第16話 思い出の座敷牢

 案の定、アリスはあられのない姿のまま妹たちに発見されたようだ。

 妹たちに運ばれ、今は自室のベッドで寝ているらしい。

 すまんなアリスよ。威厳を保ててやれなくて。

 俺が〈擬人化ライパーソン〉を使う前の本来の姿であるアリであった時、彼女らは触覚が異常に敏感だった。何故触覚が敏感なのかは分からないが、とにかく、面白い程に敏感だったのだ。

 それが、まさかくすぐり如きで意識を失い、あまつさえ寝込んでしまうとは思わなかった。この人間体の状態で触覚なんて触ったら一体どうなってしまうのだろうか。

 アリの体の時に面白半分に擦ったりしてやったもんだが、あの時の悶絶具合に差こそあれ、くすぐりもかなり体にこたえるということが分かった。

 それが分かっただけでも良かったということにしよう。

 今後の教育セクハラの為にも、な。

 さて、ドMくっ殺でお馴染みのクラリネットは今頃どうしているかな。

 カルマに早く会いたくてあのまま放置したけど、きっとアリスのように誰かが見つけてくれたことだろう。


「それで、どうして俺は拘束されているのかな?」


 俺は目の前の鉄格子を両手で掴みながら言った。

 檻の外にはクラリネットを除いた『アントリア』のボンネット、ジェンヌ、メリィ、そしてアリアがいる。

 それぞれが真剣な面持ちで俺のことを見ている。

 この部屋は確か……あれだ。

 アリの体だった時に俺が幽閉されていた座敷牢だ。

擬人化ライパーソン〉の影響により、それらしい立派な座敷牢へと変わっていた。ちゃんとトイレもあるし、布団もある。

 正直、結構落ち着く。


「言ったよね兄さん。次また手を出したらどうなるのかなって。まさかあの後すぐにクラリネットに手を出すとは思わなかったよ。なんて節操のない……前はこんなじゃ無かった」


 ボンネットがキィっと俺を睨みながら言う。

 どうやらクラリネットも発見されたらしいな。それは良かった。

 俺がこの座敷牢に幽閉されたのは少し前のことだ。

 クラリネットを軽く蹂躙した後、俺はカルマに会いに自室へと向かった。

 自室までの道のりは特に何事もなく、迷うこともなかった。俺の部屋からただひたすらに真っ直ぐ走ってきただけだからな。

 そして、自室のドアの前に到着すると、あのあられもない姿で倒れていたアリスはいなかった。

 この時点で既に誰かに見つかり、運ばれたのだろうと断定した。

 妹たちにあの姿で見つかってしまったアリスのことなど気にも留めずに、俺はドアを勢いよく開きベッドへ直行、そしてダイブした。

 かなり強く、まるで香水の様にアリスの甘ったるい香りががっつりと残っていたが、別に嫌いな匂いではなかったので特に気にはならなかった。

 寝るだけでこんなにも匂いが残るということは、やはりアリスは人一倍フェロモンが強いのだろう。

 カルマがそんな俺のところへとてとてと近づいて来ると、ちょこんと俺のベッドに腰かけた。

 そして、照れくさそうに「お帰り兄さん」と言って、ニッコリと笑ったのだ。

 ああもう可愛い。

 マジ天使。

 自室についた時、まずカルマではなくベッドに直行したのはこのカルマの行為を見越してのことである。カルマならやってくれるだろうと。

 そして、見事カルマは俺の期待通りのアクションをしてくれた。

 しばらくカルマとじゃれあっていると、突如ドアが勢いよく開き、ぞろぞろと『アントリア』の面々とアリアが入ってくるではないか。

 そして、無言で俺を拘束するかと思えば、この座敷牢まで連行されたという訳だ。


 ——そして今に至る。


「昔がどうとかは知らないが、少々大袈裟すぎやしないか? たかが兄妹とのじゃれあいくらいでブタ箱にぶち込むかよ普通」

「大袈裟? 大袈裟なもんかっ! クラリネットはあんなにも衰弱して……それも無残にも放置されていたんだ! 妹がこんな酷い目にあって黙っていられるわけないよ!」


 ボンネットは牢屋越しに俺へ激昂した。

 話を聞く限り、クラリネットのことでお怒りのようだ。

 俺が言えることではないが、アリスのことを心配してあげてもいいと思うの。アリスだって無残にも俺とお前に放置されてた訳なんだが。

 それもあの子、一応長女で次期女王なんでしょ? お兄ちゃん心配になってきたよ?


「衰弱させてしまう程歯止めが効かなかったのは事実だ。自分の非は認める。ごめんな」


 取り敢えず俺は牢屋越しに頭を下げる。

 まあ、ここは素直にごめん、だ。明らかに悪いの俺だしな。


「…………どうして……クラリネットを放置したんだい?」

「えっ……それは……」


 早くカルマに会いたかったからとは言えない。

 しかし、何か良さげな言い訳を考えなくては。

 俺は今にも射殺さんとばかりに俺を睨みつけているボンネットの瞳を見つめ、意を決して言う。


「あいつは、放置された方がきっと喜ぶから」


 澄ました会心の笑みで言ってやった。

 だってあいつ、絶対喜ぶもん。ドMくっ殺だし。これ以上の理由が他にあろうか。否、無い。

 今のを聞いて、ボンネットはただ呆然と立ち尽くし、目を見開いた。

 妹の衝撃の事実に驚いたのかもな。俺もクラリネットがドMくっ殺だと気づいた時には驚いたもんだ。


「いやだってよ、あいつ、いつも屈しないとか言っといてすーぐ屈するんだもん。それも嬉しそうにさ」

「……黙れ……」

「ボンネットにも見せてやりたかったな。きっと驚くと思——」

「黙れと言ってるだろっ!!」


 シュイーンと二つ明るい効果音が鳴ったかと思えば、目の前の鉄格子が凄まじい破裂音とともに粉砕した。

 巨大なクラッカーが弾けるかのようだった。

 ボンネットは座敷牢を破壊し、その突進力のままに俺を押し倒し、馬乗りの状態で首を絞めている。

 その目は怒りに満ち溢れていた。

 あまりに一瞬の出来事に、俺は抵抗すらできなかった。勿論、するつもりはないが。


「……お兄ちゃんの首なんてそうそう絞めるもんじゃないぞ?」

「……」


 俺の身体強度がなまじ高いおかげか、たいした圧迫感もなく、普通に話せる程度だ。

 俺は首を絞めてくるボンネットの手を解くこともせず、空いている手でボンネットの服に付いた牢屋の破片や砂埃を払った。

 世間ではこれを舐めプと呼ぶのかもしれないが、そんなつもりは毛頭ない。


「それと、女の子なんだから服を汚しちゃダメだろう? せっかく可愛いんだから」

「っ……」


 怒りに満ち溢れたボンネットが一瞬、複雑な表情を浮かべた。

 さすがに〈力増算フォースライズ〉での首絞めは危なかったが、この首絞め自体には特異能力は発動していないようだ。

 さすがに実兄にはブレーキがかかっているのかもしれない。本当に俺を殺したいのなら、迷わず〈力増算フォースライズ〉を発動し、俺の首を絞めていたことだろう。


「ボンネット。もういいだろう。やりすぎだ」


 そう言って、アリアは凛々しい態度で、俺とボンネットのところまで歩いてくる。

 ボンネット以外はただ黙って見ているだけだったが、ここでアリアか。

 一体なんなんだ? ボンネットが俺の蛮行について怒るのは分かる。

 ならば、アリアや残りの『アントリア』は? この件について怒っているのかもしれないし、はたまた別件か?

 もうお兄ちゃんよく分からない。


「………絶対に……許さないからね」


 そう言うと、ボンネットは俺の首からすっと手を離した。

 ボンネットは一度俺のことを蔑むような目で見ると、すたすたとこの場を去っていった。

 ふむ。なにはともあれ……ボンネット怖い! 可愛いのに怖いんだよあの子!

 てかあいつほんとよく牢屋壊すよな。牢屋に恨みでもあんのかよ。

 俺は粉砕し粉々になった座敷牢の残骸を手ですくい、ぱらぱらと地面に落とす。


「で、俺は次に何されるわけ? 痛くない方が嬉しいんだけど」


 アリアと残りの『アントリア』のメンバーは黙ってこちらを向いている。

 その態度が余計これから何をされるのだろうという焦操感を募らせる。


「えーっと……何か話してくれると嬉しいんだが」

 

 俺が苦笑いで言うと、アリアがおずおずと俺の目線に合わせるように屈んだ。

 なんだ。一体何をするんだ? ビンタでもするのか? それともあの強烈な鉄拳か? ぜひとも鉄拳だけは止めてほしいところだが……


「カムイお兄様。お怪我はありませんか?」

「……え?」


 鉄拳だけはガチのマジでヤメテくださいと心で祈っていると、アリアがおもむろに白いハンカチをポケットから取り出した。そして、砂埃で汚れた俺の頬を優しくぬぐったのだ。

 その表情は慈愛に満ちており、いつくしむかのようだった。


「待って、状況が理解出来るけど出来ない」

「なんだそりゃ。支離滅裂じゃねーか」


 ジェンヌが快活に笑いながら言う。

 いつも通りのジェンヌだ。特に怒ってる様子もない。


「元どおりにするので、早くどいてほしいのです」


 メリィが今俺が座っている座敷牢の成れの果てへとその小さな人差し指で指差した。

 それを見て、俺とアリアはこの場から離れる。


「〈修復メンド〉」


 瞬間、座敷牢の破片がやさしい緑光に包まれる。

 粉々になった座敷牢の破片は、元の形を形成するように組み合わさり、それは修復と言うより逆再生をしているようだった。

 そして、粉砕される前の座敷牢の原型をとり戻していく。

 緑光が収まった頃には、その座敷牢は完全に修復されていた。


「修復完了なのです」

「ありがとう。メリィ」


 アリアがメリィの頭を撫でた。


「えへへ、なのです」


 メリィは嬉しそうに微笑んだ。

 そういえばメリィの笑ってるところ初めて見たな。いつも無表情で、仕事一筋って感じだったんだがその見た目相応の可愛い笑顔をするじゃないか。


「そんでさ、どういうことか聞いてもいい?」


 俺は起き上がりみんなに問う。

 ちょっと流れるような衝撃展開だったんで自然とこの状況を受け入れてしまっていたが、やっぱおかしい。

 アリアは真剣な面持ちで俺を見つめると、


「実は……」

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