第2話 セクハラは程々に
『倫理』とは、人間の従うべきルールや行動のモデル、モラルのことだ。
しかし今の俺は? そう、アリだ。人間ではない。よって人間ではない俺は『倫理』に縛られることは無くなったという訳だ。
俺がアリスにセクハラをする事に関して言えば、そもそも躊躇する必要すらないのである。
ついでに言えば、セクハラはアリスの事を思っての行為、
相手の気持ちを推し量っているため、俺は
「ほれほれ~カムイ兄さまに足で撫でられる気分はどうだアリスよ」
「ひゃんっ! や、やめて……んっ、ください……ましぇ……」
俺が今何をしているのかと言うと、足で妹の頭を撫で撫でしているところである。
最初はただ単純に体に触れる目的でやっていたのだが、どうにも頭が敏感だったようで。
「止めて止めてと言いながらも体は正直みたいだぞアリス。おまけにこんな淫らな顔しやがって……そんないけない子にはもっとこの足でお仕置きが必要だな」
足、の部分を強調して言う。ここ重要。
それとアリの表情なんて分かんないから淫らな顔かどうかは知らん。声と吐息の雰囲気でこちらは判断するしかないのだ。
「あぁんっ! そ、んなに……強く、あんっ! グリって、撫でないで、くだひゃいぃ……」
傍から見ればそれは、アリがアリの頭を踏んでいるだけにしか見えないことだろう。だが俺の目の前には確実に、言葉では語れないコスモが広がっていた。
「お次はどうしようかなぁ、足か? 胸か?」
「っ……」
「それとも……触覚か?」
「っ!!」
あきらかに触覚に反応したな。そんな反応されたら触らずにはいられないじゃないか。
アリスの頭の上に乗せている足を、今度は頭上に伸びている二本の触覚へと向ける。二本の触覚を俺の前脚で挟み込み、先端をしゅっしゅっと擦る様に撫でた。
「はぅっ!? ああっ、あっ、だめっ、ああ、あっ……あああああああっ!!!」
大きな嬌声とともにアリスの体がビクンと跳ねた。そして力が抜けたようにバスタブの中でへなってしまった。
「やっべ……これってアレだよな……。お、おい! 大丈夫か!?」
「ちかりゃが……はいりゃないれしゅ……」
意識はある。一先ずは安心だ。しかしまさか頭が敏感で触覚はもっとなんてなぁ。普段の生活、日常生活どうしてんだろう。なんかの拍子に触れる事だってあるでしょ。
でもまあ、アリも色々大変なんだって事が知れて良い勉強になったわ。たまには良い夢をみるもんだ。
「ひぐっ……ひぐっ……。犯されました、汚されました……。もうお嫁に行けませんわ……。お腹の子……責任を取ってくださいまし!!」
「おい待て話が跳躍し過ぎだ。アリの生態を詳しくは知らないけど、多分、いや絶対今のじゃ妊娠しないから」
触覚を触って妊娠するくらいなら、雄アリの存在意義が無くなるだろ。
「に、逃げるのですか! アリスの体を無理やりに蹂躙し、生命の子種を植え付けておきながら!! ……酷いですわ……あんまりですわ……」
「どこに植え付ける場面があった!? 」
アカン。この子、足で自分のお腹さすり出したぞ。知識が乏し過ぎる。誰かこの子にちゃんと性教育してあげて! この子が恥ずかしい思いするだけだから!
「あら、カムイ。何故あなたがアリスの部屋にいるのですか? アリスの部屋に雄アリがいると感じてはいましたが、ここは男子禁制のはずですよ?」
「誰?」
この部屋の入り口に俺の体格より二、三センチは大きいアリが現れた。つまりめっちゃデカい。それも他のアリとは貫禄というか、オーラが違う。
「お母さま! 聞いてくださいませ! アリス……カムイ兄さまのお子を孕んでしまいましたわ!!」
「な、何ですって!? カムイ! どういう事か説明してくださる!?」
ずんずんと迫る女王アリに思わず後ずさり、バスタブから離れる。
お母さま? じゃあこのアリがここの女王アリなのか。んで、おそらく俺の母親でもあると。
「いや、それは誤解で、俺は知らん!」
「あくまで白を切るつもりなのですか!! あなたの行った行為は立派な強姦、死罪に値します。実の妹に行為を及ぶなんて言語道断!! ……規則です。コロニー内の秩序を守る為にも、カムイ。女王権限であなたには今ここで死をもって償ってもらいます」
女王アリは右前脚で地面をトントンと二回叩く。すると女王アリの背後からぞろぞろと四匹のアリが現れた。
「「「「お呼びでしょうか、女王陛下」」」」
体格はそれぞれ
「私の息子……初めての子どもでもあったカムイを、今ここで討ち果たしなさい。これは命令です」
「「「「っ!? 」」」」
おーすげー動揺してる。それもそうだ、母親が息子を殺せと言っているんだからな。
「本当に良いのか女王陛下」
「構いません。これも我がコロニーの秩序を守るため。さあジェンヌ、やりなさい!」
「……了解」
四匹組のアリの中で少し大きいアリ、ジェンヌが女王の前まで歩み出る。そして俺に向かい〈
「なんだよ……これ……」
それらは全て俺の方を向いて空中を漂っていた。
貫通力を上げるためか、槍はドリルのように高速で横回転を始め、キィィィィィーーンと不快なドリル音が部屋中に響く。
「クソ
「おい! なんなんだよこれ! どこから槍が出た!?」
突然何もない所からの槍の出現に戸惑う俺だったが、そんな俺に構うことなく、ジェンヌは〈
え、ホントにヤバいやつじゃんこれ。こんなの避けられなくね? 夢で死ぬとか……あっ、でも三回くらい夢で死んだ事あるんだよな。確か銃殺、刺殺、溺死だったけなぁ。不思議とそんな苦しくなかったんだよこれが。
あれ? 女王アリが泣いてる。殺せって命令した本人がこれじゃ示しがつかないと思うぜ? 泣くくらいなら命令すんなよなぁ。
アリスもワンワン泣いてるしよぉ。
こんな時だってのに俺のこの冷静沈着ぶりはなんだ。案外死に際なんてこんなもんなのかな……うん……いやダメだやっぱ怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!! 死ぬの怖い!! やめて!! 死にたくない!!
「止まってくれ!!!」
『〈
脳内で機械音声のようなものが流れた。
「え……止まって……る?」
勢いをつけて射出された槍は俺の目の前で停止していた。それだけではなく、この場にいる俺以外のアリまで固まって動かない。微動だにしない。
何がどうなっているんだ。どうやら俺だけは動けるみたいだが、一体何故停止したのか。まるで時間そのものが停止しているみたいじゃないか!
「良く分からないが……ラ、ラッキー! 生きてる! 俺生きてる!」
槍は俺の体を囲むように至近距離で停止している。まるで頭に拳銃を突き付けられているような気分だ。
一先ずこの場から離れよう。そうだな、アリスが入っているバスタブの後ろへ……
「なんだこれ!?」
アリスの入っているバスタブは半球型のシールドで覆われていた。何お前も超能力使えんのかよ。
「……俺も入れるかな」
何故かは知らないが時間が止まってる今の内に俺もシールドの中へお邪魔しよう。いつこの停止している時間が動き出すか分かんないしな。
シールドに足を踏み入れると、案外すんなりと入ることが出来た。俺自身も弾かれるかと思ったがそんな事はなかったようだ。ついでだし俺もバスタブの中に入っちゃおうかな。
「はぁ……良い湯加減だなこりゃ」
二匹で入るとさすがに狭いな。
このバスタブは底が深い。湯もそんなに入ってないし、俺が少し屈めば向こうからは見えないだろう。
——その時だった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!
いつまで時間が停止してるのかと思ったところで急に槍が動きだした。槍はさっきまで俺がいた一点に向かい容赦無く突き刺さっていく。
砕けた床の破片は部屋の四方八方へと散らばり、部屋は半壊した。俺とアリスはこの半球型のシールドのおかげで床の破片や風圧から守られた。
移動していなかったら完璧に串刺しになっていたな、それどころ粉砕していたことだろう。女王たちもシールドに守られているようで被害はないようだ。
「くそっ……恨むなら自分の行いを恨んでくれ……クソ兄……」
「カムイ、何故なのですか……。何故、あなたは……」
「カムイ兄さま。お腹の子は、アリスが精一杯愛情を込めて育てさせていただきますわ……」
これはあれですね、今ので完全に死んだことになってますね。てかアリスよ、俺が後ろにいるってことに気づけよ。気配とか以前に体が接触してんだから気づくだろ普通。
「あのさぁ、何度も言うけど妊娠してないっての」
「いえ! 確実に孕みましたわ! っ!? カムイ兄さま!?」
「シー。静かにしろ。また触るぞ」
「ひゃい! わ、分かりましたわ……」
生憎、あの女王アリと四匹のアリは俺が生きていることに気づいていない。ましてやバスタブの中に入っているとは微塵も思っていないだろう。
アリスを人質にして逃げるのもありだが、このアリの巣はどれ程の規模の巣なのかは分からない。迷宮の様になっているのには違いないだろう。
土地勘が全くない俺にはちと厳しい。
そこでだ。取り敢えずはこのままバスタブの中で隠れてこの場をやり過ごし、アリスから色々とこの巣の事や外の事を聞いて十分な知識を積んでから脱出するのはどうだろうか。なんだったら道案内も頼もう。
だが逃げるとしても慎重に行かねばならないな。下手に逃げたらさっきみたいな意味分かんねぇ能力を持ったアリ達に殺されるかもしれん。
「ジェンヌ、槍を片しなさい。それとメリィ、あなたはこの部屋の修復をお願いします。ボンネットはシールドの解除、クラリネットは私の部屋までの付き添いを」
「「「「了解」」」」
「アリス、お腹の子は日を追って話し合いましょう」
「分かりましたわ……」
だから妊娠してねぇっての。
てかこの数の槍を一匹で片付けるって無理があるだろ。そんなの無理に決まって……
「〈
ジェンヌが〈
「メリィ、後頼む」
「了解なのです」
次に四匹のアリの中で一番小さなアリが槍によって滅茶苦茶に割れた床の上に立つ。
「〈
たったその一言で槍によって直接ダメージを受けた床や、その破片の被害にあった天蓋付きベッドや本棚がまるで逆再生するかのように修復されていく。
一体何者なんだこのアリ達は。ただのアリじゃねぇぞどう考えても。
「姉さん。〈
ボンネットとかいう俺と同じくらいの大きさの奴が〈
「それじゃ失礼するぜ、アリス姉」
「失礼するのです」
「じゃあね、姉さん」
「またね、なの」
「はい。お気をつけて」
まるで何事もなかったような会話。一応はここで殺蟻(未遂)があったわけなんだが、やけにスッキリしてんなぁ。
「さて、邪魔者はいなくなったな」
「さ、先程からカムイ兄さまの
「お前、若干期待してるだろ」
「なっ!? そ、そんなこと、なななないですわよ!?」
適当に言ってみただけなのに……マジかよこの子……。
「はいはい分かった分かった。エロスちゃんはスケベスケベ」
「ち、違いますわっ!! それにアリスの名前はアリスですわ! 変な名前で呼ばないで下さいまし!」
「全世界のエロスさんに謝れ!」
「いませんわそんな方!」
頭真っピンクであることが判明したアリスがバスタブの中でポカポカと足で蹴ってくる。全く痛くない。
「落ちつけってエロス。俺はお前に何もしないよ。ただ、教えて欲しいだけなんだ。この巣の事についてや外の事について、そして……俺、カムイの事について」
「またエロスって! ……え? カムイ兄さまの事について?」
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