二章 『出撃! アントリア!』

第13話 外の世界


「第六遠征隊、これより食糧調達のため《南カラスト地区》へ向かう。外敵バリアーはいつどこで襲撃してくるか分からない。常に注意深く周囲に気を貼るように!」


「はい!」と、アリアの指示に第六遠征隊のメンバーがハキハキと返事をする。

 通常遠征には三十名から百名までの人数で構成されるらしい。今回はアリアを筆頭に三十人のメンバーでの遠征だ。


「なあなあ、『アントリア』が護衛とかしなくても大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。アリア姉がいるんだ。クソ兄が心配するこたねぇよ」


 目の前にいる、長い金髪でモデルのような抜群のスタイルの女性——『アントリア』のリーダーであるジェンヌが自信ありげに言った。

 彼女は【創造】という特異能力を持ちあらゆる物質を生み出し操作することが出来る。

 ジェンヌは見るからに女騎士といった風貌で、男勝りな口調には似合わない気品がある。


「大丈夫って……アリアは特異能力がないんだろ? 危ないんじゃないのか?」

「何言ってんだよクソ兄。アリア姉の近接格闘術はコロニー内でダントツだぜ? ここら一体の外敵バリアーじゃ歯もたたないだろうさ」

「えっ!? アリアってそんな強いの!?」

「強いってもんじゃねぇぞ、あれは」


 意外だ。今までそんな素振り一切見せなかったからな。

 しかし、今思えば今までも働きアリがこうして遠征をして食料や物資を運んでいたわけだし、それも外敵バリアーとやらがいる外でだ。もしかしてみんなある程度は強いのか?


「ずっと気になってたんだが、クソ兄、物忘れが激しくないか? コロニー内で話題になってるぞ?」

「マジ? 老化かもなぁ」

「その口調もだ。前とは明らかに違うぞ」

「あ、あんま意識した事なかったなぁ……」


 ジェンヌは怪しむように、ジト目で俺のことを見る。

 カムイの素性は知ってるけど口調とかは一切知らない。知る由もなかった。


「自分のこと僕って言ってたじゃねぇか」

「…………」


 僕だったのか! でも今更僕に直すのもな。人間だった時、僕なんて一人称使ったことなんてない。


「……まあいい。物忘れが激しかろうが、口調が変わろうが、クソ兄はクソ兄だもんな!」


 快活に笑うジェンヌ。

 その笑顔は、太陽のように明るく、こっちまで引きつられて口角が上がりそうになる。


「ところでさ、ジェンヌに頼みがあるんだけどいいかな?」

「ん? なんだ言ってみろ」

「この食料調達の遠征なんだけどさ……」


 ジェンヌに俺も遠征に連れて行ってくれとお願いしたら即却下された。「だめだ」の一点張りである。


 却下の理由は三つ。


 一つは『アリアナ女王の許可がない』。

 行動には必ずアリアナ女王の許可が必要となる。それは母と子であっても、王とその配下という関係は揺るがない。

 アリは女王がいなければコロニーも形成出来ず、終わる。女王とは重要な立ち位置を占めているのだ。

 そのため、アリアナ女王の指示、命令は絶対に遵守しなければならない。それがどんな命令であってもだ。先の処刑がいい例だろう。

 そして二つ目は、『『アントリア』だから』。

 コロニーが外敵バリアーによって襲撃された時に『アントリア』は一人でも多い方が良い。

 女王とコロニーを、最優先に守らなくてはならない。俺が『アントリア』に任命された以上、これに従わないといけないとの事。

 そして三つ目の理由が、『万が一死なれてしまった場合、コロニーの指揮が劇的に落ちる。それも復興不可能な程に』とのこと。

 カムイはこのコロニーにおいて絶大な信頼を得ている。慕ってくれている子も多い。

 アリアナ女王がカムイに責任を感じている今、死なれてしまったら……との事らしい。

 一通りジェンヌの話を聞き終えた俺は、それならばと『王室』に直接赴く事にした。直談判を行うためだ。

 話を聞く限りは、要はアリアナ女王が許可を出せば万事解決みたいだしな。

 そして『王室』の戸をノックし、中から「どうぞ」とアリアナ女王の声が聞こえた。

 

 俺は部屋へ入り、


「俺も遠征に行きたいんだけど」


 余計な言い訳をせずに、ど直球に俺の要望をそのまま伝えた。

 アリアナ女王はしばし黙り込んだ後、そっと口を開く。


「……いくらカムイの頼みであっても……了承出来ません。なぜなら——」


 アリアナ女王もジェンヌと同じような理由を述べて、了承してくれなかった。


 ——この段階では


「母さん……」

「ひゃっ!? か、カムイ!?」


 俺はアリアナ女王に抱きつき、その胸に顔を埋めた。余談ではあるがめっちゃ良い匂いする。しかも柔らかい。


「お願いだよ……母さん……」


 訴えかける様にさらに強く抱きしめる。


「カムイ……でも……わたくしは心配で……」


 アリアナ女王は眉を下げ、心配そうに俺を見る。目元にはうるうると涙を溜めていた。


 そんなアリアナ女王に俺は、


「母さんっ!」


 さらにギュッと抱きしめ、トドメの一撃を与えた。


「あぅ……甘えんぼさんですねカムイは……うふふ」


 そう言って俺のことをそっと抱きしめ返し、頭をやさしく撫でてくるアリアナ女王。

 身体の至る所が柔らかくて、しかも良い匂いで、背が高いから、包容力が半端ない。やばい、ダメになりそう。

 ……はっ! 俺にはカルマという可愛い弟が……おとうとが……。


「……仕方ありませんね。こんな甘えんぼさんなカムイに免じて、了承しましょう!」


 慈愛に満ちた笑顔で、俺にすりすりと頬ずりをするアリアナ女王。ほんとダメになるからヤメテ。

 しかし、やはりアリスの母といったところか。

 心配になるレベルで絶望的にチョロい。


「じゃあ、行ってくるよ。ありがと母さん」

「くれぐれも気をつけるのですよ? 何かあったらすぐに撤退して下さいね? それから」

「分かってるよ。母さん」

「カムイ……」


 このままだと、いつまでも心配事を言いそうだからそれを俺は制す。

 アリアナ女王はひたすら強く俺の事を抱きしめると、名残惜しそうに、そっとその腕を解いた。

 俺は『王室』を出て、第六遠征隊が控えているジェンヌの所へ向かった。

 ジェンヌが俺の顔を見て「おっ?」と反応を示す。


「どうだった? だめだっただろう」

「オーケー貰いましたっ☆」

「なんだとっ!?」


 口をぽかんと開き、ジェンヌは俺を見て固まっている。

 鉄の掟と言っても過言ではないルールをその立案者が破っていくスタイルだったのだ。そりゃ『アントリア』のリーダーとしては信じられない事だろう。

 一応ジェンヌには、アリアナ女王が息子の抱擁一つで了承してくれた事は黙っておく。


「と、いう訳だから、俺も遠征に加わりまーす」

「母さんは何をやってるんだよ……。はぁ……分かった。女王陛下が承認したのなら問題はねぇ」


 呆れたようにため息を一つ吐き、やれやれと手でジェスチャーする。


「んじゃ、行ってくる」

「ちょっと待て」

「ん? 今度は何?」


 ジェンヌに背を向け、第六遠征隊の列に加わろうと思い踵を返したところでジェンヌが待ったの声をかけた。


「くれぐれも……気をつけてくれよ」


 不安そうな、我が子を初めてのおつかいに行かせる母親のような顔で言った。

 俺は何だかおかしくて「ふっ」と笑ってから、


「分かってるよ、ジェンヌ」


 俺はキメ顔でそう言った。


「……そうか」


 俺の言葉とキメ顔を見てか、ジェンヌは安堵の笑みを浮かべた。

 

 ジェンヌは良い子ちゃんだからな。態度とは裏腹に……という奴だ。

 そして、俺は第六遠征隊の列に加わり、アリになってから始めてコロニーの外へ出た。



 ♦︎ ♦︎ ♦︎



「カムイお兄様と一緒に遠征なんて、私、嬉しいですっ!」

「あたしもです! でも、何故カムイお兄様も遠征に?」

「それはだな、お前たちのことが心配だったからだよ」

「カムイお兄様はお優しいです!」

「感激です! ぜひ守ってくださいっ!」


 それも理由の一つではあるが、本当の理由は別にある。俺がわざわざ遠征に付いて行こうと思った理由が。その理由は至って単純。

 外へ出てみたかった。

 アリになった時からずっと気になっていた。

 外がどうなっているのか。俺が人間として生きていた世界——地球なのか。それとも——異世界なのか。

 そしてコロニーを出た先に広がっていた光景を見て、俺は確信した。


「異世界だなこりゃ」


 眼下に広がる光景は、それはそれは壮大なものだった。

 見渡す限りのジャングル。空は至って普通の青空だが、異常にデカイ三日月がくっきりと見える。そしてプテラノドンのような翼竜が空を飛び交い、咆哮を上げ、謎の陸上動物が地を駆け回り、『野性』を一目に感じる、そんな印象を金属バットで殴られたような衝撃のように体感した。


「あの……アリアさん? いつもこんなところで活動してらっしゃるのですか?」

「そう……ですけど。どうしたのですか? まるで外へ出るのが初めてのような言い方でしたけど。お兄様も外へ出た事があるじゃありませんか。幼き頃、私と一緒に勝手にコロニーを抜け出して……あの時はこっぴどく女王陛下に怒られましたね」


「ふふっ」と微笑するアリア。

 なんだ、聖人君主カムイでも子どもの頃はそれなりにやんちゃしてたのか。

 ん? でも今の話だとカムイが外へ出たのは子どもの頃だけという事なのか? 雄アリに働きアリはいないから、必然的にカムイはずっとコロニーにいたのかも。

 妹たちが苦労して取ってきた餌を貰い、雨風しのげるコロニー内でずっと……


「カムイただのニートじゃん」

「ニート?」

「ああいや、なんでもない。しっかしそんな事もあったなぁ」


 知らない。


「そもそも、私の事を連れ出したのはお兄様ですよ? まったくもう」

「そうだっけか?」


 そんな事を言いつつも嬉しそうに話すアリア。

 ふと後ろから強い気配を感じ、「外敵バリアーか!?」と思い振り返ると、総勢二十九名の妹達が俺のことをジト目で見ていた。


「え、な、なに?」

「別に、なんでもありません」

「どうかお気になさらず」


 おいおいなんだなんだ!? みんなツンツンしてるぞ!? さっきまでのキャピキャピした感じはどうしたんだ!?


「お前たち、お兄様に向かってその態度はなんだ!」


 すかさずアリアが第六遠征隊に喝を入れた。別に怒らなくてもいいのに。


「だって……」と、第六遠征隊のみんなが口ごもる。そしてまたも俺のことをジト目で見てきた。


「カムイお兄様、こちらに来てくれませんか? お話がしたいのですが」


 列の中央で俺の名を呼ぶ妹が一人いた。するとたちまち「私も」「あたしも」と声が上がっていく。


「なっ!? お、お前たち!」


「アリアお姉様ばかりずるいです。私達だってカムイお兄様とお話がしたいんです」


 今度は「そうだそうだ」と声が上がっていく。なんだろう、選挙の演説みたいだ。

 俺としては全然ウェルカムだし、ノーを選択する理由もない。


「ああ良いよ。初めからそう言ってくれれば良かったのに」

「お兄様! そう甘やかしては付け上がるだけです!」

「まあそう言うなって」


 俺はアリアの頭をポンポンしてから撫でてやると、「むぅ」と言って大人しくなった。


「カムイお兄様! い、今のを私にも……やって下さいっ!」


 頬を赤らめ恥ずかしそうに言った妹がいた。そして案の定「私も」「あたしも」と次々に声が上がった。

 

 ワンパターンか! と突っ込みたい。


「分かった分かった。順番にやるから」


 そうして、俺は列の一番後ろに行き、一人づつ、もしくは複数人と同時にコミュニケーションとスキンシップを取ることになった。

 俺が列の後ろに行く時にアリアが「あっ……」と残念そうな声を出したような気がしたが……気のせいか。

 あの凛々しいアリアに限ってそんなこと言う訳がないよな。

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