第12話 弟という名の天使


 俺が気絶してからしばらく経って、まるで一国の王子の様に手厚く扱われた。

 誰かしら妹が世話をしてくれて、食べ物も妹達が代わりばんこで与えてくれた。後から聞いた話では、この食事当番は抽選で選ばれるらしく、凄まじい倍率だと言う。

 そんなある日、俺はアリアナ女王に呼ばれ、『王室』という部屋へ赴いた。この部屋はいわゆるアリアナ女王の私室だ。

 そして『王室』へ入室すると、内装は煌びやかで、至る所がキラキラと輝き、「うわぁ……」と思わず口に出してしまう程派手な部屋だった。

 待ってたと言わんばかりに一人掛けの椅子(これもキラキラ)から早足にこちらへと向かう長い銀髪でスタイルの良い美女。背が高く、俺の身長が170台だとしたら、この人は200はあるだろうか。大きく、美しく、そして貫禄があった。

 アリスを大人びた感じにさせた容姿で、アリスによく似ている。


「待っていましたよカムイ。あなたを呼んだのは他でもありません。あなたを『アントリア』に任命したいのです」

「俺を『アントリア』に?」


 決めては特異能力。

 俺が起こしたミラクルにより『アントリア』の攻撃を度々回避し続けた。最後は抵抗もせずもろにその攻撃をこの身に受けたが、何故か胴体と顔は残るという謎の耐久力を示した。

 これらのカムイの『力』を総合的に見て、『アントリア』に任命したい、これは多大なる戦力となる、という事らしい。


「まあ、良いよ別に」


 無職より役職あった方がいいしな。


「本当ですか? わたくしは先の事があった手前、カムイにこのようなお願いをすることすらおこがましいという事は十分に承知しています。カムイが無理をして了承しているのではないかと気が気ではなくて……」


 申し訳なさそうに、今にも泣き出しそうな顔で俺に語りかけるアリアナ女王。

 表情があるだけで気持ちが読み取りやすい。今までの声と雰囲気だけで読みとっていた時に比べれば雲泥の差だ。

 やっぱり表情って大事!


「気にしなくていいよ。アリアナ女王は知らなかったんだから。だけど……ちょっと判断に欠けていたとは思うかな」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

「いやいや、謝んなくていいから。ただ、気に留めて欲しくて言っただけだから」


 あの一件以来アリアナ女王はヘコヘコとすぐに謝るようになった。

 あの時、アリアナ女王は見るからに正気を失い、間違いなくやり過ぎていた。その事で強い責任を感じているのだろう。


「優しいのですね。小さな頃からあなたは誰にでも優しくて……ぐすっ……ひぐっ……」

「ああもう泣くなよ……。それよりさ、任命したいんだろ? 『アントリア』にさ。早くしてくれよ」


「いえ、ちゃんと日を設けます。後日任命式を『アリーナ』で行う予定です。あなたも、わたくしにも良い思い出がない『アリーナ』ですが、あそこではないと全員が入れませんので致し方ありません」

「そんな大々的にやらなくてもいいよ!?」


 翌日、『アリーナ』で俺の異能部隊『アントリア』就任式が行われた。



 ♦︎ ♦︎ ♦︎



「カムイ。あなたを『アントリア』に任命します。家族を、コロニーを、その命に代えても守り抜くのです」

「はい」

「でも、でもですよ? もしも身の危険を感じたら至急退避して下さいね? わたくしは心配で心配でしょうがないのです」

「分かったって」

「……では、本日、今をもってカムイを正式に『アントリア』に任命致しました。カムイに盛大な拍手を」


 拍手の音が『アリーナ』内を雷鳴のように轟き、響く。

 みなが表彰台の上に立つ俺を見上げ、嬉しそうしている子や泣いている子もいた。なんだか気恥ずかしくて早くここから降りたい。


「カムイ。何か一言お願い出来ますか?」

「えぇ、めんどくさい」

「そうですよね、本当に……ごめんなさい。無理にという訳ではありませんので……」


 目元に涙を溜めて言うアリアナ女王が滅茶滅茶アリスにそっくりだった。てかアリスがアリアナ女王の泣き虫な遺伝子を色濃く受け継いだのか。


「分かったよ、言うよ」


 アリアナ女王は随分と面倒くさい性格になってしまったようだ。これでは女王の威厳どころではないな。

 表彰台の上、『アリーナ』の中心に設けられたその台の上から、俺は声高らかに言った。


「俺が『アントリア』に入隊したからには、命をかけてみんなを守る! 絶対に守ってやる! 以上!」

 

 ま、お決まりの常套句じょうとうくだけどな。

 俺が言い終わった瞬間、俺の名を呼ぶ声やキャーキャーと甲高い声とが『アリーナ』内を覆い尽くした。

 そして、バッタバッタと妹達が倒れていった。えっ ……倒れていった!?


「失神者をこちらに運べ! まずい、人数が多すぎて対応が回らない!」


 懸命にアリアが動き回って指示を出しているが、ポツポツと疎らに妹達は倒れていく。


「アリアお姉ちゃん。大丈夫なのです」

「ああ、メリィ。悪いが頼めるか?」

「任せてなのです」


 緑の髪をおさげにした見た目六才くらいの女の子、メリィが〈治癒ピュアー〉と言った。

『アリーナ』内が黄緑色の柔らかな光に包まれる。

 するとたちまち倒れていた妹達の意識が戻っていった。

 すごいな。この人数を一気に回復させやがった。ゲームだったらどれ程のMPを消費することか。

修復メンド〉に続き〈治癒ピュアー〉。

 この二つの他にもまだ派生能力はあるのだろうか……ありそうだな、流れ的に。


「カムイ……今のもあなたの特異能力なのですか!?」


 アリアナ女王は驚きの表情で俺を見る。


「いや、ほんと何もしてない。マジで」


 機械音声は流れていないし、『倒れろ』なんて念じたり言葉にだってしていない。

 この現象はただの謎だ。


「そうですか……。それより、娘達が無事でなによりでした」


 心底ホッとしたように胸を撫で下ろすアリアナ女王。

 この様子から誰にでも分かることだろう。それは、嘘偽りの無い心からの安堵だった。

 メリィに得意能力により『アリーナ』で倒れ全ての妹たちが完全に回復し、列を正した。


「以上をもって、カムイの『アントリア』任命式を終了します。解散!」


「はっ」とこの場にいる妹全員が敬礼をした。一応俺もした。

 式が終わり沢山の妹達からお祝いの言葉をかけられ続け、ようやく自室に辿り着いた。

 この部屋はアリスの部屋程広くはないが中々快適なドーム状の部屋である。

 床はフローリングになっており、ソファや本棚、ベッドが2つある。なぜ2つもあるのかと言えば――


「兄さんおつかれさま。カッコ良かったよ」

「そうかぁ? 退屈だったろ。俺はカルマが退屈で足が疲れているのではないかと心配でしょうがなかったぞ」

「もぉ、何言ってるのさー」


 頬をほんのり赤く染め、にっこりと微笑む少女、否、少年。

 男にしては少し長めな黒髪で、声もまるで女の子のように高い。

 カルマはこのコロニーで俺以外の唯一の雄だ。

 年は一番末っ子であり、まだまだ甘え盛り。

 兄弟がいなかった俺には最高すぎる弟だったためバカ可愛がりしている。だってほんと可愛いんだもん。

 俺はベッドにふぅと息を漏らし腰掛けると、カルマも並ぶように俺の隣に腰掛ける。もういちいち可愛い。


「ぼくねー! 大きくなったら兄さんみたいになりたいんだぁ」

「やめとけ、良いことないぞ」

「いいもん。勝手に兄さんみたいになっちゃうもん」


 俺に似たら勉強に全て捧げたあげく彼女も出来ずに殺されるぞ……。なんて言っても意味分かんないと思うから言わないけど。


「いやしかし、カルマは俺にほんとよく似てるな」

「本当に? やったー!」


 擬人化してから鏡(創造製)で自分の顔を確認してみたが元の冴えない俺の顔では無かった。

 スッキリ爽やか系のイケメンがそこには写っていたのだ。

 一応カムイはあのアリアナ女王から産まれてきたわけだし、遺伝的にも妥当であり、妹達が全員美少女なのも納得がいった。

 そして、カルマ。

 この子はカムイをそのまんまちんちくりんにしたような感じだ。

 良かったな、元の俺の顔に似なくて。


「どうしてカルマは俺みたいになりたいんだ?」

「えーっとね。カッコよくてー、力持ちでー、それにそれに、みんなにすごく優しいからだよ!」

「それだと、割とすぐになれるぞ」


 力持ちかどうかは本人の鍛錬次第だと思うが、その他は余裕でオールクリアだ。


「そ、そんな、僕にはなれっこないよー」


 足をバタバタと動かし、見るからに照れている。

 あまりの可愛さに思わず頭を撫でた。「んっ」と小さく声を漏らし、これまた照れくさそうに、それでいて嬉しいそうに俺の方を見ながら微笑んでいる。

 触角に触れないように撫でるのがポイント。アリの時とは違い、頭に性感のようなものが無くなっていたため、気軽に頭を撫で撫ですることが出来た。

 最初の撫で撫で実験体には勿論クラリネットにしてもらいました。はい。


「カムイ……お前はほんとに可愛いなぁ」

「ぼくは男の子だよっ!」

「そのセリフが聞きたかった」

「もぉ! 兄さんのイジワル」


 カルマはプイッと俺からそっぽ向いた。だが俺は後ろからその頭を撫でる。

「うぅー」と言いながらも振り返ったカルマは顔を赤くし涙目になっていた。


「ごめんなぁカルマぁ! こんな俺を許してくれぇ!」

「わっ! ちょ、ちょっと兄さん……もぉ、しょうがないんだから……」


 いきなり抱きついた俺に驚きはしたようだが決して抵抗をする訳でもなく大人しく抱き返して来た。

 俺の弟は世界一可愛い。

 カルマは純粋な可愛いさで言えばこのコロニーで一番可愛いんじゃないか?

 ショタで男の娘の可愛い弟……イカン。これはイカンぞ! 俺は新たなる境地へと足を踏み入れようとしているのか!?


「カムイ兄さま! どういうことですの! アリス以外の子と抱擁なんてっ!」


 いつの間にか入って来たのか、アリスが扉の前で仁王立ちをしていた。


「おいおい何を言ってるんだ。もう疑いは晴れたんだ。俺とお前との間には兄妹という関係しかないんだぜ? あっはっはっはっは!」


「酷いですわっ! アリスにあんなことまでしておいて!」

「あっ、姉さんだ!」

「あらカルマ。聞いてくださいまし酷いですのよ、このカムイという殿方は!」

「おい兄さまはどうした」


 カルマを俺から奪いさり、その豊満な胸に抱き寄せながら俺の事を悔しそうに見つめるアリス。

 抱きつかれているカムイは今にも窒息しそでアリスの腕をぺしぺしと弱々しく叩いていた。今にも堕ちそうである。

 そして案の定、


「……あぅ」

「全くカムイ兄さまは……!? カルマ!? どうしたのですか! カルマ!」


 カムイがぴくりとも動かなくなった。

 アリスのあの豊満な双房で圧縮され、呼吸する術をカムイは無くした。


「何やってるんだよアリス! お、おいカルマ! 大丈夫かしっかりしろ! …………息をしてない……だと?」


 どおりで揺すっても揉んでも何も反応がないわけだ。まずい、このままじゃカムイが死んでしまう!


「一体どうすれば……」

「俺が……人口呼吸をする。今は一刻の時を争う。メリィがこの場にいない今、俺がやるしかない」

「いいえ、アリスがしますわ! 元はと言えばアリスの責任。作法はたしなんでおりますわ!」

「バカヤロウ! お前のその唇は俺のモノだ!」

「ふぇ!? カムイ兄さま!? はわ、はわわわわ」


 ほんとチョロい。

 動揺している隙に俺がカルマに人口呼吸を行なった。この役目は誰にも譲れなぇんだよぉ!!!

 カルマの柔らかでぷるっとした薄紅色の口から息を吹きこんだ。何度も、何度も何度も、執拗に。


「……ぷはっ! けほっ、けほっ」

「おおカルマ! 意識が戻ったか!」


 俺の決死の人口呼吸により、カルマが息を吹き返した。

 良かった、本当に良かった。もしこれでカルマが死んでしまったら主犯のアリスを殺して俺も死んでやるところだった。

 カルマがいないこの世界に生きる価値などない!


「……兄さん? ……姉さん?」

「そうだぞ。カルマの兄さんだぞ」

「ごめんなさいカルマ……そこまで強く抱きしめたつもりは無かったのですが……」


 目元に涙を溜めて今にも泣き出しそうなアリス。

 てか、強く抱きしめようが弱く抱きしめようがそんなの関係ない。お前のその凶悪な双房が問題なんだよ!


「カルマ、今はなんともないか?」

「うん! 全然なんともないよ!」


 にっこりとその天使のような笑みは、俺には後光が差し込んでいるように見えた。

 神はいささかカルマに力を入れ過ぎたようだな。その判断、間違いじゃないぜ。


「ほら、行った行った」


 俺はしっしっと手でアリスに退室を促す。

 アリスはむぅと不満そうな顔をしてから、


「今日のところは引き下がりますわ。でも、明日もまた来ますので待っていて下さいまし!」

「お前部屋から出て良くなったからってあんまはっちゃけ過ぎるなよ?」

「分かってますわ!」


 そう言って勢いよく部屋を出て行った。

 アリスはあの一件以来、部屋から出ることを許された。

 神経質になり過ぎた故のアリアナ女王の束縛であったが、今の彼女はあんな感じである。

 当然のように部屋から出ることを許され、というより自然と無くなった。

 アリスが居なくなったことだしさあめいいっぱいカルマを愛でようとした丁度その時——


「キャーー!!」


 部屋の外、廊下からアリスの叫び声が部屋の中まで響いた。

 俺は一目散にドアを開け、廊下に広がる惨状に驚愕した。


「あっ、ああ、カムイ兄さま……みんなが……」

「……」


 俺とカルマの部屋の前、そこには複数人の妹が鼻血を吹き出し、幸せそうな笑みで倒れていた。


「どうしましょうカムイ兄さま!」

「……ほっとけ。俺はカルマを愛でるのに忙しいんだ。じゃあな」

「そんな! そんなの、あんまりですわ!」


 俺はドアを閉め、鍵をかけた。

 アリスが「カムイ兄さま!」と言いながらドンドンとドアを叩いているが無視。

 あいつらは勝手に俺の部屋を覗いたあげく、勝手にああなったんだ。よって救う価値なし。

 そもそも俺に回復系の特異能力は無いから助けられないんだよなぁ。


「兄さん。開けなくていいの?」

「ん? いいんだよ。そんなことよりカルマは可愛いなぁ」

「もぉ、また言った!」


 俺がカルマの艶やかな綺麗な黒髪をわしゃわしゃと撫でるさなか、まるでBGMのようにドアを叩く音が部屋の中を不均一に鳴り響いた。

 うるさいったらありゃしねえ。

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