第9話 自覚する力
「ただいまよりカムイの処刑を行う。愚かな過ちを犯せばこのようになるのだと、
俺はジェンヌの普段とは違う堅苦しい前説をただ呆然と聞いていた。
今現在、俺は縄で身体をグルグルに縛られ、唯一自由に動かせるのは頭部だけとなっている。
処刑場所はこのコロニー内で一番広い『アリーナ』と呼ばれている円形のドーム状の部屋のようだ。その広さはアリが千匹入ってもまだ余裕がある程の広さで、トレーニングや集会を行うために使用される部屋だということを監禁生活の時にルーミアに聞いた。
俺が記憶喪失設定であることを知らないルーミアは「ふふっ、忘れてしまったのですか?」と可愛らしく聞いてきたが、忘れたのではない。
ルーミアにはアリス同様本当の事を言おうかと思ったが、留まった。ルーミアの性格上言ったらまずい気がしたんだ。
『アリーナ』の中心で身動きがとれない俺に対し、妹達は俺を中心に囲む様に壁に整列している。
その中で俺の正面の壁にひと際大きく貫禄のあるアリ――アリアナ女王がそこに陣取っていた。
そしてアリアナ女王の傍には甘ったるい匂いを放つアリが、その二匹を囲うように四匹のアリが立っていた。
「カムイ。あなたが何故あの時生き延びていたのかは知りませんが、今度こそ最後です。コロニーのため、あなたには今ここで死んでもらいます。……ジェンヌ」
「了解。〈
力強い声でジェンヌは言い放った。
それに応えるように空中に鋭利な槍が初っ端から数千本は出現した。
その槍の一本一本がさらに分裂を続け、『アリーナ』の天井を槍が覆いつくし、まるで巨大な針山が逆さで空中に浮かんでいるように見える。
槍がキィィィィィーーンと横回転し、不愉快なドリル音が一斉になり響いた。
針山が出来上がった辺りから聞こえていた妹達の悲鳴や叫び声がドリル音によって
妹達はボンネットによって張られたシールドで処刑の巻き添えを食らう心配はないみたいだ。
「槍一本でも余裕で死ねるっての……」
前回の処刑の何倍もの槍だ。それも槍の全長は俺の体長を優に超えている。
前回はそれ程長くはなく、俺の体長の半分くらいだった。
念には念をという事なのか。逆にこれだけあった方が楽に死ねそうだ。
「……〈
その言葉をトリガーに一斉に針山と化した槍が俺に迫る。
不思議と恐怖心がまるで無い……と言ったら嘘になるが、それに近い程に俺の心には余裕があった。
やっと死ねる。
これで転生出来る。
寧ろ早く槍に刺され粉砕したいとさえ思っている。驚く程の心境の変化だと自分で自分に驚く。
初めてジェンヌによって殺されかけた時は「死にたくない」の一心で恐怖に満ち溢れていた。本当に怖かったよあの時は。
だが今はこの通りだ。案外人の、アリの心なんて簡単に
さあ、後は死ぬだけだ。これでやっと――
「カムイ兄さまっ!!」
「ま、待ちなさいアリス! ジェンヌ、今すぐに止めなさい!」
「くっ、今全力でスピードを落としてる……クソっ! うぉおりャァァァァァァ!!!」
死に際だからか、ついには幻覚が見えるようになった。アリスが俺の元へ早歩きで来ているんだ。幻覚だとしても来て欲しくなかったし、アリスには死んで欲しくない。
「カムイ兄さま! 死ぬ時は一緒ですわっ!」
やけに鮮明な幻覚だ。目の前にいるアリスと思しきアリがぴっとりと俺に密着している。匂いも……あの甘ったるい香りだ。
――寒気がした。考えないようにしていた事がもし現実だったら……。
「カムイ兄さまっ! カムイ兄さまっ!」
俺の名を呼びながら、俺を縛る縄を解くアリス。
そして訪れる開放感。
――これが……幻覚な訳がない!
「おいアリス! なんで来たんだ!」
「大丈夫ですわカムイ兄さま。アリスはカムイ兄さまと一緒なら怖くはありませんわ」
「そういう問題じゃないだろッ!」
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
これじゃアリスも死んでしまう。アリスだけでもここから避難させないと。だが逃げる時間もない。
「クソぉ……止まってくれ……止まれよ槍ぃ……止まれよォ!! アリスが死ぬだろうがぁ!!!」
『〈
機械音声が頭の中で鳴り響いた。
そして、俺とアリスの元へ迫っていた槍が……停止した。
槍は俺とアリスに触れるか触れないかのところで停止し、無音になった。
またこの現象だ。一体何が起こってるというんだ。
「……今は考えるな。早く逃げよう」
アリスに「逃げるぞ」と言っても反応がなかった。どうやら俺以外みんな停止しているようだ。
だからと言ってここに置いていく訳にはいかない。俺は顎を使ってアリスを持ち上げた。
「取り敢えず……えーっと、壁際に避難だ」
早歩きでてくてくと向かう。これでも全速力で早歩きしている。
なんとか中央から壁へ到達し、妹達を守っているシールド内に入った。前回もだが、外から入れて良かった。アリ以外は弾くようになっているのかもしれない。
俺はアリスを安全な場所へ避難出来たことに安堵し、一息ついたところで——
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!!!
一斉に槍がさっきまで俺とアリスがいたところに突き刺さっていく。
再び起こる悲鳴の雨あられ。
「カムイお兄様っ」
「アリスお姉様っ」
「あぁ……ああああああ……」
「なんで……どうして……どうしてなの!」
「まだ私の気持ち……伝えてないのに……」
と、背後、左右から妹達の悲嘆の声が止まらない。
「あれっ? アリスは何故ここに?」
さっきまで自分がいたところではない事にアリスは戸惑っている。
「ほんと間一髪だったぜ。奇跡ってあるもんだな」
一斉に俺へと妹達の注目が集まる。
妹達から「へ?」と気の抜けた声がこの『アリーナ』内に響き渡った。それも息ぴったりにユニゾンで。
「と、言うわけでまた処刑されてくるわ」
「は?」とまたも妹達の気の抜けた声がユニゾンで『アリーナ』内に響き渡る。打ち合わせでもしてんのか?
「な、何を言っているんですの!? 何故だかは知りませんが、せっかく助かったというのに……」
「アリス。男には色々とあるんだよ」
色々って何だろう。自分で言っててよく分からない。
ただ死にたいだけ。それだけなんだよ。他に理由なんてない。
「ダメですわ……そんなの……アリスが許しませんわ!」
そう言って俺にピタッと密着するアリス。そしてそれに続くように周りにいた妹達が俺とアリスを次々に囲う。
ぎゅうぎゅうで身動きが取れない。
「お、おい。お前ら、離れろよ」
まったく離れてくれない。てか反応もしてくれない。
「おいクソ兄! 前もそうだが、一体何をしたんだ! 」
「逆に俺が聞きたいんだけど」
怒鳴りがちに問うジェンヌ。だが俺には答えることが出来ない。俺だって分からないからだ。
「ちっ……なんなんだよ。で、どうすんだ女王陛下」
「構いません。カムイを擁護する者も罪の対象とします。ジェンヌ、やりなさい」
「っ!? じょうお……母さん! 本気で言ってんのか!? あそこにはアリス姉達がいるんだぞ!」
「構いません。先程は取り乱しましたが……ジェンヌ、これは命令です」
「……クソがッ!」
ジェンヌとアリアナ女王が何やら揉めている。
話を聞くかぎり俺としてはとてもじゃないが聞き捨てならない内容だった。
ほんと何考えてんだあの女王は。アリスは関係ないだろうが。もちろん他の妹達もそうだ。
俺を殺すのに手段を取らないってことか? あまりに冷酷過ぎる。なんでこんな奴が女王で……母親なんだよ……。
「おいおいちょっと待てよ! 処刑するのは俺一匹で十分だろ? アリス達は関係ないだろ!」
「カムイ。これは、あなたがこの子達を殺すようなものなのですよ。あなたが
「はぁ? ふざけんじゃねぇよッ! 本気で言ってんのか? あんたはこいつらの一体何を見てきた? 接してきた? こいつらはな、このコロニーのためにせっせと働いてんだよ。あんたの命令と言えばそれまでだがな、愚痴一つこぼさず働いてんだよ。そんな中でも罪人(仮)の俺の事を気遣い、慕ってくれた。めちゃくちゃ良い子達なんだよ! はっきり言うぜアリアナ女王! あんた狂ってるよ!」
「カムイ兄さま……」
アリスだけではなく、他の妹達も同様に俺の名前を小さく呼んだ。そして俺とアリスにさらに力強くがっちりと密着していく。
「カムイッ! あなた、わたくしに向かってなんて無礼な!」
アリアナ女王は憤怒しているのかプルプルと身体を揺すっている。
俺がアリアナ女王に言ったことは嘘偽りない俺の本心だ。
俺ごと妹達を殺せとか正気の沙汰じゃない。
そもそも、詳しい事情も知らずに俺に処刑宣告した時点でおかしいんだこの女王は。
「あんたなんて俺にとっちゃ女王でも、勿論母親でもなんでもねぇ! ただの狂ったデカい雌アリだ。ご自覚はおアリですか? えーっと、アリ……ああ、アリアナ……さんだっけ?」
なんか煽りたい気分だった。
「……や、
「いや、でも……」
「
「ス、〈
再び空中に槍による針山が出来上がる。
槍一本一本が一斉にキィィィィィーーンと横回転を始め、『アリーナ』内をドリル音で埋め尽くす。
「最大出力で殺りなさいッ! 完膚なきまでに殺りなさいッ!」
「クソッ……クソクソクソクソォォォォォォォォォォ!!!」
ドリル音がキィィィィィーーンからキーンに、より甲高い音に変わる。槍の回転スピードが大幅に上がったことが分かる。
覚悟を決めたのか、ジェンヌが叫び声にも似た大きい声で「〈
針山が落下する。それは今までより数段速く思考する暇さえなく俺達の眼前へ——
「止まれ」
『〈
脳内で機械音声が流れた。そしてまたも、槍は眼前で停止した。
咄嗟だった。今までの処刑で俺が「止まれ」と念じた時に奇跡は起こった。そして機械音声が脳内に流れ、槍が、みんなが、全てが停止した。
二度も同じ条件でこの現象が起こるなんて不自然だったんだ。
それを踏まえダメ元で「止まれ」と言ってみたが、案の定脳内に機械音声が流れ、時間が停止した。
「やっぱり……俺がやったのか?」
希望的観測にすぎないが、俺が「止まれ」と言えば時間が停止する。
これがもし本当なら、俺はみんなを守ることが出来る。
「とはいえ……この数をどうやって避難させるか……」
アリス一匹くらいならささっと持ち上げて避難出来た。
だか数百匹もの妹たちをどうやってここから避難させる。いつ時間が動き出すかも分からない。
この槍を一気にぶっ壊すことが出来れば良いのだが……。
『〈
「はっ? うそん!?」
またあの機械音声だ。そして……取得? 行使? まさかな……まさかだよな——
ブボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボンッ!!!!!!!!!!!
眼前に迫る槍が一本ずつ音を立てて爆発し消滅した。
槍による圧迫感は消え去り、ドーム状の天井が
「……嘘やろ……」
自分に特異能力があると確信した瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます