤退命令を出したという事実もまた、堪え難いものであったのだ。
「あら、あの子たち、今度は勝つんじゃない?」
「ほんとね。今までの中じゃ一番追い込んだんじゃないかしら」
「いやいや、分かんないよ? どうせ
『アントリア』と
「またあいつらか」
ほんの一瞬、ジェンヌはシロアリに方へ視線を飛ばしチッと舌打ちする。そしてすぐに
尚もシロアリは話し続ける。
「ねえねえ、もしかして『アントリア』って案外大したことないんじゃない? 確かに特異能力は強力だけど、圧倒的って程じゃないわよね」
「分かるぅ〜。自信過剰なのよね〜。しかも最近調子乗り始めてるからね、あの子たち。わざわざ他の虫たちを助けたりしてさ、偽善者ぶってんじゃないって〜の」
「ちょっと、聞こえるわよ」
「いいのよべつに。あの子たちは天下の『アントリア』様なんだから、気にも止めてないわよ」
甲高い笑い声が響く。
「……今のうちにトドメを刺す。〈
空中に一本の太い槍が出現した。
それは高速で回転を始め、キィィィィィーーンというドリル音が辺り一帯に響き渡る。
ジェンヌはボンネットに目配せした。
ボンネットはコクリと頷き、
「〈
「あのクラリネットって子いるじゃん?」
あるシロアリの声に、ボンネットが止まった。
「あーいるね。いつも後方で突っ立ってる子でしょ? 」
「そうそう、その子その子」
「お、おい! ボンネット! 何をしてやがんだ! 早くしろ!」
ジェンヌは怒声をあげ、支援をするよう促すがボンネットは依然何もしない。
「いつも離れたところで突っ立てて、何してるんだろうね。邪魔でしょあいつ。メリィは回復とか出来るから分かるんだけどね」
「なんであの子が『アントリア』なんだろう」
「アリアが『アントリア』ならまだ分かるけどね、クラリネットは……ねぇ?
きゃははっ」
シロアリ達が甲高い笑い声をあげ、尚も話し続けていた。
ボンネットがジェンヌに支援をかけずに固まっているうちに、
「チッ、起き上がっちまったじゃねーか!!」
「グフ……グフフ。おいおいおいィ……。あいつらにィ、馬鹿にされてるぜェ、お前らァ」
起き上がった
怯ませることは出来ても決定打にはならない。その強靭な体は伊達ではなかった。
やはり、
最後のトドメをアリアではなくジェンヌが行おうとしたのは、速度、貫通力において〈
そのためにはボンネットの〈
想定外だった。
「くだらない。言わせておけばいい」
ジェンヌはくだらないとばかりに微笑を浮かべる。それより今はボンネットだ。何故支援をしなかった。
「そうかァ?」
「グフフフフ」と薄気味悪い声で笑う。
「だけどよォ、お前のお仲間さんはよォ、そうじゃないみたいだぞォ?」
またも「グフフフフ」と薄気味の悪い声で笑った。
そして、
「何馬鹿なこと言ってんだ。そんな訳………」
ジェンヌは後ろを振り返った。そこにはクラリネットとメリィがいる。だがしかしボンネットだけがいなかった。
「お、おい……ボンネットは何処だ!?」
ジェンヌは慌てて触覚に意識を向ける。
触覚でボンネットのフェロモンを探知するより先に、「キャーーーッ」という甲高い声が複数上がった。その声の出元に視線を送れば、シロアリたちが観戦していた茂みに一匹の黒いアリがいた。
——ボンネットだった。
そしてボンネットの足元には、白く細長い脚が何本も千切れ落ちており、胴体だけとなった瀕死の状態のシロアリたちが無残に倒れ伏していた。
「〈
メリィが咄嗟にシロアリたちに〈
するとみるみる内にシロアリたちの身体は柔らかな緑光に包まれ、千切れた脚は元どおりになった。
治癒されたシロアリたちは眼前に佇むボンネットを見てお互いに身を寄せ合いガタガタと震えている。
「君たち……二度とクラリネットを馬鹿にするな! 次はこうも生易しくはないよ、ボクは」
そう言うと、シロアリたちは脇目も振らず、その場から早歩きで駆け出した。
何もなかったかのようにボンネットは戦線に復帰した。
「ごめんね。ちょっと邪魔者を追い出していたよ」
平然と言うボンネットに対し、ジェンヌは呆然とした。
それは、何のためらいもなく戦線から離脱し、その上シロアリを蹂躙したことも理由の内だが、その平然とした何事もなかったかのように振る舞う彼女の態度に呆気に取られたのだ。それは、恐怖でもあった。
「ボンネット…………後で話しがある」
「……ん? 分かったよ。それじゃあまずはこいつを倒さなきゃね!」
「いや、撤退する」
「えっ? なんでさ?」
「これは隊長命令だ。私は女王に『アントリア』の指揮を任されてんだよ。いいから黙って言うことを聞け」
「う、うん……分かったよ」
不思議そうな顔をして自分のことを見ているボンネットに思うところはあるが、ジェンヌは
「また今度お前を倒してやるよ。覚悟しとけ」
「何度目の名詞だァそりゃァ。そうやってよォ、お前らはいつも逃げやがってよォ。今日こそはァ、お前らを喰うと決めてんだよォ、俺はよォ!!」
爆発の様な大きくけたましい声で叫ぶと、
ボンネットが発動した〈
「じゃあな、デカぶつ」
「次は必ず仕留めるよ」
「なのです」
「なの」
そう言って、『アントリア』はこの場から立ち去った。
『アントリア』は小さい。しかし、【支援の極み】により速く、そしてパワーがある。
そんな彼女ら『アントリア』に
なんとかしてあいつらを喰いたい。あいつらにはそれ程の価値がある。
しかし、今の
「んだよォ、毎度毎度逃げやがってよォ」
「お困りのようですね」
「あァ? なんだァ?」
「あなたに、良い事を教えましょう」
「良い事だァ?」
「はい。良い事です」
雄は「ふふふ」と小さく笑う。
「あなたは、『アントリア』を喰べたいのでしょう? でしたら《南カラスト地区》へ、今から指定する日時に向かって下さい。その日、彼女たちは食糧遠征に向かいます」
「本当かァ? 嘘だったらお前も喰うぞォ?」
「本当ですよ。そもそも、あなたは自分の地区の虫は喰い飽きたところではありませんか? ならば、この話に一興を投じてみてもいいのでは?」
「……確かになァ。食い飽きてるんだよなァ、最近よォ。お前がどこの誰だか知らねえがよォ、その話ィ、仕方ねえから乗ってやるよォ」
「では、日時を教えます。今から丁度——」
とある雄は
「——それでは、また、何処かで」
雄は「ふふふ」と笑うと、それから一切、声がしなくなった。
酷く荒れた戦闘現場に静寂が訪れる。
数えきれない程の槍の残骸、切断された木々、平面が一つ足りともない砕けた足場の悪い地面。荒々しい光景だった。
「ふふふ」
雄の小さな笑い声が、この惨状を楽しむかのように、小さく、囁かれた。
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