第5話 諦めは肝心
「うわあああああああん!! 痛いですわ! 蹴られましたわ! 死んでしまいますわ!」
こいつ、さては
「おい、泣いてねーでさっさと行くぞ」
「ひぐっ……置いてかないでくださいましぃ……」
未だ地面の上に力なく突っ伏すクラリネットを放置し、俺達はトンネルを抜けた。
♦ ♦ ♦
「どうなってんだここは……」
「知らないですわ……」
また迷子になってまった。トンネルを抜けても抜けても毎度同じような場所に出るため、グルグルグルグルと永遠ループしているような錯覚に陥ってしまう。
一つ気がかりがあるのだが、クラリネットは例外として、アリスの部屋を出てから他のアリと一匹も遭遇していないことだ。このコロニーには約千匹のアリがいる。一匹ぐらい遭遇してもおかしくはない筈だ。
「なあアリス、働きアリの一匹すら見当たらないんだが」
「食堂と育児部屋に集まっているみたいですわね」
「食堂? 育児部屋?」
「その名の通り、食堂は働きアリたちが食事をする所、育児部屋は幼虫や蛹のお世話をする所ですわ」
なるほど。アリ達にも食堂なるものがあったとは、なかなか発展してるじゃないか。
育児部屋に関しては、アリアが幼虫がお腹を空かしているとかなんとか言ってたからまあその名の通りの部屋なのだろう。
「ん? お前どうして食堂や育児部屋に働きアリが集まっていると分かったんだ? それにお前、部屋から出たの初めてだろ?」
「何故分かったか、ですの? それは触覚で匂いを、仲間の出すフェロモンを感知したからですわ。場所が分かったのは、アリスの部屋の真後ろに食堂と育児部屋があるのです。アリスは行ったことがないのですが……」
「マジか」
アリスの部屋の真後ろに食堂と育児部屋があったのか。灯台下暗しだな。
「ですがその……触覚は大変便利なのですが……非常に、び、敏感で……お母さまには好きになった殿方にしか触らせてはいけないときつく言われておりますの」
「それはどうでもいい。てか聞いてない」
触覚の役割は分かった。俺にもついているこの触覚を使えばどこに仲間がいるか分かるらしい。
今思えば俺もアリスの甘ったるい魅惑の香りを嗅いでアリスの部屋へ行ったんだもんな。あれは俺の触覚がアリスのフェロモンを感じとって、
未だにアリスからは胸がきゅっとするような甘い香りがする。だが他の雌アリからこのような匂いはしなかった。一体何故なのか。
「触覚はアリにとって必要不可欠なのですわ。なので一番デリケートな部分となっているとお母さまに聞かされたことがあります」
「アリにとって触覚が大事なのは分かった」
あれ、それじゃまさか……
「アリはみんな感知出来るってことか。じゃあここに俺とアリスがいるのも分かっちゃってる感じ?」
アリ全てにこの触覚が備わっているのなら、何も【感知の極み】が使えるクラリネットじゃなくても誰かしらが来るだろう。特に残りの『アントリア』三匹。
「いえ、それは難しいですわ。この触覚は仲間の出すフェロモンを探知し大方の性別、コロニー内のどの辺りにいるかは分かりますが、アリ個蟻を特定することは出来ないのですわ。クラリネット以外は、雌アリと雄アリがコロニー内を一緒に歩いている、くらいにしか思いませんわ。雄アリにはカルマもいることですし」
個人、もとい個蟻は特定できないのか。そういえばアリスの部屋へ行った時、アリスは俺の顔も見てもいないのに「カムイ兄さま!? カルマ!?」って言ってたもんな。あれは触覚で雄アリが近くにいることを感知していたのか。特定は出来なくとも、フェロモンで性別だけは分かる訳だからな。
アリアナ女王が「雄アリがアリスの部屋にいると感じていましたが」と言っていたのも今なら触覚で感知していたのだと理解できる。
しかし、なら何故処刑の際アリスと一緒に浴槽に入っているのがばれなかったんだ? 触覚でフェロモンを感じ取れるのならすぐに分かる筈。
「——そうか……フェロモンか!」
「……?」
アリスのフェロモンが濃すぎて、それも強すぎて俺のフェロモンが薄まった可能性がある。
アリスの至近距離、
個蟻を特定出来るクラリネットでさえ感知できないとかすごいな。
「……って待て待て待て、それってコロニー内に雄アリが二匹歩いてることになってんだから、少なくとも『アントリア』と女王アリにはバレてるだろ。だって俺死んでることになってんだぜ? 雄アリを二匹も感知出来たらおかしいだろ」
「あっ……そ、そうでしたわ!」
なんだよ。認知されている中必死こいてコロニー内をウロチョロしてたって訳か。
ん? 待てよ、なら何故追っては来ない。俺らの存在を認知しているのなら今すぐにでも捕らえにくるだろう普通。仮にも次期女王を孕ましたことになっている長男と、その時期女王がコロニー内を
「アリス、今俺らの所に近づいているアリはいるか?」
俺はまだ触覚が上手く機能していないみたいで、感知できないみたいだ。
「はい。三匹の雌アリが近づいていますわね」
「いつからだ」
「カムイ兄さまがクラリネットをヤり捨てなさった辺りからですわ」
「……」
これは飽くまで俺の推測だが、俺とアリスを感知したクラリネットは単独で捕獲に向かった。だがあまりに帰りが遅いクラリネットに残りの『アントリア』メンバーは不審がり、自分達も現場に向かったと。
『アントリア』は恐らく雄アリも含め他のアリ達よりも、能力の有無に関わらず自力が強いのかもしれない。それ故の単独行動だったのだろう。
『アントリア』のメンバーも当然、クラリネット一匹で捕獲出来ると思っていた。だがここでイレギュラーが発生。クラリネットよりも俺の力の方が自力で勝っていたと。
「お前さあ、そういう大事なことはもっと早く言えよな」
「だ、だって、このようなことアリであれば当然感知できることですわ! それに、カムイ兄さまはどういう訳か、『アントリア』に会いたいのでしょう!?」
「あっ……まあそうなんだが、いやー寧ろ向こうから来てくれて好都合だよな、ははは……」
そういう設定なの忘れてたわ。変な言い訳しないで脱走したいから一緒に来て欲しいと言って無理やり連れ出せばよかった。
さてどうする、どうせ逃げたって捕まるよな。相手はガチで
当初はアリスを人質にして脱出を試みたが、なんかそれも無意味に思えてきた。
確か……【支援の極み】だっけ? それがあればアリスだけにあの〈
何故かあの時は時間が止まってしかも俺まで〈
「アリス。俺、自首するわ」
「なっ、だ、だめですわそんなこと! まさか捕まるために『アントリア』を探していらしたのですか!?」
「ん? あーそんなとこ。そこでアリスには色々道案内とかして貰おうと思ったんだよ。まあ案内無しに向こうから来てくれたけどな」
「アリスは、カムイ兄さまには何かお考えがあって『アントリア』に会いに行くものとばかり……」
アリスの体がプルプルと小刻みに震えているところを見ると、悲しんでくれているのかな?
アリスは俺が言ったことを素直に信じてくれていた。
だだの変態ドМお嬢様と思っていたけど案外良い子なんだな。こんな変態ドМお嬢様を受け入れてくれる素敵な雄アリと出会えると良いなと切に思う。
「見つけたぜクソ兄。まさか本当に生きていたとはな。自分の触覚を疑ったぜ」
「もう逃げられないのです」
「姉さん、今助けるよ」
アリスの感知通り、眼前のトンネルから『アントリア』の残りの三匹が現れた。
飽くまでも雰囲気でしか感じ取れないが、なかなかピリピリしている雰囲気が伝わる。
俺はアリスに「連れ出してごめんな」と言って頭ではなく背中をポンポンと軽く踏んだ。
「カムイ兄さまっ! 行っちゃだめですわっ!」
アリスが俺を引き止める。
「おー待ってたぜ『アントリア』。早く俺を殺せ」
「「「えっ?」」」
驚いたような声を上げる『アントリア』三匹。
今更何を驚いている。お前たちは俺を殺しに来たのだろう? もうめんどくさくなったわ。ちょっとさ、夢なのに現実味を帯び過ぎてて疲れたよ。早く起きて勉強しないとな。受験までそう日も遠くないし。
「どうした、早く殺せよ」
「……それは……出来ない」
何故だ。今更渋る理由が何処にある。俺は仮にも次期女王である妹を犯した強姦野郎なんだろ? いや、ヤってないしあらぬ誤解なんだけどさぁ。
「女王陛下の許可が必要だ」
「は? さっきバリバリ許可下りてただろ。討ち果たしなさいとか言ってたよ!?」
「クソ兄は既に死んだことになってる。任務は完了したことになってんだ。だから殺そうにも殺せないのさ」
なんだよそのめんどくさいシステム。殺し損ねたのなら殺せばいいじゃねーか。それじゃ俺はどうすればいいの?
「あ、だったら捕虜にすればいい。捕まえといて、女王から処刑の許可を得ればいいんじゃないの?」
「こっちは元からそのつもりだ。メリィ、ボンネット」
「「はい」」
小さいアリ、メリィと、俺より少し小さなアリ、ボンネットがそれぞれ俺の横に着いた。どうやら逃げられないぞということらしい。
クラリネットは俺の首根っこを掴んで連行しようとしたけど、あいつは一体なんだったんだ?
「じゃあなアリス。悪かったな、色々と」
「あっ……カムイ兄さま……」
俺は連行された。俺を先導するようにジェンヌが、左にはメリィ、右にはボンネット。そこまでしなくてもちゃんとついて行くし、逃げる気もない。
「ああ、アリス姉」
「……なんでしょうか」
俺を連行中、思い出したようにジェンヌが振り返りアリスに言った。
「向かえの妹達が来るからしばらくそこで待っていてくれ」
「はい……ですわ……」
元気のないアリスの声が聞こえたが、もう俺には関係ない。俺は人間、一人っ子で妹なんていない。ましてアリの妹はなど尚更だ。
こいつらとは無関係。そう、関係が無いんだ。
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