導入編⑤――ステージづくり

「でも驚いたわ。まさかホラー探偵ギロギロの原作者が本当に探偵をやってただなんて」

「探偵はアミメキリン。私はただの助手さ」


 へえ、と関心したようなマーゲイの声が廊下に響き渡る。「あとは私に任せて」とプリンセスに言われて控室を出たあと、ステージに案内するというマーゲイにアミメキリンたちがついて行く。緊張していたのか、部屋を出てすぐはぎこちない様子のマーゲイだったが、話術に長けたタイリクオオカミの為せる技か、会話をするうちにするすると打ち解けることが出来た。


「最初二人を見たとき、タイリクオオカミが探偵なんだとばかり思ったわ」


 意外そうなマーゲイの様子に、二人のすぐ後ろを歩くアミメキリンがため息を吐いた。


「コウテイも最初似たような反応してたけど、どうして誰も私のことを探偵って思ってくれないのかしら……」


 心底不思議に思いながら首を捻っていると、タイリクオオカミは小さく笑っているのが見えた。アミメキリンは口先を尖らせる。


「……先生ェ。何がおかしいんですかぁ」

「ごめんごめん。なんていうのかな。やっぱり第一印象だと私の方が探偵に見えてしまうんじゃないかな」

「どうしてそう思うんです」

「どうして、か。そうだね」


 歩きながらアミメキリンを振り返り、やや考え込むように片手を顎にやる。


「雰囲気、かな」

「……それ答えになってないですよ」


 いつものからかいに目を細めながら少し歩いたところで、三人は廊下の終端にさしかかった。行き止まりの廊下の両サイドには大きなドアが据え付けられていた。一方が普通のドアなのに対し、もう一方のドアだけ念入りに板が打ち付けられているのが目を引く。


「こっちがステージに繋がるドアよ」


 そう言うとマーゲイは板がないほうのドアを開ける。外に通じてるのか、オレンジ色の夕日が光線となって廊下に差し込んできた。


「こっちのドアは?」

「あ、そっちは」


 アミメキリンが尋ねると、マーゲイは困ったように笑う。


「ステージの裏側に小さな広場みたいなのがあって、そこに繋がってるの。ステージで使う小道具や仕掛けを一時的に置いておくスペースなんだと思うんだけど」


 言って、マーゲイは板だらけとドアを見上げる。


「ファンが忍び込んだら大変だからね。だからこうやって塞いでるの。――とにかく、今は時間がないわ。さ、はやくステージのほうへ」


 マーゲイに遅れて外に出たアミメキリンは、夕焼けの眩しさに思わず目をつぶる。ゆっくり目を開けてみれば、夕日に照らされた巨大なコンサートホールに立っている自分がそこにいた。白い大きなステージと、そのステージを囲う観客席。ステージと観客席のには大きなプールがあり、太陽をキラキラと反射している。背の高い外壁は青く塗られ、もしこれが青空の広がる昼間なら、どこまでも空が続いてるように見えたことだろう。

 ステージの中央でぐるりと見回しながら、アミメキリンは感嘆のため息を漏らす。自分達が出てきた場所は観客席から見るとちょうど舞台袖の影になっており、見えないようになっているようだ。


「わぁ。外から見ても大きかったけど、中はこんなに広いのね」


 マーゲイが自信ありげに鼻をならす。


「へへん。すごいでしょー。ステージ、客席。どれをとってもみずべちほー最大級の屋外コンサートホールよ。ペパプが有名になった今、使わないでいる手はないわ」


 へえー。と感心しながらアミメキリンは辺りを見回す。円形のステージ。コンサートホールの周囲には背の高い鉄骨が何本も林立しており、それぞれから伸びる鉄骨やワイヤーが互いに繋がってさながらジャングルのようになっている。そのさらに上にはこれまた大きな屋根が斜めに覆い被さっている。観客席側を頂点に、ステージの背後の壁の向こう側を目指して緩やかに傾斜――ステージの裏側にある封鎖されたスペースに繋がってるようだ――している。


「不思議なところね」

「だね。ちょっと描いてみたんだけど、外から見たらこんな形になるのかな」


 言って、タイリクオオカミが鉛筆片手に手にしていたキャンバスを二人の方へ向ける。横に切ったジャパリまんをガバッと開いたような、そんな形状の建物が描かれていた。音楽好きのフレンズが持っていたカスタネットとかいう楽器にも似てる気がする。

 イラストを見たマーゲイが驚いて声をあげる。


「そーそー! そんな感じよ。まるで本物を見て描いたみたいね」


 誉めるマーゲイに、タイリクオオカミが気恥ずかしげに鼻をこする。


「これでも漫画家だからね。断片から絵を作るなんて簡単なことなのさ」

「漫画家って本当にすごいのねー。今度ペパプのライブチケット用のイラストお願いしようかしら」

「あぁ。お安いご用さ」


 他愛なく会話するタイリクオオカミとマーゲイを尻目に、アミメキリンは会場内に目を凝らしていく。もともとキリンという生き物は観察力に優れている。警戒心に裏打ちされたそれは、フレンズになった今でも性分として残っていた。


「あれは何かしら……?」


 頭上を見上げていたアミメキリンがふと声を漏らす。柱とワイヤーのジャングルに、大きな機械がいくつもぶら下がっている。いつかの二人組が乗っていたジャパリバスくらい大きさだろうか。それぞれの機械に違う色のガラスが填まっている。


「あー、あれはね」


 アミメキリンの視線を追ったマーゲイが言う。


「照明って言うの。電気を流して強い光を出すの。真っ暗やみの中でもまるで昼間みたいに明るくできるのよ」

「ロッジアリヅカの廊下にあるやつと同じだね。さしずめ、それを大きく強力にしたものって感じか」


 いまいちよくわかっていなさそうなアミメキリンにタイリクオオカミが助け船を出す。あぁ、と納得して手を打つアミメキリンにマーゲイがずいと顔を寄せる。


「ちなみにね、あれが今回のライブの目玉なの。想像してみて。いつもの歌とダンスに光のショーが加えられるのよ。シーンに合わせて様々な光の魔法に照らされたペパプたちなんて最ッッ高に美味しそう……じゃなかった。面白そうだと思わない? 思うわよね! ね!」


「そ、そうなんじゃないかしら……。おわっ?!」


 食べられそうな勢いでヒートアップしていくマーゲイに圧倒されて後ずさったアミメキリンは、不意に足を滑らせてそのまま転んでしまった。どうもステージの一部分が濡れていたらしい。びちゃっと湿った音を立てて仰向けに倒れたアミメキリンは、ぶつけたお尻と頭を押さえて悶える。


「いたたたた……。なにこれぇ……」

「大丈夫かい」


 差し出されたタイリクオオカミの手を掴んで起き上がる。マーゲイが申し訳なさそうに苦笑する。


「ごめんなさい。プールが近いからステージが濡れてたりするの。転びやすいから気を付けてね」

「うぅ、もっと早く言ってほしかったわ……」






 マーゲイにぶつぶつ文句を言った後、作業は開始された。といっても、大半はマーゲイとプリンセスが終わらせてくれていたため、やることはそれほど多くはなかった。壁面の塗り残しをペンキで塗ったり、古くなって壊れた壁や床の板材を新しく取り替えたり、人手があれば何とかなることばかりだった。


「よしっ」


 最後の一枚を取り付け終え、アミメキリンが額をぬぐう。マーゲイが点けてくれた照明のおかげで実感はないが、外はすっかり暗くなっていた。


「先生ー。そっち終わりましたかー?」


 壁の方を振り返ると、ちょうど梯子をタイリクオオカミが降りてきたところだった。片手にペンキのバケツを持ったまま器用に降りてくると、綺麗になったステージを見渡しながら咥えていたハケを手に吐き出す。


「ああ。こっちも今終わったところだよ。綺麗な仕上がりじゃないか」

「当然ですっ。名探偵は手先も器用でないと」


 仕事ぶりを誉められて胸を張るアミメキリンに、タイリクオオカミは意地悪い笑みを作る。


「その割には途中何度も指を叩いて悲鳴を上げてたような?」

「それは、その……。もうっ、どーでもいいじゃないですかっ」


 真っ赤になって誤魔化しながら、問題のカナヅチを背中に隠す。

 釘を打つための道具だから、と貸し出されたものの、今までまったく使ったことのないそれには相当難儀させられた。最初のころは悲鳴を聞いたタイリクオオカミやマーゲイが心配して駆けつけてくれてたが、二桁を越えるころには振り向きもしなくなっていったのが悲しかった。


「まあまあ。おかげでこんなに綺麗に仕上がったんだから。さて、作業も終わったことだし、とりあえず道具を片付けよう」


 それだけ言って、梯子を担いでさっさと行こうとするタイリクオオカミ。ステージの端の資材置き場を目指して歩いていく。「あ、待ってください」とアミメキリンがその後ろを追いかける。照れ隠しで早足になっていたからだろう。暗がりに無造作に纏められたロープに足をとられ、盛大に蹴躓いた。


「ぴやぁっ?!」


 おやおやと振り返ったタイリクオオカミが梯子を立て掛けながら苦笑する。


「今日はよく転ぶ日だね」

「水溜まりの次はロープだなんて……。まったくなんだって言うのよ」


 うつ伏せのまま苛立ち紛れに吐き捨てるアミメキリン。


「もうちょっと足元に気を付けた方がいいかもしれないね」

「うぐ、次から気を付けます……。あれ?」


 両手をついて起き上がろうとし、ふとアミメキリンはさっきまでその手で握っていたカナヅチが見当たらないことに気がついた。どこいったのか。


「先生。私のカナヅチは……」

「お疲れ様ー!! すごいわ。全部終わったのね!」


 頭上から降ってきたマーゲイの元気のいい声が、アミメキリンの声を遮る。見上げると、遥か上の方の鉄骨からマーゲイが覗き込んでいる。よっ、と軽い調子で鉄骨から飛び降りるマーゲイ。猫科特有のしなやかな身のこなしで目の前に着地すると、改めて会場を見渡す。


「これで今夜のリハーサルには間に合いそうだわ。本当にありがとうね。急かしてごめんなさい。疲れたでしょ」

「あなたの方こそ、疲れてるんじゃない。上に登ったり控え室の様子を見に行ったり 、ずっとバタバタしてたじゃない」

「慣れてるから大丈夫よ。まあ、喉が乾いてるのはたしかかも」


 おもむろにプールに近づくマーゲイ。プールの縁から直接水を飲み、満足げに口許を拭う。


「さ! 私は最後に会場の外をパパっと点検してくるから、二人はペパプたちを呼んでちょうだい」

「お安いご用さ」

「それとあの、カナヅチがなくなっちゃって――」


 「それじゃあお願いね」とアミメキリンの言葉を遮るように言い残し、マーゲイは走って舞台袖の出入口へ消えていった。余程急いでたのだろう。追いかけるように二人が出入口を潜ったころには廊下には誰もいなかった。


「なにもそんなに急がなくたって……」

「ま、しょうがないさ。別に壊したわけじゃないんだし、後から伝えれば問題ないだろう」

「それもそうですね」


 しょうがないか、とアミメキリンため息を吐くと、二人は控室目指して歩きだした。






 控室に入ると、談笑していたらしいペパプたちが顔をあげた。先程まで練習していたようで、それぞれが首にタオルを掛けていた。その顔ぶれを見渡して、ふとアミメキリンは首をかしげる。


「あれ、プリンセスはどうしたの」


 そのことでしたら、とジェーンが困ったように笑う。


「プリンセスなら隣の部屋ですよ。本番前に集中力を高めたいって言って閉じ籠っちゃってるんです」

「それ大丈夫なの」

「気にしないでいいぜー。なんせ初ライブの時から毎回こうだからな。心配性すぎるんだよプリンセスは」


 イワビーが欠伸をしながら言う。


「セルリアンのことと言い、最近どうも悪化してんじゃないか」

「ちょっと散歩するだけでも、何も言わずにやったらすごい怒ってきますもんね」

「だな。あそこまで神経質だとこっちが逆に心配になっちまうぜ」

「まーまー。イワビー怒らないで。フルルも緊張し過ぎてよく本番の前後の記憶がなくなったりするんだしー」

「おめーは単に居眠りしてるだけだろーが」

「イワビーよく見てるねー。よしよし」

「あっ、ちょ、触るなよー。セットするの大変なんだからな! コウテイ、ジェーン。見てないで何とかしてくれよぉ」


 もぐもぐとジャパリまん片手のフルルが頭を撫でようとするのを必死で抵抗するイワビー。その横でどうしたらいいのかオロオロと手をこまねくジェーン。それ見てコウテイが苦笑しながら肩をすくめる。


「まぁ。こんなに個性的な私たちを率いてくれてるんだ。多少少配性になってしまうのも無理のない話ってものだろう」

「はぁ……。ところで練習はもういいの?」

「ああ。プリンセスがすぐ振り付けをマスターしてくれたおかげで思う存分通しで練習できたからな。ステージで踊ってないことを除けば完璧だ」

「あいつすげーよな。今まで準備ばっかで全然やってこなかったのに、ちょっとやっただけですぐ覚えたんだぜ」

「さすがプリンセスって感じです」

「フルルもそー思う」


 わいわいと盛り上がるペパプたちに、アミメキリンは小さく微笑んだ。何だかんだ言っても、まんなプリンセスのことが好きに違いない。ちょっと悪し様に言えるのは、それだけ信頼してる証拠なのだろう。

 ふふっ、とタイリクオオカミが笑った。同じ事を考えていたのだろう。アミメキリンと目が合うと、同意するように頷く。


「喧嘩するほど仲がいいって言葉があるくらいだからね」


 「まったくです」とアミメキリンが言ったとき、ふとコウテイが二人を見た。


「ところで、二人はどうしてここに?」


 アミメキリンとタイリクオオカミが手短にステージの準備ができたことを伝えると、コウテイたちがおお、と顔を輝かせる。


「ついに来たんだな! 二人には本当に礼を言う。マーゲイはどこにいるんだ」

「会場の外を見てくるって行っちゃったわ。だからみんなは先にステージに行ってほしいって」

「そうか。よし、みんな。四人が頑張って仕上げてくれたステージを見に行くぞ!」


 おおーっ! と威勢のいい返事と共に、駆け出すペパプたち。あっ、と思い出したように立ち止まったのはジェーンだ。他のメンバーに先に行くよう言い、アミメキリンの方へ戻ってくる。


「プリンセスにも伝えないと。一緒に来てもらえますか」


 三人は廊下に出ると、ジェーンを先頭に隣の部屋のドアの前に集まった。ノックすると「はーい」とプリンセスの声が中から聞こえる。ドアには窓がついてないものの、パタパタという足音が近づいたのがわかった。


「プリンセスー。会場の準備ができたみたいですよ。一緒に行きましょう」

「わかったわ。もう少し気持ちが落ち着いたら私も追いかけるわ。三人で先に行っててちょうだい」


 わかりましたー、と返事をするジェーン。背後の二人を振り返り、仕方ないといった感じのため息を吐く。


「いつもは呼んだらすぐ出てくるんですけどね。何だか本当に緊張してるみたい」

「いよいよ本当のステージに上がるんだ。しょうがないよ。さて、ここはプリンセスの言うとおり、先に行くとしよう」


 そうですね、と返事は二人分。三人はステージを目指して駆け出した。名探偵としての初仕事には相応しくないが、とりあえず依頼は達成できたんだ。仕事は終わった。あとはペパプたちのリハーサルを見て帰るだけ。

――このあとステージで起こった大事件を見るまで、アミメキリンはそう思っていた。



――次回、事件編

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