第14話 魂の鉄拳


「なぁアリアー。これどこまで歩くの」

「あともう少しですよ」


 鬱蒼としたジャングルの中を俺たち第六遠征隊はただひたすらに南へ進む。

 今回の目的地である《南カラスト地区》は、比較的穏やかな虫が多く生息しているようだ。

 何かあったら『アントリア』が救援に向かうという条件で、食糧を定期的に分けて貰っているらしい。


「ほんとに大丈夫なのかこの人数で」

「大丈夫ですよ。ここらの外敵バリアーは私たちでも簡単に倒せます」

「世間ではそれをフラグと言うんだが」


 不安だ。さっきからヤケに静かだし、嵐の前の静けさって奴か?

 そういえば、今俺の〈擬人化ライパーソン〉によってアリア達は人の形をしているわけだが、他の虫達はどうなっているんだろう。さっき見た翼竜や陸上動物は人の形をしていなかった。効果の範囲は虫だけと言うことか?


「っ!? ……来る!」


 アリアが素早い動きで身構えた。それに習うように妹たちも戦闘態勢をとった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


「な、なんだ!?」


 突如鳴り響く地鳴り、揺れる地面。静かだったジャングルから生物の鳴き声が四方八方へと散らばっていった。

 ドシンドシンと豪快な音を立てながら茂みから現れた生物、否、怪物。こいつは……


「何故……何故貴様がこのエリアにいる! お前の住処は《北アジスト地区》だろう!」

「うるせえなァ。オレはなァ、腹ァ減ってんだよォ。あそこのはもうォ喰いあきちまったんだよォ」


 爆弾の様な体に響くデカイ声で言う怪物。

 アリアの蒼白した顔を見ればこいつがどれ程ヤバイ奴か分かる。

 それにしても——


「でっけぇカマキリだなぁ」

「あァ? 誰だァお前はァ」


 ギロッと上から眼光を飛ばす巨大カマキリ。後ろからヒィッと妹達が怯える声が聞こえる。

 妹達を怖がらせるとは頂けんなあ。


「あ、ども。俺は特殊異能部隊『アントリア』のカムイって言います」


 何回も殺されかけたお陰か、こんな直面でも冷静さを保てるようになってしまった。

 巨大カマキリはジッと俺を見ると、その鋭い眼光をアリアへと向けた。

 人に誰だァとか聞いといてスルーかよ!


「お前らはァ、貧弱な雄アリを隊に入れてんのかァ? アリアナのところはもうお終いだなァ。俺に喰われてなァ」

「くっ、好き勝手言ってくれる!」


 アリアが奥歯をぐっと噛み締めた。

 背後にいる妹達は身を寄せ合い、ぶるぶると震えている。

 うーん、この状況をなんとかしないとな。


「アリア、あれが例の外敵バリアーなのか?」

「……そうです。それも大型外敵種グランデエネミー。私と『アントリア』でようやくどうにか出来るか出来ないかといった相手です」

「とどのつまり?」

「残念ながら……万事休すです」


 嘘だろ……。あの『アントリア』の力を持ってしても完封出来ないのか。

 大体の外敵バリアーはジェンヌが一人で片付けてしまうと前に聞いていたが、この大型外敵種グランデエネミーは一人では到底敵う相手ではないらしい。


「ましな奴ァ、お前だけのようだなァ、アリアァ。やっとお前らを喰うことがァ、出来るなァ」

「くそッ! ここまでか……」


 巨大カマキリの体は全身白銀のウロコの様なもので表面を覆っていた。俺の知っている緑色のカマキリとは明らかに違う。

 巨大カマキリは、その緑ではない見るからに強靭そうな白銀の鋭利な巨大な鎌を構えた。あれを振るったら胴体なんて容易に切断できるだろう。


「アリア、あいつに弱点はあるか?」

「弱点……ですか? 弱点はうなじです。ですが、到底私たちの力では隙を突けません。そもそも、うなじすらも届かないのです」


 ほうほう。うなじね。

 まあ確かにこの身長差じゃ届くわけないよな。

 ここにボンネットが居れば【支援の極み】で跳躍力とかその辺を向上出来たろうが、残念ながら今あいつはここにいない。

【創造】で遠距離から攻撃ができるジェンヌもいないし、【探知の極み】で隙を探ることの出来るクラリネットもいない。

 万事休すと言ってもおかしくはない状況だ。


「仮にアリアがうなじに到達したとして、そこで蹴るか殴るかした場合さ、倒せる?」

「え? は、はい。おそらく確実に倒すことが出来るでしょう」


 え、倒せんだ……。まあいい、それが本当なら多分……いけるな。俺の考え通りに行けば。

 だって、あーしてこーして、ズガンとやればいい訳だろ?

 この作戦を遂行するにはまずアリア以外の妹達の避難をしなければ。


「みんな。俺が合図したら一目散にここから離れるんだ。いいな?」

「……わかりました。でも、カムイお兄様は?」

「まさか……! カムイお兄様だけここに残るなんて、言いません……よね?」

「カムイお兄様が残るなら、私たちも共に残ります!」

「うん。気持ちは嬉しい。だけどそれは駄目だ。大丈夫。俺にはちゃんと考えがあるから。勝機だってある。今は俺の言うことを聞いてくれ」


 真面目な顔&トーンで言ったが、妹達は不安そうな表情を拭えていなかった。

 困ったなぁ。


「何をォ、ごちゃごちゃァ、言っていやがるゥ!」


 今にも俺達を喰う気満々な巨大カマキリが苛立っている。もう時間の問題か。


「よし、分かった。俺の言うことを聞いてくれたらなんでも一つ、みんなの言うことを聞いちゃうぞー!」


 その瞬間、明らかに妹達の目つきが変わった。


「分かりました」

「カムイお兄様。男に二言はありませんからね?」

「嘘ついたら石千個飲ませますからね」

「お、おぅ。じゃあ頼んだぞ」


 なんだ、こいつらのギラギラに光ったその目は。巨大カマキリの眼光に引きを取らないぞ。


「よし、これで安心だ。さてアリア、ちょっとごめんな」

「お、お兄様!?」


 俺はアリスを抱え、巨大カマキリへ向かって走った。決して二人で死にに行くわけではない。


「なんだァ、死ににきたのかァ?」


 巨大カマキリはその銀色の鎌を振り上げる。


「今だ!」


 俺の一声でアリアを除く29名の妹達は一斉にこの場所から駆け出し、完全に視界から消えた。


「逃すかァ!」


 俺とアリアをそっちのけで、巨大カマキリはこの場から退散した妹達を追おうとした。だがそうはさせない。


「〈時間停止タイムアップ〉!」


『〈時間停止タイムアップ〉ヲ行使シマス』


 鎌がピタっと静止した。この不自然な現象を見るに〈時間停止タイムアップ〉は成功したみたいだ。

 実は〈時間停止タイムアップ〉には明確なリミットがあることが判明している。早く次の行動に移そう。

 俺は動きが止まった巨大カマキリの背後に回った。


「〈自由飛行エアライド〉」


『〈自由飛行エアライド〉ヲ行使シマス』


 機械音声が頭の中で流れ終わったのと同時に、体に浮遊感が訪れた。

 コロニーでの生活が暇すぎていくつか特異能力を取得してみた。その内の一つが〈自由飛行エアライド〉だ。

 コロニーの中を浮遊したまま移動出来たら楽だろうなと思った時に、この特異能力が発動した。

 だが、現実はそう甘くはなかった。この〈自由飛行エアライド〉という特異能力は扱いが非常に難しかった。上手く飛ぶことが出来ずあっちこっちに吹っ飛んだ。

 そして、努力の末に垂直になら自由に飛べるようになったのだ。


「よし、ここでいいな」


 ヒューと俺の体はあっという間に巨大カマキリの頭頂部にまで来た。

 さて、そろそろかな。


「あァ? どこいったァ?」


 時が動き出し巨大カマキリが再び動きだした。だが、どうやら目標を見失い困惑しているようだ。


「え!? と、飛んでる!? ここはどこ!?」

「落ち着け、巨大カマキリの真後ろだ。さあ、うなじへの攻撃お願いします。ちゃんと受け止めるから会心の一撃を頼むぜ」

「え? え!? わ、分かりました」


 アリアは今だ混乱中のようだが、それでもやってもらうしかない。

 俺は有無を言わさず巨大カマキリのうなじへ目掛けてアリアを放った。

 アリアはヒューっとうなじへ向かい落下する。落下の最中、アリアは腕を引き左手をうなじへと向けた。


「はああッ!!」


 パァンッ、とうなじにアリアの鉄拳が入った。ただの鉄拳ではない。後ろで浮遊している俺が揺らぐ程の風圧を伴った鉄拳だった。


「あ゛あ゛あ゛ァ!!!」


 巨大カマキリは叫び声を上げて、フラフラと体を前後に揺らしている。

 やがて力が抜けた様にドスンと地面に倒れこみ、辺り一面は土煙に覆われた。

 おっと、アリアをキャッチしなきゃ。


「いよっと。おつかれ、アリア」

「ありがとう……ございます」


 アリアを抱えゆっくりと地面に着地した。

 しかし、アリアのあの力はどこから来るんだ? あの細い腕からは到底ありえないパワーだった。


「無事倒せたはいいが、こいつ、どうすんの?」


 いつ起き上がるか分からない。暴れだしたりしたら大変だ。


「見たところ絶命していますので、コロニーにお持ち帰りです。遠征の手間が省けましたね!」

「あ、死んでんのねこいつ。なら安心だ……っておい。お持ち帰り? まさかとは思うが、これ……喰う気?」

「そうですけど……? 大型外敵種グランデエネミーですので、暫くは食糧遠征はしなくても良さそうですね」

「なん……だと……?」


 アリアに「何を言ってるんですか?」 みたいな顔で淡々と言われたんだけど!?

 喰うのか? 本当に喰うのかこれを。カマキリだぞ? 美味い訳ないだろ。

 昆虫生食なんてサバイバーなこと俺には出来ないししたくない!


「いや、ほらさ、そもそもこんな大きいの俺たちじゃ運べないだろ」

「これくらいだったら……あ、来ましたね」


 退散した第六遠征隊がぞろぞろと姿を現した。


「本当に倒してしまうなんて……」

「すごいですカムイお兄様!!」

「いや倒したのアリアな」


 俺はただアリアを運送しただけ。ほんとなんなんだあの力。アリアは特異能力を持っていないとのことだが、それでは説明がつかない力だ。


「さすがアリアお姉様です!!」

「私もアリアお姉様のように強くなりたいです!!」


 矛先がアリアへと向かった。


「すごかったんだぞ? はぁぁッ! って外敵バリアーのうなじに一撃だよ。はぁぁッ! ってさ」

「私もアリアお姉さまの闘うお姿にはいつも惚れ惚れしてしまいます」

「憧れですっ!」

「俺も練習してみようかな。はぁぁッ! って」


 プルプルと体を揺らし顔を真っ赤にしたアリアが、何故か腕を引いて俺に左手を向けた。

 嫌な予感がする。


「お兄様のバカぁ!!」

「ぐへぇ!」


 その魂の鉄拳は俺の腹部にめり込み,そして吹っ飛んだ。 

 なまじ俺の体が頑丈な所為で気絶こそしていないが、体の内側から全身に衝撃波が広がり一瞬意識が飛びそうになった。なんなんだよこの鉄拳は。


「……はっ! も、申し訳ございません! つい感情的になって、私はなんてことを……」

「へ、へへ。良いパンチ……だったぜ……」


 俺は心に誓った。

 もう二度と、絶対に、アリアをからかわないと。そしてそのからかい分はアリスとクラリネットに費やすと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る